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第2章「私掠船」

私掠船(後編/第2章・完)

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「バカヤロウ!」
 誰に向かって叫んだのか、自分でもわからない。
 ともかくこの卑下た会話を止めたかった。

「ああ、よかった」
 俺の思惑をよそに、ガキは暢気すぎるほどの口調で囀った。
「悪人やったら、やり過ぎにはならひんモンなー」
「てめえ、何言ってやがっ!」
 リーダーが言い終わるよりも早く、船が揺れるほどの警報があたりを満たした。

 ほとんど途切れることなく響く警報だが、俺達にはほんの数時間前まで散々聞かされていた音だ。
 ボリウムの壊れたビー! ビー! という不安をかきむしるような音。
 射撃管制レーダーの照射を浴びた警報音だ。
 ただ、これほど続けられてもむしろ逆効果、無意味だ。
 思わず説明を求めようとガキに視線を送ったが、気がついていないのか、ガキは小銃を持った連中でも俺でもなくレーダーを見ている。

 ふと気がついたように、ガキが黒ずくめのリーダーに声をかけた。
「おっさん、胸のところ光ってるで。着信ちゃうん?」
 
 一般に通信機は音と振動で着信を知らせるが、呼び出し音をはるかに凌駕する警報音のため気がつかなかったのだろう。
 船そのものが揺れたかと誤認させるほどの警報音は、バイブレーションの振動もマヒさせる。
 そのため、船内通信機は白いランプを点滅させて周囲に着信を知らせ、周囲から教えてもらえるようにもなっている。
 もっとも、これまた暗黙の了解だが、事故や遭難で所持者が応答できない場合、つまりたいていは絶命を想定して、捜索隊が発見するための目印という意味合いが大きい。
 
 リーダーが『うるせえ! 仕事中だ!』と通信機に声を荒げるが、それに数倍する怒声が返ってきた。
『囲まれた! チンケな船で遊んでねえで、すぐ戻ってきて持ち場を固めろ!』
 その声に連中はお互いに顔を見合わせ、パネルやテーブルを苛立ち紛れにダン! と蹴飛ばして勢いをつけて管制室をあとにした。
 気密室のモニターに目をやると、文字通り飛んでクルーザーに戻っていった。

「おっちゃん、ハッチ閉めて。あとチューブのパージ」
 ……ここまではガキの読み通りか。
 俺はガキの頭を軽く殴って、首を横に90度振ってから、ガキを睨みつけた。
「説明しろ!」

 ガキはオフにしていた壁面と天井の、この船の周囲を映すモニターのスイッチをすべてオンにした。
 DD51と私掠船の黒いクルーザーを囲むように、黒や赤、あるいは銀色のクルーザーが集まっている。
 乗り込んできた連中の私掠船のサイズが150m級だとするなら、大きいものは200m級、小さいのは120m級か。
 サイズもまちまちなら形もばらばらだ。
「あ・れ・は・何・だ!」
 努めて冷静に言ったつもりだが、俺の怒気は伝わっただろう。
 が、ガキはあっさりと言い放った。
「たぶん、私掠船」

 その返事に思わず頭に血が上り、ガキのライトスーツの首根っこをつかんで、サイドパネルに押しつけた。
「てめえ! 火星であんな連中と遊んでたのか!」
 ガキは小さな手を俺と自分の顔の間に入れて、ちゃうちゃうと手首を振った。
 すうっと腕の力が抜けるのを感じて、ガキは俺の胸を押して距離を取った。

「けほん」とわざとらしい小さな咳をして間をあけ、ぐいっと貧相な胸を張った。
「ちゃんと勉強したから通信技師とれたんやんか! アマ無線とちゃうんやで! めっちゃ難しいんやから!」
「じゃあ、あいつらは何だ!」
「たぶんこれ」
 ガキが指さしたのは、船長席の通信機だった。
「あの船うるさかったから、船内放送消して、オープン回線にまわしたってん」
「あ……」

 停船命令を告げる音声が小さくなったのは、船内スピーカーのボリュームを絞ったんじゃなくて、指向性通信をオープン回線にしたのを拾っていたからか。
 オープン回線なら、無視していた時間も含めれば、2光日ほどの距離にも通信は拡散されている。
 通信内容から海賊行為中なのは憶測できるから、上手くすればおこぼれにあずかれるかと……近くにいた野良の私掠船が集まってくることもある。
 血肉に集まる鮫といえば聞こえはいいが、クソにたかるハエだ。
 
