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第1章『始まりの村と魔法の薬』編
第16話 ピクニック/Picnic
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マルロスと会談した翌日、早速エレリアとミサはポーションの材料を取りに『秘密の森』にやって来ていた。
「ここが、秘密の森…」
初めて足を踏み入れた秘境に、エレリアは感嘆の息を吐いた。
見渡す限りの新緑の木々は鮮やかに森を彩り、草木の匂いを含んだ空気が森の中をゆっくり流れていた。
道は最低限の範囲で整備されており、所々に朽ちた木製の農具や小屋が見受けられたが、人による開発はあまり進んでいないようだった。そう、ここには人の侵略を介していない本当の自然の世界が広がっていたのだった。
「どう?リアちゃん。気持ちいい所でしょ、ここ」
木々の隙間から見える薄い青空を仰ぎながら、ミサは口を開いた。
「私とソウくんだけの秘密の森。今日からリアちゃんも私たちの仲間に入れてあげるね」
「あ、ありがとう」
ミサの微笑みにエレリアは少し照れてしまい視線をそらした。
そしてその時、昨日から抱き続けているある懸念事項をエレリアは思い出し、そのままミサに明かした。
「ねぇミサ。魔物、については大丈夫なんだよね。もし襲われたりでもしたりしたら、私怖いんだけど…」
それは、ソウヤがあの時エレリアに忠告した『魔物』についてのことだった。
エレリアは先ほどから魔物が自分達を狙っているのではないかと疑っていしまい、常に周囲に警戒の意識を張っていた。
しかし、ミサはエレリアの心配事に何の表情も変えることなく、淡々としゃべり始めた。
「あぁ、それについては大丈夫だよ。確かにソウくんはあんなこと言ってたけど、本当はね私たちは今まで一回も魔物に会ったことはないの」
「え、そうなの?」
「うん。だから、そこまで怖がる必要はないよ。せっかく来たんだからさ、楽しく行こうよ」
ミサのお気楽な言葉を聞いて、エレリアは少し緊張の糸をほぐすことができた。
どうやら杞憂だったみたいだ。魔物に遭遇することはない。
どこまで彼女の言っていることが正しいのか真相は定かではないが、とりあえずエレリアは頭の中から魔物のことを消して、材料集めに意識を集中させることにした。
暖かい光が降り注ぐ森の中、ミサは右手に持っている空っぽの手提げカゴを大きく揺らしながら歩いている。背中には弁当と水筒が入った手作りのナップサック、そして頭には少し大きめの麦わら帽子を被っている。
対してエレリアは、背中に昨日ソウヤから授かった『せいけんえくすかりばあ』を携え、右手には小さなポーションが入った大きめのカゴ、そして左手にはおばあちゃんの杖を握っている。この杖は、もしもの時にミサが魔法を使うための物だ。
こうして見ると、圧倒的にエレリアの方が重労働を担わされていたのだが、何せエレリアは自分はミサのアシスタントだと心の中で決めていたので、文句を口にすることなく黙って歩を進めて行った。
「よし、じゃあまずは『デイジア』から探そう」
ミサは手作りの地図と現在地を照らし合わせ、周りを見回した。
デイジアは黄色い花弁が特徴の、小さな花型の植物だ。今回作るポーションに必ず必要な材料の一つで、ポーションに含まれる魔力の量を増大させ効力を高める効果があるとされている
これを用いることによって、低級なポーションでも簡単に質の高いポーションに格上げすることができる。
ほぼ素人の自分が普通のポーションを作るだけでは恐らく夢魔には通用しないと見通したミサは、デイジアを使って少しでも特級のポーションに質を近づけようと画策したのだ。
