浄霊屋

猫じゃらし

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それぞれの在り方(待ち人) 1

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 健の怪我は背中の打撲、額の切り傷。
 額は階段の角にぶつけたらしく、頭なので一応精密検査を受けた。結果、問題なし。
 背中の打撲の方がひどかった。
 若女将をかばって自分を下にしたため、全ての体重がそこにかかった。
 健の背中には青紫色が広がっていた。


「健、大丈夫? もうちょっと入院してればよかったのに」


 数日入院した後、痛みはおさまらないが体は動かせるので退院した。
 今は移動中、電車の中だ。振動が背中に響く。

 健が入院中の間、大智は旅館で引き続き住み込みバイトをしていた。繁忙期を乗り越えた女将が、やり切った笑顔で大智を褒めていた。
 若女将が抜けている分、接客にまわったらしい。


「夏休みだってもう半分過ぎてるんだ。まだやることがあるのに、寝てられないだろ」

「いや、寝てろよ。おでこに生々しく傷テープ貼ったやつと行きたくないよ」

「気にすんな。無理はしない」

「なんなら俺一人で行くって言ってんのに、なんで聞かないんだよ」

「…………」


 ――気になるから。それは好奇心じゃなく、大智のことを心配して。

 これから向かうのは旅館の依頼と共に受けた一楓のおつかいだ。同じ県内だからついでに、ということだ。
 その時の大智はやけにやさぐれた口調だった。新幹線で出発の際にはイラついていたように思う。

 そして、今は。
 何を考えているのか、健を心配する傍らでどこか遠いところに意識を飛ばしている時がある。
 できれば行きたくない、という本音も漏れ出ていた。

 大智だけで送り出すことなど、できるわけがない。


「ま、入院費もバカにならないしな」


 これは恐らく一楓が出してくれるだろうが、そういうことにしておく。
 大智もそれをわかりながら突っ込んではこない。口では健にいろいろ言いながら、ホッとしてるのだ。

 大智はそれを誤魔化すように、流れる景色に顔を向けた。


「……到着まで時間かかるよ。寝れそうなら、寝てなよ」

「背中いてぇ」

「横になれば? 全然人乗ってないし。膝貸そうか?」

「いい、遠慮する」

「俺の太ももは柔らかいよ」


 違う、そういうことじゃない。
 窓の外に視線を投げる大智は至極真面目な表情で、茶化しているわけではなかった。

 またどこかに意識を飛ばしている。

 上の空で口走った大智の言葉をスルーして、健は背中の痛まない体勢を探した。




 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎




 目的の場所に着いた時には、すでに日が沈んでいた。
 いくら同じ県内といえど長かった。基本電車に乗りっぱなしだったが、田舎の電車なので鈍行しかなかった。
 景色を楽しむにも周りは畑や田んぼばかりで、健と大智は早々に飽きてスマホをいじったりしてやり過ごした。

 電車を降りると大智は思いっきり体を伸ばした。
 健もそうしたかったが、背中が痛むので首を回す程度で済ませた。ちくん、と頭にわずかな痛みが走った。


「コンビニ寄ろう。ごはん買って、それからホテルにチェックイン」

「わかった」


 駅近くのビジネスホテルは、お盆が過ぎたことで前日でもすんなり予約が取れた。
 お盆前だと意外にも満室だったらしい。
 寂れた町だが、お盆祭りはそれなりに賑わうのだとか。

 ビジネスホテルに向かう途中にあるコンビニで夕飯を見繕い、購入。
 チェックインしてさっさと済ませた。
 件の用事は明日に回すのだと思っていた健はすっかり休息モードに入っていたが、大智は外に出る準備をし始めた。

 スニーカーの紐を固く縛り直し、薄手のウィンドブレーカーを手に持った。


「どこ行くんだ?」


 健が声をかけると、大智は迷ってから答えた。


「姉ちゃんのおつかい」

「今からか? 相手方に失礼じゃないのか」

「それは大丈夫。むしろ、今じゃないとダメだから」


 なんとなく察する。
 一楓から頼まれたものが、生きている人間相手じゃない可能性は大いにある。


「俺も行く」

「健はもう休んでなよ。移動でかなり疲れたでしょ」

「大丈夫だ」

「いいから、待ってろって。今の健には行けないよ」

「どういうことだ?」

「あー、いや……」

「大智」

「健はさ、怪我人なんだから……」

「お前の様子が変なのは、最初からわかってるんだ」

「……」

「無理してひとりで行こうとするな」


 大智は押し黙った。
 はぁー……と長く息を吐くと、情けなく眉を下げた。


「駅の裏手に、山があったでしょ」

「あったな」

「それを登りにいく」

「……は?」

「正確には中腹まで。廃墟があるから、そこに行ってほしいって言われたんだ」

「そこに何がある?」

「…………まだいるなら、そこにいる人に会ってほしいって」

「それは……」


 確実に、生きている人間ではない。
 やはり一楓のおつかいとは、のものなのだ。

「会って、伝えなきゃいけないことがあるんだ」

「なにを?」

「……」


 大智は目を伏せた。眉根は寄っている。
 一楓のことでこんなに反抗的なのは、狐の一件以来かもしれない。
 行きたくないと雰囲気で出すほど、一体どんな理不尽な言いつけをされたというのか。


「まぁいい。そういうことなら、早く行くぞ」

「うん……。健、本当に無理だけはしないでね」

「わかってる」


 電車を降りてから時折、頭にちくんと痛みが走る。痛む場所はぶつけて切ったあたりだ。
 それが時間が経つにつれて増えているような気がするが、おそらく疲れのせいだろう。

 健もスニーカーの紐を固く結び直した。
 山登りとは言ったが、道は整備されているのかいないのか。
 懐中電灯はないし、なんの装備もなく登って大丈夫なのだろうか。
 不安は尽きない。無理はしないと言ったが、自分の体調面も含めて。

 ホテルを出て、駅の裏手にある山を確認する。
 ――中腹。廃墟。それは、なんの?
 そこにまだいるかもしれないという人は、一楓とどういう縁なのだろう。大智の渋りようから、あまりいい想像はできない。

 山に向けて先を歩く大智は、いつもより歩調を緩めている。健の体調を気遣ってだろう。
 田舎道は街灯が少なく、歩道もあったりなかったりだ。舗装されているはずの道も年季が入って悪くなっている。
 注意深く足元を見て歩かねば。

 それでも、空を見上げてしまう。
 澄んだ星空。高く昇った月は曇りなく輝き、一時の不安を消し去ってしまう。
 これから大智が相対するという人物……。

 いなくなってればいいのにな。

 無責任に、そう思ってしまった。



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