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1.浮気現場
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晴れやかな五月の昼下がり。
伝統ある格式高いスーベル王立学園の外れにある楠の下のベンチにけしからん男女がいた。
男子生徒は赤髪に勝ち気なアーモンドアイの端正な顔立ちをしており、女子生徒の方も綿菓子のようなふわふわのピンクの髪を二つ結びにした可愛らしい容姿をしている。
「ふふっ、いいんですかぁ? 殿下? こんなところでなんて──婚約者に見られたらことですよぉ?」
蜂蜜とチョコレートシロップをガンガン振りかけた角砂糖でもそこまで甘くないだろうと思わせるような、同じ女が聞いたら舌がビリビリに痺れそうな猫なで声で女子生徒が言う。
言っていることは、まるで相手の行為を窘めようとしているものだが、その相手に甘えるようにしなだれかかっている時点で満更でもないのがありありと分かる。
「問題ないない。アレは四六時中ぼけっと間抜け面を晒しているようなどん臭い女だ。もしバレたところでどうこうすることも出来ないだろうよ」
「きゃははっ! ひっどーい!」
この場にいないのを良いことに、二人は男子生徒の婚約者を散々にこけ下ろした。
男子生徒──イシサ・ディームサイトはこのゴールレッド王国の第二王子であり、婚約者がいる。
そして、当然ながら今、イシサの腕の中にいる女子生徒──ラシュッチ・ラングネージュはイシサの婚約者ではない。
正真正銘の浮気である。こいつら、クズである。
「殿下ぁ」
「ラシュ」
キャッキャウフフ!
イチャイチャチュッチュ。
二人はそのまま、思わずフレームアウトして綺麗な青空をご覧下さい的な展開へと入った。
「見ーちゃった見ーちゃった、うーわき現場見ーちゃった♪」
「「!!!?」」
その時、レーティングの女神の如き可憐な歌声が二人の頭上に響き渡った。
第三者の声に、誰もいる筈がないと高を括っていた二人は勢いよく跳ね起きて顔を上げた。
見上げると、ベンチの背を隔てて一人の女子生徒が二人を見下ろしている。
女子生徒は陽光のような柔らかな長い金髪を耳に掛ける仕草をして、微笑んでいる。
垂れ目かつ、伏せ目がちなためか、常に眠たげな眼には赤とオレンジを溶かした宝石のような色が輝いている。
ラシュッチが可愛い、愛らしいという感想が先に出てくる見た目なら、この女子生徒は優しげ、穏やかという言葉が似合う容貌だった。
が、そんな優しげで穏やかそうな女子生徒こそ、今この世で一番イシサの心臓が停まりかける人物であった。
「え? はっ!? ユ、ユララッ!! お前何でここに──!?」
「そこの自販機にしかないいちごみるくを買いに来たら、お二人をお見かけしたので~」
パックのいちごみるくをストローで啜りながら、乱入者である少女は穏やかに答えた。
「ユララ、これはその──誤解だ。俺はただ、ちょっとラシュッチ嬢と世間話に花を咲かせてただけで──」
花を咲かせていたのは両者の脳内とラシュッチの肌にであるが、イシサは何とか誤魔化そうと必死に言い訳を並べ始めた。
「第三ボタンまで開いて?」
「寝技の練習相手にもなってもらったから、少し服が乱れて──」
「ベンチの上で?」
「ああ、いや。さっきまで芝生の上にいたから」
「服が乱れている割には草の葉一つついていませんね?」
「ああ、いや──えーっと・・・・・・」
「というか、ぶっちゃけイチャイチャチュッチュの辺りから見ておりました」
「あ────────!!!!!」
「浮気ですねぇ」
喋れば喋るほどボロが出て自滅して頭を抱えるイシサに、ユララは簡潔に事実を告げた。
そう、彼女こそイシサの婚約者であるユララ・ハルウララ公爵令嬢である。
「そうだそうだよ! 俺はラシュと浮気してた! 悪いか!?」
悪いに決まっている。