しかしデイジアは人工栽培が実現されていない植物で価格も1本につき金貨3枚となかなかの値段がするのだが、幸いなことにデイジアの分布がこの森から報告されていた。
ミサはその情報を信じて、地図に示された通りに辺りをくまなく捜索した。
「黄色い花があったらそれはだいたいデイジアだと思うから、もし見つけたら教えてね」
「うん、分かった」
エレリアはミサが伝えた情報を念頭に置き、そのデイジスという花を探すことにした。
やはり森というだけあって、無作為に視線を落としただけでも数種類の植物が咲きほこっている。色とりどりの花から謎の草までなんでもある。
エレリアはその中から「黄色い花」という条件を頭に入れ、ミサとは少し離れた位置で捜索を始めた。
すると、いきなりエレリアの目に黄色い花が飛び込んできた。
思わずエレリアはそれを手で摘み、ミサのもとへ駆け出した。
「ねぇあったよ、デイジア!」
「えっ、ほんと!?」
エレリアの手にある花を見て、一瞬ミサの目に歓喜の色が宿ったが、しばらくするとその目は冷静を取り戻した。
「あぁ、ごめんリアちゃん、これはエピルの花だね。デイジアじゃない」
「違うの?ミサが言ってた通り黄色い花だけど…」
「確かに色は黄色いけど、デイジアはもっと黄色い色をしてるんだ。なんていうのかな、もっとドーンって濃い黄色って感じ」
「な、なるほど…」
あまりに抽象的すぎるミサの説明に、エレリアは返答を濁してしまったが、これでだいたいの概要は掴めた。
デイジアの花は彼女曰く濃い黄色をしているらしい。確かに、今エレリアが持っているエピルという花は色が薄い気もする。
エレリアは持ち場に戻り、作業を続けた。
そして、しばらくして散策していると再び黄色い花を見つけた。
先ほど見つけた花より色は濃い。しかも、黄色い。
これは間違いなく、デイジアだろう。
「ミサ、それっぽいの見つけたよ!」
エレリアの声に、ミサが急いで現場へ駆け寄る。
「これが、デイジアでしょ?」
「うーんとね…。それは多分、フラメンだね。よく消臭剤とかに使われてるよ」
「ふらめん?これもデイジアじゃないの?」
「うん。確かに色は似てるけど、私が欲しいのはそれじゃない」
ミサによれば、エレリアが見つけた花はまたもハズレだったようだ。
そして、数分後エレリアはまたまた黄色い花を見つけた。
色の度合いや特徴からして、先ほどのエピルやフラメンとは違う。
今度こそ、デイジアのはずだ。
「これは、キュルシスかな」
平然と告げられるミサの解答に、エレリアはまたも肩を落とした。
一体どれがデイジアなのか。
正直言ってここまでくると、どれも同じに見えてくる。
エレリアは溜まった疲労をため息に含めて吐き出した。
「ていうか、デイジアどこにも咲いてないなぁ…。この地図が間違ってるのかな?」
ミサは額の汗を拭い、腰に手を添え立ち上がった。
「はぁ、この感じだと見つかりそうにもないから、違うとこ探そっか」
この時ミサの唱えた意見に、エレリアも賛成の立場だった。
確かにデイジアと同じ黄色い花は溢れるほど咲いているが、そのほとんどは同じようなものばがりだった。きっとそれらは、エピルだのフラメンだの、よく得体の分からない植物なのだろう。
二人は荷物と気を取り直して、次の目的地に向かうことにした。
「あっ見て、ネコちゃんだ!」
道中、エレリアが周囲の森の景色に気をとられていると、ミサが急に喜びと驚きが混ざった声をあげた。
エレリアは周囲の景色に奪われていた心を現実に戻し、ミサの指さしている方向へ視線を向ける。
すると、二人が行く道の真ん中に一匹の白い猫が佇んでいた。
「ほんとだ、ネコがいる」
白猫は二人が近づいても逃げるような素振りはまったく見せず、まるで最初からここへ来る二人を待ち構えていたかのような様子をしていた。
