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第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

温泉仕様と女子三人

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 かこーん、という鹿威しの音が聞こえたような気がした。
 もちろん幻聴だ。レイセン王国にそんな和風チックなものはない。和物が全くないわけではないけど、レイセン王国やその周辺国にはそもそも竹がないしね。
 とはいえ、レイセン王国の文化は前世に近い。レイセン王国はシャワー派より、湯船派が多いのだ。

 ──という訳で、現在入浴中です。

「くはぁ~」

 染みるわ~。
 一昨日からの疲れが取れるような心地だ。
 ワカメのせいでえらい目にあった私は、アリスさんとリリーちゃんと一緒にお風呂に入っている。
 最初に猫の爪のお風呂場を見た時、私は前世のDNAが沸き立つ気がした。
 なんと、猫の爪は温泉仕様だったのだ。しかも、露天風。
 正確には露天じゃないんだけどね。壁や天井に様々な景色を投影出来る仕掛けが施されているらしい。
 今は風光明媚な夏の山々の景色が広がっている。
 癒されるわ~。
 レイセン王国には温泉文化ないから、実に前世振りの温泉だ~。
 本物の温泉って訳じゃないけど、雰囲気は正しく温泉そのもの。メイアーツ家のお風呂も広くて快適だけど、猫の爪の温泉は初めて入ったのにほっとする。郷愁とでも言えばいいのかな。
 今の生活にも、レイセン王国の文化にも不満はないけど、時々和が恋しくなるのだ。

「お加減いかがですか? ミリアさん」
「しゃいこうれふ・・・・・・」

 縁に身を預け、蕩けきっている私にアリスさんが声を掛けてくれる。
 本当はシャワーだけのつもりだったけど、つい湯に浸かってしまった。けど、これは無理だって。温泉の誘惑には勝てません。

「ミリーちゃん、ふにゃふにゃ」

 脱力しきっている私をリリーちゃんがちょんちょんつついてくる。

「うん。ふにゃふにゃ~」
「お気に召していただけたようで何よりです。このお風呂は私の故郷にあった温泉を想像しめ造ったんですよ」
「温泉・・・・・・やっぱり、アリスさんは東の方のご出身なんですか?」

 レイセン含め、大陸に温泉という文化はほとんど存在しない。東方の国では普通に温泉旅館とかもあるみたいだけど。東方との交流は数十年前までは海路の事情で困難だったらしいけど、最近は東の文化もちょくちょく入って来てるし、今後温泉ブームとか来るかもしれない。てゆうか、来て欲しいわ、切実に。

「はい。東の彩葉いろは国の出身です」
「じゃあ、名前は」
「こちらではアリス・クサナギと名乗っていますが、彩葉だと草薙ありすになりますね」
「あー、クサナギってやっぱ草薙なんだ」

 多分、そういうニュアンスだよね? 向こうが前世と同じ字を使っているとは限らないけど。

「ミリアさんは東の方の文化の知識がお有りなのですね」
「あー、まぁ」

 正確には、この世界の東じゃないんだけどね。
 アリスさんは嬉しそうににこにこしてる。わ~、美女の可愛い微笑みとか、破壊力やばー。というか、美女と美少女と入浴ってある意味天国だなぁ。

「そこまで詳しいわけじゃないんで、何か間違った知識もあるかもですけど」

 アリスさんとの会話で、前世の知識とこの世界の文化に齟齬が生じても誤魔化せるようにということにするために、私はつけ加えた。

「でも、本当に温泉みたいですね。この硫黄の匂いとか」
「はい。本物の温泉に限りなく近づけるよう配合した入浴剤を使用してるんです。でも、硫黄の匂いって──ミリアさん、ひょっとして温泉に行ったことあるんですか?」
「うっ」

 ヤバい。何がヤバいって、私がミリア・メイアーツだと知られているのがヤバい。
 ミリア・メイアーツが温泉に行ったことがあるなんてあり得ないんだから。
 主に、私が国外に出るのを嫌がる一番偉い人のおかげで。
 この矛盾に気づかれるのはちょっとなー。何とか言い訳出来ないかと頭をフル回転させていると、何故かここで聞こえてはいけない人の声がした。

「アリスー、そっちに僕のシャンプーない?」
「──っ!?」

 私はその声に思わず頭の天辺まで湯に沈めた。
 だって今の、ロイドさんの声だ!
 女子が入浴中の浴室に響いちゃいけない声だよ!? しかも、室外からじゃなくて室内から聞こえたんだけど!?
 私は顔半分だけ出して、きょろきょろと辺りを見渡した。
 すると、それに気づいたのか、アヒルのおもちゃで遊んでいたリリーちゃんが教えてくれた。

「ミリーちゃん、あれ」
「ぶくぶく・・・・・・?」

 リリーちゃんが指差した先にあったのは、浴室の隅に設置された、温泉には不釣り合いなデザインの伝声管だった。

 ・・・・・・あ、なんだ。あれから声が聞こえてたのか。
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