だが、逆ギレし出したイシサにそんな常識は通用しない。
「そうよぉ! そもそも、人が愛を育んでいる場所に入り込んで来るなんて、非常識よ!」
そんなイシサに同調して、ラシュッチも滅茶苦茶言い出した。
「校内で不純異性交友も非常識では?」
ユララがこてんと首を傾げて至極もっともな指摘をする。
「うるっさいわね! このボケボケ女! 大体、何であんたみたいな家柄だけしか取り柄のない女が殿下の婚約者なのよ! 私の方が可愛いのに!」
「可愛いだけでは王子妃にはなれませんよ~」
ビシッと指をさされてストレートに罵倒されたユララは、困り眉でやんわりと指摘した。というか、彼女はもう怒っていい。だが、如何せん彼女は春の陽光のような性格をしていたので、怒ることなくどうしたらこの場から逃げられるかを考え始めた。
(あらあら~? 何だか面倒くさいことになってしまいましたねぇ。ちょっと注意しようと思っただけなのに、何故こんなことに? よく分からないので、さっさとズラかりましょ~)
ユララは二人の展開する支離滅裂な持論が怖かったので、逃げを打つことにした。
「何よ! 私がアンタに劣っているとでも!?」
「優劣についてはよく分かりませんので、私はこれで──」
「待ちなさいよ!」
「いたたたっ! ラシュッチ嬢~、髪の毛を引っ張られるのは困ります~っ」
ヤベー奴には関わらないに限る。
それを弁えたユララは春風のように爽やかに立ち去ろうとしたが、ラシュッチに後ろ髪を引っ張られ、引き止められた。
それでもユララは頭皮を引っ張られる感覚に顔をしかめるだけで怒らない。
「あのねぇ! 言っとくけど、殿下はアンタより私のことを愛してるんだから勘違いしないで頂戴!」
「ヒュー! ラシュ、カッコいい! 愛してる!」
「もっと言って!」
イカれたカップルの茶番を背にユララはこれ以上二人を刺激しないように言った。
「そうですね~、二人の愛は素晴らしいです。よ、ご両人、お似合いですね~。なので、邪魔者は退散します。あ、けど校内でイチャイチャはともかくチュッチュはダメですよ~」
最早片方が自分の婚約者であることなどお構いなしに二人をおだて、ひたすら解放されるのを待つ。
バカっプル(二重の意味で)はそんなユララに気をよくしたのか、ニヤニヤと締まりのない顔を晒している。
そして、有頂天になったのか、イシサがとんでもないことを言った。
「ああ、そうだ。俺の隣にはラシュこそが相応しい! という訳で、お前との婚約は破棄だ、ユララ!」
「あら~?」
伝統ある格式高いスーベル王立学園の外れにある楠の下のベンチにけしからん男女がいた。
男子生徒は赤髪に勝ち気なアーモンドアイの端正な顔立ちをしており、女子生徒の方も綿菓子のようなふわふわのピンクの髪を二つ結びにした可愛らしい容姿をしている。
「ふふっ、いいんですかぁ? 殿下? こんなところでなんて──婚約者に見られたらことですよぉ?」
蜂蜜とチョコレートシロップをガンガン振りかけた角砂糖でもそこまで甘くないだろうと思わせるような、同じ女が聞いたら舌がビリビリに痺れそうな猫なで声で女子生徒が言う。
言っていることは、まるで相手の行為を窘めようとしているものだが、その相手に甘えるようにしなだれかかっている時点で満更でもないのがありありと分かる。
「問題ないない。アレは四六時中ぼけっと間抜け面を晒しているようなどん臭い女だ。もしバレたところでどうこうすることも出来ないだろうよ」
「きゃははっ! ひっどーい!」
この場にいないのを良いことに、二人は男子生徒の婚約者を散々にこけ下ろした。
男子生徒──イシサ・ディームサイトはこのゴールレッド王国の第二王子であり、婚約者がいる。
そして、当然ながら今、イシサの腕の中にいる女子生徒──ラシュッチ・ラングネージュはイシサの婚約者ではない。
正真正銘の浮気である。こいつら、クズである。
「殿下ぁ」
「ラシュ」
キャッキャウフフ!
