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第4章 「木星」
第1部 木星へ
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『ピピピピピ……』
電子音のアラームが響く。
目覚ましだ。
3時間おきに鳴るコイツのせいで、俺は1ヶ月近く熟睡できていない。
リクライニングさせていたシートを起こし、斜向かいにある、まだ倒れたままの船長席を見る。
起き上がる様子はうかがえない。
六角形の、中華料理テーブルみたな形状をしたコンソール上をショートカットして、寝息を立てているガキを叩き起こす。
寝付きの良さは船乗りの必須条件だが、寝起きの良さとセットだ。
このガキは寝付きだけは及第点だが、起きるのはてんでダメだ。
もっとも……この航海に限っては、仕方がないかもしれない。
宇宙船は、16時間の白色照明がつく「昼」と、8時間のオレンジ照明の「夜」の24時間を1日、1サイクルとしている。
が、今この船は3時間でまわしている。
バイオリズムも崩れ、何日たったのかもわからないほどだ。
俺たちの船、[カージマー18]はパラス軍の陰謀によって、木星軌道へと非常識な加速で飛ばされた。
「陰謀」というくらいだから「事故」を偽装するため、加速以外の航路は守られていたのが不幸中の幸いだが、木星が来る8週間も前にその公転軌道を越え、宇宙の果てへと飛ばされてしまう。
タイミングを合わせなければ。
おまけに、小惑星パラスは太陽系の公転平面から2光分も浮き上がっている。
パラスという小惑星は、太陽系公転平面に対して30度も傾いた公転軌道をもっている。
まだズレの小さいうちにパラスを出た……というか、だからこそパラスを経由するルートを選んだのだが、2次元の航路計算が3次元になり、タイミングという「時間」まで勘案すると4次元の計算が求められる。
さらに、この船は減速はできても加速はほとんどできないという、致命的なハンディがある。
そのため、減速が過ぎて木星に置いてきぼりをくらうと、最悪12年以上も待ちぼうけになる。
もちろん減速が足りなければ、木星が来る前に軌道を越えて宇宙の果てだ。
シビアな計算が求められる。
それだけでも十分なハンディだと思うが、パラス軍はオマケのハンディまでプレゼントしてくれた。
機器の耐久限界を超える加速によって、いくつかのジャイロやセンサーが正常に動いていない。
惑星の重力圏限定で航行する「ボート」と大差ない観測機器で惑星間航行が求められる。
加えて、このバイオリズムをぶっ壊そうというアラームだ。
このままじゃ、身体が先かメンタルが先か、どちらかが完全に壊れてしまう。
そこまで読んでの「陰謀」なら、正直脱帽だ。
「う~~~ん」
ようやくガキが両手を伸ばし、身体を起こしてきた。
火星を出るときはショートカットだったアッシュグレイの髪は、肩に掛かるほどに伸びてしまっている。
短かった頃は気がつかなかったが、かすかにウエーブがかかっているようだ。
これ以上長くなったら、ヘルメット型洗髪器の能力を越えるかもしれない。
木星に着いたら切ってやろう。そのためには意地でも木星に着く!
