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第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

前門の虎、後門の狼

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「とりあえず、あれの正体について考えましょう」
「そうだな。あれだけの手形、人間というのは考えられないだろう。幻影魔法の類いか?」
「どのみち、魔法なら術師が近くに潜伏していると思うが。索敵魔法を使ってみるか」
「索敵魔法でしたら、私得意ですよ」

 そう言ったリンス嬢はポケットから見取図を取り出し、床に広げた。

「シーエンス家の見取図ですね」
「はい。警備のためにお借りしてたので」

 リンス嬢と警備の相談をしていたギルハード様も床に片膝をついて見取図を眺めた。

「図があった方がわかりやすいでしょうから、私が索敵して得た情報は随時、この見取図に反映します。では」

 リンス嬢が見取図に手を翳し、呪文を唱えると地図の上にぼっと複数の小さな炎が浮かび上がった。
 紫の炎が見取図上で斑に揺らめいていて、庭の一角に緑の炎が集合している。他に、離れの館に緑の炎が不自然に一つ。

「紫は魔法反応、緑は生体反応。この緑炎の集合は避難させた方々でしょうから、つまり・・・・・・」
「離れにいるのが術者!」
「この部屋の窓からなら離れは見えますね」
「じゃあ、様子見を・・・・・・って、ぎゃああああ!」
「「「また?」」」

 カーテンを開いて外を見て絶叫した私にキリくん、マリス嬢、リンス嬢が口を揃えて言った。ちょっ、若干呆れが混じってない!?

「ギーシャ! ギーシャ! 外っ! 外!」
「窓もか」

 そう、窓の外にもべったりと手形がついてたのだ。
 いや、落ち着け! あれは魔法、あれは魔法。だから血じゃない・・・・・・筈! そう、血糊、トマトケチャップ!
 ・・・・・・わかっててもやっぱ怖い! 普通にホラーだよ、これ!
 そうこうしているうちにも手形は増え続け、もう外は真っ赤だ。手形が増える度に窓か僅かに震えている。

「やっぱり、闇魔法ではないわね」

 白の魔力を窓に向けたマリス嬢が言った。

「窓がガタガタ言ってるってことは幻影じゃないってことですか? 兄騎士様」
「どうだろうな。こちらの恐怖心を煽るために風魔法などで細工しているかもしれない」
「ど、どうしよう!? とにかく部屋から出て──ダメだぁ! 廊下にもあれがいるぅ!」

 ガタガタ震えながら蹲る私の肩にギーシャが手を回す。
 周囲を訳のわからないものに囲まれている状況にどんどん精神がすり減っていく。

「ミリア先輩、よしよし」

 キリくんも頭を撫でてくれた。なんというか、かなりおざなりな感じだったけど、それはまだ他人の恐怖心とか理解できてないから、こうしたらいいって状況で判断してるんだろう。
 後輩に慰められる、という状況に年上としての矜持が顔を出し、少し冷静になった。

「どのみち、この様子じゃ窓は壊されそうね。強行突破する?」
「幸い、ここは一階だから窓から走って離れまでショートカットすることが出来る。まぁ、その前にあれをなんとかしなくちゃなんだけど。せめて魔法属性がわかれば・・・・・・」

 マリス嬢とリンス嬢が忌々しそうに外の手形を見やる。
 私の精神が限界だと判断したのか、ギーシャはある決断を下した。

「ミリア・・・・・・すまない、ギルハード。少し無理をしてくれるか?」
「ご命令であれば従いますが。いいのですか?」
「ああ。どのみち、ずっとここに籠城も出来ないしな。それに術師は捕縛したい」
「わかりました」

 ギルハード様が窓に近づく。そっと手を上げるとどこからともなく黒い雫が現れ、ギルハード様の元へ集う。

漆黒魔砲ノワーレ

 その言葉と同時に、黒い魔力の塊が窓に向かって放たれた。
 刹那、一瞬で窓が消え去った。窓があった場所にはぽっかりと穴が空き、夜風が吹き抜けた。
 あれは、原初属性の魔法だ。
 原初属性とは、多属性に分離される前の魔法。あらゆる属性の元となる純正魔力によって放たれる。それこそ、魔力の川たる霊脈を使わなければ使えないような魔法だ。
 純正魔力による魔法はどの属性にも抜群の効果を発揮するが、出力は調整出来ない。本来なら窓の向こうの離れも吹っ飛んでもおかしくなかった。そこはギルハード様が結界魔法を併用して防いだようだ。

「あ、大丈夫っぽいです」

 キリくんが真っ先に外に出て、安全性を確認する。

「よし、俺たちは離れに向かう。ミリアたちは避難して──リンス?」
「リ、リンス嬢──!?」

 ギーシャが言い終える前に、リンス嬢が飛び出し離れに駆けた。

跳躍ジャンプ

 魔法で跳ね上がり、そのまま一気に屋上まで上がったリンス嬢は槍を構え、

「先手必勝!」

 屋上に何者かに斬りかかった。
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