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三十話

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その日の仕事終わり、ラティーヌと共にいつものように帰路につく。
雅の事もあり、冬馬は何となくラティーヌとの会話に気まずさを感じていた。
「冬馬、何かありました?いつもより元気がありませんね。」
「いや、別に何もねぇよ。只、疲れただけ。」
「そうですか?それならいいですけど・・・」
最近のラティーヌは冬馬のちょっとした変化にも気づき、気を配る。あっちの世界にいる時には考えられない行動だった。その事が余計に冬馬に罪悪感を感じさせた。でも、雅のラティーヌへの純粋な好意を見ているとどうしても冬馬には断る事ができなかった。
その後も2、3言交わす程度であまり会話もしないまま家に着く。
玄関に入ったところで、いきなり後ろからラティーヌに抱きしめられた。
「やっぱり冬馬、なんか元気がないです。何か悩み事ですか?」
「おい!何だよ急に!」
耳元で囁きかけてくるラティーヌに冬馬が身を捩りながら抗議をすると、ラティーヌがそのまま首筋に自身の顔を埋めた。
「やめろって!」
冬馬がラティーヌを引き剥がそうとすると、
「この香り・・・雅の香水の香りですね。どうして冬馬からこの香りがするんですか?」
突如、雅の話が出たことで冬馬は体を硬直させた。まるで先程の雅とのやり取りをラティーヌに見られていたような嫌な感覚に鼓動が速まる。
「体が密着しないと、相手の香水の匂いが移るわけない。冬馬、雅と何かあったんですか?」
真剣な顔で問いかけてくるラティーヌの顔を直視できず、自然に目が泳ぐ。それがラティーヌの疑いを確信に変えていく。
「ただ、少し話しただけだ。別に大した話じゃない。」
冬馬の言い訳にラティーヌの表情が変わる。冬馬を抱きしめていた腕は解かれ、代わりに肩を強い力で押さえつけられた。
「ラティーヌ、痛いから・・・」
やんわり抗議するがラティーヌの鋭い視線に冬馬はまた口を噤む。
「私には言えない事ですか?目を合わせてくれないってことは、何かやましいことがあるんですか?」
「やましいことなんかないって!もういいだろ!離せよ!」
これ以上問い詰められたくなくて冬馬が強引に話を終わらせようとする。しかし、
「嫌です。冬馬が話してくれるまでこの手は離しません。雅との間にやましいことがないなら私に話してください。」
とラティーヌも頑なだった。冬馬はこのままでは埒が開かないと思い腹を括った。
「雅がお前の事が好きだって教えてもらっただけだ。」
冬馬はラティーヌから目線を逸せて投げやりに答えた。
「雅が?私を?・・・いや、そんなことはどうだっていい。」
ラティーヌは簡単に雅の思いを切り捨て話を進める。
「それだけなら、何で雅の香水が冬馬から香るんですか?」
「それは・・・」
冬馬はすごく真剣な顔のラティーヌに思わず言葉が詰まる。
「それは?」
ラティーヌがすかさず聞き返す。冬馬は一息吐くと、決心が鈍らないよう一気に話し始めた。
「協力してくれって言われたんだ。俺がラティーヌの事好きじゃないなら、俺にとってもその方がいいって言われたから。」
冬馬の言葉にラティーヌが目を見開く。
「それで、冬馬はどう答えたんですか?」
そう聞き返すラティーヌの声は少し震えていた。途端に冬馬の胸が苦しくなる。しかし今更取り繕うことも出来ず冬馬はラティーヌの問いに答える。
「協力するって言った。だって!お前もその方がいいだろ?いつまでも煮え切らない俺にずっと期待し続けるより、お前のことを好きって言ってくれてる奴といる方がお前も絶対幸せにー」
「うるさい!」
バンっ!
焦りでいつもより饒舌になった冬馬の言葉を遮るかのようにラティーヌが冬馬の後ろの壁を殴る。その顔は出会った頃のように、何も感じていない様な、とても冷徹な顔だった。冬馬はそんな顔を自分に向けるラティーヌを見て、自分が言ってしまったことを直ぐに後悔した。
「おい、ら、ラティーヌ俺は・・・」
「もういいです。」
自分の言葉を誤魔化す様に話出す冬馬に、恐ろしく冷たい声でラティーヌが返す。その声に冬馬はビクッと震えた。
「貴方の気持ちはよく分かりました。私のこと何とも思ってないことも。」
「そんなこと言ってないだろう!俺はラティーヌの気持ちを考えてー」
「私の気持ち?冬馬は私の気持ちなんて全く考えてないじゃないですか?だから雅とそんな約束が出来るんでしょう?」
その言葉に冬馬がグッと口を噤んだ。その耳元でラティーヌは追い討ちをかけるように言葉を吐く。
「それにこの話自体、冬馬にとっては大した問題じゃないんでしょ?」
バッと冬馬が顔を上げてラティーヌを見た。さっき誤魔化すために言ったセリフが自分の首を絞める。
「ちがっ!あれは!」
慌てて否定しようとするが、ラティーヌは冬馬から体を離し踵を返す。
「おい、どこ行くんだ?」
「出て行きます。冬馬もこんな私といるのは迷惑でしょう?」
ラティーヌの冷たい言葉と表情に冬馬の顔が歪む。
「待てって!俺はー」
「さようなら。」
引き止めようとする冬馬の前で、無情にも玄関のドアが閉まる。冬馬はその場に座り込むとギリっと歯軋りをした。自分がしてしまったことに今更ながら激しい後悔が襲う。ラティーヌを深く傷つけてしまった自分が冬馬は許せなかった。
冬馬は閉ざされた扉の前で、蹲ったまま暫く動くことができなかった。
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