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第3章「小惑星パラス」

宇宙軍

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 パラスまであと5日。
 まだ3日以上の余裕があるにもかかわらず、パラスから矢継ぎ早に誰何が届いた。
「うまくねぇなあ……」
 俺のつぶやきにガキがいぶかしむ。
「とっくに入港許可ももろうてるし、ええんちゃうん?」
 こればっかりは説明のしようがない。
 これまでの経験で培った嗅覚というか、きな臭さを感じる。
 それでも、できるだけの説明はしてみよう。
「火星を覚えてるか? こういうのは入港2日前までに出せばいいんだ。
 それが3日以上前からピリピリしてるってのは、あんまり上手くねえってことだ」
「したら、やっぱりばっくれる?」
 深い溜息とともに、ガキに応えた。
「ここでばっくれたら、それこそ怪しいって自白するようなもんだ。
 船首ならともかく今はケツを向けている。
 そこにミサイルが飛んできたら、たぶんこの船でも危ない」

 そう言うと、俺はキャビネットの引き出しを開け、一番下の段に入れていた黒い塊を出した。
「おっちゃん。思うねんけどな」
「うん?」
 その様子にガキはおずおずと告げた。
「買い物はナマリ弾よりコインで払うた方がスムーズちゃうかなーって」
 腰を浮かせて手を伸ばし、ガキの額を軽く叩いて「バカヤロウ」と笑った。

 パラスまで0.5光秒。
 ただし減速しているので1日以上も距離があるのに、灰色のクルーザーが寄せてきた。
 点滅する赤い光が6つ。パラス宇宙軍の公船だ。
『臨検だ。相対停止する。ハッチを開けろ』
『はいよ。おつかれさん』
 ハッチを鈍く光らせた。

「やっぱヤバそう?」
 幾分声を潜めて問うガキだが、考えすぎだ。
「火星でデリバリーってあっただろう。
 パラスじゃ『臨検』って名目で機関士を送ってくれるんだ。
 もっとも、やっぱり有料だけどな」
 ガキは目を光らせて、感心して見せた。
「大人って、いろいろ屁理屈考えるんやなー。疲れそうや」
「それがお役所仕事ってヤツだ。覚えておいて……得もないけど、損もないぞ」

 カビの生えた規則だが、入港と出航には船長・機関士・航海士の3人がそろっていないと認められない。
 が、たいていのトレインはワンマンオペレーションいわゆるワンオペで、人間が足りない。
 そこで理由をつけて欠員を送ってくれる商売がある。
 そもそもコンピュータが今ほど進歩していない時代の名残で、資格さえあればペーパーでも、何なら置物でもいい。
 シートに座っているだけなのだから。

「と。おっちゃん! こっそり隠れてる船がいてる!」
「バカヤロウ! どこに目をつけてやがる! しっかりレーダー見てろって言ってるだろう!」
 怒鳴る俺に負けじとガキが怒鳴り返してきた。
 声変わり途中に特有の、妙にかさつきのあるメゾソプラノが頭に響く。
「灯火管制して通信管制してステルス塗装や! ちゃんと目視してたから気がつけたんや!」
 …………っち!
「位置は? 動いているのか? レーダーの照射はないな?」
 が、質問にガキは応えず、頬を膨らませて言った。
「その前に言うことがあるやろ?」
 クソがあ!
「あー、悪かった。バカヤロウ!」

 それで満足したのか機嫌を直し、諸元を並べた。
 潜んでいる船の所属は不明だが、おそらくパラス。
 サイズは遮る星から勘案して200m級というから巡洋艦か。
 位置は進行方向の前方、船首から見ればケツ側で、この船は弱点を晒している。
 赤色灯をつけた公船を囮にして、しっかり挟撃の形になってやがる。

 その公船が寄せてきて、直方体の箱形ボートを出してきた。
 ちなみに、惑星間航行能力を持つ船を「シップ」と呼び、それができない船を「ボート」と呼ぶ。
 イオン推進の超小型ボートはともかく、中型以上のボートは燃費がかさむので、通常の「臨検」ではチューブを伸ばすのが常だ。
 つまり、わざわざボート……モニターで見る限りでは12人以上が乗れるタイプを出してきたって事は、デリバリータイプの臨検ではなく、本気と考えていい。

「気にしても仕方ないか」
 溜息交じりに呟いた。
「そもそもこの船に見られて困るものは積んでないし、勝手にしやがれってか」
「そう言うたら、私掠船も盗るもんなくて私引っ張ってこうとしたくらいやしな」
 ガキが笑う。
 そして、俺が指示する前に自分からライトスーツを着始めた。
 まさかとは思いたいが、軍に趣味人がいないという保証もない。
 ホットパンツにTシャツで出迎えるのは、「客人」に対して失礼だろう。
 俺もライトスーツに袖を通し、キャビネットの引き出しにロックをかけた。

 ぐいん!

