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最終章 灰色の魔女

DDH-24 カージマー18

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あれから数年が過ぎた。
仲間のバカヤロウ達も増えて、ついでに安定した顧客と仕事も得て、航海は順風満帆!
ただ……一人だけ、ホンモノの「大馬鹿野郎」がたりない。
あのバカヤロウが戻ってきたら、とりあえず一発殴るとして、まずは出港、宇宙の海へ!
いくで! バカヤロウども!

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「船長。玉掛け完了しました。船の移動許可が管制から出ています」
 一般に「玉掛け」とはクレーンなどに物を掛け外しする作業のことだが、転じてトレインに荷物を繋ぐ作業全般を指す。
 もっとも、この船の場合は、そのトレインはまだ完成していない。
 この船が、玉掛け作業で繋がれた岩石群にくっついて、ようやく完了となる。
 それを待たず「完了」とか「移動許可」とか言われるのは、この船がDDH24型という、ライフル弾を真っ二つに叩き割ったような形状をしていて、その平らな部分で先頭の巨大岩石に自力で貼りつくから。

 機関長の声に頭を上げて、モニターに目をやった。
 スケールガイドが正確なら、長径10kmを越える巨大岩石が浮かび、そこから無数のケーブルが伸びていた。
 その中でも際だって太い4本のケーブルには所々「こぶ」があり、やはり岩石が繋がれている。
 トレインで最近流行っている「シャンデリア式」という繋ぎ方だ。
 巨大質量を繋ぎながら、トレイン全体の長さを短くすることができる。
 さらに、先頭の巨大岩石にスラスターを打ち込んで有線操作することによって、スラスターポールも短くしつつ、岩石そのものの大きさを利用して機動性をむしろ向上させることもできる。

 もちろん、いいところずくめではない。
 いびつな形状の巨大岩石をバランス良く制御するには高性能のコンピュータと、さらに練度の高いクルーが必要となる。
 そして、それらを総て詰め込める「船」が。
 高性能な船は、それ自体に高値が付く。
 となると、荷物ではなく船そのものを狙う海賊の脅威もあり得る。

 100mのショートトラックを幅10mサイズにまで縮め、さらに半分に切ったような船橋は、前方の湾曲部も、真っ平らな後部も、ついでにドーム状の天井も、モニターパネルになっている。
 湾曲部にはテーブルが備え付けられていて、選りすぐりの要員がならんでいる。
 もっとも、選り好みが過ぎたのか、定員には及んでいない。
 ほぼ同型のDDH22は、専従の武器管制官がいるとはいえ、この船橋の2倍近い要員が詰めているらしい。
 ただ、そうなれば派閥もどきができかねない。
 余るくらいなら足りない方がマシだ!

 私はその船橋の後端中央にある船長席に熊の縫いぐるみを置いて、自分は航海士席に移動した。
 それまで航海士席に座っていた、整えられた髭をたくわえた長躯の男性がすっと席をあけ、左後方に立つ。
 次席航海士の目が笑っている。いつものことだと。

 右手の機関長は、30代後半か40代前半に見える。
 ブラウンに近い濃い赤毛を短く刈り込んでいる。
 彼は私に、きれいなウインクを送ってきた。
 次席機関士は、もう少し若い。
 機関長をスカウトしたとき、彼とともについていた。

 左側には船務長。
 ヒゲと傷の隙間に顔があるという風貌で年齢はわかりにくいが、まだ40手前らしい。
 私と目が合うと、何がおかしいのか豪快な笑い声をあげた。
「船務」というのは、一般には「雑用係」で、船の内部のメンテナンスや食事の準備から時には船外活動も行うというのが表向きだが、荒事も十分に予想されるこの船では、白兵戦の主兵力でもある。

 私掠船につかまって鉱山奴隷にされているのを彼の部下もろともサルベージして、この船に雇った。
 もっとも、彼ら自身が元々は私掠船の襲撃要員で、荒事も船外活動も慣れたものだ。
 豪快大ざっぱなくせに妙に義理堅く、鉱山奴隷から助け出した私に対しての忠誠度だけなら、100人に近い乗組員のいるこの船でも1番だろう。

 私の代わりに船長席に置いてきた縫いぐるみは、現在この船の「船長」だ。
 先代[カージマー18]の船主が常々「船長なんか置物でいい」と言っていたので、地球のテーマパークに行ったときに買った物を船長席に座らせたところ、宇宙港から文句がなかったので、そのまま定着した。
 もっとも、この船とこのクルーを相手にヘタな文句を入れたら、宇宙港が無事で済むかもあやしいので、躊躇しているだけかもしれないが。

「船長!」「お嬢!」「嬢ちゃん!」
 それぞれが勝手に私を呼ぶ。
 私への呼称を統一しておかなかったのは、今にして思えば私の最大のミスだな。
 ……足りないのは、私を「ガキ」と呼ぶバカヤロウの声だけ。
 ともあれ、私は口を開いた。
『DDH24[カージマー18]、離岸します』
 宇宙港から『航海の無事を祈念します』という定型文の返信を待って、通信を船外から船内放送に切り替えた。
「あのシャンデリアにくっつく。目的地は木星エウロパ。
 やることは『ついうっかり』。以上!」
 言い終わると、船橋が笑いで満たされた。

