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第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

魔法道具技師

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 べしゃあっという擦れる音を立てながら、ロイドさんは床を一メートルくらいスライディングした。
 ロイドさんの頬にドロップキックを噛ました青年はすたっと床に着地し、鬼の形相を浮かべている。

「ロ~イ~ド~!」

 低い声でロイドさんの名前を呼び、その襟を掴む。

「人の作品に何してしくさってんだー!」
「エリック、落ち着いて~。これは魔力測定器の完成に必要な過程なんだよ。必要な故障なんだよ~」
「つまり?」
「僕は悪くない!」

 きりっといい笑顔でロイドさんは言った。
 この状況でよくそれ言えたな。
 案の定、エリックさんは余計に怒った。

「ん、な、わ、け、あるか~! 皆、お前が悪いわ! 測定器が壊れたのも、朝食のスープが塩辛かったのも、新作の部品が足りないのも、空が青いのも、犬がわんって鳴くのも、春の次に夏が来るのも全部お前のせいだ~!」
「確かに、スープが塩辛かったのは僕が塩を入れすぎたせいだし、新作の部品が足りないのも僕の発注ミスだから返す言葉もないけど、空が青いのも、犬がわんって鳴くのも、春の次に夏がくるのも僕のせいじゃないし、僕のせいだったとしてもエリックになんの迷惑も──」
「やかましゃあっ!」

 威嚇する猫のようにふしゃーっと息を巻くエリックさん。なかなか溜飲が下がらないのだろう。ぶんぶんとロイドさんをシェイクしながら怒鳴っている。とはいえ、このまま続けられても困るぞ。

「あ、あのぅ」
「あぁん!?」
「ひぇ!」

 凄まれて思わず肩が跳ね上がった。怖い怖い。前世では色んな意味で近寄り難いモヒカンのヤンキーの前を素通り出来たくらいのメンタルがある私だけど、それに比べてもエリックさんは怖かった。

「あ、悪い。驚かせたな」
「いえ・・・・・・その、ロイドさんとお話してて」
「そうか。じゃあ、すぐに終わらせるから先にこいつしばいていいか?」
「気まずいので出来れば、ボロボロになった方とお話するのはご遠慮したいです」

 前世のお国柄か、私は思わずへらっと笑って言った。

「それもそうだな。で、あんたらもこの測定器が壊れたことに関係してるわけ──」

 不機嫌そうに言いかけて、エリックさんはふと何かに目を止め、つかつかと私の横を素通りした。
 そして、ギルハード様の前に立つと、じろじろとギルハード様を観察し、首元の茨の紋様を見ている。

「そういうこと。これ、あんたが壊したの?」
「ああ。これは貴方が作ったものなのか?」
「そうだ。この猫の爪で最も優秀な魔法道具技師であるエリック・ライハムの大傑作になる予定の魔力測定器だ」
「壊したことは申し訳ないが、この件はそこのロイド殿と誓約を交わした上でのことだ。責任は負いかねる」

 ギルハード様はエリックさんにあの誓約書を見せながら言った。
 エリックさんは前のめりになりながら誓約書に目を通す。一通り見終わると背筋を伸ばして頷いた。

「ふぅん。ロイド、数値は?」
「カンスト100000」
「じゃあ、もっと許容領域を広げる必要があるな。ソウラ・アディカルの文献にある許容領域拡張の術式案でも試してみるか。取り寄せできるか?」
「魔法図書館に相談してみるよ~」

 自分が来るまでに何があったのかを理解したのだろう。エリックさんはさっきとは打って変わってけろりとしている。

「ん」
「ん? ああ、どうも」

 ずっと部品を拾っていたギーシャが部品をハンカチに包んで、エリックさんに差し出した。

「ところで、あんたら誰? 『茨の魔王』は王子の直属騎士らしいけど。それにその髪と目の色──」
「そうだよ~。その方が魔王の主、レイセン王国第三王子様だよ」
「・・・・・・へぇ」

 エリックさんはそれだけ言って、ハンカチに包まれた部品を受け取った。
 何か、変な間があったな。
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