……今すぐ切らないのは俺なりの願掛けだが、もちろんガキには告げていない。
そんな気持ちを知られたら、ガキは爆笑したあと、たぶん俺に見せつけるように自分の髪を切るだろう。
ガキは目をこすりながら、俺がさっき歩いたコンソールの中央に3Dモニターを投影した。
数本の光の線が走り、それぞれにアルファベットの羅列がならぶ。
俺は今まで散々ポンコツとなじってきたが、さすがは「航法コンピュータ」と讃えるべきか、航路計算だけなら今なお一線級らしい。
もっともそれも専門バカで、「わかる人間が見ればわかる」という不親切さだが。
ただ……ガキは「わかる」らしい。
3Dモニターに投影された光の線のかすかなズレと、それに沿って表示される文字列から、この船と木星の位置関係や狙った軌道のズレが読めるのだとか。
ただし。それはセンサーやジャイロが「正しい」と仮定しての話で、万一を考えてトレインのカーゴはパージせず、わずか5kmではあるがメジャーとして利用している。
「おい!」
俺は3Dモニターを凝視しているガキに、指示を促した。
ぶつぶつと呟いていたガキは、俺の声にビクン! と肩をすくませたが、ゆっくりと呟いた。
「2番スラスター、めっちゃ絞って噴いて。目安は7秒」
「カウントは預ける。読め!」
言われてガキは、口調を整えた。
「スラスター噴射用意」
言われて俺はペダルに足をおいた。
「噴射!」
爪先だけで、本当に軽く踏み込む。
2番スラスターの噴射が始まった。
「1…2…3…4…5……やめっ!」
俺はペダルから足を離し、ふうっと息を吐いた。
さて、次はまた3時間後か。
◇ ◇ ◇ ◇
パラスから放り出された俺たちが最初に考えたのは、当然だがカーゴをパージして身軽になり、回頭して減速、木星とタイミングを合わすというプランだ。
が。センサーやジャイロが信用できない以上、ピンポイントでタイミングを合わすのにはリスクがあるし、初期加速が大きすぎて減速のためのスラスター剤が心許ない。
次善策として出たのが、木星とメインベルトの間で円を描くというもの。
単純計算だが、直進するのと円軌道をとるのでは、円周率3.14の半分、およそ1.57倍の時間が稼げる。浪費できると言うべきか。
実際には木星軌道と接するルート、木星の重力圏に入れるタイミングを勘案して、直径481光秒の円を描いて1.5周するルートをとることにした。
ジャイロが正確なら楕円軌道をとって、より接触チャンスを増やすこともできただろうが、現状ではこれがもっともマシなルートとなる…………らしい。
カーゴを繋いだままというのは、その不安なジャイロの補助として、5km……宇宙では「わずか」と呼ぶにも短すぎるが、それでも目印として助けになるという判断からだ。
どうせ慣性飛行中ならカーゴは役に立たないが、邪魔にもならない。
「そろそろデータ採れただろう?」
俺はガキに問うた。
楕円軌道ではなく円軌道にしたのは、計算の難易度が下がるというのは本当だが、本音は別にある。
単純な円軌道なら、コンピュータのオートパイロットが使えそうだとわかったからだ。
もっとも、さすがは型落ちのポンコツコンピュータと言うべきか、データ入力が必要になる。
スラスターを噴く時間は、0.01秒単位で……それだけならまだしも、スラスター出力も数字化する必要がある。
時計が生きているから時間は計れるが、出力はそうもいかない。
爪先でかすかに踏んだのを何ジュールとカウントするかなんてできるはずがない。
プログラマーを罵る俺に、ガキが告げた。
「おっちゃんの操作をトレースするだけなら、できるみたい」
つまり、俺が範を示してそれを記録し、ベストの操作を選び出してコンピュータにマネをさせる、と。
そのために、およそ1ヶ月を要した。
ガキは小さく舌を出して、言った。
「うん。サンプルは採れたし、たぶん行けると思う。
けど、誤差修正の確認はした方がええと思うから、24時間に1回はチェックと、必要なら微修正な」
置物代わりの「船長」だが、地位が人を育てたというか、いっぱしの口をきくようになったモンだ。
「それでいい。
ただ、微修正が入るんなら、『昼間』にしてくれ」
俺は念を押した。
なにも眠りたいからではない。
いまだに原因がわかっていないが、「白灯」つまり「昼間」と、オレンジの「赤灯」要は「夜」では、事故の発生率が5倍近く違うらしいから。
「らじゃ!」
ガキが応えた。
ようやく熟睡できる。
◇ ◇ ◇ ◇
それから3週間が過ぎた。
木星はいまだ遙か彼方だが、船は木星の公転軌道に触れた。
念入りに位置を確認する。
それから、もう1度円を描く。
ここで回頭して待つという提案は、にべもなく却下された。
4.7宇宙ノット─1光秒の1/30を「1宇宙海里」として、1時間に1宇宙海里進める速度を「1宇宙ノット」とする。宇宙空間で船乗りが「ノット」と言うときは、たいていこちらを指す。単位は[sn]─で公転している木星と、この船の速度をゼロにして考えると、単純計算では4~5ヶ月待つだけで、ローリスクで行けそうだと考えたのだが、減速にはスラスター剤が足りない。
ならば速度を維持して追いかける軌道は? というと、遠心力のためにこの船の軌道は土星側に膨らんでしまう。
現在、この船は太陽系公転平面に対して斜度を持っている。
木星の外側で、太陽系公転平面から外れた場所を飛ぶ船などいない。
