浄霊屋

猫じゃらし

文字の大きさ
上 下
37 / 95

クリスマス終わり★

しおりを挟む

 依頼終わり、健は大智と別れて家路についていた。

 冬の早朝はよく冷える。空気が乾燥し、空っ風に吹かれると皮膚を裂かれるような冷たさを感じた。
 普段は寂れている通りは、昨日まではクリスマスのイルミネーションが華やかに彩って頑張っていたが、過ぎてしまえばすっかり元通りだ。
 風に吹かれた枯葉が道を転がり、カラカラと乾いた音を鳴らした。

「寒い……」

 健は肩をすくめて体を小さくした。
 ポケットに手を突っ込み、首回りの寒さに耐えながら歩く。チェスターコートはオシャレ着であって、防寒には向かないと改めて思った。

 そういえば、スヌードはどこにいったんだろう。
 依頼の途中で暑くなり、一度外したまでは覚えている。どこかに忘れてきたか。
 新しいの買わなきゃな、とため息をついた。

「うおっ!?」

 何かにつまずき、健はつんのめって転びそうになった。
 後ろを振り向くと、建物と建物の間から足を伸ばして、人間が転がっていた。

「な、なんだ……?」

 よそ見をして歩いてわけではない。
 考え事はしていたが、道に何かあれば、特に人間が転がっているのなら絶対に気付くはずだ。
 健は建物の間を覗き込んでみた。

「んぁっ……むにゃ……」

 そこに転がっているのは、無精髭を生やした中年の男だった。
 男は、顔を赤くして寝息を立てていた。よだれも水たまりを作っている。
 泥酔しているように見えた。
 上着はどこに置いてきたのか、薄汚れたスウェット上下のみの格好だ。

「おい、おっさん」

 健は声をかけた。
 別に起こさなくてもなんの問題もない・・・・・が、つまずいた際に結構思いきり蹴ってしまったので、罪悪感があった。

 それと、たまたまとはいえ出会ってしまったのだから、一言忠告しておきたいことがあった。

「起きろ、おっさん」

「ん、んぁ? ……んが……」

「寝るな」

 男は重たそうな瞼を持ち上げて、上から見下ろしている健を見た。

「なんだ兄ちゃん、眩しいなぁ」

「ここで寝るな」

「どこで寝たっていいだろうが、誰の邪魔になるわけでもないし」

「俺がつまずいた」

 男は鬱陶しそうに起き上がり、胡座をかいた。

「生きてても死んでても邪魔かよ」

 どこから取り出したのか、小さい焼酎のパックにストローをさして飲み始めた。
 不貞腐れたように唇を尖らせてストローを咥える男に、健はため息をついて隣にしゃがんだ。

「あー、言い方が悪かった。口下手なんだ。ぶつかることはなくても、蹴られてることには変わりないんだから、わざわざそんな所に寝なくていいだろ」

 男はちらりと健を見た。

「……物好きな兄ちゃんだな。俺みたいなやつに声かけるなんて」

 手のひらに収まるパックを握りつぶしながら、ズズッと音を立てて焼酎を飲み干した。
 そしてまた新しいパックをどこからともなく取り出した。

「何個あるんだよ」

「好きなだけ。でも、味もしなけりゃ飲んだ気もしねぇ。酔っ払いたいのに酔えねぇや」

「酔ってるように見えるけど」

「そういうフリでもしてりゃ、酔った気になるかなと思ってな」

 クリスマスだったしな、と男は付け加えた。
 男の目は綺麗に装飾されたイルミネーションを見ている。
 今は電飾に光が灯ることなく、ただ無機質にそこにある飾りの数々だが、昨日までは確かにそこを彩って明るく照らしていた。

 男はここでそれをずっと見ていたのだろう。

「終わっちまうと虚しいなぁ」

 焼酎のパックにストローをさしたが、それを口に運ぶことはなかった。
 ただぼんやりと、装飾された通りを見ていた。
 一段と強い風が吹き、枯葉がカラカラカラ……と転がっていく。
 風に吹かれた健は身震いをした。

