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第1章 DDH-24[カージマー18]
ノック
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ほかのブリッジクルーの緊張が、目に見えてほぐれる。
ああ、私は何を勘違いしていたんだ。
この船が相手の都合を考えたり、忖度してやるような船か?
「相手、確定できた?」
問う私に、機関長が応えた。
「アクティブは1つ。こいつは確定できました。
アンノウンが3つ。本命かデブリか、本当にアンノウン(未確認)です」
「じゃ、確定できたのに頭を向けて。
と、副長、航海士席に座って。
ちょっと忙しくなるから」
「レスキューは待機させますか?」
副長に問われて、私は船務長を見た。
「行く?」
「怪我人がいるとは思えんぞ。
盗ってナンボの海賊船じゃねえんだ。怪我人に用はない。
ま。たまたま近くにいたのも何かの縁だ。
生死確認くらいはしてやらねえとな」
「くくくく……」
思わず苦笑を漏らす私に、船務長が駄目を押した。
「要は、怪我人がいなきゃいいんだろ?」
「あはははは。
そやな。こっちは軍艦でも、まして海賊船ともちゃうんや。
人道的に、船乗りの良心で生死確認、な」
私たちの笑いは間を置かず、船橋を満たした。
この船が軍艦なら、捕虜の協定とかで、いろいろな義務や責任があるが、残念ながら「民間船」だ。
海賊が相手を皆殺しにしたら、逆に皆殺しにされるまで追われ続けるが、こちらも残念ながら「貨客船」だ。
まして加速も減速も、方向転換も苦手なトレインなら、道義と現実をバーターにして、「精一杯」まででいい。
船務長がしきりに「生死確認」を繰り返しているのは、これから起こるだろうアクシデントの後、怪我人が出ているようなら「助ける」ではなく、むしろ逆。
「怪我人」も、「まだ怪我をしていない怪我人」も、ほどなく「死人」になる。
時間にリミットのあるトレインの連絡艇だ。
遺体を回収してあげるほどのヨユーはないし、そんな義務もない。
それがわかっていて笑いのもれる船橋は……たぶん情操教育に悪いぞ!
この船、[カージマー18]は、一般に「トレイン」に分類されている。
岩塊やコンテナを連ねて引っ張る様子が、かつての列車を彷彿させるためだ。
実際には、平甲板に巨大な岩塊を乗せているというか、巨大な岩塊に張り付いているだけ。
今回は、船の長さが248メートルしかないのに、載せている岩塊は10kmに近い。
はみ出し部分が大きいため、そこから何本ものケーブルを伸ばし、それぞれに複数の、小ぶりな岩石を繋いである。
スラスターは船ではなく、巨大な岩塊に何十本も打ち込んでいて、小さなトレインよりもむしろ機動性は高い。
とはいえ、内戦中の木星に、わざわざ岩塊を届けたいという酔狂な「客」が果たしているのかとも思われるだろうが、現実にオーダーは無数に来る。
そのオーダーを完遂するためには、無能な善人よりも、多少性格に難はあっても有能な連中が必要だし、それをまとめられる船と、ミスのない「船長」が求められる。
船長が無能とばれればクルーは分裂するし、私は……まだ経験はないが、たぶん初めてでも2~3人くらいなら、正気を保っていられるようだが、100人の乗組員全員を相手にする自信はない。
だからこそ、ハッタリでも凜として、的確な指示を出し続けなければならない。
ビーーー!
「ロックオンレーダー照射されました!
ミサイル来ます!」
「ちっ!」
つい、舌打ちしてしまった。
先ほどこちらが打ったアクティブレーダーは、「気がついているよ」という以上の意味は持たない。
相手にしても、問い詰めれば「了解の返事をしただけ」と言い逃れの余地がある。
まして、こちらは鈍重なトレインで、距離を取られれば追いつけない。
が、ミサイルを撃つため、向こうからこちらに近づいてくるとなれば、話はまるっきり変わってくる。
実際にミサイルを撃たなくても、ロックオンレーダーの照射は、全くの同義語だ。
「撃たれる前に対応した」という大義名分が立つ。
たとえミサイルが現実に発射されても、アインシュタインの唱えた呪い「E=mc2」の応用で、巨大質量はエネルギーを相殺できる。
お互いの船が正対した瞬間、私は声を強めた。
「Aの8番パージ!」
「パージ完了!」
「ミサイル発射確認。1発だけです!」
次席航海士の声を遮って、レーダーを見ていた次席機関士が叫んだ。
「スラスター、8番9番10番全力!