立派な宇宙の孤児、人工惑星が1つ増えるだけだ。
ガキが航路修正のカウントを取る以外に、船の中での会話はほとんどない。
トレインの多くがワンマンオペレーション、いわゆるワンオペという一人で全部やるようになっているのは、世間で言われるように人件費をケチるという理由だけではない。
少人数で顔をつきあわせていると、どんなに気が合う相手でもストレスがたまり、イライラが募る。
その結果として事故リスクが尋常でないほど高まる。
その点、一人勤務ならば、孤独が気にならない人間にとってはむしろ理想的な職場環境となる。
俺はそれが気に入ってトレインを飛ばしてきた。
どうやらガキも、一人を苦にしないらしい。
センターチューブで寝るか、飯を食うか……さらに暇をもてあましたときには「赤本」をやっている。
俺のひいき目もあるだろうが、次の資格更新だけなら余裕でクリアできるだろうし、もっと大型の貨客船タイプクルーザーの資格取得も可能かもしれない。
実際には、自力で加減速ができ、上下左右の方向転換も容易なクルーザータイプは、飛ばすだけならトレインよりもはるかに簡単だ。
だからこそ、やんちゃな連中が勝手に無謀操船をしないように資格取得を難しくしたという、本末転倒な事態になっているのだが。
ガキにレーダーを任せているとはいえ、俺も航海士だ。データは読める。
どうやら木星に対して2.7度近くあった斜度を小さくし、太陽系公転平面に乗せようという腹づもりらしい。
つまり、念には念を入れて最悪を想定した場合、もし木星との遭遇に失敗した場合でも、木星軌道の内側で太陽系公転平面上なら、別の船が通りかかる可能性はある。
もっとも……。
そのアイデア自体に間違いはないが、やはり経験値というか、実務が足りていない。
救難信号を受けたところで、トレインや定期航路に就いている貨客船がわざわざ来てくれることは、まずあり得ない。
もし来るとすれば、海賊船や私掠船のたぐいだ。
そして、今この船でもっとも高値がつくものは、他でもないガキ自身だ。
海賊に捕まった女の行き先など、1000年前から変わっていない。
「死ぬよりマシ」とも「死んだ方がマシ」とも聞くし、俺にも判断が付きかねるが。
もちろん、その時は俺は殺されているだろう。
一番見たくないものは、少なくとも俺は見ずにすむ。
だから、このリスクについては、ガキには黙っている。
電子音のアラームが響く。
目覚ましだ。
3時間おきに鳴るコイツのせいで、俺は1ヶ月近く熟睡できていない。
リクライニングさせていたシートを起こし、斜向かいにある、まだ倒れたままの船長席を見る。
起き上がる様子はうかがえない。
六角形の、中華料理テーブルみたな形状をしたコンソール上をショートカットして、寝息を立てているガキを叩き起こす。
寝付きの良さは船乗りの必須条件だが、寝起きの良さとセットだ。
このガキは寝付きだけは及第点だが、起きるのはてんでダメだ。
もっとも……この航海に限っては、仕方がないかもしれない。
宇宙船は、16時間の白色照明がつく「昼」と、8時間のオレンジ照明の「夜」の24時間を1日、1サイクルとしている。
が、今この船は3時間でまわしている。
バイオリズムも崩れ、何日たったのかもわからないほどだ。
俺たちの船、[カージマー18]はパラス軍の陰謀によって、木星軌道へと非常識な加速で飛ばされた。
「陰謀」というくらいだから「事故」を偽装するため、加速以外の航路は守られていたのが不幸中の幸いだが、木星が来る8週間も前にその公転軌道を越え、宇宙の果てへと飛ばされてしまう。
タイミングを合わせなければ。
おまけに、小惑星パラスは太陽系の公転平面から2光分も浮き上がっている。
パラスという小惑星は、太陽系公転平面に対して30度も傾いた公転軌道をもっている。
まだズレの小さいうちにパラスを出た……というか、だからこそパラスを経由するルートを選んだのだが、2次元の航路計算が3次元になり、タイミングという「時間」まで勘案すると4次元の計算が求められる。
さらに、この船は減速はできても加速はほとんどできないという、致命的なハンディがある。
そのため、減速が過ぎて木星に置いてきぼりをくらうと、最悪12年以上も待ちぼうけになる。
もちろん減速が足りなければ、木星が来る前に軌道を越えて宇宙の果てだ。
シビアな計算が求められる。
それだけでも十分なハンディだと思うが、パラス軍はオマケのハンディまでプレゼントしてくれた。
機器の耐久限界を超える加速によって、いくつかのジャイロやセンサーが正常に動いていない。
惑星の重力圏限定で航行する「ボート」と大差ない観測機器で惑星間航行が求められる。
加えて、このバイオリズムをぶっ壊そうというアラームだ。
このままじゃ、身体が先かメンタルが先か、どちらかが完全に壊れてしまう。
そこまで読んでの「陰謀」なら、正直脱帽だ。
「う~~~ん」
ようやくガキが両手を伸ばし、身体を起こしてきた。
火星を出るときはショートカットだったアッシュグレイの髪は、肩に掛かるほどに伸びてしまっている。
短かった頃は気がつかなかったが、かすかにウエーブがかかっているようだ。
これ以上長くなったら、ヘルメット型洗髪器の能力を越えるかもしれない。
木星に着いたら切ってやろう。そのためには意地でも木星に着く!
