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十二話

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署の外に出ても、冬馬は歩みを止めることなく、ずんずん歩いていった。ラティーヌは思わず、
「待って!」
と声を上げる。
その声に立ち止まった冬馬は、険しい顔で振り向いた。
「まだ、怒ってますか⁇」
ラティーヌは幾分かしおらしく冬馬に尋ねる。
「当たり前だろう!あんな事されて許す訳ない。しかも厄介な事に巻き込みやがって!早くオンブレーヤードに帰れって言っただろう!」
感情のまま冬馬はラティーヌに言葉を浴びせる。しかし、ラティーヌは
「いえ、私はもう国に帰るつもりはありません。」
と、はっきり言い放った。
「はっ?何言ってんだ?ここで観光でもするつもりかよ。いいか?お前は知らないかも知れないけど、ここでの1日は、向こうでの一年だ!早く帰らないとお前だって取り返しのつかない事にー」
「そんな事どうだっていい!」
突然のラティーヌの大声に冬馬は言葉を中断した。
「私は貴方を愛しているんです。貴方がオンブレーヤードから居なくなって、私は生きる糧を失った。それから3年です。私にとっては恐ろしく長い3年でした。その間冬馬の事を忘れた日は1日だってない!女神様に何度も頼み込んで、こっちの世界に来ました。あの日貴方にまた会えた時は天にも昇る気持ちでした。せっかくまた会えたのに、もう2度と貴方を離したくない!」
ラティーヌの告白に冬馬は目を見開いた。
「何言ってんだ・・・だいたいお前は俺を女神の代わりに抱いていたんだろ⁇」
「違います!私は冬馬と女神様を重ねた事なんて、一度もありません。私には最初から貴方しか見えていないんです。」
ラティーヌの表情はいつもより真剣に見える。
「そんな事・・・急に言われても・・・」
ラティーヌの真剣な眼差しに冬馬は言葉を失う。気がつくと、ラティーヌが目の前に立っていた。自分よりほんの少し背が高い男を冬馬は戸惑いながら見つめ返す。
「お願いです・・・私を拒否しないで。」
そう言いながらラティーヌは冬馬の腕を掴む。そこで初めて冬馬は我に返り狼狽始めた。
「おいっ離せ。」
段々と近くなるラティーヌの顔に焦ってラティーヌが掴んだ手を振り解こうとすると、2人の横に一台の車が停まった。
「よぉ!取り込み中か?」
揶揄を含んだその声に冬馬とラティーヌが一斉に車の持ち主を見る。
「知り合い程度だって言うから、様子見に来たけど・・・見たところただならぬ仲じゃねぇか。」
ニヤニヤしながら冬馬を見るのは、ラ・ポーズのオーナー栄だった。
「せっかく来てやったのに、心配して損したわ。」
「栄さん!いや、マジでそんなんじゃないですから!」
変なところを見られてしまったと冬馬は慌ててラティーヌと距離をとる。
「変に焦るところがまた怪しく見えるぞ。」
慌てている冬馬とは逆に栄は楽しそうに言って、くくっと笑い声を漏らした。
「冬馬、この人は誰ですか?」
冬馬と親しそうに話す栄が気に入らなかったのか、ラティーヌは鋭い視線を栄に向けると、冬馬に尋ねた。その反抗的な態度も可笑しそうに栄は笑う。
「俺はこいつが働いてる店のオーナーをしている栄だ。別に冬馬とはお前が思ってるような関係じゃねぇよ。」
やけに鋭い栄の言葉に冬馬はギョッとする。
「オーナー?オーナーとは何ですか⁇」
ラティーヌとの関係を変に勘違いされている気がして気が気じゃない冬馬とは裏腹にラティーヌは間抜けな質問を栄に向ける。
「おい、こいつは言葉が通じねえのか?」
栄が少し驚いた顔を見せる。
「すみません。こいつは常識が通用しないところがあって。」
「オーナーっていうのはその店を所有している人。つまりお店のトップだ。」
冬馬は栄に説明した後、面倒くさそうにラティーヌに小声で言葉の意味を知らせた。
「なるほど。」
ラティーヌはすぐに納得すると栄に一歩近づいた。
「貴方がそのような方だとは知らず、失礼な態度をとってしまい申し訳ありません。先ほどの無礼はお詫び致します。」
美しく頭を下げたラティーヌに、栄は一瞬目を見開き、
「ほぅ。」
と一言と興味ありげな声を出した。
冬馬は嫌な予感がした。
「栄さん、心配して来て頂いてありがとうございました。ではそろそろ俺たちは失礼します。」
早々に話を切り上げ、冬馬がラティーヌを連れてその場を立ち去ろうとすると、
「うちで働かないか?」
栄がラティーヌに声を掛けた。ラティーヌは驚いた顔で振り向いた。
「見たところ顔の造りは悪くないし、たたずまいも上品だ。もし、まだ仕事とかしてないようならうちに来ないか?知り合いがいた方がお前も安心だろ?」
