浄霊屋

猫じゃらし

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身代わりの雛 4

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 登坂が就寝した頃、健と大智はひな人形を片っ端からひっくり返して確認した。
 着物をめくり、隙間という隙間に例の紙が差し込まれていないか探す。


「健、あった?」

「ないな」


 全ての人形を見たが、紙はどこにも見当たらない。
 そもそも隠しどころの少ない人形だ。着物の隙間に差し込まれていれば、すぐに気づきそうなもの。


「ひな壇にあんのかなー」


 大智が毛氈もうせんをめくり、ひな壇の後ろへ潜り込んだ。
 しばらくゴソゴソと動き回っていたが、結局「ない」と一言。

 出てこようとして、上段の板に頭をぶつけた。


「いてっ」


 そのせいで上段の人形が転がり落ちる。
 他の人形も巻き込み、ゴトゴトと畳に落ちていく。

 昨日直したばかりの女雛の首が再び取れ、コロコロと転がった。


「何やってんだ大智」

「ごめんごめん」


 健は落ちた女雛を拾い上げた。

 曰く付きでありながら一応は大切にされているひな人形。
 そのため壊れた際の修繕は登坂にお願いしていたのだが、健はその必要がないことに気づいた。

 首は、胴体に差し込むだけの造りだったのだ。


「これなら簡単に取れちゃうね」


 大智がホッとしたように言う。
 ただ見聞きしているだけでは、首が落ちるということは不吉で不気味だ。
 だが、取れやすいという事実を知ってしまえば、そこに怖さはない。


「ま、その原因がはっきりしないんだけどな」

「せっかく怖くなくなってたのに!」


 喚く大智を無視して、健は女雛の胴体に首を差し込んだ。
 だが、なんだか収まりが悪い。
 中で何かつっかえているような、そんな抵抗を感じた。
 落ちてしまった衝撃で壊れてしまったのだろうか。

