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第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

ギーシャ・ライゼンベルトという人

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 ・・・・・・・・・・・・。

 はっ! 今一瞬フリーズしてた!

「えーと、マリス嬢がギルハード様に笑いかけたからって言いました」
「ああ」

 ギーシャ王子がこくりと頷く。

「え? ギルハード様にですか? ギーシャ王子ではなく?」

 同じ「ギ」から始まる名前だから間違えて──いやいや、流石に自分の名前を人の名前と間違えないって!

「俺とギルハードを言い間違えるわけがないだろう」

 ですよねー。
 うん、予想の斜め上というか、斜め下というか、まさかギルハード様の名前が出てくるとは思ってなかったよ。
 ヤバい。何一つとしてマリス嬢がギルハード様に笑いかけたら、ギーシャ王子がマリス嬢を好きになる理由がわからん。
 なんか、そんな諺あったな。なんだっけ? 風が吹けば桶屋が儲かるだっけ?
 風吹くとなんで桶屋が儲かるんだっけ?
 えーと、鼠が桶を齧るのはなんとなく覚えてる。
 って、今は桶屋じゃないんだよ! ギーシャ王子なんだよ!

「まぁ、そうですが。えぇと、それはマリス嬢がギルハード様に向けた笑顔が可愛かったとかですか?」
「違う」

 ふるふると首を振ってギーシャ王子が否定する。違うんかい。

「あの、差し支えなければもう少し詳しく教えて頂けますか?」
「いいが・・・・・・そうだな。まず、ギルハードは顔が怖いだろう」
「・・・・・・ええ、まぁ」

 ギルハード様の顔が頭に浮かぶ。ギルハード様の顔は猛禽類みたいだ。別に鷹顔や鷲顔という訳ではない。
 凛々しいけど、強者に相応しい怖さがある顔。特に眼光の鋭さは鷹だろうが虎だろうが尻尾を巻いて逃げそうな威圧感がある。
 ゲームで見慣れていて、ギルハード様が恐ろしいだけの人ではないことも知っている私でさえ今でも一瞬びくっとしてしまう程だ。
 が、ギルハード様のお顔とマリス嬢が結びつかない。やっぱ桶屋? 桶屋なの?

「それに『茨の魔王』という特異体質を持っている。だからギルハードはいつも一人だった・・・・・・いや、あのキリという子が来てからはよく二人でいるが、それでも周りはギルハードを避けていたんだ」

 確かにギルハード様が誰かと一緒にいるとすればギーシャ王子か、キリくんくらいだ。
 時々、仕事の話なのか他の人と話している姿を見かけるけど、相手はびくびくとしているし、用事が済めば逃げるように立ち去っていた。

「そんなギルハードにマリスは笑いかけていた。ギルハードだけじゃない。呪術師の家系のメアや成金貴族と呼ばれているラウルにも笑いかけていたんだ」
「はぁ・・・・・・」
「だから、思ったんだ。そんな彼女なら俺のことも愛してくれるのではないかと」

 にこりと微笑むギーシャ王子。
 私は思った。

 ──それ、全員攻略対象だ・・・・・・。

 あー、うん。成程成程。納得した。
 魔法と違い、忌避される呪術を扱うメア様や、新興貴族で僻みから成金呼ばわりされてるラウルは学園でも浮いた存在だ。ラウルの方は上手くやってるみたいだけど。
 でも、そんな厄介な事情持ちに笑顔で接するマリス嬢はまるで博愛の精神を持った心優しい少女に見えたことだろう。
 出てきた名前が攻略対象ばっかだから、彼女が本当に博愛主義かは疑わしいところだけど。

 博愛主義。
 ギーシャ王子がマリス嬢をそう思っていることが分かって、私は理解した。
 それなら全て符合する。

 転生してから知ったこと。
 ギーシャ・ライゼンベルトは自己評価が低い。
 いや、違うな。
 正確には、ギーシャ王子は自分は世界中の人間にとってどうでもいい存在だと思い込んでいるのだ。