イチャイチャチュッチュ。
二人はそのまま、思わずフレームアウトして綺麗な青空をご覧下さい的な展開へと入った。
「見ーちゃった見ーちゃった、うーわき現場見ーちゃった♪」
「「!!!?」」
その時、レーティングの女神の如き可憐な歌声が二人の頭上に響き渡った。
第三者の声に、誰もいる筈がないと高を括っていた二人は勢いよく跳ね起きて顔を上げた。
見上げると、ベンチの背を隔てて一人の女子生徒が二人を見下ろしている。
女子生徒は陽光のような柔らかな長い金髪を耳に掛ける仕草をして、微笑んでいる。
垂れ目かつ、伏せ目がちなためか、常に眠たげな眼には赤とオレンジを溶かした宝石のような色が輝いている。
ラシュッチが可愛い、愛らしいという感想が先に出てくる見た目なら、この女子生徒は優しげ、穏やかという言葉が似合う容貌だった。
が、そんな優しげで穏やかそうな女子生徒こそ、今この世で一番イシサの心臓が停まりかける人物であった。
「え? はっ!? ユ、ユララッ!! お前何でここに──!?」
「そこの自販機にしかないいちごみるくを買いに来たら、お二人をお見かけしたので~」
パックのいちごみるくをストローで啜りながら、乱入者である少女は穏やかに答えた。
「ユララ、これはその──誤解だ。俺はただ、ちょっとラシュッチ嬢と世間話に花を咲かせてただけで──」
花を咲かせていたのは両者の脳内とラシュッチの肌にであるが、イシサは何とか誤魔化そうと必死に言い訳を並べ始めた。
「第三ボタンまで開いて?」
「寝技の練習相手にもなってもらったから、少し服が乱れて──」
「ベンチの上で?」
「ああ、いや。さっきまで芝生の上にいたから」
「服が乱れている割には草の葉一つついていませんね?」
「ああ、いや──えーっと・・・・・・」
「というか、ぶっちゃけイチャイチャチュッチュの辺りから見ておりました」
「あ────────!!!!!」
「浮気ですねぇ」
喋れば喋るほどボロが出て自滅して頭を抱えるイシサに、ユララは簡潔に事実を告げた。
そう、彼女こそイシサの婚約者であるユララ・ハルウララ公爵令嬢である。
「そうだそうだよ! 俺はラシュと浮気してた! 悪いか!?」
悪いに決まっている。
だが、逆ギレし出したイシサにそんな常識は通用しない。
「そうよぉ! そもそも、人が愛を育んでいる場所に入り込んで来るなんて、非常識よ!」
そんなイシサに同調して、ラシュッチも滅茶苦茶言い出した。
「校内で不純異性交友も非常識では?」
ユララがこてんと首を傾げて至極もっともな指摘をする。
「うるっさいわね! このボケボケ女! 大体、何であんたみたいな家柄だけしか取り柄のない女が殿下の婚約者なのよ! 私の方が可愛いのに!」
「可愛いだけでは王子妃にはなれませんよ~」
ビシッと指をさされてストレートに罵倒されたユララは、困り眉でやんわりと指摘した。というか、彼女はもう怒っていい。だが、如何せん彼女は春の陽光のような性格をしていたので、怒ることなくどうしたらこの場から逃げられるかを考え始めた。
(あらあら~? 何だか面倒くさいことになってしまいましたねぇ。ちょっと注意しようと思っただけなのに、何故こんなことに? よく分からないので、さっさとズラかりましょ~)
ユララは二人の展開する支離滅裂な持論が怖かったので、逃げを打つことにした。
「何よ! 私がアンタに劣っているとでも!?」
「優劣についてはよく分かりませんので、私はこれで──」
「待ちなさいよ!」
「いたたたっ! ラシュッチ嬢~、髪の毛を引っ張られるのは困ります~っ」
ヤベー奴には関わらないに限る。
それを弁えたユララは春風のように爽やかに立ち去ろうとしたが、ラシュッチに後ろ髪を引っ張られ、引き止められた。
それでもユララは頭皮を引っ張られる感覚に顔をしかめるだけで怒らない。
「あのねぇ! 言っとくけど、殿下はアンタより私のことを愛してるんだから勘違いしないで頂戴!」
「ヒュー! ラシュ、カッコいい! 愛してる!」
「もっと言って!」
イカれたカップルの茶番を背にユララはこれ以上二人を刺激しないように言った。
「そうですね~、二人の愛は素晴らしいです。よ、ご両人、お似合いですね~。なので、邪魔者は退散します。あ、けど校内でイチャイチャはともかくチュッチュはダメですよ~」
最早片方が自分の婚約者であることなどお構いなしに二人をおだて、ひたすら解放されるのを待つ。
バカっプル(二重の意味で)はそんなユララに気をよくしたのか、ニヤニヤと締まりのない顔を晒している。
そして、有頂天になったのか、イシサがとんでもないことを言った。
「ああ、そうだ。俺の隣にはラシュこそが相応しい! という訳で、お前との婚約は破棄だ、ユララ!」
「あら~?」
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