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廃校5
しおりを挟むガシャンッ……
パリッ……
パリパリッ……パラッ……
大きな亀裂の入った鏡は、亀裂からその重みで勝手に崩れていく。
健はそこをさらに椅子で叩き、割って壊していった。
落ちた鏡の破片は、懐中電灯の光を反射して健の足元できらきらと光った。
その破片をジャリっと踏み込み、椅子を叩きつけること数回。
「なんだよ、これ……」
健は唖然とした。
背後で誰かの息を呑む音が聞こえた。
まったく予想していなかった物が、そこにはあった。
「それ、お札……?」
大智が覗き込む。
鏡の後ろの板には、文字の書かれた白い紙がびっしりと貼り巡らされていた。
『御札があったの?』
「鏡の後ろ、というか、鏡の中に仕込んであるみたいにたくさん貼ってあるんだ」
一楓に答えたのは大智だ。
健は持っていた椅子を置き、懐中電灯で御札を照らしてまじまじと見た。
「結構擦り切れてボロボロだな……。文字も、なんて書いてあるのかわからない」
まるで年代物の御札を使い回して貼ったかのようだ。
御札1枚1枚をよく見ると、うねうねとした文字が書いてある。文字を崩して書いてあるのかと思ったが、どうにも読めない。梵字だろうか?
『健くん、その鏡から何か感じる?』
健は鏡を上から下までゆっくり見る。
目を瞑り、手を沿わせて勘で探る。
「何も感じません」
手を通して感じるのは、擦り切れた御札のがさがさという感触だけだった。
『じゃあ、それ、全部剥がしてみて』
一楓がとんでもないことを言う。
「はぁ!?」と声をあげたのは省吾だった。
「剥がすって、お札って封じる物じゃないのか? 何かが封じられてたらどうするんだ!?」
省吾の言っていることはもっともだ。
他の皆も不安な面持ちをしている。
だが、健は何も感じない。
もし封じてるとすれば……。
一楓の言う通り、剥がしてしまった方がいいだろう。
健はベリベリと御札を剥がし始めた。
省吾がそれを止めようとするが、大智が「まぁまぁ」とやんわり牽制する。
結菜も何か言いたげに声を上げたが、止めるまではしなかった。
形を残して、などは気にしなくていいだろう。
破れようが気にせず、とにかく剥がした。
「あっ……」
最後の御札を剥がした時だった。
少女が何かに気づいた。
「道ができた……」
その瞬間、彷徨っている者達が勢いよく壊れた鏡に群がり始めた。
我先にと鏡の縁を潜り外へ出て行く。
あまりの勢いに、健は仰け反って後ろへひっくり返りそうになったくらいだ。
その中に、先ほどの男が混じっていた。
群がる者達の中で立ち尽くし、健をじっと見ている。
健が気がつくと丁寧に頭を下げ、流れに任せて外へ抜けていった。
苦しみに満ちていた醜い顔は、穏やかなものへと変わっていた。
ほんの一瞬の出来事だった。
月明かりがより一層輝き、辺りは静寂に包まれた。
何も存在せず、淀みのない、済んだ空気になった気がした。
「何が起こったの……?」
さくらがポカンと口を開けている。
少女以外が、説明を求めるように健を見ていた。
『今剥がした御札が封印していたものは、霊道だったってことよ』
皆が大智の持つスマホに目を向けた。
一楓は健に代わって説明してくれる。
『最初は、鏡が通り道を塞いで邪魔してるんだと思ってた。でも、中に貼ってあった御札、読めない字は恐らく梵字ね。梵字の御札を手当たり次第にかき集めて、そこに貼ったんでしょうね』
「ねえちゃん、なんで御札を貼る必要があったの? やっぱり鏡に何かあったの?」
『その鏡自体には何もないわ。それは健くんが確かめて、はっきりしてるもの。寄贈された鏡って言ってたわよね? それはどこから寄贈されたのかしら?』
健が少女を見ると首を横に振った。
わからないらしい。
鏡の縁を探しても、それらしい記載はなかった。
『本当に寄贈されたものかしら? もしかして、違和感なくそこに御札を貼りたいがために設置したものじゃないの?』
御札を貼りたいがために。
となると、話は変わってくる。
『霊道は変化するものだから、いつから霊障が起きていたかはわからない。でも、そこに霊道があって不安なことが続くと、どうにかしなきゃと思うわよね。そこの職員は。特に、校長はね。霊道とはわかっていなくても、そこでの目撃談が多ければ、そこに何かあると思う。そして、安易に御札という発想に辿り着く。お祓いを頼めば、周囲にバレちゃうからね』
つまり、ここの鏡、もとい御札を取り付けた者は、どうにか不安な噂を取り除きたかった。
鏡が設置されてから噂が出たように思っていたが、本当はその前から密かに広まっていたのだろう。
すでに広まっている噂の為に、お祓いを頼めばそれは真実だとさらに噂が広まる。
それを避けて、聞きかじり程度の知識で御札をかき集め、鏡の裏に貼り付けた。
なぜ鏡なのか、それは鏡の効力を知っていたからなのかもしれない。
いきなり鏡を運び込むと、また変な憶測が立つかもしれないので、寄贈という形で設置する。
これで変な出来事は収まる、そう信じて。
しかし、その行動は裏目にしか出なかった。
渡り廊下での目撃談しかなかったのが、鏡を設置してから急激に各所に広まった。
霊道を塞がれた為、学校中に霊が溢れかえったせいだ。
そうなると怯える生徒が多数出てくる。
恐怖に怯えて毎日を過ごすので、体調を崩す生徒が増える。
その不安は周りへ伝染し、集団ヒステリーのようになる。
不登校に陥る生徒も少なくはなかっただろう。
ここまで来ると、噂は尾ひれを付けて爆発的に広まっていく。
校長は保護者、PTA、あらゆるところから袋叩きにあったに違いない。
学校として機能できず、廃校に陥る。
事の真相はこうだろう。
『素人の仕事ほど怖いものはないわ』
一楓は冷めた口調で言う。
まるで自業自得だと言わんばかりに。
『霊道があったのは運が悪かったとしか言えないわ。でも、噂がたっても気にしなければよかったのよ。どの学校にも噂の1つや2つはあるんだから』
幽霊という不確かな存在に惑わされ、それに障害を感じたのであれば、専門家に任せるべきだったのだ。
中途半端に手を出してしまい、挙句収拾がつかなくなる。一番最悪のパターンを引き起こしていた。
一楓はやり切れない思いを抱えているのだろう。
でも、と健は思う。
「噂の1つや2つを真に受けて、生徒のためにどうにかしてあげたい、という気持ちを持った先生もいたんじゃないですか」
健は少女を見た。
少女は月明かりを浴びながら、伏し目がちに佇んでいる。
「お前の目的はなんだ?」
少女が顔を上げた。
その表情は先程までの少女のものではなく、まるで別人のようだった。
健達から離れ、姿を歪ませると、そこには少女の姿はなくなっていた。
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