全身は天使の羽のように真っ白な毛で覆われており、特にその目が特徴的だった。
「青い目…」
エレリアを見透かすようにじっと見つめるその猫の目は、深海の如く不思議な蒼い目をしていた。
見つめれば見つめるほど、なぜか意識が吸い込まれそうになる。それは、いつの日か村長が話してくれた自分と瓜二つの青い目の少女を連想させた。
「きれいなネコちゃんだなぁ。ひょっとすると、どこかの飼い猫なのかな?」
そう言ってミサはゆっくりと膝を折り、慣れた手つきでネコの頭をさすった。
するとネコはミサの手つきが気持ちいいのかその蒼い瞳を閉じ、もっと撫でて欲しいと言わんばかりに顎を上げた。
なんて図々しいやつ。ミサに媚びる白猫を見下して、エレリアはついそんなことを思ってしまった。
「名前はなんて言うんですかぁ?」
ミサが猫に合わせ声色を変えて尋ねると、ネコは返答するように「みぁ」と甲高い鳴き声をあげた。
「あぁ、かわいいっ!!」
完全にミサは猫の尊い容貌に悶絶しているようだった。こうなってしまうと、もう止めることはできそうにない。これは、毎日彼女と生活を共にしている立場だからこそ言える事実だ。
興奮する彼女をいったん放っておいて、エレリアはまじまじとその白猫を観察した。
白い毛並み、ピンクの耳、長いしっぽ。
その猫は、一般的な猫における普遍的な特徴はちゃんとすべて網羅していた。これだけ見ると普通の猫だ。
ただ、やはり目が違った。その蒼い目。
エレリアは村で何度か野良猫を見かけたことはあったが、この猫はそれらとは何かが違う。
この猫を見ていると、なぜか自分の中の無意識の部分に何か違和感のようなものが引っかかるのだ。
しかし、その感覚の正体は掴めない。胸の中をくすぶるような感じ。
これも隠された記憶に何か関係しているのだろうか。
すると、ミサの撫で付けに瞳を閉じていたその白猫とふとエレリアは目が合った。
エレリアの赤い目と、猫の蒼い目が交錯する。
それは、まるで猫が目で何かを訴えかけてきているようだった。当然、その真意は伝わってこないが。
そして猫はしばらくエレリアを見つめると、短く鳴き声を漏らし彼女の足元に寄り添ってきた。
「わぁ、いいなぁリアちゃん。私も懐かれたいよぉ」
警戒心を捨て去った猫は自身の頭を気持ち良さそうにエレリアの足元へ擦り付けてくる。その毛並みが肌に触れ、エレリアは閉じていた口元を少し歪ませた。
「な、なに、この子?」
野生の獣とは思えない、この白猫の言動。
中には人懐っこい性格の猫もこの森にはいるのかもしれないが、ここまで距離感を縮められるとさすがにエレリアは動揺してしまった。
猫はしきりにエレリアの足元をぐるぐる周り、そして再び「みぁ、みぁ」と何かを言っているかのように鳴き始めた。
「ふふ、リアちゃんに何か言ってる、この猫ちゃん。ただ、ネコ語だから何言ってるのかは分かんないけど」
そう言うとミサはもう一度腰を折り、白猫に手を伸ばした。
しかし、猫はミサに脇目も振らず、ただひたすらにエレリアの足元にまとわりついている。
おかげでエレリアは少しも動くことができない。
「ひょっとしたら、この猫ちゃんはリアちゃんに恋でもしちゃったのかな?ふふふ…」
「恋って、何言ってんの…!猫が人を好きになるわけないじゃん!」
「悪くないと思うよ。猫と人の恋なんて、なんだかロマンチックじゃん。あっ、でもこの猫ちゃん後ろに玉がついてないから、もしかしたら女の子かも」
「よ、容赦ないね、ミサ…」
少しも恥じることなくセンシティブな発言を口にするミサに、逆にエレリアが顔を赤くしてしまった。
「もしかして、リアちゃんはこの猫ちゃんに前に会ったことあるの?」
「いや、知らない。初めてだよ」
ミサの問いに、エレリアは気を取り直して首を振った。
