33 / 95
七五三3
しおりを挟む2階へ上がると、部屋が3つあった。
健は迷うことなく、1つの扉の前に立つ。
「この部屋は?」
「美羽の部屋よ」
後ろをついて歩く佳奈が答えた。
健はレバー式のドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開けた。
部屋の中は女の子らしく、ピンク色で統一されかわいく装飾されていた。
6畳ほどの広さに、子供用の小さなクローゼットと絵本の並んだカラーボックス、お絵かき用のテーブルにおもちゃ箱がある。
そして、部屋の真ん中にはお城のプリントが施された、おもちゃのテントが立っている。
女の子は、そのテントの中に隠れていた。
「見つけた」
健と目が合った女の子は、怯えてテントの奥へ後ずさった。
ちょうど美羽と同じ年頃のように見えた。七五三と言っていたから、恐らく3歳だろう。
幼く小さな体を強張らせ、さらに小さくなっている。
「びっくりさせてごめんな。怖がらなくて、大丈夫だから」
健は威圧しないように身を屈めて宥めるが、女の子はさらに後ずさろうとする。もうとっくに下がる場所などないので、床を蹴る足だけが空回りしていた。
女の子の長い髪の毛が顔に垂れ下がり、髪の毛の隙間から見える瞳には恐怖の色が見えた。
「大丈夫だよ」
何度もその言葉をかけ、女の子が落ち着くまで待とうと思った。
むやみに手を出しては、恐怖に染まった女の子が何をしでかすかわからない。
それに、相手は幼児だ。ぶっきらぼうな健にだって情はある。
「大丈夫だからな」
ちゃんと助けてやるからな。
女の子に上手く伝わるかわからないけれど、健はその言葉を繰り返し言い続けた。
大丈夫、俺は君を助けに来たんだよ。
だから、出ておいで。
女の子の警戒心が少しずつ解け、健を凝視するようになった頃。
部屋の入り口に立っていた佳奈が「あっ、ちょっ……」と何かを止めようとした。
どうしたのかと健が振り向くと、目の前に頰を膨らませた小さな顔がある。
「りんちゃんいじめたら、だめー!!!」
目の前で叫ばれ、健は仰け反った。
いきなりやってきた美羽はその隙にテントの中に入り込み、女の子の側へと寄った。
「ごめん仁科君、急に部屋に行くって走り出しちゃって……」
追いかけてきたさくらが手を合わせた。
美羽が来てしまったので、さくらの後ろには美奈もついてきていた。
「お兄ちゃんダメだよ、りんちゃん怖がってるでしょ!」
「いや、俺は何も……」
「お兄ちゃん顔怖いもん! だからりんちゃん怖いんだよ!」
幼い子供に面と向かって正論を言われ、健は返す言葉がなかった。
佳奈が「こら!」と叱るが、「本当のことだもん!」と美羽は一蹴した。
「ごめんね、健くん」
「いえ、いいんです。本当のことですし」
面と言われたことはなかったが、そうだろうなと感じることはあった。
今さら気にすることでもない。
「美羽ちゃんは、その子と友達なのか?」
美羽は女の子に寄り添い、慰めている。
「そうだよ」
「ねぇ美羽。その、りんちゃん? て子に、お兄ちゃんは怖くないよって教えてあげてくれない?」
佳奈が健の隣に座り込み、一緒にテントの中を覗いた。
「私には、美羽と健君が見えてるものは見えないから……。だから代わりに教えてあげてくれない?」
美羽はむすっと頰を膨らませたまま、佳奈に返事をしない。
すると、今度はさくらが健の後ろからテントを覗いた。
「美羽ちゃん、私とこのお兄ちゃんね、その子のことを助けにきたんだよ。怖い顔してるけど、本当はとっても優しいんだよ」
さくらの言葉に、美羽の頰が萎んだ。
少し間があって、口を開く。
「……お兄ちゃん、意地悪しない? 怖い顔しない?」
美羽は健を見た。
意地悪はともかく、怖い顔はどうにもできない。難しい要求だなと険しい顔をした健に、いいから頷いて、とさくらが背中をつついた。
「……しないよ」
健は答えてからため息をついた。
それなら、と美羽は女の子の説得をはじめ、美羽を間に挟みつつ女の子と話をすることができるようになった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
「名前はりん。3歳だな。どうして美羽ちゃん達についてきたのか、覚えてるか?」
