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第16話 取り扱いにはご注意を

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 昼下がり。業務中とはいえ、少しゆったりとした時間が流れる頃合いだ。例に漏れず眠気に襲われた土師は、くあぁ、とあくびを噛み殺していた。
 と、その時、事務所に控えめなノックの音が響いた。
 扉を開けて顔を覗かせたのは、土師には見覚えのない1人の女性だった。

「失礼しますね」
「はい、どうぞ…って、飯能はんのうさんじゃないですか、お疲れ様です」
「ええ、馬路くんお久しぶり。お疲れ様です」

 挨拶を終えた女性と馬路が親し気に話し込んでる様子に、土師は目を瞬かせた。
「はんのうさん…?」
「あ、土師さんは初対面でしたか。こちら、飯能はんのう 奈子なこさん。ウチに在籍している講師の方ですよ。飯能さん、こちら、営業係のメンバーで、土師さんです。」

 紹介を受けた土師が慌ててペコリと頭を下げると、女性は「あぁ!」と、合点がいったように声を弾ませた。

「あなたが土師さんですか。お話はかねがね。初めまして、講師の飯能です。ふふ、どうぞよろしくお願いしますね」
「は、はい! よろしくお願いします!……ちなみに、どのようなお話を聞いていらっしゃったのですか…?」
「……うふふ」

 意味深に微笑む飯能を見て、馬路が苦笑いをしながら口を挟む。
「まぁ、土師さんのドジっぷりは、社内でも有名ですからね……」
「ええぇえ!? そんなことで有名になりたくないんですけど!僕だけ何で!!」
 騒ぎ出す土師を、馬路が「まあまあ」と宥める。

 だが結局、この場を取り持っている馬路も、今不在の残りの営業係2名も、社内では(色んな意味で)有名なのだがそれをツッコむ人間はここにはいない。

 閑話休題。

 馬路は飯能へ顔を向け、首を傾げた。
「そう言えば、今日はなんでこちらに? 何か授業があったのですか?」
「ええ、今日は公認会計士講座の代講、普段の担当講師の代わりに授業をしたの。この後は秘書検定講座の代講があるのだけれど、時間が空いたからご挨拶に、と思ってね」

 お手本のような微笑みを浮かべながら、飯能は答える。そんな彼女を見て、土師は目をキラキラと輝かせた。

「えー! ジャンルが全然違うのに、飯能さんすごいですね! ほかの講座も担当されてるんですか?」
「そうね…… あとは、ケアマネージャー講座の代講とか、カラーコーディネーター講座の代講とか。他にも、SUGUTOREで開催してるほとんどの講座には、代講に入ったことがあるわよ」

 飯能が次々と講座の名前を挙げていくにつれ、土師のテンションも上がり続けて行った。
 手を合わせて大きく相槌を打ちながら、土師はさらに質問を重ねる。

「飯能さん、マルチで活躍されているんですね! ……ん? でも、代講ってことは普段は別の方がメインで担当してるんですよね? 飯能さんのメインの担当講座はどれなんですか?」
「っ、土師さんその話は!!」
「え?」
 土師が振り向くと、何故か馬路が顔を青くしていた。口を開けたり閉じたりを繰り返し、目線もひどく泳いでいる。先輩の豹変っぷりに首を傾げた土師だが、再度前を向くと、その理由はすぐにわかった。

「…………………………」
「っでええ!? なんで?!なんで飯能さん泣いてるんですか?!!」
 飯能は、微笑みを崩さないまま、ぽろぽろと静かに泣いていた。

「…………いえ……私、メインの担当講座が……無くて………」
「あぁごめんなさい! 僕が無神経なこと聞きました!!」
「いいえ………私の、この……器用貧乏のせいなので……………」
「すいませんほんとすいません!! でも僕!ドジばっかだから、なんでもできる飯能さん憧れちゃいますー!!」
「そんな、お気遣いいただき…………恐縮です………」
「あああああああ負のループ! 静かに泣かないでください心が痛みますー!!ごめんなさいいいいいい!!!」

 静かに泣き続ける飯能と、土下座でもしそうな勢いの土師、そして両名を見ながら慌てる馬路、と事務所はメダパニ状態だった。


 結局、飯能と土師の「私が悪い」「いえいえ僕が」の応酬は、馬路が強制ストップをかけるまで15分間続いたのであった。
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