……今すぐ切らないのは俺なりの願掛けだが、もちろんガキには告げていない。
そんな気持ちを知られたら、ガキは爆笑したあと、たぶん俺に見せつけるように自分の髪を切るだろう。
ガキは目をこすりながら、俺がさっき歩いたコンソールの中央に3Dモニターを投影した。
数本の光の線が走り、それぞれにアルファベットの羅列がならぶ。
俺は今まで散々ポンコツとなじってきたが、さすがは「航法コンピュータ」と讃えるべきか、航路計算だけなら今なお一線級らしい。
もっともそれも専門バカで、「わかる人間が見ればわかる」という不親切さだが。
ただ……ガキは「わかる」らしい。
3Dモニターに投影された光の線のかすかなズレと、それに沿って表示される文字列から、この船と木星の位置関係や狙った軌道のズレが読めるのだとか。
ただし。それはセンサーやジャイロが「正しい」と仮定しての話で、万一を考えてトレインのカーゴはパージせず、わずか5kmではあるがメジャーとして利用している。
「おい!」
俺は3Dモニターを凝視しているガキに、指示を促した。
ぶつぶつと呟いていたガキは、俺の声にビクン! と肩をすくませたが、ゆっくりと呟いた。
「2番スラスター、めっちゃ絞って噴いて。目安は7秒」
「カウントは預ける。読め!」
言われてガキは、口調を整えた。
「スラスター噴射用意」
言われて俺はペダルに足をおいた。
「噴射!」
爪先だけで、本当に軽く踏み込む。
2番スラスターの噴射が始まった。
「1…2…3…4…5……やめっ!」
俺はペダルから足を離し、ふうっと息を吐いた。
さて、次はまた3時間後か。
◇ ◇ ◇ ◇
パラスから放り出された俺たちが最初に考えたのは、当然だがカーゴをパージして身軽になり、回頭して減速、木星とタイミングを合わすというプランだ。
が。センサーやジャイロが信用できない以上、ピンポイントでタイミングを合わすのにはリスクがあるし、初期加速が大きすぎて減速のためのスラスター剤が心許ない。
次善策として出たのが、木星とメインベルトの間で円を描くというもの。
単純計算だが、直進するのと円軌道をとるのでは、円周率3.14の半分、およそ1.57倍の時間が稼げる。浪費できると言うべきか。
実際には木星軌道と接するルート、木星の重力圏に入れるタイミングを勘案して、直径481光秒の円を描いて1.5周するルートをとることにした。
ジャイロが正確なら楕円軌道をとって、より接触チャンスを増やすこともできただろうが、現状ではこれがもっともマシなルートとなる…………らしい。
カーゴを繋いだままというのは、その不安なジャイロの補助として、5km……宇宙では「わずか」と呼ぶにも短すぎるが、それでも目印として助けになるという判断からだ。
どうせ慣性飛行中ならカーゴは役に立たないが、邪魔にもならない。
「そろそろデータ採れただろう?」
俺はガキに問うた。
楕円軌道ではなく円軌道にしたのは、計算の難易度が下がるというのは本当だが、本音は別にある。
単純な円軌道なら、コンピュータのオートパイロットが使えそうだとわかったからだ。
もっとも、さすがは型落ちのポンコツコンピュータと言うべきか、データ入力が必要になる。
スラスターを噴く時間は、0.01秒単位で……それだけならまだしも、スラスター出力も数字化する必要がある。
時計が生きているから時間は計れるが、出力はそうもいかない。
爪先でかすかに踏んだのを何ジュールとカウントするかなんてできるはずがない。
プログラマーを罵る俺に、ガキが告げた。
「おっちゃんの操作をトレースするだけなら、できるみたい」
つまり、俺が範を示してそれを記録し、ベストの操作を選び出してコンピュータにマネをさせる、と。
そのために、およそ1ヶ月を要した。
ガキは小さく舌を出して、言った。
「うん。サンプルは採れたし、たぶん行けると思う。
けど、誤差修正の確認はした方がええと思うから、24時間に1回はチェックと、必要なら微修正な」