エレリアも今の状況をひたすら疑問に思っていた。
もしかすると、自分は動物に好まれる体質なのかもしれない。まず、そんな体質があるかどうかも知らないが。
すると突然、猫がシビレを切らしたようにエレリアに向かって高い声で鳴き始めた。
真っ直ぐに視線を向け、何回も「みぁ、みぁ」鳴いている。
「何かこの猫ちゃん話しかけてるみたい。答えてあげたら?」
「うーん、そんなこと言われたって、何言ってるのか分かんないよ…」
明らかに何かを訴えかけている、それは二人にも分かったのだが、何せ相手は猫なのでその意図を理解することができない。
エレリアは困って純白の髪の上から頭をかいた。
するとミサが、
「ひょっとすると何かが、欲しいのかも…。あっ、そうだ!ちょっと、待ってて…」
と言って、手に持っていたカゴの中から何かを取り出した。
「ほら猫ちゃん、イチゴいる?甘くて、おいしいよ」
ミサが取り出したのは、赤い小さな果実だった。恐らく、この日のために持ってきたのか、あるいは先ほど摘んできたのだろう。
だが、猫はミサの差し出す果実に顔をそむけ、一向に食べようとする気配がない。
「あれぇ?食べないなぁ。もしかして、嫌いなのかなぁ…」
「ミサ、猫はイチゴなんか食べないんじゃない?」
「確かに、それもそうか…。あっ、そうだ、それなら…!」
すると、ミサは背負っていたリュックを地面に置き、中からまた何かを取り出そうとしていた。
ミサの意図がまったく分からず、エレリアは彼女の行動を静かに見つめる。
そして数秒後、ミサはリュックの中から謎の小箱を手にしていた。
彼女の手にある箱を見て、エレリアはふと気がついた。
「あっ、それ私のお弁当…」
それは、今日の昼のために朝早くから準備したエレリア専用のお弁当だった。中には、昨日マルロスから貰った金貨で買った鶏肉が数本入っていた。それも骨つきの。
すると、ミサはその弁当箱のふたを開け、エレリアの思惑を見透かしたかのように骨付き肉を手に取った。
「何する気なの…」
「これも、かわいい猫ちゃんのためだと思って我慢して」
「まさか、私の骨付き肉を…」
そして、ミサはためらうことなくエレリアの弁当箱に入っていた骨付き肉を猫の口に近づけた。
「自分のでは、しないんだね…」
同じ骨付き肉は自分の弁当箱にも入っているはずなのに、あくまで人の骨付き肉を利用するミサに、エレリアは呆れて二の句も告げない気持ちだった。
「ほら、お食べ猫ちゃん。遠慮はいらないよ」
ミサは優しい声色と共に猫の口に肉を近づける。だが、ここまでしても猫は肉を食べようとはしない。
それどころか、嫌そうに顔をそむけ続けている。
「うーん、おかしいなぁ。まさかお肉も嫌いなのかなぁ。猫だっていうのに、信じられない…」
「私はミサのその図太さが信じられないよ…」
困惑するミサに聞こえない声で、エレリアはぼそりと胸の内を呟いた。
そして、彼女の行いをわざわざ言い咎めることなく、そのまま心の中にしまいこんだ。
依然として、猫の謎のアピールは終わらない。
どうやら、猫は食べ物をねだっているのではないらしい。それは確かだ。
しかし、一体目の前の獣は何を伝えているのか。
突然出会った猫にどうしていいか分からなくなる二人。
そこで、エレリアはある決断をした。
「よしミサ、もう行こう」
「え、もう行こうって、この猫ちゃんはどうするの?」
「このままここにいても、しょうがないでしょ。この猫は置いてくの!」
当然エレリアとしても猫とずっとたわむれていたかったのだが、本来の目的を忘れてはならない。
ミサは一度夢中になってしまうと、我を忘れてしまう性格だ。だから、ここはエレリアがしっかり彼女を引き留めなくてはならない。
「それにミサ、私たちは何をしに来たの?」
「うーん…」
エレリアの提案を聞き、ミサは表情を曇らせた。
