24 / 95
黒猫4★
しおりを挟む大家からの了承を得、絨毯をめくるとすっかり色褪せた畳が出てきた。
その畳を上げると、下は板張りだ。
砂埃がひどいので、皆口元にタオルを巻いた。
板は素手では剥がせないので、大家にバールを借りてきた。バキバキと音を立てて、豪快に剥がしていく。
「こんなに壊しちゃって大丈夫なの……?」
大智が不安そうに見ている。
「母がいなくなれば取り壊す予定らしいので、お気になさらずとも大丈夫です」
剥がした板を脇に避けながら、秋山が答える。
バールがあるとはいえ、年季の入った板はかなり脆く、簡単に剥がれていく。
剥がしては砂埃が落ち着くのを待ち、中を確認する。手当たり次第に剥がしているので、必要以上に壊している気もする。
新しい板にバールを差し込み、梃子の原理で板を持ち上げた時だった。
「っ!」
部屋に漂っていた臭いを、もっとより凝縮し濃厚にしたような香りが鼻をついた。
健だけではない、大智と秋山も手で鼻と口を押さえている。
「剥がすぞ。少し下がって」
大智と秋山を手で制し、健はバールに体重をかけた。
バキバキッという音と、突如入り込んだ光に驚いた多くの羽虫が一気に飛び立つ。
狭い部屋で行き場のない羽虫達は、窓から玄関からと徐々に飛び去っていった。
「あ……」
大智が目を見開いた。
板の下に残ったものは、悪臭を放つ根源である、獣の死体だ。
横たわる体は、毛に覆われてわかりにくいが、虫に食われて腐り落ちている。
首には、色がくすんで千切れそうなほどボロボロになった、赤いリボンがついている。
「俺が視てたのはこいつだ」
健は口元のタオルをきつめに巻き直し、獣の死体に手を合わせる。
軍手やゴム手袋があればよかったのだが、あいにく手に入らなかったので、素手で獣の首からリボンを外した。
リボンを首から引き抜く際、あるはずの重みが感じられず、すんなり引き抜けた。もう、肉はほとんど残っていないようだ。
健はリボンを伸ばし、端から端へ目を走らせた。くすんではいるが、残っている。
「秋山さん、これを」
リボンを秋山に手渡し、見てほしいと促す。
秋山は、獣の死体から外れたリボンに抵抗があったようだが、リボンを見てハッとした表情をした。
横から覗いた大智も同様に。
リボンには、かすれた文字で『ゆきこ』と書かれていた。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
「ありがとうございました」
深々と頭を下げた秋山は、リボンを大事そうに握りしめた。
まだ病院の面会時間に間に合うので、見舞いに行くとのことだ。
秋山の顔は安堵と疲れで、さらに眉が下がり情けないものになっていた。
だが、本人は清々しいのだと言った。
破壊した家のこと、獣の死体のこと、すべて任せろと言うので秋山に任せることとなった。
以上で、健と大智の仕事は完了したことになる。
今回は一楓とのやりとりがほとんどなかった為、解決後に事後報告となった。
文句を言われるかと思ったが、なんだかしんみりと話を聞いていた。
『猫ちゃん……』
猫が好きらしい。
『でも、健くんよく分かったね。最初の情報には違和感しかなかったけど、女性って言われてたから、まさか猫だなんて』
一楓の言う通りで、先入観とは簡単には曲げられないものだ。
今回、健が気づくことができたのも黒猫本人のおかげだろう。
もしかしたら、あの黒猫は秋山の母親の死期を悟っていたのかもしれない。
自分の死が近いのも分かっていて、死にどころに、あの場所を選んだのか?