 いつからだったか。
 まだ私とギーシャ王子が幼い頃。
 ある日突然、ギーシャ王子は人に対して怯えるようになった。
 部屋に閉じ籠り、録に話も出来ない状態だったらしい。
 その時、ギーシャ王子とよく一緒に遊んでいた私が呼ばれた。
 幼馴染みだったからか、ギーシャ王子は辛うじて私とは話をしてくれた。私は何故、人に怯えるのかを訊ねた。
 ギーシャ王子は自分は世界中の人間に憎まれていると思っていたのだ。
 外に出れば周囲から憎悪の感情を向けられると思い込み、外に出られなくなった。
 どうして急にそんなことを言い出したのかは分からない。
 ただ、その少し前にギーシャ王子のお母さんが亡くなったのは覚えている。ギーシャ王子のお母さんと会ったことは片手で数えられる程度で、そのことがギーシャ王子の急な変化に関わっているかは分からない。
 私はその後、毎日のように王宮に通い詰め、ギーシャ王子と一緒に遊んだ。お父様もギーシャ王子のことを気にかけていて、よく顔を見せてくれた。
 私に出来たのは一緒に遊ぶことだけだったけど、お父様の協力もあってか、暫く経つとギーシャ王子は部屋の外へ出られるようになっていた。
 その頃には自分が世界中の人間に憎まれているとは思っていなかったけど、何故か代わりに自分は誰にとってもどうでもいい人間だと思うようになっていたので、よくなったかどうかは微妙なところだった。
 部屋から出た後は、前のように人と普通に接することが出来るようになってたけど、それでも一人でいることを好むようになったと思う。
 この物置部屋で遊ぶようになったのもその頃からだ。

 つまり、ギーシャ王子はこう思っているのだ。
 誰にとってもどうでもいい存在である自分が誰かから愛される筈がない。

 けれどギーシャ王子は心の底では愛されたがっていたのだろう。
 お父様が言っていた。ライゼンベルト王家の人間は愛されたい気持ちや愛したい気持ちが強いのだと。それは普段は心の奥底に眠っているけど、何かをきっかけに突然浮かび上がってくるそうだ。
 ギーシャ王子にとってのトリガーは博愛だった。

 少なくとも、ギーシャ王子の目にマリス嬢はそう映っていた。
 人から避けられる傾向の強い攻略対象達に笑いかけている姿を見て、マリス嬢なら自分のことも受け入れ、愛してくれるのではないかと考えたのだ。

 マリス嬢はきっと、他の攻略対象と同じようにギーシャ王子に接したのだろう。
 ギーシャ王子が求めていたのは、安心して愛されることの出来る存在。
 特別な愛ではなく、誰にでも分け隔てなく与えられる平等な愛。ギーシャ王子はマリス嬢が自分の望む形の愛を与えてくれると信じ、彼もまたマリス嬢に好意を返したのだ。

 それがあの婚約破棄の話に繋がり、牽いては二人の少女の殴り合いに繋がった。
 ギーシャ王子がマリス嬢とリンス嬢の行動の理由が理解出来ないのも冷静になれば頷ける。
 ギーシャ王子は自分がどうでもいい存在と思うようになってから、他者を拒絶するようになった。表面上は何も変わらないが、やんわりと気づかれないように他者との間に薄いベールを引いたのだ。それは世界中から憎まれていると思っていた頃のトラウマから、憎悪の感情を向けられないようにするための自衛だった。
 それがさっきギルハード様の言っていたギーシャ王子の欠落に繋がる。

 他者を拒絶するということは、他者を理解しないこと。
 理解しようとしなければ、共感することも出来ない。

 だから、ギーシャ王子はリンス嬢からの好意にも、キャットファイトの理由にも気づかない。

 目の前の美しくも大切なものが欠けてしまっている歪な王子を見て、私はどうしたらいいか分からなくなってしまった。
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