このまま猫を家に持って返ってやりたいぐらいだが、まずソウヤが身体的に猫が苦手なのに加え、何よりそうすると猫が迷惑するだろう。
「…そうだよね。私たちはポーションの材料を取りに来たのであって、猫ちゃんに会いに来たんじゃないもんね」
エレリアの唱えた正論に、ミサは首を縦に振ることしかできなかった。
だが、エレリアのおかげで、ミサも興奮からやっと醒めることができた。
今自分たちは、王国に頼まれてここに来ているのだ。
「ごめんね、猫ちゃん。もっと遊びたいけど、もう行くね」
ミサは名残惜しそうに猫の頭を一通り撫でてあげた。
そして満足するまで猫に触れた後、置いていた荷物を再び背負い、そのまま猫に背中を向けた。
「じゃ、またね、かわいい白猫ちゃん」
そして、二人は本来の目的地を目指して歩を進めた。
すると、よっぽど別れたくないのか、白猫は歩く二人の背中をてくてくと追いかけて来た。
しっぽを高く上げ、軽やかな足取りでエレリアとミサのすぐ後ろを尾行している。
「ね、ねぇ、リアちゃん。あの猫ちゃん、私たちのこと追いかけてきてるよ…」
ミサが耳打ちでエレリアに今の状況を伝えた。
「だったら…」
エレリアはそう呟いて、ミサに目で合図を送った。
そして、お互いうなずきあったと同時に、一目散に前方へ駆け出した。
舗装された森の道を全力で走っていく。
どこまで行けるか分からないが、これで少しは猫のことを撒けるだろう。
二人は体力が続く限りひたすら走り続けた。
そして数十秒後、エレリアとミサはお互い限界に達し、その足を止めた。
「はぁ、はぁ、疲れた…」
お互い重い荷物を背負っていたので、ただ走りづらいの一言に尽きた。
だが、これで猫から姿を隠すことができただろう。
いつの間にか道の舗装は途切れ、随分と森の深いところまで来てしまったようだが、あの猫から逃れられたら問題ない。
「さすがに、もう大丈夫でしょ…」
エレリアは荒ぶる呼吸で膝に手をのせたまま、後ろを確認した。
遠くの方には、先ほどの猫の姿は見当たらない。どうやら、うまく撒けたようだ。
「はぁ、よかった…」
エレリアは束の間の安堵の息を漏らし、何気なく視線を地面に下ろした。
するとそこで、エレリアは思いもよらない状況に思わず息を呑んだ。
「…っ!?」
エレリアの足元、そこにはなんとあの猫の姿があった。
さすが猫と言ったところだろうか。少しも息が乱れている様子もない。
息を切らしている二人とは対照的に、その猫は涼しそうな顔でこちらを見つめていた。
「なんだぁ、付いて来ちゃってたのかぁ…」
ミサはおかしそうに荒れた息で笑い声を漏らした。
「もう、なんなの…?」
ミサは愉快に笑っているが、エレリアとしては不可解な行動を取る猫にうんざりしていた。
変わらず、猫はエレリアに「みぁ、みぁ」鳴きかけてくる。
「リアちゃん、もしかしてマタタビかなんか食べた?」
「食べてるわけないでしょ、そんなの…」
真剣に問いかけてくるミサに、エレリアは呆れてため息をこぼした。
本当に、この猫の言動の真意が分からない。
もし動物の言葉が分かる魔法を使える人がいるとしたならば、今すぐにでもここへ来てもらいたいぐらいだ。
「どうしよう、ミサ。やっぱり、家へ持って返っちゃう?このまま逃げても、どうせついてきちゃうだろうし」
エレリアはしばらく猫の今後の処遇について悩んだ挙げ句、やはり家へ持ち返ることを提案した。このまま付いてくるのなら、家に持って返るのも仕方がないだろう。猫嫌いのソウヤには申し訳ないが、事情を納得してもらうしかない。
「ミサはどう思う?」
「…」
エレリアは猫に視線を向けたままミサに返答を求める。
だが、なぜか先ほどまで笑っていたミサからは返事が返ってこない。
「ねぇ、ミサ。聞いてるの?」
