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第2章「私掠船」

私掠船(前編)

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「うぜえな」
 俺は自分の航海士シートで腕を組み、誰ともなしに愚痴た。
 昨日からボリューム調整の壊れたようなビー! ビー! というけたたましい音が響き続けている。
 トランクスにTシャツという、いつも通りの格好はしているが、頭をかくと抜け毛に白髪が混じるようになってきた。
 バカヤロウ! 少しは他人の頭髪も心配しやがれ!

「アホなんちゃう? こっち、まっすぐ飛んでるだけやのに」
 思いがけず船長席から返事があって、俺はそちらに目を向けた。
 アッシュグレイの髪をショートカットにしたガキが、シートをフルリクライニングにして、う~ん!と背中を伸ばしている。
 「ガキ」というのは、比喩でも何でもない。
 見た目は、まだロースクールに通っていてもおかしくない、正真正銘のガキだ。
 Tシャツとホットパンツから伸びる手足は細長く、色気づくにはまだまだ早い。

 ところで、航海士席に船長席というからにはここは船の中で、もっと言えば「俺の」船の中だ。
 俺の船は、惑星間輸送船、DD51型で[カージマー18]と登録してある。
 船体そのものの長さは30mほど、直径13m弱の砲弾型をしている。
 船の最後尾にそれぞれが横幅2.5m、縦7.6m、長さ45mほどもある長いスラスターポールを4本X型に組んでいて、先端部には直径3m、長さ10m弱の「スラスター」と呼ばれる推進器がある。
 「惑星間輸送船」だが、船そのものには貨物を積載する能力はない。
「カーゴ」と呼ばれる貨物箱を連ねて引っ張って輸送する。
 そのため、それを列車に見立てて「スペーストレイン」または「トレイン」とも呼ばれるが、実はすでに旧式化して久しいDD51型は自前の推進力を持たない。
 宇宙港を出たところでブースターをレンタルしたり、あるいは惑星重力を利用した重力カタパルトやスイングバイで加速を得て、あとは慣性で宇宙空間を飛ぶだけだ。
 スラスターはその効果を高めるための方向の修正や減速が主な用途だ。
 もちろん若干の推進力や加速力もあるが、言い換えれば「若干」でしかない。
 その意味では、地上を走る「列車」の牽引車や機関車にも劣る。
 DD51型惑星間輸送船そのものは、デブリを弾いてカーゴを守る「盾」であり、正確にたどり着くための舵と言うべきか。
 そのため、船の前部は7m近い、腹部ですら3m近い堅い合金の丈夫な防殻で覆われている。

 俺が「うざい」と言ったのは、ひっきりなしに鳴り続ける射撃管制レーダー、一般には「ロックオンレーダー」と呼ばれる射撃照準が合わせられたという警報だ。
 照射してくるのは、「私掠船」だ。
 私掠船というのは、どこかの国家と契約して「その国の船を襲わないかわり、船籍をもらって宇宙港が使える海賊船」くらいが適当だろうか。
 自前の宇宙港も持てないザコ海賊とも言える。
 とはいえ、完全非武装のこの船にとっては、十分な脅威となるが。

 私掠船からの即時停船を求める音声通信は、通信士も兼ねる船長のガキがどうにかしたらしく、ほとんど聞こえなくなったが、レーダー照射を受けた警報はどうにもならないらしい。

「おい。このアラートもどうにかできねえのか、バカヤロウ」
「たぶん……もうちょいやと思う」
 と、ガキに問うと、妙に抑揚のあるメゾソプラノで答えを流して、またレーダーに目をやった。
 またか…………。
「そればっかりじゃねえか!」
「もうちょい……きた!」
 何が来たというのか。

 ここらは火星から、少なくとも4光分は離れていて、軍の目も届かない。
 だからこそ、連中がうごめいているのだが。
 
「おっちゃん。黙らせたらええんやな?」
「後ろの荷物には保険がかかっているし、この船に盗られて困るモンはねえ!」
 この船は、本来は木星から重金属を含む鉱床岩石を火星に引っ張ってくるのを生業にしているが、空荷で戻るのも芸がないと、木星への輸出品を引っ張っている。
 直径10m、長さ50mほどの荷を詰めたコンテナを連ねて、それぞれのコンテナは200mほどのマージンをとっているが、5kmにも及ぶコンテナ群を引っ張っているさまは、まさに「トレイン」そのものだ。

 俺の声にガキは小さく息を吸うと通信機をオンにして
『ダボ! イテモウタロカイ! クンナラクンデハラアケタッカラ、ソッチカラキイ! ドタアカンチャッデ! クソダアボ!』
 と、巻き舌で一気に叫んだ。
 何語だ?
 あるいは通信士だけで通じる特別な符丁なのかもしれない。

 このガキは、火星にいた7ヶ月の間に、航海士の資格だけでなく、二級通信技師の資格まで取っていた。
 この2つがあれば、トレインどころか惑星間貨客船の船長にもなれる。
 つまり、この船には今、航海士が2人と通信技師がそろっている事になる。
 望めば木星航路だけではなく、地球航路も選べる。
 要は「望まなかった」ということだ。

 ガキの送信に対する返答は、これまでに数倍する勢いのレーダー照射だった。
 全長150mクラスで自前の推進器を持つクルーザーとはいえ、所詮は私掠船か。
 専門の通信技師はいないのかもしれない。

「バカヤロウ! 余計ひどくなったじゃねえか! ちゃんと通じるように言ってやれ!」
 ガキは「うー」と唸ったあと、今度は溜息のような小さな息を吐いた。
『本船は慣性航行中につき、停船も減速もできかねます。船腹のハッチを開きますので貴船がそちらに相対停止して、ご入船ください』
 …………。
 レーダー照射の警報が止まった。
 ほどなく私掠船が、すいっと距離を詰めてくる。
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