 健は首を取り外し、部屋の蛍光灯の下で胴体の中をのぞき込んでみた。


「……何かあるな」


 小さな穴からわずかに見える白。
 それは恐らく、健と大智が探している物。

 健はその白い物を引っ張り出そうと小さな穴に指を入れようとするが、爪の先ほどしか入らない。
 逆さまにして揺さぶっても、少しも動いている気配はなかった。


「くそっ。出てこねぇ」

「健、これ使って」


 大智が持ってきたのはピンセットだ。
 部屋を出ていったと思ったら、リビングの棚を漁って勝手に拝借してきたらしい。

 健はピンセットを受け取り、小さな穴にその先細りの先端を差し込む。
 白い物にかろうじて届いた。そのまま挟み、引き出す。

 くるっと筒状に丸まった、小さな紙だった。


「……これだな」


 丸まった紙を広げると、まさに人の形をしていた。
 そして中央には名前が書かれている。


「あれ、でもこれは登坂さんの名前だ」

「ばあさんの持っていた紙には奥さんの名前が書かれていたんだよな」

「……もしかして、娘さんの名前もある?」

「探すぞ」


 改めて、全てのひな人形を確認する。
 やはり首は簡単に取れた。そして、中には筒状に丸まった紙が入っている。
 それをピンセットで抜き出すこと、15体分。

 15枚の紙には、登坂家族の名前がそれぞれ記されていた。


「人の形の紙に、名前。心当たりがあるといえばあるが……」

「それ、呪いじゃないよね?」

「大智は呪いだと思うか?」

「思わない。だって、あのメモの番号——……」


 大智のスマホが鳴った。
 真夜中に一体誰が、と思う健だったが、大智に液晶を見せられて納得した。


「メモの番号は、姉ちゃんの神社のものだから」


 大智が通話ボタンを押す。
 そこから聞こえる、聴き慣れた声。堂々と、不安をかき消すような一楓のしゃべり。

 人の形の、名前の記された紙。
 神社の番号。

 健はほぼ確信を得て、自然と口角が上がった。


「それじゃ、答え合わせをしようか」




 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎




 登坂に、その妻。
 娘も連れてきてもらい、久しぶりの再会に登坂の顔はほころんだ。

 登坂家に、久しぶりに家族が揃った。


「奥さんと娘さんは、突然お呼びしてすみません。依頼の件が解決できそうなので、そのお話を……」

「呼ばれたことはいいんですが、ここに娘を連れてきて危険はないんでしょうか」


 登坂の妻が健の話を遮る。
 健は大智を見ると、青い顔で頷いた。健も頷く。

 娘を連れてきてもらったのは、その小さな背に取り憑く者がいないか確認したかったからだ。幸い、何もいなかった。

 だが、大智の顔色を見るに、やはり登坂の妻の背後は重い。


「危険はないと判断しました。現段階では……しかし、今後のことを考えなければいけません」

「どういうことだ?」


 登坂が眉間に皺を寄せる。
 早く答えを欲して身を乗り出しているが、まだその段階ではない。

 確認しなければいけないことがあった。


「先にひとつ、お伺いしたいのですが」

「なんだい?」

「まず奥さんに。今までに、大きなケガをしたり事故に遭ったりしたことはありますか? もしくは、多いと感じたことは?」

「いえ、ありません」


 登坂の妻も眉間に皺を寄せる。
 一体何を聞くの、というように健を見ている。


「では、周りでは? 身近な人に、そのようなことはありませんでしたか」


 その問いには、眉がぴくりと動いた。


「……確かに多いかもしれません。けれど、それが何なのでしょう」


 健は答えず、次いで登坂に質問する。


「登坂さん。奥さんとお付き合いを始めてから、ケガや事故が増えませんでしたか?」

「……そういえば」


 健と登坂の妻とのやり取りから、登坂は思い当たったようだ。
 過去のことを思い出すように黙り込む。

 そんな登坂に健は続ける。


「最近はどうですか?」

「思いつくのは、ないな」

「いつ頃からですか?」

「えっと……いつからだろう」

「おひな様を貰ってからじゃないですか?」


 登坂がハッとする。
 登坂の妻はあまりピンときていないようだが、本人に実害がないせいだ。他人事であれば、そんなものだと思う。

 健はここで、人の形をした紙を取り出し、登坂の妻に見せる。


「これは “人形ひとがた” といいます。登坂さんのおばあさんが持っていました」

「どうして私の名前が……」

「現在、ひな人形すべてにこの紙が入っています。書かれている名前は奥さんのものだけでなく、登坂さん、娘さんのものもありました」

「えっ! 俺と娘のも?」


 登坂が驚く。
 健は頷き、話を続ける。


人形ひとがたは、そこに名を記された者の穢れや厄災を代わりに引き受けてくれるものです。これが仕込まれたひな人形は、そのために壊れ続けています」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。つまり、どういうことなんだ?」


 登坂の顔には困惑の色が見える。
 対して、登坂の妻はだんだんと青ざめていく。
 少なからず、心当たりがあるようだ。

 健は登坂から、登坂の妻へと視線を移す。


「奥さん自身にはなく、周辺ではケガや事故が多い。それが何なのか。……先ほどの問いにお答えします」


 ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえた。
 登坂なのか。登坂の妻なのか。それとも、二人なのか。



「——あなたは、霊を引きつけやすい体質のようです。今も背後に、片手では収まらないほどの数を引き連れています」



 両親の緊張を察して小さな娘がぐずり始めた。
 だが、二人はそれをあやすことさえ忘れている。


「悪意のある者はいません。だけど、それだけ集まると普通は害が出るものなんです。大なり小なり、憑かれている本人に」

「つまり、私に……?」

「本来であれば。でも、あなたの場合、その害が周りに出ている。どんな理由かはわかりませんが、あなたは引きつけやすいだけで護りが強いようです」


 重く、沈むような空気。
 耐えきれなくなった娘は、とうとう泣き出してしまった。
 慌ててあやす登坂の妻の手は震えていた。

 すかさず、大智が声をかける。


「奥さんのせいではないですから。そういう体質なんです。心配は尽きませんが、それだけは安心してください」

「大智の言う通りです。あなたのせいではありません。……登坂さんも、そのことは承知しておいてください」


 固まっていた登坂は、健に言われてハッと妻を見た。
 震えるその背に手を置くと「大丈夫だ。大丈夫」と、優しく撫でた。

 大智が和室からおもちゃを持ってきて、娘をあやす。


「……——話を戻します。先ほど、人形ひとがたの説明をしました。名を記された者の厄災を引き受けてくれる身代わりだと」

「あぁ。…………それは、まさか。もしかして」


 登坂の瞳が徐々に大きく、丸く見開かれた。
 その真実にやっと考えが及んだのだろう。


「そうです。あの人形ひとがたは、登坂さん達の厄災をすべて引き受けてくれています。……おばあさんへの誤解も、解けたでしょうか」


 幼い頃から、何よりも大切にされてきた。
 そんな祖母を疑い、憎んでしまいそうなほどに軽蔑して。
 受けた愛情に対する今までの仕打ちが、どれだけ祖母を傷つけたことか。

 登坂は、毒気を抜かれたように呆然とした。


「呪いなんかじゃ、なかったんだな……」

「おばあさんは俺たち同様、霊が視えるようでした。結婚を反対したのはそのせいでしょう。だけど、」


 視えるが故に、放っておけないのもまた事実。
 一楓の神社に相談し、人形を得ていたと、真夜中の電話で確認が取れた。
 登坂の祖母にできる、精一杯のことだったのだろう。

 すれ違ったまま、それを伝えることもできないままで。


「登坂さん達を守りたい気持ちは、誰よりも強かったはずです」


 決して見届けることのできない未来を見据えて。
 そこに暗雲が立ち込めないように、少しでも不幸が逸れるように。


 登坂の瞳からぱたり、ぱたりととめどなく涙がこぼれる。
 抑えようのない嗚咽に、登坂の娘が小さな手を当てた。

「いたいの、いたいの、とんでけー」

 拙いしゃべりに、まだまだぎこちない動作。小さく儚い、かけがえのない命。

 登坂の祖母が “今” を守ったおかげだ。
 孫夫婦とひ孫の幸せを願い、ひとり戦った証が、そこには大きく、確かに育っていた。



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