「…」
もう一度問いかけるが、状況は同じだった。
「どうしたの?急に、黙り込んじゃって」
「…」
エレリアはミサの態度の変貌を不思議に思い、振り返って彼女の顔を見た。
「…あっ、あっ…」
すると、彼女は表情を凍らせて、わなわなと口を震わせていた。
そして、その視線はエレリアのすぐ横をかすめ、奥の森の方へ向けられているみたいだった。
「何そんなに、驚いた顔してるの?まるで魔物が出た時みたいな顔してるよ」
あまりの驚愕に目が点になっているミサを、エレリアは少し茶化した。
なぜ、急にミサは態度を豹変させたのか。
それよりも、まず何に驚いているのか。
表情を凍らせているミサに呆れ、エレリアも同じように彼女の目線の先を目で追ってみた。
「ん?」
森の奥の方、そこには木々の隙間からこちらの様子を伺っている謎の獣の姿があった。
この白猫とは比較にならない大きさ。どちらかというと犬型、狼のようにも見える。
全身は漆黒の毛に包まれており、鋭くこちらを睨み付けている紅いその目はまさに狩猟者そのものだった。そこから、この猫のように友好的な雰囲気は感じ取れない。
その時、ようやくエレリアはミサが驚いている理由を理解することができた。
そして同時に、今自分たちの身に迫っている危機的な事態をなんとなく察知することができた。
「ねぇ、ミサ…。念のために聞くけど、もしかして、あれって…」
この森の生態系に詳しくないエレリアは、確認を取るために、視線は獣に向けたまま声だけを彼女に送った。
まさか、「魔物」と答えるのではなかろう。
「リ、リアちゃんの、そ、想像の通りだよ…」
ミサは完全に恐怖で凍りついてしまい、舌がうまく回らなかった。それでも、意識を保って、エレリアに返答を告げた。
その間も視線を少しでもそらせしてしまえば、今にもあの魔獣は飛びかかってきそうな迫力に満ちていただった。
そして、獣は低いうなり声を漏らしエレリアとミサのもとへ少しずつにじみ寄って来る。瞳は依然鋭く細められたままで、明らかに二人を敵として…、否、格好な獲物として認知しているようだ。
村の外で初めて遭遇した脅威に、エレリアはどうしていいか分からなかった。
目線だけは負けじと獣を射ぬき続けているが、頭の中はパニックの嵐で何も考えられない。こんな時、ソウヤだったらどう行動しているだろうか。
「ねぇ、リアちゃん…」
「何…?」
すると、ミサがヒソヒソ声でエレリアに作戦を伝えた。エレリアは耳だけを彼女の小声に傾ける。
「私がこれから、3、2、1、って数えるから、ゼロになった瞬間、さっきの時みたいに一緒に逃げよう」
「うん、分かった…」
二人とも獣を刺激しないように、小声でお互いの意思を伝え合った。
そして、手に持っている荷物を固く握りしめ、自身の足に力を入れる。
もちろん、最後まで目線は魔獣から外さない。
獣を睨み付けたまま、向こうから気がつかれないように一目散に逃げ出す体勢を整える。
「準備はいい…?」
「うん…」
エレリアは口の中で湧き出る固唾を飲み、少しでも緊張を緩めるため、深い一息を吐き出した。
下手すれば、このまま目の前の魔獣に食い殺される可能性だってある。そこで、王様へのポーションの作成計画はおろか、自身の人生がそこで終わってしまう。
そんなこと絶対あってはならない。
どこまで逃げれるか分からないが、やれるだけのことはやってやる。
そうして、エレリアは心の中で、頬を叩く気持ちで自分自身を鼓舞した。
魔獣との距離は、徐々に詰められていく。
しかし、まだ魔獣は飛びかかってくるそぶりは見せていない。向こうも、二人の人間に対し警戒しているのだろうか。
「じゃあ、行くよ…」
そしてミサはその口で、ゆっくりとカウントダウンを始めた。
「3、2、1…」