「……りんの着物と似てたから」
健を警戒しつつ、美羽が手を握ってくれているのでなんとか受け答えをしている。
りんの答えに健が首を傾げると、りんよりはきはきと物を言う美羽が説明してくれた。
「七五三のね、美羽の着物とりんの着物が同じだと思ったんだって。だから、りんの返してってついてきたんだよね」
「うん。でも、違った」
この家についてきてしばらくは、美羽の! りんの! とケンカをしていたそうだ。
着物自体は赤い手形も付いていたため、すぐにクリーニングに出して手元になかったという。
そのうちに七五三の写真ができあがり、美羽は写真をりんに見せた。
すると、りんは自分の着物とは柄が違うことに気づき、納得したらしい。
「で、この家に来た意味がなくなり、帰り道もわからなくなり、寂しくて泣くようになったと」
「りんね、どこから来たのか覚えてないの」
「神社なら連れてってやるよ」
「違うの。りん、どこから来たのかわからないの。りんのお家はどこ? ママとパパはどこ? りん、わからないの」
りんはだんだんと嗚咽を漏らし、大きな声を上げて泣きじゃくった。
美羽がよしよし、と頭を撫でる。
「困ったな……」
家を探すといっても、りんが覚えてないのでまったく手がかりがない。
うーーーん、と唸り腕を組んで考えていると、さくらがどうしたのかと尋ねてきた。
忘れてしまうのだが、りんの声は健と美羽にしか聞こえないのだった。
「家に帰りたいけど、帰り道がわからないから泣いてる」
「そっかぁ。3歳だもん、わからないよね」
「家を探すにも手がかりがないし、どうしたもんかと」
「とりあえず、神社に連れていってみる? 何か思い出すかもしれないし」
「それしかないよな」
健は腰を上げると、美奈に神社の場所を教えてもらった。
近場かと思ったら、意外にも都心近くの神社だった。
「大きくて由緒あるし、七五三参りで人気なんです」
さくらと佳奈は名前を聞いてぴんときたようだが、健にはさっぱりだった。
道案内をさくらに頼み、健はりんに声をかけた。
「りん、家を探しに行こう。ここにいても何も始まらない。俺が絶対に見つけてやるから、ついておいで」
ひっく、ひっく、としゃくりあげるりんは、美羽の手をぎゅっと握った。
「美羽は?」
「美羽ちゃんとはお別れだ」
「やだぁ、美羽も一緒がいい!」
再び泣きはじめたりんに、健はどうしていいのかわからずたじろいだ。
美羽が必死になだめるのだが、りんの泣き声は大きくなるばかりだ。
「むずかしい?」
美羽が話している内容を聞いて、さくらもなんとなく上手くいってないことはわかっているのだろう。
大きなため息をついた健の肩をぽん、と叩いて前に出た。
「りんちゃん、お家探しに行こう。ママとパパが待ってるよ。美羽ちゃんの代わりにお姉ちゃんが一緒に行くんじゃ、ダメかな?」
さくらにはりんの姿が見えない。
美羽の隣の空間に向かって、ぎこちなく話しかける。
「美羽がいいって言ってる」
声が聞こえないさくらに、美羽がりんの言葉を伝える。
「お姉ちゃんはお友達じゃないから嫌だって」
りんの答えに、さくらは困ったように笑った。
「そっかー、そうだよね。美羽ちゃんはお友達だもんね。私もりんちゃんとお友達になりたいな。お友達になってくれる?」
さくらが空虚に向かって問いかける。
その答えは、隣の美羽を伝ってすぐに返ってきた。
「いいよ、だって」
「本当に? やったぁ、嬉しいな。りんちゃん、ありがとう」
さくらは本当に嬉しそうに微笑んだ。
健から視えるりんは、さくらを不思議そうに見ている。
「私ね、りんちゃんが寂しくて泣いているの嫌だな。だって、お友達だもん。お友達には泣いてほしくないよ」
さくらが “友達” というたびに、りんは嬉しそうに「友達?」と繰り返した。
「だから、寂しくなくなるようにお家を探しに行こう? 美羽ちゃんは行けないけど、お友達の私が一緒に行くから」
りんは美羽を見た。
握っている美羽の手をぎゅっともう一度握って、手を離した。
「りん、お姉ちゃんと行く」
さくらの右手をりんの左手が握る。
ハッと、さくらは右手を見たが、そこに視えるものはない。
繋がれた手を握り返すように、優しく手を握った。
りんは、美羽を振り返った。
「美羽、ばいばい」
「りん、ばいばい」