 それではるばる来てみれば、逃げているのは痩せっぽちの小魚だが、追いかけているのが丸々と太ったマグロとくれば、どちらを狙うかはわかりきっている。
 真っ黒の私掠船がこれ見よがしに腹に何発も巻いているミサイルの1発でも、ポンコツトレイン1両より使い勝手もよければ転売しても値がつく。
 
 あの私掠船が、さんざん射撃管制レーダーをこちらに浴びせながら、実際には1発のミサイルも撃たなかったのは「元が取れない」のがわかっていたからだ。
 もちろんメンツが絡めば採算度外視もあるだろうが、私掠船は俺たちがオープン回線にしていたのに気がつけなかった。
 お互いの船が近すぎて、自分が怒鳴っている声か通信機からの声かの区別が付かなかったから。
 宇宙で「気がつかない」は「破滅」と同義語だ。

 はぁ~っと大きく息を吐いて、ガキに言った。
「スラスターを噴く。ベルトを締めろ」
「航路も速度も変わってひんよ?」
「バカヤロウ! 連中が取り分でもめたときに、巻き込まれてたまるか!」
 三十六計ってヤツだ。

 船首に白色灯がつく。
 同時に4つのスラスターを黄色点灯させる。
 1分ほどおいて、右側の2番・3番スラスターを点滅に。
 左側にある1番・4番スラスターの点灯を白に切り替えた。
 3分待って、1番・4番スラスターを細く噴いた。
 船は右に進路を取って離れた。
 
 これは教科書にもあるが、附則に小さく記載されているだけの覚える必要のないパターンで、右に進路を取るときの正式手順だ。
 宇宙港の近くで船が混み合っているときなどに出されるが、実際にはコンピュータがオートでやってくれる。
 船のほとんどいない外洋では全く意味がないので、そもそも点灯させない。
 が、今は半径1kmほどの宙域に、この船も含めて9隻もの船が密集している。

 ガキに怒鳴る。
「発光信号! 定型文!」
 集まってきた私掠船の連中にガキの声を聞かせて下手な好奇心を刺激しては藪蛇だし、黙って離脱しようとして絡まれても面倒だ。
 ガキは返事も返さず、右手だけで器用にタイプして白色灯で発光信号を送った。
『コウカイノ ブジヲ キネン シマス』
 それに応えてだろうが、7隻がそれぞれ白色灯を返してきた。
 もっとも、タイミングはばらばらで、しかも皆がすべて白色灯なので判読できない。
 ただ、少なくとも敵意はないようだ。
 あるいは、貧相な獲物に目移りしているあいだに、目の前のごちそうから取り分が減るのを嫌っただけかも知らない。
 そう読んだからこそ、離脱に出たんだが。

 そのまま宙域を離れ、現場宙域から0.2光秒ほど距離を取った。
「軌道再計算。速度確認!」
「ぜんぶ誤差! わざわざ修正の必要なし!」
 間髪入れずに、ガキが応えた。
「船外通信確認。変な電波は出てないな!」
「そっちもクリア。もうええで」
 ガキがニヤリと唇の端を上げた。
 俺たちは2人、タイミングを合わせたかのように大きく息を吸い込むと、喉が潰れるくらい声を張り上げた。
「「ざまあ! バカヤロウ!」」
 それから、久しぶりに爆笑しあった。

   ◇     ◇     ◇

 ちっぽけな騒動は、何事もなく終わった。
 連中が取り分でもめようが、知ったことではない。
 真っ黒な私掠船の連中も、ミサイルや武装を盗られたら、またやりなおせばいい。
 私掠船とは、そうやって装備をぶんどって、自分の武装を固めていく。
 ……最悪、船もろとも盗られたら?
 体力があれば奴隷に売られるし、なければデブリが増えるだけだ。

 俺は航海日誌に
「特記事項なし。ただ、少し眠い」
 とタイプして、60時間寝ていないことに気がついた。
 そういえば、二人して笑い合ったあと急にガキが黙り込んだのが気になったが、まだ夜更かしはキツイか。
 とはいえ、「どうした?」と心配する俺に「なんでもない!」と返されたときはカチンときたが、そりゃあ、機嫌も悪くなる。
 合点がいったところで、猛烈な睡魔に襲われた。
 航海日誌の署名欄に
「記載者:航海士・ロック=クワジマ」とタイプして、エンターキーを押すと同時に、眠りに落ちた。

   ◇     ◇     ◇

 航海日誌

 火星沖1ヶ月。メインベルト・パラスに向け航海中。
 不意の来客あるも問題なし。
 特記事項なし
 備考:なんかだるい

 記載者:船長・ケイ=リンドバーグ

                                       ---END---
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