2番3番4番逆進全開! 回頭する!」
トレインの常識を遙かに超えるGに身体を持って行かれそうになるが、深めに座ったシートに逃がして、姿勢をキープする。
「ミサイルは?」
「回避されました。その後、命中軌道に戻りました!」
次席機関士の声に焦りがにじむが、そもそもミサイルに当てようなんて思っていない。
ディスプレイの数字を頼りに、頭の中で計算を修正し、あるいは最初から計算し直す。
相対位置は常に変わるが、私は1つの数字を凝視していた。
私の発声と、各クルーの行動タイムラグを勘案して……今!
「2番3番4番、正進全開! 8番9番10番逆進全開!」
さっきとは逆方向に、さっきに倍するGを浴びる。
民間船ではあり得ないGで、ヘタをすれば機器が破損しかねないが、この船は元々、軍艦を想定して設計されている。
許容範囲内だ。
私は相変わらず1つの数字を凝視してタイミングを計り、短く告げた。
「Nの8番パージ!」
「……」
「復唱!」
「N8番パージ完了。
が……完全に外れです」
そりゃあそうだ。
ミサイルを狙って放ったんじゃないのだから、当たったら逆に困る。
「姿勢制御。上の岩塊で受ける」
それから程なく、鈍く長い振動が続いたが、それだけだった。
その前に船を振り回したときのGの方が、よっぽどきつかった。
そもそも、このサイズの岩塊をどうにかしようと思ったら、並の核弾頭でも手に余る。
しかも、核弾頭は交戦国相手にも厳禁で、ましてや航路が交わっただけの民間船相手に発射したとなれば、軍艦だけでなく、所属するコロニー国家そのものへの、無差別無制限の攻撃を甘受する羽目になる。
通常弾頭のミサイルでどうにかなるほど、質量という物理法則は優しくない。
ノック代わりのつもりがどれほど高くついたか、彼らはもうじき知るだろう。
ああ、私は何を勘違いしていたんだ。
この船が相手の都合を考えたり、忖度してやるような船か?
「相手、確定できた?」
問う私に、機関長が応えた。
「アクティブは1つ。こいつは確定できました。
アンノウンが3つ。本命かデブリか、本当にアンノウン(未確認)です」
「じゃ、確定できたのに頭を向けて。
と、副長、航海士席に座って。
ちょっと忙しくなるから」
「レスキューは待機させますか?」
副長に問われて、私は船務長を見た。
「行く?」
「怪我人がいるとは思えんぞ。
盗ってナンボの海賊船じゃねえんだ。怪我人に用はない。
ま。たまたま近くにいたのも何かの縁だ。
生死確認くらいはしてやらねえとな」
「くくくく……」
思わず苦笑を漏らす私に、船務長が駄目を押した。
「要は、怪我人がいなきゃいいんだろ?」
「あはははは。
そやな。こっちは軍艦でも、まして海賊船ともちゃうんや。
人道的に、船乗りの良心で生死確認、な」
私たちの笑いは間を置かず、船橋を満たした。
この船が軍艦なら、捕虜の協定とかで、いろいろな義務や責任があるが、残念ながら「民間船」だ。
海賊が相手を皆殺しにしたら、逆に皆殺しにされるまで追われ続けるが、こちらも残念ながら「貨客船」だ。
まして加速も減速も、方向転換も苦手なトレインなら、道義と現実をバーターにして、「精一杯」まででいい。
船務長がしきりに「生死確認」を繰り返しているのは、これから起こるだろうアクシデントの後、怪我人が出ているようなら「助ける」ではなく、むしろ逆。
「怪我人」も、「まだ怪我をしていない怪我人」も、ほどなく「死人」になる。
時間にリミットのあるトレインの連絡艇だ。
遺体を回収してあげるほどのヨユーはないし、そんな義務もない。
それがわかっていて笑いのもれる船橋は……たぶん情操教育に悪いぞ!
