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req.1 はじまりの一夜

3.協力者たち

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「頭がクソ痛ぇ・・・・・・」

 余程頭痛が酷いのか、前屈みなった態勢で頭を押さえながらリュシメルは呟いた。
 リュシメルには取り乱したり、感情が昂ると言葉遣いが汚くなる悪癖がある。
 絶賛、頭と胃とメンタルに痛恨のストレスダメージを受けたリュシメルが王子の前とはいえ、その悪癖を出しても仕方なかった。

「より詳細な説明は彼らが来てからにしようか。そろそろ着く頃だろうし」

 トワルのいう彼らとは、リュシメルと似たような立場の──つまりは、トワルの手駒のことだろう。
 隠蔽と言っても、どんな方法かは知らないが国王の死を隠し、朝までに犯人探しをするというのであれば流石にリュシメルとトワルの二人だけでは不可能だ。

「今回の協力者は──」

 誰? と訊く前に解答が先にやって来た。
 扉が開かれ、一組の男女が寝室に足を踏み入れる。

「こんばんはー!」
「こ、こんばんは・・・・・・」

 現れたのは、赤い髪をポニーテールに括り、ぱっちりとした猫目の小柄で快活そうな少女と右目を長く伸ばした黒い前髪で隠した内気そうな青年。

「イルル、ベアモント。貴方たちが呼ばれていたの」

「リュシメルも呼ばれてたんだー! あ、カップケーキ食べる?」

 パクリ。

 赤髪の少女──イルルが懐から取り出したカップケーキのラッピングを外しながら訊ねたが、リュシメルは脊髄反射でカップケーキにかぶりついた。

「もぐもぐ・・・・・・おいひぃ」

 口に広がる久しぶりの砂糖の甘さに、リュシメルは感動して震えた。

「まだまだあるよー!」

 イルルは笑顔で着ているマントの中から、まるで手品のように沢山の可愛くラッピングされたお菓子をポポーンっと取り出す。

「ふぉおおお・・・・・・ここは天国か、イルルは天使か・・・・・・」

 大量のスイーツが広がるリュシメルにとっては夢のような景色の中、イルルは天使の笑顔のまま、とろけそうな幸福顔を浮かべているリュシメルに近づき、抱きつき、そして──

 むにむにっ。

「うん、順調に育ってるね! ああ、このふわふにゅ感・・・・・・っ! マシュマロで再現したい!」

「・・・・・・」

 ドガビシッ!

「痛ったぁあああ!」

 イルルがリュシメルの体の発展途上中の部位に頬擦りしながら、両手で鷲掴みにして揉みしだくと、ハッピースマイルから一転、ハッピーが落とし穴にでも嵌まったのかと思うような勢いで無表情になり、同時に容赦ない手刀がイルルの脳天に落とされた。
 つむじを押さえながらイルルは涙目でその場に蹲り、何をするのと言いたげな目でリュシメルを見上げる。

「もぐもぐ・・・・・・貴方ね、いい加減セクハラはやめなさい・・・・・・むぐ・・・・・・そろそろ本気でコンプライアンス委員会に相談も考え・・・・・・お茶ほしい」

 苦言を呈しつつも、食べる手は止めない。
 深夜のハイカロリー摂取は不味いと思いつつも、滅多にスイーツを食べられないリュシメルは甘い誘惑には逆らえなかった。
 しかし、カップケーキだけだと口内が乾いてくる。ケーキにはお茶がつきもの。
 リュシメルはお茶を所望した。

「はいはい。じゃあ、お茶でもしながら話する?」

「あ、だったら俺が紅茶を淹れます・・・・・・それくらいしか脳がありませんから・・・・・・」

 トワルの提案におずおずと手を挙げたベアモントが、お茶汲みに名乗り出た。発言がやたら後ろ向きなのは通常運転だ。

「賛成ー! お茶会しよ。真夜中のティーパーティー! で? で? トワル殿下のご用はなんですか?」

「あ・・・・・・!」

 イルルの疑問にリュシメルは思わず声を上げた。
 国王の寝室は広い。
 しかも、二人は部屋に入ると同時に、視線をリュシメルとトワルに向けていたため、寝台の上の惨状をまだ知らない。
 そのため、二人が事態を把握したらどうなるか。

「ああ、あれだよ」

 トワルはリュシメルの時と同じように、軽やかな口振りで視線で二人に寝台を指し示す。
 視線誘導されたイルルとトワルは揃ってくるりと首を捻った。

「「・・・・・・・・・・・・」」

 暫しの沈黙。
 二人はリュシメルと似たような立場の協力者。
 つまり、トワルに借りがあり、問答無用でこき使われる労働仲間だ。
 そして、二人は別に軍属でも、人の生死を間近で見るような役職にも就いていない。
 リュシメルとて、トワルからの依頼で死体を見たのは今回が初めてだ。ならば二人もそうだろう。
 そう考えれば必然的に──さん、はい。

「「わぁあああああああああああああああああああああ!!!? し、死んでるぅうううううううううううう!!??」」

 リアクションがリュシメルと同じになってもおかしくはない。
 青年少女のバリトンとソプラノがハーモニースクリーム。

「うわ、うるさっ」

 人のことは言えないはずなのに、リュシメルは両手で耳を塞いで眉間に皺を寄せながら言った。

「しかも、これ陛下じゃん!?」
「あわわわ・・・・・・ぶくぶく」
「ああああ! ベアが泡吹いて失神したー!」

 来たばかりの二人は阿鼻叫喚。

「リュシメルもベアモントも、イルルも肺活量凄いね。にしても、この反応ワンパターンで飽きちゃったよ。落ち着きないなぁ」

「いや、貴方が冷静過ぎんですよ。心臓超合金ですか。メンタルアダマンタイトですか」

「死体のある部屋で平然とお菓子頬張っている子に言われたくないよ」

(変な人)
(変な子)

 互いを心の中で変人呼ばわりしつつ、面子が揃ったのなら、いい加減始めよう。けど、その前に──。

「おーい、ベア、起きてー!」

「う~ん・・・・・・はっ! 陛下が死んだ夢を見るなんて僕はなんて罪深い・・・・・・って、ああああぁ! やっぱり死んでるぅうう!」ガクリ。

「もぉおおお! いい加減にして! このやり取り三回目だよー!」

 失神してはイルルに揺さぶられ、意識を取り戻し、惨い姿になった国王を見てはまた失神するのを繰り返しているベアモントをどうするか。

「王子、私とイルルはともかく、なんでベアモント呼んじゃったんですか」

 目覚める度に精神力をゴリゴリ削られているであろうベアモントを見て、リュシメルが非難するようにトワルに訊ねた。
 トワルは人差し指で頬を触り、少し考える仕草をしてから、美しい顔にあどけない表情を浮かべて答えた。

「王宮の近く住みだったし、何となく?」

 ベアモントは泣いていい。
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