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第六話 無視? いえいえ、気づいてないだけ
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「失礼しまーす・・・・・・って、うわ広っ」
地下書庫内は照明が廊下よりもしっかりしており、とても明るく、そして広かった。
その空間を圧迫するようにいくつもの本棚やガラスケースが並んでおり、部屋いっぱいにインクや古い紙特有の甘い臭いが充満している。
カリンはこの臭いが苦手ではなく、むしろ好ましく思っていたため、無意識にもう一度大きく深呼吸をした。それから好奇心のまま本棚に並んだ本の背表紙を目で追っていく。
「うーわー、見事に専門書だらけ。電気に生体、重力、天体・・・・・・ここら辺は科学系かな? あ、あっちは人物? 詩人レイリーン、科学者ベルン・ハルフ、考古学者ディオ・カレイド──うーん、聞いたことあるような、ないような」
専門分野には明るくないカリンを首を傾げていると、ガラスケースに仕舞われた一冊の本が目に留まり、カリンを思わずその本を凝視した。
「うそっ! これって『妖精国物語』の初版本!? わー、これはちょっと気になるかも」
すっかり色褪せたボロボロの表紙の『妖精国物語』を眺めながら、カリンはここへやって来た目的を思い出した。
「はっ! いけないいけない。グラム殿下を探してたんだった。えっと、グラム殿下は──もっと奥の方かな?」
本棚の間を縫うように奥へと進んで行くと、たくさん積まれた本に囲まれて、床に直に座っている黒い背中を見つけた。
「見つけた──グラム殿下、少しよろしいですか? 先程のお話ですが──殿下?」
俯いて一心不乱に文字の羅列を追っているグラムに声をかけるが、全く反応がない。
カリンはグラムの横にしゃがみ込み、その横顔を覗き込んだ。
その横顔は知的好奇心で満ち溢れ、顔立ちのおかげか上品さを失っていないことが不自然のほどに瞳はぎらついており、いっそ狂気と言っても過言ではないほどの没入ぶりにカリンは内心で一歩後退った。
「殿下」
「・・・・・・」
もう一度呼び掛けるが、反応はない。
カリンは少しイラァッとしつつも、今度は肩を叩いてみた。
「グラム殿下」
それでもダメだったので、肩を掴んで揺さぶってみる。
「お話が──」
ここまでしても無反応。
「殿下っ!!!」
カリンは思わず耳元で大声で呼び掛け、エレインに静かにと注意されていたことを思い出して両手で口を隠した。
が、グラムは気づかない。
(えっ? これまさか無視されている?)
カリンは恨みがましそうにグラムをじっと見たが、すぐに考えを改めた。
確かにグラムは勝手に用件を伝えてそのまま去るような人間だが、それでも人を無視するほどではない。つまり、純粋にカリンの存在に気づいていないのだ。
「殿下ー、殿下~、おーい、もしもーし? ダメだこりゃ。全っ然気づいてない」
どうしたものかと思い悩むカリンの視界に、グラムが今読んでいる本が見え、カリンは簡単な解決法を思いついた。
「あ、こうすりゃいいわね」
ひょいっと。
カリンはグラムの手から本を取り上げ、ぱたんと閉じた。
すると、今までずっと本の世界に浸っていたグラムが顔を上げ、ぱちりと二人の目が合った。
グラムは本を取り上げられたことに気づくと、まだ遊びたいのにおもちゃを勝手に片付けられた子供のように不機嫌そうな顔になり、カリンに向かって手を差し出し言った。
「カリン君! 何の用だ! 本を返せ!」
唇を尖らせて子供っぽく怒るグラムに、カリンは半眼になりつつ、ため息混じりに訊いた。
「何の用も何も、いきなり用件だけ告げてどっか行ったのは殿下の方でしょう? 何ですか、婚約破棄って」
地下書庫内は照明が廊下よりもしっかりしており、とても明るく、そして広かった。
その空間を圧迫するようにいくつもの本棚やガラスケースが並んでおり、部屋いっぱいにインクや古い紙特有の甘い臭いが充満している。
カリンはこの臭いが苦手ではなく、むしろ好ましく思っていたため、無意識にもう一度大きく深呼吸をした。それから好奇心のまま本棚に並んだ本の背表紙を目で追っていく。
「うーわー、見事に専門書だらけ。電気に生体、重力、天体・・・・・・ここら辺は科学系かな? あ、あっちは人物? 詩人レイリーン、科学者ベルン・ハルフ、考古学者ディオ・カレイド──うーん、聞いたことあるような、ないような」
専門分野には明るくないカリンを首を傾げていると、ガラスケースに仕舞われた一冊の本が目に留まり、カリンを思わずその本を凝視した。
「うそっ! これって『妖精国物語』の初版本!? わー、これはちょっと気になるかも」
すっかり色褪せたボロボロの表紙の『妖精国物語』を眺めながら、カリンはここへやって来た目的を思い出した。
「はっ! いけないいけない。グラム殿下を探してたんだった。えっと、グラム殿下は──もっと奥の方かな?」
本棚の間を縫うように奥へと進んで行くと、たくさん積まれた本に囲まれて、床に直に座っている黒い背中を見つけた。
「見つけた──グラム殿下、少しよろしいですか? 先程のお話ですが──殿下?」
俯いて一心不乱に文字の羅列を追っているグラムに声をかけるが、全く反応がない。
カリンはグラムの横にしゃがみ込み、その横顔を覗き込んだ。
その横顔は知的好奇心で満ち溢れ、顔立ちのおかげか上品さを失っていないことが不自然のほどに瞳はぎらついており、いっそ狂気と言っても過言ではないほどの没入ぶりにカリンは内心で一歩後退った。
「殿下」
「・・・・・・」
もう一度呼び掛けるが、反応はない。
カリンは少しイラァッとしつつも、今度は肩を叩いてみた。
「グラム殿下」
それでもダメだったので、肩を掴んで揺さぶってみる。
「お話が──」
ここまでしても無反応。
「殿下っ!!!」
カリンは思わず耳元で大声で呼び掛け、エレインに静かにと注意されていたことを思い出して両手で口を隠した。
が、グラムは気づかない。
(えっ? これまさか無視されている?)
カリンは恨みがましそうにグラムをじっと見たが、すぐに考えを改めた。
確かにグラムは勝手に用件を伝えてそのまま去るような人間だが、それでも人を無視するほどではない。つまり、純粋にカリンの存在に気づいていないのだ。
「殿下ー、殿下~、おーい、もしもーし? ダメだこりゃ。全っ然気づいてない」
どうしたものかと思い悩むカリンの視界に、グラムが今読んでいる本が見え、カリンは簡単な解決法を思いついた。
「あ、こうすりゃいいわね」
ひょいっと。
カリンはグラムの手から本を取り上げ、ぱたんと閉じた。
すると、今までずっと本の世界に浸っていたグラムが顔を上げ、ぱちりと二人の目が合った。
グラムは本を取り上げられたことに気づくと、まだ遊びたいのにおもちゃを勝手に片付けられた子供のように不機嫌そうな顔になり、カリンに向かって手を差し出し言った。
「カリン君! 何の用だ! 本を返せ!」
唇を尖らせて子供っぽく怒るグラムに、カリンは半眼になりつつ、ため息混じりに訊いた。
「何の用も何も、いきなり用件だけ告げてどっか行ったのは殿下の方でしょう? 何ですか、婚約破棄って」
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