それとも、ただの偶然なのだろうか。
健が黙り込むと、一楓は『終わったことよ』と言った。
そうなのだ、これ以上考えても、もうどうにもなることはない。
『2人ともありがとね』
一楓の労いに、大智は満足そうににんまりと笑った。
目の下のクマはより濃くなっている。
健も瞼が重かったが、秋山のように、気持ちは晴れていた。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
2ヶ月ほど経った頃、別件で一楓に呼び出された時に秋山の話を聞いた。
一楓に連絡があったらしい。
リボンを片手に健達と別れた後、母親を見舞うとちょうど目を覚ましていた。
虚空を見つめて「ゆきちゃん、ゆきちゃん」と呟く母親に、秋山は「見つけたよ」とリボンを見せた。
母親は秋山を見た。それからリボンを。
リボンに手を伸ばしてきたので、秋山はそれを母親に持たせた。
「あ、ああ、ゆきちゃん、どこに行っていたの。もう離さないからね。ずっと一緒だからね」
母親はリボンを撫でながら抱きしめた。まるで、そこに黒猫がいるかのように。
痩けた頰に笑くぼを浮かべ、穏やかに微笑んでいた。
そんな母親の表情を、秋山は久しぶりに見たのだった。
「母さん……」
母親はリボンを撫でながら、秋山を見た。
「おや、お前、帰ってきていたのかい?」
母親はここで、初めて秋山を認識した。
驚いて目を丸くしたと思ったら、潰れるほど細めて笑うのだった。
「お腹、空いてないかい?」
それは学生時代、部活を終えて家に帰ると毎回掛けてくれる言葉だった。
秋山はベッドの傍で、背中を丸めて泣き崩れた。
その背中を、骨と皮のようなしわくちゃな母親の手が撫でる。
「仕方のない子だねぇ」と、秋山が泣き止むまで、いつまでも撫で続けた。
その夜、母親は息を引き取った。
リボンと、どこに隠し持っていたのか、幼い秋山と母親が一緒に写っている写真を胸に抱いていた。
満足そうに、安らかに眠ったような綺麗な死に顔だった。
遺体はその形のまま、リボンと写真を抱かせたまま火葬してもらった。
「やっと一緒になれたね」
火葬してお骨になった黒猫の骨壷と、母親の骨壷を並べた。
線香に火をつけて手を合わせる。
「にゃあ」
嬉しそうに黒猫が鳴いたが、その声は秋山に届くことはなかった。
ゴロゴロと喉を鳴らして頬を秋山に擦り付け、満足した黒猫は光の中へと消えていった。
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
いま、いく、ね。
玉響なつめ
ホラー
とある事故物件に、何も知らない子供がハンディカムを片手に訪れる。
表で待つ両親によって「恐怖映像を撮ってこい」と言われた子供は、からかうように言われた「子供の幽霊が出るというから、お前の友達になってくれるかもしれない」という言葉を胸に、暗闇に向かって足を進めるのであった。
※小説家になろう でも投稿してます
ナオキと十の心霊部屋
木岡(もくおか)
ホラー
日本のどこかに十の幽霊が住む洋館があった……。
山中にあるその洋館には誰も立ち入ることはなく存在を知る者すらもほとんどいなかったが、大企業の代表で億万長者の男が洋館の存在を知った。
男は洋館を買い取り、娯楽目的で洋館内にいる幽霊の調査に対し100億円の謝礼を払うと宣言して挑戦者を募る……。
仕事をやめて生きる上での目標もない平凡な青年のナオキが100億円の魅力に踊らされて挑戦者に応募して……。
ゴーストバスター幽野怜Ⅱ〜霊王討伐編〜
蜂峰 文助
ホラー
※注意!
この作品は、『ゴーストバスター幽野怜』の続編です!!
『ゴーストバスター幽野怜』⤵︎ ︎
https://www.alphapolis.co.jp/novel/376506010/134920398
上記URLもしくは、上記タグ『ゴーストバスター幽野怜シリーズ』をクリックし、順番通り読んでいただくことをオススメします。
――以下、今作あらすじ――
『ボクと美永さんの二人で――霊王を一体倒します』
ゴーストバスターである幽野怜は、命の恩人である美永姫美を蘇生した条件としてそれを提示した。
条件達成の為、動き始める怜達だったが……
ゴーストバスター『六強』内の、蘇生に反発する二名がその条件達成を拒もうとする。
彼らの目的は――美永姫美の処分。
そして……遂に、『王』が動き出す――
次の敵は『十丿霊王』の一体だ。
恩人の命を賭けた――『霊王』との闘いが始まる!
果たして……美永姫美の運命は?
『霊王討伐編』――開幕!
短な恐怖(怖い話 短編集)
邪神 白猫
ホラー
怪談・怖い話・不思議な話のオムニバス。
ゾクッと怖い話から、ちょっぴり切ない話まで。
なかには意味怖的なお話も。
※追加次第更新中※
YouTubeにて、怪談・怖い話の朗読公開中📕
https://youtube.com/@yuachanRio
アララギ兄妹の現代心霊事件簿【奨励賞大感謝】
鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
「令和のお化け退治って、そんな感じなの?」
2020年、春。世界中が感染症の危機に晒されていた。
日本の高校生の工藤(くどう)直歩(なほ)は、ある日、弟の歩望(あゆむ)と動画を見ていると怪異に取り憑かれてしまった。
『ぱぱぱぱぱぱ』と鳴き続ける怪異は、どうにかして直歩の家に入り込もうとする。
直歩は同級生、塔(あららぎ)桃吾(とうご)にビデオ通話で助けを求める。
彼は高校生でありながら、心霊現象を調査し、怪異と対峙・退治する〈拝み屋〉だった。
どうにか除霊をお願いするが、感染症のせいで外出できない。
そこで桃吾はなんと〈オンライン除霊〉なるものを提案するが――彼の妹、李夢(りゆ)が反対する。
もしかしてこの兄妹、仲が悪い?
黒髪眼鏡の真面目系男子の高校生兄と最強最恐な武士系ガールの小学生妹が
『現代』にアップグレードした怪異と戦う、テンション高めライトホラー!!!
✧
表紙使用イラスト……シルエットメーカーさま、シルエットメーカー2さま
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる