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第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

仮面令嬢ランニングを阻止せよ!

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 あの後、私たちは手形の除去作業に追われる羽目になった。
 スポンジでごしごし擦ったり、 マリス嬢の提案で、柑橘類の果物の皮を試したり、歯磨き粉を使ってみたりしたけど、全くの効果なし。
 なので私たちは渋々、あの手形の成分分析から始めた。しかし、何の収穫もなく、それぞれが使える属性魔法や系統魔力を試して、最終的に活性を促す魔法が多少の効き目はあることを発見した。
 その後は、三人で手形一つ一つに魔法を重ね掛けし、大分薄まったが、その後はどうやっても完全に消すことは出来なかった為、後日要相談ということで、シーエンス子爵が魔法管理局に来ることとなった。
 その後、私はへとへとになりながら、本来やるべき仕事を終え、よぼよぼしながら停留所へ向かった。
 日は当に暮れている。

「それで、そんなにぐったりしてるのか」

 停留所に着くなり、しゃがみこんでしまった私を心配して、ギーシャが目線を合わせるように屈んで様子を窺ってくる。

「呼んでくれれば、俺たちも手伝ったんだが・・・・・・」
「「いえ、王子にそんなことをさせる訳にはいきませんので」」

 ハモるマリス嬢とリンス嬢。

「ギルハード様たちも、大広間の最終確認をしてくれてたので。コクさん、ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず」
「大広間は流石に広いから、助かりました。感謝し
ます。コク殿」
「兄騎士様を手伝ってくれたんですか? じゃ、ありがとうございます」

 キリくんがギルハード様の真似をして頭を下げる。微笑ましい。
 とりあえず、ほんとのほんとに今日はおしまい!

 その後、話し合いでマリス嬢は同じ東区に戻るコクさんと、ギーシャはギルハード様と一緒に馬車で王宮に帰ることになった。
 私も家の馬車で帰る。リンス嬢も──

「あれ? シュナイザー家の馬車がありませんね。ひょっとして別の場所に留めて──リンス嬢? 何故、運動靴に履き替えてるんですか?」

 貴族の馬車にはそれぞれ、家の家紋が刻まれているから、一目でわかる。けど、この場にシュナイザー家の家紋がある馬車はない。
 不思議に思ってリンス嬢を見ると、何故かリンス嬢は履いていた靴を脱いで、運動用の靴を履いていた。

「何故って──この靴では走りにくいですから」
「へ? まさか走って帰る気ですか!?」
「? ええ」

 あっさり頷いたリンス嬢に周りが驚く。

「いや、シュナイザー家まで結構距離ありますし、ていうか馬車がないってことは来る時も走って?」
「はい。いい運動になりますから」
「まさか、お一人で?」
「そうですけど」
「え────!!!」

 人のこと言えないけど、貴族令嬢がこの距離ランニングって! しかも一人でって!?
 奇行なんてレベルじゃないですよ!?

「そういえば──今まで、リンスの護衛を見たことがなかったな」
「嘘!? それ、ご両親は反対されなかったん、ですか!?」
「最初に言った時は凄く怒られましたね」
「えー・・・・・・どうしてまた」
「だって、自分より弱い者に護衛される意味ってありますか?」

 んな、あっさりと。

「た、確かにリンス嬢は侯爵家の方ですし、魔力は高いでしょうけど・・・・・・どうやって、認めさせたんですか?」
「私の護衛をする者を全員倒しました」
「えー!?」
「護衛の人、とんだとばっちりじゃない」

 マリス嬢はすっかり呆れ顔だ。

「護衛役の候補十八名。候補は魔法有り、私はなしでだったので、流石の母も黙りました!」
「何その物理チート!」

 十八人の魔法使い相手に一人で物理勝ちって・・・・・・。

「なので、問題ありません」
「で、でも、もう暗いですし、女の子一人は心配です。春ですし、変態がいるかもですし!」
「というか、この女の場合、出くわした不審者の方が心配になるんだけど」

 リンス嬢がめちゃくちゃ強いのは分かったけど、夜道を女の子だけというのは心配になってしまう。
 というか、貴族令嬢の夜の一人歩きは割りと洒落にならない。ただでさえ、リンス嬢はギーシャとの婚約が保留になったばかりだから、場合によってはあらぬ噂が流れるなんてことも・・・・・・。
 その旨をリンス嬢に伝えると、

「そう・・・・・・なら、作業用の余った紙と紐がありましたよね?」
「ええ、はい。持って帰るので、馬車に積んでますが・・・・・・」
「少しお譲り頂いても? あと、鋏があると助かるのですが」

 私は疑問に思いつつも、リンス嬢に言われたものを手渡した。
 すると、リンス嬢は紙を楕円形に切り、小さな穴を二つくり貫いて、紐をつけて──そして顔面に装着。

「これで問題ありませんね」
「いやいや、問題ありまくりですよ! 面白い人ですね!」

 自作の紙仮面を顔につけて、ぐっと親指を立てるリンス嬢。
 これなら顔は見えないから、無問題。な訳がない。

「夜道をそんな仮面つけた年頃の女性が疾走してたら、それこそ事件ですよ! しかも、仮面白いから暗いとこで見たら不気味でしょうし! リンス嬢が不審者になっちゃいますよー!」
「悪いことは言わないから、止めときなさい」
「もし、警邏隊の者と出くわしたら、十中八九補導されるかと。侯爵令嬢を補導はどちらにとってもちょっと・・・・・・」

 私、マリス嬢、コクさんがなんとか、止めに入る。

「わー、お面! いいな、僕も欲しいです! 兄騎士様、作って下さい」
「分かった分かった。帰ったらな」
「ギルハード、この時期は魔物の変異体が出るのか? 王都に魔物が現れたという話は現代では訊いたことがないのだが」
「私もそのような話は訊いてません。王都に魔物が入るとは考えられないのですが・・・・・・コク殿、そのようなことが?」
「いえ、魔物が出たことはありません。露出狂は五年前に出ましたけど」
「「「露出狂?」」」

 育った環境からか、世間知らずなところのある男子三人が揃って首を傾げる。

「というか、出たことあるんですか。露出狂」
「まぁ、酔っ払いだったみたいで・・・・・・警邏隊の詰め所で厳重注意の元、迎えに来た奥方に投げ飛ばされながら帰っていきました」
「ミリア、ミリア」
「ミリア先輩、ミリア先輩」
「「露出狂って?」」

 左右の袖をギーシャとキリくんにちょいちょい引かれ、ピュアな眼差しで訊かれた。ギルハード様も目で訊ねている。

「──っう! ──ひぃっ!?」

 背後から、凄まじい圧を感じる。
 言うまでもなく、女子二人だろう。
 んなこと教えたら、どうなるかわかってるでしょーね? 的な圧が──!
 いや、私だって、大事な従弟と可愛い後輩にそんなこと教えないよ!? ギルハード様にも言いにくいし。

「・・・・・・えーっと、ね。古代彫刻の精・・・・・・?」

 芸術家気質のギーシャの次兄が訊いたら、怒られかねない言い訳が口から出た。
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