「ついうっかり」

 宇宙でパージした岩石が何かにぶつかると、パージした側がぶつけられた側に無限賠償責任を負う。
 が、玉突き状に、ぶつけられた相手が軌道を見失い、さらに別の何かにぶつかっても、そこまでの責任は問われない。
 通常、このような天体ショークラスの玉突き事故は、次の天体にぶつかるまでに数年から数百年以上もかかる。
 それから「そもそも」を探し当てて責任追及をしようとしても、「加害者」は往々にして廃業か破産をしていて、手間に見合うリターンが見込めないから。
 そのルールを逆手にとって、あえて無人の小惑星や微細衛星に岩石をぶつけ、弾かれた相手を使って目的のコロニーやドーム都市にダメージを与えようというのが、最近この船が請け負っている仕事だ。
 この手の、言いようによっては「無差別都市攻撃」が禁止にならない理由も単純だ。
 そもそも、それぞれがランダムに自転・公転している無人天体を相手にこんなことを狙ってやろうとしても、普通はムリだ。
 それこそ天文学的な確率で、天文学的な時間を要する。
 そんな事を企み、まして実行するバカはまずいない。
 が、それを太陽系で唯一成功させ続けている、バカの船が1隻だけある。

 この船は、その「不可能なこと」を何度もやり遂げ、損害の大小を問わなければ、ダメージを与えたコロニーはグロスに近い。
 私はかたくなに拒否しているが、火星の連合宇宙軍からは大佐待遇で迎えたいと言われ続けている。
 船とクルーのセットなら、将官待遇で、独立遊撃艦隊の司令官に迎えるとも。
 おそらく、それぞれの船橋要員にも、極秘裏に破格の待遇で迎えたいというオファーが出ているとは思うが、皮肉なことに皆に共通するのは「軍がキライ」の1点だったりする。
 じゃあ、なんで軍の下請けみたいな仕事を請け負っているのかって?
 単純だ。たまたま顧客が軍で、目的地まで運んで放り投げるのが「トレイン」の仕事だから。
 好き嫌いを別にすれば、軍の仕事というのは取りっぱぐれがなく、支払時に値切られることもないから、客としては最高の部類に入る。

 と……。
「回頭! コバンザメ用意!」
「回頭! コバンザメ用意します!」
 私の声を機関長が復唱する。
「アンカー射出! 巻き取りの準備も同時に!」
 DDH24の平面甲板を、巨大岩石の底につける。
 法律上は、「DDH24が巨大岩石を積んでいる」事になっているが、現実は誰が見ても「巨大岩石にDDH24が貼りついている」で、だから「コバンザメ」。
 この巨大岩石も最終的にはパージするが、それまでは「盾」としての意味合いが大きい。

 なんども「ついうっかり」をやらかしていると、さすがに相手も警戒するし、排除しようと試みるが、単純質量というのは、宇宙空間では最大の防御力であり、ついでに攻撃力にもなる。
 1度だけだが、この船を止めようとして、巨大岩石にありったけのミサイルを撃ち込んできたあと、さらに体当たりして爆散した戦艦がいた。
 その時船橋が爆笑に包まれたのには、自分の人選が正しかったのか間違っていたのか、少し自信がなくなったっけ。

 もちろん、「シャンデリア」に繋がれた岩石を「目標」に投棄したあとは、最終的に巨大岩石もパージして全力で逃げる。
 アルミ粉末と酸素を爆発させる自己推進器を2組も持つDDH24が空荷で全力加速すれば、並みの軍艦なら鼻歌まじりにぶっちぎれる。
 これまた幸か不幸か、この船のクルーは皆、「高加速」の経験者ばかりだ。

「コンタクトタイミング、30秒前から始めます。
 ……30、29、28……」
「ウホン!」
 後ろで咳払いがした。
 私のせいで立たされている航海長代理だ。
 彼は半ば諦めたような口調で言った。
 椅子ならいくらでも余っているのだから適当に座ればいいとも思うし、そもそも巡洋艦の艦長を務めていた彼には、敬意も込めて副長の専用シートとデスクも用意してあるが、そこが彼のお気に入りの定位置らしい。
「だからそれは、自分の船長席でやってください」
 私はカウントを止めることなく、わずかに後ろを向いて、右手を立てて頭を下げた。
(ごめん。けど、これが私のケジメなんよ)
 そのやりとりと仕草に、船務長がまた「ガハハハ!」と大笑いする。
 つられて、クスクス笑いが部屋を満たす。
「戦場」に赴くのに、無駄な緊張はない。
 私は無意識に、自分の首に手をやった。
 船乗りの端くれとして、指輪すら身につけていない私にとって唯一のアクセサリーとも言うべき、黒いエナメルのチョーカーをなでる。
 そうして思い出す。
「おっちゃん」のことを…………。
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