「兄ちゃん、風邪ひくぞ。俺に構ってないで帰んな」

「ああ、そうする。言っておきたいことがあったんだ。おっさん、心残りがないなら早くあっちに行けよ」

「……本当に変な兄ちゃんだな。ここで会ったのもなんかの縁かな」

 男は健の目をじっと見る。

「兄ちゃんは、悔いなく生きろよ。俺のようにはなるな」

「……ならねぇよ」

 男の言葉はふざけていない。
 それなのに、男の表情にはその真意を伝えようとする真剣さがなかった。熱意がないというか、無、そのものだと健は思った。

 健の探るような視線に気づいたのか、男は黄色の歯をむき出してわざと笑って見せた。
 早く行けと、手で払う仕草をされ、健は寒さで固まった体を伸ばして立ち上がった。

「じゃ、行くわ」

「おう、元気でな」

 健が歩き出すと、男は焼酎のパックを足下に置き、腕を伸ばして大きく手を振った。
 健の背中が見えなくなるまで手を振った。
 途中、足が当たって焼酎のパックが倒れて中身がこぼれてしまったが、これはもういらないだろう。

「久しぶりに誰かと話したな」

 男はまた、イルミネーションで飾られた通りを見た。
 さっきまでは寂しく感じていた通りに、暖かな光の道筋が見えた。

「俺のようなもんにはもったいないお迎えだねぇ」

 男は立ち上がり、スウェットについた埃や皺を軽く払って歩き出した。




 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎




「なんだ、もう行っちゃったのか」

 蹴つまずいたことを謝るのを忘れていた健は、男のいた所へ戻ってきていた。

 だが、すでにそこに男の姿はなかった。

 残っていたのは何かがこぼれたようなシミと、建物と建物の間に、砂埃で薄汚れたガラス瓶。
 ガラス瓶の口からは、干からびた繊維質のものが張り付いて垂れ下がっていた。恐らく、花が供えられていたのだろう。

「これなら、少しは味するだろ」

 健はコンビニに寄って買ってきた、ワンカップをガラス瓶の横に置いた。

「花はないけどな」

 手を合わせ、少しの間目を閉じる。
 ほんの数分前に、数分だけ話をしただけの男。
 男はどんな人生を歩んで、どんな終わり方をしたのか、健にはわからない。
 何を思ってここに居たのか、何を思ってここを去ったのか。

「気が向いたら、また酒持ってくるよ」

 わからないけれど、これもまた1つの出会いだと思った。
 死は終わりではない。
 その先も、人は繋がっていく。

 朝日が昇り始めた空を見上げて、健は目を細めた。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

死にかけ令嬢は二度と戻らない

水空 葵
恋愛
使用人未満の扱いに、日々の暴力。 食事すら満足に口に出来ない毎日を送っていた伯爵令嬢のエリシアは、ついに腕も動かせないほどに衰弱していた。 味方になっていた侍女は全員クビになり、すぐに助けてくれる人はいない状況。 それでもエリシアは諦めなくて、ついに助けを知らせる声が響いた。 けれど、虐めの発覚を恐れた義母によって川に捨てられ、意識を失ってしまうエリシア。 次に目を覚ました時、そこはふかふかのベッドの上で……。 一度は死にかけた令嬢が、家族との縁を切って幸せになるお話。 ※他サイト様でも連載しています

夕闇怪異物語

swimmy
ホラー
ある日、深淵を身に纏っているような真っ黒な木と出遭った。その日以来、身体に増えていく不可解な切り傷。 俺は、心霊相談を受け付けていると噂される占い部の部室のドアを叩いた。 病的なまでに白い肌。 夕焼けを宿すような鮮やかな紅い瞳。 夕闇鴉と名乗る幽霊のような出立ちの少女がそこに立っていた。 『それは幽霊ではない、恐らく怪異の仕業よ』 爛々と目を輝かせながら言い放つ彼女との出逢いから、事態は悪化の一途を辿っていく。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 学園×青春×ホラーな物語です。 章ごとに話が区切られており、1話完結なので、どこからでも気軽に読めます。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

小さな町の不思議・怖い話

みつか
ホラー
小さな町内の怖い話。 幽霊や妖怪?の話中心。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

【完結】不思議なホラー

竹内 晴
ホラー
作者が実際に体験した本当にあった怖い?話です。 全てノンフィクションでリアルに体験した話となります。 思い出しつつ書いていきたいと思いますので、気まぐれで投稿していきますが、暇つぶし程度にお楽しみください。

怪談レポート

久世空気
ホラー
《毎日投稿》この話に出てくる個人名・団体名はすべて仮称です。 怪談蒐集家が集めた怪談を毎日紹介します。 (カクヨムに2017年から毎週投稿している作品を加筆・修正して各エピソードにタイトルをつけたものです https://kakuyomu.jp/works/1177354054883539912)

処理中です...