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残る想い、寄せる想い 5★
しおりを挟む「マメ太がね、見えた気がした」
すっかり雲は流れ、快晴の空。
和室の窓際に座り、どんどん太陽の昇っていく空を眺めている。
さくらは健に寄りかかり、いまだ腕の中で。
「……私はマメ太を、この家に縛りつけちゃってたのかな」
健からすべてを聞いたさくらは、嬉しさと悲しさをないまぜにしてつぶやいた。
首輪を付けないと外に出ない賢い柴犬。
きっとマメ太が自らそう決めて、それをさくら達が「良い子」だと褒めて躾けた。
外に出るか出ないかはマメ太自身の問題。
それでも、そう躾けられたことによって『出ない』から『出られない』に変化したのだろう。
体を失ってもなお、マメ太はその決め事を忠実に守っていた。
「首輪をしていないと、外に出ないってわかっていたのに……」
さくらの頰にある涙の乾いた痕を、新たな涙が流れようとしている。
それに気づいた健は慌てた。
「あぁ、もう泣くなって」
目尻に溜まった涙を指で優しく拭ってやる。
目元が赤らんで痛々しげに見えるのだ。これ以上泣くのはやめてほしい。
「首輪がないから家から出られないにしても、マメ太は縛られていたわけじゃない。あいつは望んでお前のそばにいたんだよ」
きっと、いつだってマメ太には天からの光が射していたはずだ。
これだけさくらや家族に大切に育てられ、穏やかに過ごし、最期を迎えたのだから。
未練はないけれど、ただ、もう少し家族のそばにいたい。
それがマメ太の本音だったのだろう。
「どれだけさくらのことを大事に想っていたか、見ていてよくわかったから」
「……本当?」
「あんなに飼い主想いな犬は見たことがない。あと、俺にまったく興味を示さなかった」
そう言うと、さくらは「マメ太らしい」と笑った。
「マメ太はこれからもさくらを守り続ける。さくらはそれを信じていればいい」
「うん……そうだね」
「それに、さくらを大事に想ってるのはマメ太だけじゃない」
健とさくらの横で大きな体を丸めて寝ていたアンコが顔を上げた。
太いしっぽが畳を叩く。
「アンコ、ありがとな。おかげでさくらを守れた」
マメ太が体を張ってさくらを守るのなら、アンコは寄り添ってさくらを守っていた。
マメ太の気持ちを受け継いで、これからもそうしていくだろう。
アンコは体を起こしてさくらの手に頭を押しつける。
なでて、ということらしい。
「アンちゃん、ありがとう」
さくらになでられ、アンコは満足そうにしっぽを振る。それから健を見た。
健もアンコをなでようとさくらに回していた手を伸ばすと、それをするりとかわされた。
懐に入るとはまさにこのこと。
アンコの顔は健のすぐ目の前にやってきた。
「わっ、こらアンコ!」
さくらがいて逃げられない健にアンコは容赦ない。
耳を何度も舐められた健は堪えきれず、笑い出した。
アンコの太いしっぽが楽しげに大きく揺れる。
耳を隠すために健はアンコを抱き寄せ、アンコの体に顔を伏せた。
アンコは抵抗せず、それだけでも嬉しそうにしっぽを振っていた。
そして、気づく。
自然とさくらの顔が近いことに。
ぱちりと合った視線は逸らしようもなく、逃げようもなく。
二人で頬を染めて見つめ合うと、恥ずかしさから笑みをこぼす。
「……さくらが無事でよかった」
健は素直に、想いを言葉にした。
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