この船、[カージマー18]は、一般に「トレイン」に分類されている。
岩塊やコンテナを連ねて引っ張る様子が、かつての列車を彷彿させるためだ。
実際には、平甲板に巨大な岩塊を乗せているというか、巨大な岩塊に張り付いているだけ。
今回は、船の長さが248メートルしかないのに、載せている岩塊は10kmに近い。
はみ出し部分が大きいため、そこから何本ものケーブルを伸ばし、それぞれに複数の、小ぶりな岩石を繋いである。
スラスターは船ではなく、巨大な岩塊に何十本も打ち込んでいて、小さなトレインよりもむしろ機動性は高い。
とはいえ、内戦中の木星に、わざわざ岩塊を届けたいという酔狂な「客」が果たしているのかとも思われるだろうが、現実にオーダーは無数に来る。
そのオーダーを完遂するためには、無能な善人よりも、多少性格に難はあっても有能な連中が必要だし、それをまとめられる船と、ミスのない「船長」が求められる。
船長が無能とばれればクルーは分裂するし、私は……まだ経験はないが、たぶん初めてでも2~3人くらいなら、正気を保っていられるようだが、100人の乗組員全員を相手にする自信はない。
だからこそ、ハッタリでも凜として、的確な指示を出し続けなければならない。
ビーーー!
「ロックオンレーダー照射されました!
ミサイル来ます!」
「ちっ!」
つい、舌打ちしてしまった。
先ほどこちらが打ったアクティブレーダーは、「気がついているよ」という以上の意味は持たない。
相手にしても、問い詰めれば「了解の返事をしただけ」と言い逃れの余地がある。
まして、こちらは鈍重なトレインで、距離を取られれば追いつけない。
が、ミサイルを撃つため、向こうからこちらに近づいてくるとなれば、話はまるっきり変わってくる。
実際にミサイルを撃たなくても、ロックオンレーダーの照射は、全くの同義語だ。
「撃たれる前に対応した」という大義名分が立つ。
たとえミサイルが現実に発射されても、アインシュタインの唱えた呪い「E=mc2」の応用で、巨大質量はエネルギーを相殺できる。
お互いの船が正対した瞬間、私は声を強めた。
「Aの8番パージ!」
「パージ完了!」
「ミサイル発射確認。1発だけです!」
次席航海士の声を遮って、レーダーを見ていた次席機関士が叫んだ。
「スラスター、8番9番10番全力!
2番3番4番逆進全開! 回頭する!」
トレインの常識を遙かに超えるGに身体を持って行かれそうになるが、深めに座ったシートに逃がして、姿勢をキープする。
「ミサイルは?」
「回避されました。その後、命中軌道に戻りました!」
次席機関士の声に焦りがにじむが、そもそもミサイルに当てようなんて思っていない。
ディスプレイの数字を頼りに、頭の中で計算を修正し、あるいは最初から計算し直す。
相対位置は常に変わるが、私は1つの数字を凝視していた。
私の発声と、各クルーの行動タイムラグを勘案して……今!
「2番3番4番、正進全開! 8番9番10番逆進全開!」
さっきとは逆方向に、さっきに倍するGを浴びる。
民間船ではあり得ないGで、ヘタをすれば機器が破損しかねないが、この船は元々、軍艦を想定して設計されている。
許容範囲内だ。
私は相変わらず1つの数字を凝視してタイミングを計り、短く告げた。
「Nの8番パージ!」
「……」
「復唱!」
「N8番パージ完了。
が……完全に外れです」
そりゃあそうだ。
ミサイルを狙って放ったんじゃないのだから、当たったら逆に困る。
「姿勢制御。上の岩塊で受ける」
それから程なく、鈍く長い振動が続いたが、それだけだった。
その前に船を振り回したときのGの方が、よっぽどきつかった。
そもそも、このサイズの岩塊をどうにかしようと思ったら、並の核弾頭でも手に余る。
しかも、核弾頭は交戦国相手にも厳禁で、ましてや航路が交わっただけの民間船相手に発射したとなれば、軍艦だけでなく、所属するコロニー国家そのものへの、無差別無制限の攻撃を甘受する羽目になる。
通常弾頭のミサイルでどうにかなるほど、質量という物理法則は優しくない。
ノック代わりのつもりがどれほど高くついたか、彼らはもうじき知るだろう。
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