置物代わりの「船長」だが、地位が人を育てたというか、いっぱしの口をきくようになったモンだ。
「それでいい。
ただ、微修正が入るんなら、『昼間』にしてくれ」
俺は念を押した。
なにも眠りたいからではない。
いまだに原因がわかっていないが、「白灯」つまり「昼間」と、オレンジの「赤灯」要は「夜」では、事故の発生率が5倍近く違うらしいから。
「らじゃ!」
ガキが応えた。
ようやく熟睡できる。
◇ ◇ ◇ ◇
それから3週間が過ぎた。
木星はいまだ遙か彼方だが、船は木星の公転軌道に触れた。
念入りに位置を確認する。
それから、もう1度円を描く。
ここで回頭して待つという提案は、にべもなく却下された。
4.7宇宙ノット─1光秒の1/30を「1宇宙海里」として、1時間に1宇宙海里進める速度を「1宇宙ノット」とする。宇宙空間で船乗りが「ノット」と言うときは、たいていこちらを指す。単位は[sn]─で公転している木星と、この船の速度をゼロにして考えると、単純計算では4~5ヶ月待つだけで、ローリスクで行けそうだと考えたのだが、減速にはスラスター剤が足りない。
ならば速度を維持して追いかける軌道は? というと、遠心力のためにこの船の軌道は土星側に膨らんでしまう。
現在、この船は太陽系公転平面に対して斜度を持っている。
木星の外側で、太陽系公転平面から外れた場所を飛ぶ船などいない。
立派な宇宙の孤児、人工惑星が1つ増えるだけだ。
ガキが航路修正のカウントを取る以外に、船の中での会話はほとんどない。
トレインの多くがワンマンオペレーション、いわゆるワンオペという一人で全部やるようになっているのは、世間で言われるように人件費をケチるという理由だけではない。
少人数で顔をつきあわせていると、どんなに気が合う相手でもストレスがたまり、イライラが募る。
その結果として事故リスクが尋常でないほど高まる。
その点、一人勤務ならば、孤独が気にならない人間にとってはむしろ理想的な職場環境となる。
俺はそれが気に入ってトレインを飛ばしてきた。
どうやらガキも、一人を苦にしないらしい。
センターチューブで寝るか、飯を食うか……さらに暇をもてあましたときには「赤本」をやっている。
俺のひいき目もあるだろうが、次の資格更新だけなら余裕でクリアできるだろうし、もっと大型の貨客船タイプクルーザーの資格取得も可能かもしれない。
実際には、自力で加減速ができ、上下左右の方向転換も容易なクルーザータイプは、飛ばすだけならトレインよりもはるかに簡単だ。
だからこそ、やんちゃな連中が勝手に無謀操船をしないように資格取得を難しくしたという、本末転倒な事態になっているのだが。
ガキにレーダーを任せているとはいえ、俺も航海士だ。データは読める。
どうやら木星に対して2.7度近くあった斜度を小さくし、太陽系公転平面に乗せようという腹づもりらしい。
つまり、念には念を入れて最悪を想定した場合、もし木星との遭遇に失敗した場合でも、木星軌道の内側で太陽系公転平面上なら、別の船が通りかかる可能性はある。
もっとも……。
そのアイデア自体に間違いはないが、やはり経験値というか、実務が足りていない。
救難信号を受けたところで、トレインや定期航路に就いている貨客船がわざわざ来てくれることは、まずあり得ない。
もし来るとすれば、海賊船や私掠船のたぐいだ。
そして、今この船でもっとも高値がつくものは、他でもないガキ自身だ。
海賊に捕まった女の行き先など、1000年前から変わっていない。
「死ぬよりマシ」とも「死んだ方がマシ」とも聞くし、俺にも判断が付きかねるが。
もちろん、その時は俺は殺されているだろう。
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だから、このリスクについては、ガキには黙っている。
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