口角を上げて栄がラティーヌを見る。その目はいい人材を見つけた喜びで輝いて見えた。
「ちょっ!何言ってるんですか?こいつに仕事は無理です。常識も何もあったもんじゃないんですから!」
焦った冬馬は必死に栄の考えを改めさせようと訴えるが、ラティーヌは満更でもなさそうだ。
「確かにここで生きて行くためにはお金というものが必要だと、さっき警察の方が言っていました。そこで働けばお金はもらえますか?」
当たり前の質問に栄は苦笑する。
「あぁ、もちろんだ。お前の働き方次第で、貰える額も変わる。夢のある仕事だぞ。同じ職場だから、冬馬とも一緒に過ごす時間が長くなる。お前にとっちゃ最高の働き口だと思うがな。」
この短時間で、ラティーヌの冬馬への想いに気付き、それをしっかり武器として誘い文句に使う栄はやっぱり怖いと、冬馬は冷や汗を流す。
「本当ですか⁇貴方はとても良い人ですね。ぜひよろしくお願いします。」
冬馬は栄とラティーヌのやりとりに頭を抱えたくなった。どうにか栄に考え直してほしくて必死に抗議する。
「俺はこいつを雇うのは反対です!一緒に働くなんて絶対嫌です。」
もともと頑固な性格の栄は、一度決めた事はなかなか覆さない。冬馬の抗議を受けても平然とした顔で切り返した。
「俺がこいつを雇うのにお前の許可がいるのか?それにこいつは顔もいい。店にいるだけでそこそこ儲けになるはずだ。店の利益になるんだったら、お前の私情なんて俺にとってはどうでもいい。」
言い返されるとは思っていたが、予想以上の言葉に冬馬はこれ以上口を開くことはできず、グッと口を噤んだ。栄は尚も続ける。
「当分は冬馬の家で面倒見てもらえ。」
「ちょっ!何で俺の家ー」
反射的に反論しようとしたが、栄に鋭い視線を向けられ、言葉が最後まで出てこない。
「あの家は、うちの店が幾らか補助を出してるよな⁇安く住まわせてやってんだ。次の住まいが見つかるまでこいつの面倒はお前が見ろよ。見た限り、只の知り合いってわけでもねぇんだろ?さっきも言ったがお前に拒否権はねぇ。」
まだ納得できない冬馬だが、話は終わりだとばかりに顔の前で手を振る仕草を見せた。
はぁぁぁ・・・
冬馬は今日何度目かの深いため息を吐いた。昨日から嫌なことが重なりすぎて、胃に穴が開くのではないかと、冬馬は自分の体を本気で心配した。
「ラティーヌとか言ったな?明日、冬馬と一緒に出勤してこい。入社の手続きをしてやる。」
「はい!よろしくお願いします。」
顔色がどんどん悪くなる冬馬を他所に2人は今後について話し合うのだった。

栄とラティーヌの話は思いの外あっさり終わり、栄は車でもと来た道を戻っていった。
栄がいなくなったことで、2人の間に重苦しい空気が流れる。
いくら栄の言ったことでも、昨日あんな思いをしたばかりの冬馬にとってラティーヌとこれから一緒に過ごすのなんて到底受け入れられることではなかった。
冬馬は静かに話し始めた。
「栄さんにはああ言われたが、やっぱりお前と生活するなんて考えられない。俺はこっちの世界の住人だ。男としてのプライドもある。お前にああいうことをされるのは本当に苦痛なんだ。頼むから、元の世界へ帰ってくれないか?」
冬馬の切実な思いを受け、ラティーヌは苦しそうに眉根を寄せる。
「冬馬がそんなに私の事を嫌っていただなんて、気づきませんでした。昨日の事は謝ります。だからどうか帰れなんて言わないで。」
本当に悲痛なその言葉に今度は冬馬が眉根を寄せる。
「何でそこまで俺に拘るんだ・・・」
「先程も言いましたが、貴方の事が好きなんです。貴方は私の事を嫌っていてもいい。でも好きでいる事は許してもらえませんか?」
「俺はお前の事が好きじゃないのに、一緒に暮らせるわけないだろ!また、昨日の二の舞になるだろうが!」
「いや、そうはなりません!」
ラティーヌの力強い否定の言葉に、冬馬は自分の言葉を飲み込む。
「絶対に今後貴方の嫌がる事はしません!冬馬が許してくれるまで、触れたり近寄ったりもしません。だからお願いします。私を側に置いてください。」
「そんなの信用できるわけないだろ!昨日のお前は、俺が何度頼んだってやめようとしなかった。」
「もし、一度でも約束を破れば、その時はすぐに国に帰ります。」
「一度でもだな?一度でも許可なく俺に触れたり、俺の嫌がる事をしたら、即刻俺の家から出ていけよ。」
そんなに甘い事を言ったつもりはない冬馬だったが、ラティーヌの顔はパァッと明るくなった。
その顔を見て冬馬は自分の気持ちがどんどん沈んでいくのを感じた。
少しの辛抱だ。こいつは変わらない。俺は信じない。そう強く自分に言い聞かせるのだった。
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