小さな女の子達は、いっぱいの笑顔で最後の言葉を交わした。
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
いま、いく、ね。
玉響なつめ
ホラー
とある事故物件に、何も知らない子供がハンディカムを片手に訪れる。
表で待つ両親によって「恐怖映像を撮ってこい」と言われた子供は、からかうように言われた「子供の幽霊が出るというから、お前の友達になってくれるかもしれない」という言葉を胸に、暗闇に向かって足を進めるのであった。
※小説家になろう でも投稿してます
ナオキと十の心霊部屋
木岡(もくおか)
ホラー
日本のどこかに十の幽霊が住む洋館があった……。
山中にあるその洋館には誰も立ち入ることはなく存在を知る者すらもほとんどいなかったが、大企業の代表で億万長者の男が洋館の存在を知った。
男は洋館を買い取り、娯楽目的で洋館内にいる幽霊の調査に対し100億円の謝礼を払うと宣言して挑戦者を募る……。
仕事をやめて生きる上での目標もない平凡な青年のナオキが100億円の魅力に踊らされて挑戦者に応募して……。
ゴーストバスター幽野怜Ⅱ〜霊王討伐編〜
蜂峰 文助
ホラー
※注意!
この作品は、『ゴーストバスター幽野怜』の続編です!!
『ゴーストバスター幽野怜』⤵︎ ︎
https://www.alphapolis.co.jp/novel/376506010/134920398
上記URLもしくは、上記タグ『ゴーストバスター幽野怜シリーズ』をクリックし、順番通り読んでいただくことをオススメします。
――以下、今作あらすじ――
『ボクと美永さんの二人で――霊王を一体倒します』
ゴーストバスターである幽野怜は、命の恩人である美永姫美を蘇生した条件としてそれを提示した。
条件達成の為、動き始める怜達だったが……
ゴーストバスター『六強』内の、蘇生に反発する二名がその条件達成を拒もうとする。
彼らの目的は――美永姫美の処分。
そして……遂に、『王』が動き出す――
次の敵は『十丿霊王』の一体だ。
恩人の命を賭けた――『霊王』との闘いが始まる!
果たして……美永姫美の運命は?
『霊王討伐編』――開幕!
ブアメードの血
ハイポクリエーターキャーリー
ホラー
異色のゾンビ小説
狂気の科学者の手により、とらわれの身となった小説家志望の男、佐藤一志。
と、ありきたりの冒頭のようで、なんとその様子がなぜか大学の文化祭で上映される。
その上映会を観て兄と直感した妹、静は探偵を雇い、物語は思いもよらぬ方向へ進んでいく…
ゾンビ作品ではあまり描かれることのない
ゾンビウィルスの作成方法(かなり奇抜)、
世界中が同時にゾンビ化し蔓延させる手段、
ゾンビ同士が襲い合わない理由、
そして、神を出現させる禁断の方法※とは……
※現実の世界でも実際にやろうとすれば、本当に神が出現するかも…
絶対にやってはいけません!
アララギ兄妹の現代心霊事件簿【奨励賞大感謝】
鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
「令和のお化け退治って、そんな感じなの?」
2020年、春。世界中が感染症の危機に晒されていた。
日本の高校生の工藤(くどう)直歩(なほ)は、ある日、弟の歩望(あゆむ)と動画を見ていると怪異に取り憑かれてしまった。
『ぱぱぱぱぱぱ』と鳴き続ける怪異は、どうにかして直歩の家に入り込もうとする。
直歩は同級生、塔(あららぎ)桃吾(とうご)にビデオ通話で助けを求める。
彼は高校生でありながら、心霊現象を調査し、怪異と対峙・退治する〈拝み屋〉だった。
どうにか除霊をお願いするが、感染症のせいで外出できない。
そこで桃吾はなんと〈オンライン除霊〉なるものを提案するが――彼の妹、李夢(りゆ)が反対する。
もしかしてこの兄妹、仲が悪い?
黒髪眼鏡の真面目系男子の高校生兄と最強最恐な武士系ガールの小学生妹が
『現代』にアップグレードした怪異と戦う、テンション高めライトホラー!!!
✧
表紙使用イラスト……シルエットメーカーさま、シルエットメーカー2さま
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる