浄霊屋

猫じゃらし

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モズの家 1

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 大学も休みが明け、課題から解放されて肩の荷がやっと下りた頃。

 いつもは、特に視えるようになってからは健にべったりと張り付いていた大智がすっかり距離を置いたことに、仲の良い面々は驚きを隠すことなく口々に「どうしたの?」と尋ねてきた。
 それに対し、大智は「ちょっとね」と。
 健は煮え切らずに「ケンカではない」と返していた。

 理由は伏せたが、2人でもケンカをするのかと、すんなり納得した友人たちである。
「早く仲直りしてね」とそれ以上は踏み込まないところを考えると、バイト関係だと察してくれたのかもしれない。



 それから数日。

 健とは離れた所に、さくらと一緒にいる大智を見つけて、ふと違和感を覚えた。
 向こうは健に気づいていない。それをいいことに、遠慮なく遠巻きに見ていると。


「なーに見てんの」


 後ろから、肩をつかまれた。


「省吾」


 振り返れば、冬だというのに相変わらず浅黒い顔で口元を上げた省吾がいた。
 健の目線を追って、いたずらに言う。


「ははぁ、なるほど。ケンカの原因は乃井ちゃんかぁ」

「は? 違う」

「取り合ってライバルなんじゃないのか?」

「なんだよ、それ」


 ため息をついた健をよそに、省吾はまだ楽しげにさくらと大智を眺めていた。


「だってさ、大智が。健とはライバルになったんだって言ってたから」

「大智が?」

「そ。だから、乃井ちゃんじゃねぇの?」

「違うって」


 ふーん、とつまらなそうな省吾は、視線を健に向けた。
 さくらと大智が見えなくなったようだ。


「お前らが一緒にいないと、なんか不安になるわ。早く元に戻るといいな」

「……ん。悪い、気遣わせて」


 うつむいた健に、省吾は目をぱちくりさせた。
 そして、遠慮なく声を上げて笑う。


「友達なんだから、心配すんのは当たり前だろ」

「……友達」

「おう。できることがあれば言えよ」


 それが当たり前だというように。
 省吾は、爽やかに笑んで見せた。


「ありがとう」

「いいって」

「……大智さ、なんかおかしかったら教えてほしい」

「まかせろ」


 力強く頷く省吾に、少しだけ気持ちが和らいだ。
 周りが不安に思う以上に、健も不安に思っていたのだ。

 大智との、未だかつてないこの距離感。

 一方的に距離を取られるのがこんなに苦痛だったなんて。
 昔はそんなこと、考えたこともなかったのに。




 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎




「健くん!」


 講義終わり、慌ててやってきたさくらは、周りの目を気にすることなく健の腕をつかんだ。


「一緒に来て!」


 健は腕をさくらに抱え込まれたまま引っ張られ、そのままつんのめりそうになりながら走る。
 一体何が、と聞くも、さくらからは「静かについてきて」という返事ばかり。

 大学内は人に紛れ、それでいて慌ただしく。
 外に出てからは少し落ち着いて、物陰に隠れるようにして。

 前方を歩く大智の後を、気づかれないようにつけていた。


「大智がどうした?」


 行き交う人が怪訝な目線を送ってくる。
 ただ、今はそれよりも大智に気づかれないようにと気をつけた。
 小声で問う健に、さくらも同じく小声で返す。


「ここ数日、大智の様子がおかしくて。疲れてるのか、元気がないような」

「それで?」

「帰りもどこか寄ってるみたいで、バイトで遅くなってるのかなと思ってたんだけど」


 さくらが立ち止まる。
 腕を抱え込まれたままの健もつられて止まり、建物の影に引っ張られた。

 大智が、今は葉の散った桜の樹々で囲まれた公園に入っていった。


「バイトなんて、俺は聞いてないぞ」

「うん、バイトじゃないと思う。だって、大智がやってること、おかしいから……」


 建物の影を伝い、少しずつ公園に近づく。
 一際太い桜の幹に身体を隠し、公園内を覗いてみると。
 ベンチに腰掛けた大智が、園内の奥をただ眺めているようだった。

 そして、その奥とは。



「ここ、霊園か……?」



 ずらりと等間隔に並ぶ墓石。
 きちんと整備された、こじんまりとした綺麗な霊園だった。


「ぱっと見わからないけどね。大智、ここに通ってるみたいなの」

「あいつ、何してるんだ?」

「それをね、見ててほしいの。私には理解できないから」


 そう言ったさくらの声音には、うっすらと怯えが混じっていた。




 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎




 結局、大智がそのベンチにいたのは、日が完全に落ちて園内の街灯が点くまでの約1時間ほどだった。


 季節は冬。からっ風の吹き付ける、極寒の中。

 大智はしっかりと防寒していたが、急に連れ出された健にはそんな装備などなく。
 それなりの装備のさくらも、動かず風に吹かれ続けたせいで唇の血色が悪くなっていた。

 ぶるりと身を震わせる。

 そうまでして、さくらが健に教えたかったこととは。
 さくらの言う通り、普通の人には理解ができない。それでいて、たまに見せる不可解な大智の行動には、意味を見出せるはずがなかった。



 大智は、ずっと霊園——等間隔に並ぶ、墓石を眺めていただけだったのだから。



 墓石の並びにはぽつりぽつりと人影がある。
 それは、そちらの存在。大智はそれを眺めていた。
 ちらちらと、恐らくは気付かれないように。


「また、ひとりで何か話してる……」


 そして、時折会釈をするのだ。通りすがった人と目が合い、会話をする。

 健にはそう視えた・・・
 だが、さくらには。


「ったく、あいつは」

「え、何?」


 さくらには、大智と話している人影は視えないのだ。


「通りすがった幽霊と話してる。だからここ数日、あいつの周りに群がるやつが増えていたんだ」


 きっと大智は気づいていない。
 親しげに話しかけてくるそのが、人ならざるものだということに。
 親しげに話しかける理由が、好奇心だということに。

 数日前から、健は大智に違和感を覚えていた。


『日毎に大智に付きまとう者が増えている』


 それが、大智のこの意味のわからない行動のせいだったのだ。


「大智、視えてるの?」

「視えてる。…………いや、ちょっと待て。大智から聞いてないのか?」

「え、うん。そんな話はしてないよ」

「……」


 健は沈黙の後に、大きくため息をついた。余計なことを言ってしまった、というため息。
 てっきり、大智は打ち明けているものだと思っていたのだ。


「悪い、乃井さん。他のやつには黙っててくれないか」

「え?」

「大智の問題だから。大智が言ってないなら、俺から乃井さんが知るべきじゃなかった」


 健が視えることを、さくらは知っている。省吾も結菜も。その上で、仲良くしてくれている。
 だから、大智が隠しているとは思わなかった。怖がりの大智が、健から距離を置いている今、一人で抱えているとは。

 きっと、打ち明けない理由があるのだ。


「……うん、わかった」


 さくらは静かに頷いた。

 からっ風が吹き付け、ばさりと髪を流していく。
 通り過ぎた風にまた、ぶるりと身震いし、どんどん増していく寒さに健は耐えた。



 そうして時間は過ぎ、ようやく大智がベンチから立ち上がったのが約1時間後。
 ちょうど、園内の街灯に光が灯ったところだった。


「動いた」

「や、やっと帰れる……。昨日はそのまま駅に向かったよ」


 耐えきれずに震えるさくらの歯がカチカチとぶつかる。

 大智はまた新たに影を引き連れ、それに気づくことなく霊園を出ようとしていた。
 墓石の並びにぽつりぽつりとあった影は、そんな大智をなんとなしに見送る。


 その中の1つの影がスッと動いた。


 てっきり、他の影同様に大智に興味を持ったのかと思った。
 その影はすばやく大智にくっついている影たちの間に入り込み、あっという間もなく大智に重なった。

 駅に向かい歩き始めていた大智は、そこでくるりと向きを変えた。


「あれ、どうしたのかな」


 大智は駅とは逆向きに進み始めた。
 先にあるのは、街灯がだんだんと少なくなる住宅地。闇が濃くなる中、複数の影を引き連れてずんずんと進んでいく。


「まずいな」

「大智、どうしたの?」


 状況が理解できないさくらは健を窺う。


「俺、大智を追うから。乃井さんはもう帰んな」

「えっ、どうして?」


 大智のことを教えてくれ、ここまで付き合ってくれただけで十分だ。
 カチカチと歯を鳴らすほどに震えるさくらをこれ以上連れ回したくはなかったし、ここからは危険が伴うかもしれない。

 先ほどの影は、おそらく大智に取り憑いたのだから。


 健はそう思い、さくらには帰るように促す。


「寒いだろ。遅くなるかもしれないし」

「大丈夫だよ」

「いや、帰んな。あとは俺がなんとかするから」


 健が大智をちらちらと確認しながらそう言うと、さくらはムッと眉間に皺を寄せた。


「……邪魔ならそう言ってくれていいよ」

「いや、邪魔とかじゃなくて」

「じゃあ説明して!」


 声を大きくしたさくらに、健はたじろいだ。
 その間にも大智はどんどん歩いていってしまう。

 説明しようにも、健はさくらが怒ったことに驚き戸惑いを隠せなかった。
 わたわたと手振りだけが空回りし、口からは何も出てこない。

 まっすぐ見上げるさくらの視線から逃げるように顔を逸らすと、大智は曲がり角を曲がってしまっていた。


「あっ…………あとで連絡するから!」

「あ! 健くん!」


 走り出した健の後ろで、さくらは「もー!」と隠すことなく憤った。
 これはあとで、絶対に事の顛末を連絡しなければならない。


 真正面から怒ってくる人など、ましてや異性で、家族以外に初めてだった。

 急に動かした体と、それどころではない考えで頭がいっぱいになり、健は一瞬で寒さを忘れた。
 耳が熱いのはきっと寒さを通り越したせいだ。

 そう誤魔化して、大智のあとを追った。



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