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5.きょうだい会議①
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「守衛を振り切り、侯爵邸へ侵入で不法侵入罪。シェーラ様の手首を跡が残るほど掴んだことで暴行罪。強要罪──は微妙なところでしょうか。先日の侵入者の行為に該当する刑法を纏めました」
「ああ、ありがとう」
細かくびっしりと書き込まれた几帳面な文体の書類を受け取り、キースはそれに目を通した。
ここはキースの執務室であり、今は自分付きの侍従であるカイに手伝って貰いながら、書類仕事を片付けている。
先日、招かれざる客の来訪によって、仕事がひとつ増えてしまった。
ヘンドリックに伝えたように、エドゥーラ伯爵家に抗議するために準備をしている最中だ。
「エドゥーラ伯爵は最近代替わりをして、今は若当主が治めているようです。そのヘンドリックという方が新しい当主でしょう。にしても、何故エドゥーラ伯爵はそのような勘違いを?」
「知らないよ。シェーラの話では一週間前に離縁状が届いて、間違いだろうと無視したら押し掛けてきたってことだけど──こっちとしては青天の霹靂というか、事実無根だし。ほんと、どうなってるんだ?」
キースとしても、何故ヘンドリックがシェーラが自分の妻などという勘違いをしていたのかは謎だった。
面識もない相手を何故、自分の妻と思い込めたのか──まともな精神をしているキースには理解しがたい。
「はぁ。これでまたシェーラは外に出たくなくなるだろうな。ほんとによくも──」
シェーラが邸から出ないことについて、キースも家族も何かを言ったことはない。けれど無理強いをする気は更々ないが、やはり友人をつくり、家族以外にも心を開ける人を増やして欲しいと思ってしまうのが兄心だった。しかし昨日の出来事によって、キースの願いは更に遠退いてしまっただろう。
忌々しさで舌打ちしそうになるのを堪え、代わりにヘンドリックを謗る言葉を吐こうとしたが、それは言葉にはならなかった。
何故なら、執務室の扉を蹴破る勢いでシェーラが転がり込んで来たからだ。
「お────にぃいいいいいさ、まぁああああああああああ!!!!!」
「うわぁ! びっくりした! シェーラ? どうしたの?」
突進する猪のようにやって来た妹は、十五年間で一度も見せたことのないような顔をしていた。
顔色は赤くなったり青くなったりを繰り返し、頭から滝のような汗をかき、目はぐるぐるしており焦点が合っていない。
片手にはぐしゃりと潰され、干し柿のようにしわくちゃになった紙を握り締めている。
その紙を突き出し、シェーラは吃りながら言った。
「こ、こここここ、これこのこあ──」
「とりあえず落ち着いて。一体何が──ぁあああああああ!!?」
シェーラの頭を撫で宥めつつ、くしゃくしゃになった紙を広げて中の内容を読み上げると、キースは語尾を跳ね上げて叫んだ。
「キース様、どうされました?」
主の取り乱しように、カイは脇から手紙の内容を読み、目を丸くした。
シェーラとキースが取り乱すの無理もない。
そこに書かれているのは、シェーラが書いた離縁状が筆跡の不一致によって承認されなかったという──つまり、婚姻届が提出されたことが前提の内容だったのだから。
* * * * *
「ええ~・・・・・・何コレェ」
場所を変え、大広間にて。
同じポーズで頭を抱えて座り込むシェーラとキースと一緒にテーブルを囲み、役所からの手紙の内容にどん引き顔をしているのは、アルトゥニス侯爵家次女であるフィーネだった。
「シェーラ、結婚してたっけ?」
「してませんよ!?」
分かりきっていることだが、念のための確認に訊ねると、間髪入れずにシェーラが否定してきた。
「一体何がどうなって──!? ヤダヤダ怖い怖い」
「お嬢様・・・・・・」
シェーラは青い顔で自分を抱き締めてブルブルと震えている。知らないうちに自分が既婚者になっていたのだ。そのショックは計り知れないだろう。
冷静さを取り戻せずにいるシェーラの肩を抱き締めながら、リサもお労しいと悲しげな顔を浮かべている。
「だよねぇ。で? どうするの? お兄様」
フィーネに訊ねられ、キースがそっと顔を上げる。余程衝撃だったのだろう。さっきまで普通だったキースは、健康を損ねたように顔色が悪く、目の下に隈ができ、頬が痩けていた。
「どうするもこうするも──本人確認のために役所へ行かないと。これからシェーラを連れて行ってくるけど、まずは色々整理したい!」
「そりゃそうよね・・・・・・勝手に婚姻届を提出とか──文書の偽造は重罪よ? 一体何の目的で、そもそも何故シェーラ?」
「分からん。なんっも分からん」
「それが分かれば、こんなところで頭を抱えずに犯人ぶん殴りに行ってますわ・・・・・・」
悪夢に魘されるようにうんうん唸る二人を見て、こりゃ相当参っているなとフィーネは頭を掻いた。
そんな時。
「たっだいまぁ~! 久しぶりに帰って来ちゃった♪ はい、これお土産の人気パティスリーのクッキー──って、どうしたの?」
春風のように朗からに、陽気に、歌うように大広間へ入ってきたのは、長姉のマリーヌであった。
「ああ、ありがとう」
細かくびっしりと書き込まれた几帳面な文体の書類を受け取り、キースはそれに目を通した。
ここはキースの執務室であり、今は自分付きの侍従であるカイに手伝って貰いながら、書類仕事を片付けている。
先日、招かれざる客の来訪によって、仕事がひとつ増えてしまった。
ヘンドリックに伝えたように、エドゥーラ伯爵家に抗議するために準備をしている最中だ。
「エドゥーラ伯爵は最近代替わりをして、今は若当主が治めているようです。そのヘンドリックという方が新しい当主でしょう。にしても、何故エドゥーラ伯爵はそのような勘違いを?」
「知らないよ。シェーラの話では一週間前に離縁状が届いて、間違いだろうと無視したら押し掛けてきたってことだけど──こっちとしては青天の霹靂というか、事実無根だし。ほんと、どうなってるんだ?」
キースとしても、何故ヘンドリックがシェーラが自分の妻などという勘違いをしていたのかは謎だった。
面識もない相手を何故、自分の妻と思い込めたのか──まともな精神をしているキースには理解しがたい。
「はぁ。これでまたシェーラは外に出たくなくなるだろうな。ほんとによくも──」
シェーラが邸から出ないことについて、キースも家族も何かを言ったことはない。けれど無理強いをする気は更々ないが、やはり友人をつくり、家族以外にも心を開ける人を増やして欲しいと思ってしまうのが兄心だった。しかし昨日の出来事によって、キースの願いは更に遠退いてしまっただろう。
忌々しさで舌打ちしそうになるのを堪え、代わりにヘンドリックを謗る言葉を吐こうとしたが、それは言葉にはならなかった。
何故なら、執務室の扉を蹴破る勢いでシェーラが転がり込んで来たからだ。
「お────にぃいいいいいさ、まぁああああああああああ!!!!!」
「うわぁ! びっくりした! シェーラ? どうしたの?」
突進する猪のようにやって来た妹は、十五年間で一度も見せたことのないような顔をしていた。
顔色は赤くなったり青くなったりを繰り返し、頭から滝のような汗をかき、目はぐるぐるしており焦点が合っていない。
片手にはぐしゃりと潰され、干し柿のようにしわくちゃになった紙を握り締めている。
その紙を突き出し、シェーラは吃りながら言った。
「こ、こここここ、これこのこあ──」
「とりあえず落ち着いて。一体何が──ぁあああああああ!!?」
シェーラの頭を撫で宥めつつ、くしゃくしゃになった紙を広げて中の内容を読み上げると、キースは語尾を跳ね上げて叫んだ。
「キース様、どうされました?」
主の取り乱しように、カイは脇から手紙の内容を読み、目を丸くした。
シェーラとキースが取り乱すの無理もない。
そこに書かれているのは、シェーラが書いた離縁状が筆跡の不一致によって承認されなかったという──つまり、婚姻届が提出されたことが前提の内容だったのだから。
* * * * *
「ええ~・・・・・・何コレェ」
場所を変え、大広間にて。
同じポーズで頭を抱えて座り込むシェーラとキースと一緒にテーブルを囲み、役所からの手紙の内容にどん引き顔をしているのは、アルトゥニス侯爵家次女であるフィーネだった。
「シェーラ、結婚してたっけ?」
「してませんよ!?」
分かりきっていることだが、念のための確認に訊ねると、間髪入れずにシェーラが否定してきた。
「一体何がどうなって──!? ヤダヤダ怖い怖い」
「お嬢様・・・・・・」
シェーラは青い顔で自分を抱き締めてブルブルと震えている。知らないうちに自分が既婚者になっていたのだ。そのショックは計り知れないだろう。
冷静さを取り戻せずにいるシェーラの肩を抱き締めながら、リサもお労しいと悲しげな顔を浮かべている。
「だよねぇ。で? どうするの? お兄様」
フィーネに訊ねられ、キースがそっと顔を上げる。余程衝撃だったのだろう。さっきまで普通だったキースは、健康を損ねたように顔色が悪く、目の下に隈ができ、頬が痩けていた。
「どうするもこうするも──本人確認のために役所へ行かないと。これからシェーラを連れて行ってくるけど、まずは色々整理したい!」
「そりゃそうよね・・・・・・勝手に婚姻届を提出とか──文書の偽造は重罪よ? 一体何の目的で、そもそも何故シェーラ?」
「分からん。なんっも分からん」
「それが分かれば、こんなところで頭を抱えずに犯人ぶん殴りに行ってますわ・・・・・・」
悪夢に魘されるようにうんうん唸る二人を見て、こりゃ相当参っているなとフィーネは頭を掻いた。
そんな時。
「たっだいまぁ~! 久しぶりに帰って来ちゃった♪ はい、これお土産の人気パティスリーのクッキー──って、どうしたの?」
春風のように朗からに、陽気に、歌うように大広間へ入ってきたのは、長姉のマリーヌであった。
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