上 下
5 / 12
フラグ1 悪役令嬢との接近を阻止せよ!

第5話 聖女という評価

しおりを挟む
 走らない程度に歩を速めたので、本鈴が鳴る前には教室に入ることが出来た。

「あっ! ノースベル様! 大丈夫ですか? お加減が優れないと窺ったのですが」
「授業を受けても平気なのですか?」
「ご無理はなさらないで下さい」
「よろしければ、わたくしの膝掛けをお使い下さい」
「さぁ、お席にどうぞ」

 一歩踏み入るだけでこの騒ぎ。聖女の権威恐るべし、だ。
 本物の聖女でない身としては気が引けるけど、聖女じゃないからいいです! なんて言える訳ないし。
 とりあえず、心配してくれるクラスメイトには大丈夫だと伝え、膝掛けを貸してくれようとした女生徒にはやんわりと断り、椅子を引いてくれた男子生徒にはわざわざ断るのも失礼なので、そのまま席に座ってお礼を言った。

「心配かけてごめんなさい。けど、私は大丈夫だから」

 むしろ、大丈夫じゃないのは兄の方だろう。いきなり前世を思い出したと思ったら、何か知らんが窮地に立たされてるっぽいし。
 さっきはあんな態度取っちゃったけど、帰ったらもう少し優しくしてあげても──

(え! マジで!? してして! 優しくして! マイシスター!)

 ・・・・・・・・・・・・。

(ぐわっ、ぎャ!? またあの呪詛っぽいものがぁあああああ! それマジでやめて! 怖いんだって!)

 全く、少し甘やかそうと思ったらこれだ。あの兄め。
 ほんと、慣れっことはいえ何もかも筒抜けだと、こういう時困る。
 まだ混乱してるっぽい兄の方からも雑な思念が届くから、脳髄が痒くて仕方ない。

 ついつい、兄の思念に気を取られたが、クラスメイトの声で意識が表層に引き戻された。

「ご自愛下さいませ。何しろ、ノースベル様はバイロード王国に十八人しかいない聖女のお一人・・・・・・それも序列六位の天才なのですから!」

 興奮して頬を薔薇色に染めた女生徒が拳を握って力説してくる。

「そんなことないわよ」

 私は笑顔を作り、そう答えた。
 笑ったら何か周囲で悲鳴が上がった。相変わらずなんだこれ、だ。
 あ、兄の記憶にあったな。あれ、なんだっけ? あいどる? そうクラスのアイドルポジション。よく分からないけど、それがしっくり来る気がする。
 にしても。

 ・・・・・・序列、ねぇ。

 聖女とは人々を癒す力を持つ天使の代行者。聖母の化身。そんな別称がつくくらいには尊い役職に序列とは。本当に人間というのは何にでも番付をしたがる生き物だな。

 聖女の序列は力の強さだけでなく、貢献度などの実績も加味される。
 正直、私はこの序列を鼻で笑うしかない。

 私は特に社会奉仕の精神に溢れた心優しい少女という訳でもないので、国からの要請がなければ目の前に怪我人や急病人がいない限りは力を使わない。
 第一位のように自ら進んで慈善活動やら国内の民間の診療所を行脚したり、第八位のように宮廷医師の特別顧問として兵士を診たりする気は起きない。
 そんな私が十八人中の第六位なのだ。借り物の力・・・・・しか振るえない、この私が。

 胸の中に黒い渦がわだかまる。
 聖女の序列も、周囲の評価も、自身の虚偽も、全て馬鹿馬鹿しくて虚ろだ。

 暗い気持ちになってきたところに、陰鬱な空気とは無縁そうな高笑いが闇を切り裂く火の矢の如く放たれた。

「おーっほっほっほっ! 聖女なのに体調不良だなんて、弛んでいるのではありませんの? ノースベル・フォーシー! それはもう、私腹を肥やして虎のカーペットに寝そべってご馳走を貪り食らう豚のような悪徳官僚のお腹くらいの弛みっぷりですわね! まぁ、貴方は所詮第六位。第三位・・・たるこのわたくしの敵ではないというわけですわね! せいぜい今夜は温かくして早めに寝るとよろしいわ!」

 一体いつの時代のロマンス小説に登場する高飛車お嬢様だ、とツッこみたくなるような笑い声で、人を馬鹿にしてるんだか、気遣っているんだか、根っこの人の善さ的なものが出ている台詞を言ったのは、クラスメイトのイザベラ・ハーシィ。

 二つに分けて胸元に垂らしている艶やかな黒髪は見る者についついチョココロネを食べさせたがらせる程の見事な縦ロール。強い意志の宿った深紅のつり上がった瞳。健康的で張りのある肌。自主性を尊重するという校則ギリギリを攻めたフリルと薔薇の装飾まみれの改造制服。

 ご丁寧に手の甲を口許に寄せて扇まで作っている。
 物語に登場するちょっとアレなお嬢様を完全再現している彼女こそ、私を除いて同世代に三人しかいない中でもトップクラスの序列第三位の聖女様だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

母は、優秀な息子に家の中では自分だけを頼ってほしかったのかもしれませんが、世話ができない時のことを全く想像していなかった気がします

珠宮さくら
恋愛
オデット・エティエンヌは、色んな人たちから兄を羨ましがられ、そんな兄に国で一番の美人の婚約者ができて、更に凄い注目を浴びる2人にドン引きしていた。 だが、もっとドン引きしたのは、実の兄のことだった。外ではとても優秀な子息で将来を有望視されているイケメンだが、家の中では母が何から何までしていて、ダメ男になっていたのだ。 オデットは、母が食あたりをした時に代わりをすることになって、その酷さを知ることになったが、信じられないくらいダメさだった。 そんなところを直す気さえあればよかったのだが……。

婚約破棄が成立したので遠慮はやめます

カレイ
恋愛
 婚約破棄を喰らった侯爵令嬢が、それを逆手に遠慮をやめ、思ったことをそのまま口に出していく話。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

処理中です...