 かすかに船が揺れた。
 接触したか。
 ただ、本当に揺れは小さく、ボート操舵士の技量の高さがわかる。
 それが個人の資質か、パラス軍全体のレベルが高いのかは知らないが、なめていい相手ではない。
 外部からハッチが開かれ、気密室に4人が乗り込んできた。
 ハッチが閉じたのを確認して与圧を始める。
 隠しカメラに連動したモニターで見ると、リーダーの胸元には緑地のスーツに白抜きで「ー」のライン1本と、小さな点が2つ。
 まさか中佐様が来るとも思えないから、中尉さんてところか。
 それでも士官様をお迎えするんだ。失礼がないようにしないとな。

 与圧が終わったところで内部隔壁を開けた。
 それを待っていたかのように、すっと右手が差し出される。
 俺も右手を出して握手した。
 手のひらに忍ばせていたマスターキーとともに。
「歓迎するぜ。
 と。それでどこでも、好きなように見てくれ」
 相手はキーに繋がったストラップを腕に通すと、肩をすくめて両手を開いた。拍子抜けしたように。
 それでも、キーに刻印されたナンバーを読み上げた。
 おそらくはボートに残った連中に知らせるためだ。
 このナンバーは、この船が引っ張っているカーゴのマスターナンバーが記されている。
 それがわかればカーゴを開くことができる。
 本気で臨検するつもりか?

「艦橋、いいか?」
「管制室だ。こっちは民間船だぜ」
 2人して同時に苦笑した。

 管制室に入ってきたのは、くだんの士官ともう一人。
「ー」の上の点が1つ少ない。
 残りの連中はトイレや給湯設備の扉を開けて、ライトまで使って照らしている。
 やっぱり、本気の臨検だ。

 ヘルメットを取ると、やや年かさの顔があらわれた。
 と言っても、俺よりはかなり若いが、「青年士官」と呼ぶには無理がある。
「おっちゃん。ボートから降りた連中がカーゴ開けてん。かめひんの?」
 その声に士官の顔が向き、いぶかしむ表情を浮かべる。
「アンタの娘か? いや、さっき『おっちゃん』って言ってたな。誰だ? 関係は?」
「人身売買じゃねえよ。あれがこの船の船長だ。書類見るか?」

 が、士官は書類ではなく、ガキの全身と、管制室全体に目を走らせた。
 キャビネットの引き出しも全部開かされた。
「この引き出しだけはロックがかかっているな」
 口調に、かすかに緊張が走る。
「ああ。これが入っているからな」
 そう言うと、解錠して引き出しを開けて、黒い鉄の塊を取り出した。
 拳銃だ。

 拳銃を目の前に置かれて、かえって緊張が緩むというのは、軍人ならではだろう。
 笑みさえ浮かべて言った。
「アンタの趣味か。今時鉄のクラシックな銃なんて……キライじゃないぞ」
 そう言いつつ銃から視線を外し、引き出しの奥を探る。
 そして頷いた。
 もう一人からの声が響く。
「麻薬のたぐいはありません。タバコすら」
「そんなモンは成人する前にやめたぜ。ガキじゃねえし……てか、あんなガキまで積んでるんだ」
 そういう俺に、士官は引き出しをもう一度見て言った。
「タバコはともかく……ゴムもないな。男が、大人が気をつけるモンだぜ」
「バッ、バカヤロウ! あれはガキだ! そんなんじゃねえ!」
 年甲斐もなく赤面してしまう。
「枯れちまったのかねぇ」
 相手が軍人で、士官じゃなかったら殴っていたところだ。

 咳払いを入れて、士官は真顔に戻った。
「悪かったな。俺はパラス正規軍のグラントだ。あっちは部下のフーバー。
 今度はこちらが歓迎するぜ。ようこそパラスへ」
 そう言って右手を伸ばしてきた。
 それを受け止めて、俺も答えた。
「世話になるぜ。中尉殿」
 しかしその返事に士官はきょとんとして、一瞬の間を開けて、声を上げて笑い出した。
「ああ、このマークか。中尉にはラインが1本足りない。俺は軍曹だ。あっちは伍長」
「士官様かと思って緊張していたのが丸損だ」
 俺は小さく愚痴て、ガキを指さした。
「あのちっこいのが船長の、ケイ=リンドバーグ様だ」
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