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【第二部】
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しおりを挟むマンションに着くと、琉唯くんは黒川さんに聞こえないよう小さな声で『頑張れよ』と言ってくれた。
「…ん?なんか焦がした?」
「えっ?!?!!なにも!!!!」
玄関を開けた途端に勘づいた黒川さん。
大正解で心臓が悪い意味でドキドキする。
「ふーん、お前が無事ならいいんだけど」
「…。」
換気扇を回したのに、未だに焦げ臭い空気が漂う、長い廊下を進みながら考える。
いつ渡そう。今?
でも仕事終わったばっかで疲れてる。ご飯の後はお腹いっぱいだから美味しく食べてもらえない。寝る前だとすぐに食べてもらえないし…。
あぁっ!世の中の本日チョコを渡す人間はどのタイミングで渡してるんだ?!!?
「あ、華。これ」
「……!!」
とりあえずお風呂沸かさないと、と後ろを向いた途端掴まれる手首。
振り向くと、黒川さんから差し出されたのは、茶色の薄く細長い箱。
「いつもありがとうな」
「…あ…ありがとうございます…」
箱の蓋に書いてある店名は、一般人の俺でも知ってるくらい有名なチョコのお店のもの。
な、…なんでいっつもイベントはスルーのくせにバレンタインだけしっかり高そうなのくれるんだよ!!!
俺の数時間後クオリティの力作渡しにくいだろ!!!
「…~~っ」
「華、なんか甘い匂いする」
受け取った箱を睨み付けていると、いつの間にかジャケットを脱いだ黒川さんに抱き締められる。首筋を嗅がれ背筋を冷や汗が流れる。
甘い匂いって、もしかしなくてもカップケーキだ…バレる、バレたらどうしよう、笑われるかも、いや黒川さんに限って笑ったりするはずない。
「…ベッド行く?」
「んぁ…っ」
耳朶のピアスを唇で弄ばれる擽ったさに身をよじる。
大好きな声も今はじっくり聞いてる余裕はない。
カップケーキ、生地が容器に付いちゃって汚いんだけど頑張って作ったんだし、黒川さんのために作ったからやっぱり渡そう!!!!
「ンッ、だめ、お風呂…じゃなくて!俺もっ、ぁ、あるんでっ!!」
喘ぎ混じりで言いながら黒川さんの胸を押す。
「あるって何が」
「…これ…汚いんですけど…作ったんで…」
不満げな顔も、俺がバッグから出したカップケーキを見るとニヤニヤ顔に変わった。
「ありがとう、食べていい?」
「あっ、やっぱり美味しいか分かんないから…」
土壇場でやっぱり自信が無くなる。
そんな俺の制止を無視して紙の容器をビリビリ破り、取り出したカップケーキを一口で半分程食べた黒川さん。
あーっ、食べた!!
ど、どうかな?試しに食べてくれた琉唯くん早野さん店長さんは美味しいって言ってくれたけど…心配な物は心配だ。
「美味いよ、今まで食べた物の中で一番美味い」
「ほんと…?」
何回も頷いてくれる黒川さんは、とても嘘をついているようには見えない。
「よ、よかっ…」
気が抜けたついでに体の力も抜け、ふらついた所を支えてもらう。
「ありがとう」
「ふふっ、はい!!」
ぎゅっと苦しいくらい抱き締められて、自分からも黒川さんの背に腕を回す。
その後、二人で黒川さんに貰ったチョコを食べた。
自分が贈ったの食べるって…と言っていた黒川さんだけど、俺のが一番美味いって言ってくれたのは多分一生忘れない。
こうして人生初の手作りバレンタインは成功で終わった。
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