彼女が告げる数が減っていくごとに、エレリアの警戒心と緊張の糸は強く張られていく。回りの景色が無色になり、すべての意識は目の前の獣に向けられる。
そして、最後、
「ゼロ!!」
と、ミサは勢いよく叫び上げた。
そして、それと同時に二人はきびすを返し、さらなる森の奥の方へ駆け出した。
夢中になって、地面を蹴って前へ前へと進んでいく。
その間、二人は運悪く舗装されていない悪路の方へ足を踏み入れてしまったが、今さら引き返すことなど絶対できない。
「いやぁぁぁっ、やっぱり来てる!!」
ミサが必死で走っている最中、ふと後ろを振り返ると、魔獣も同じように二人の後を全速力で追いかけていた。それも、殺意の視線をこちらに向けて。
向こうのふいをついたのか、まだ両者の間に充分な距離はあった。なので、すぐに捕まる危険は今のところない。
しかし、追跡者は走りと殺しに特化した恐ろしい魔獣。
そして逃走者は、無力な人間の少女たち。
どう考えても、捕まるのは時間の問題だろう。
「はぁ、はぁ。ねぇっ、ミサ!!ちょっと、待って!!速いよ!!」
カウントダウン役を担った当人だったからか、ミサの方がエレリアより少し早く逃走を開始し、現在彼女はエレリアの少し前を走っていた。
「頑張って、リアちゃん!!一緒に生きて帰るんだよ!!」
全力で走るミサは大声で後ろにいるエレリアに励ましの言葉を送る。
この時、エレリアはミサより多くの荷物を身にしていた。故に、思うようにうまく走れない。
しかも、今走っているところが草の覆い茂る悪路のため、さらに足がうまく動かない。
これらの悪条件が重なり、前を行くミサとの距離は次第に遠のき、逆に魔獣と距離が近づいてきていた。
「や、やばい…」
ただでさえ猫から逃げて息が整ってないのに、そこへさらに追い討ちをかけるように魔獣が現れた。
徐々に息が苦しくなっていく中、エレリアは後ろを振り返る。
そこにはやはり、血眼でこちらを追いかけてきている魔獣の姿があった。
気付けば、あの白猫はどこかへ行ったようなのだが、今はそれどころではない。
殺される。
ふいにこの言葉が、背中のすぐ後ろまで脅威が近づいて来ているエレリアの頭の中に浮かんだ。
もしあの魔獣に追い付かれてしまったら、きっと命乞いする暇もなくあの鋭い牙で肌を直接えぐられ、意識が残ったまま内臓をぐちゃぐちゃに食い荒らされるのだろう。そして、それは文字通り死ぬほど痛いのだろう。
逃げている最中に最悪な想像をしてしまい、エレリアの体に味わったことのない焦燥感と危機感が駆け巡った。
「し、死ぬのは嫌だ…!!」
周りの風景が後ろへ流れていく中、エレリアは文字通り死ぬ気で地面を蹴り、風の如くひたすら安全な地へと足を進めた。
そんな命の危機に瀕しているというのにも関わらず、エレリアはこの状況になぜか懐かしさを抱いていた。
なぜ、こんな状況を懐かしいと思ったのだろう。過去にも、自分はこんな経験をしたのか。
記憶を失いこの村にやって来てから、度々デジャブのような感覚をエレリアは体験している。
やはり、この体は自身の過去について何かを知っているのだ。頭の中では忘れていても、この体が覚えてくれているのだ。
すると、突然エレリアの足元に何かが現れた。
「うわっ!?」
夢中で走っていたエレリアは草むらの中に潜んでいたその何かに気づかず、そのまま片足を引っ掻けてしまい、体勢を整える暇もなく豪快に地面に滑り込んだ。
「リアちゃん!?」
エレリアが手に持っていた持っていた剣やポーションが一斉に辺りへ放り出される。
「くっ…」
一体何につまずいてしまったのか。
その正体は、すぐに分かった。木の根っこだ。
最悪なことにひときわ大きい木の根が、ちょうどエレリアの走っていたルートの上に横たわっていたのだった。
「大丈夫!?」
ミサが慌ててエレリアの元へ駆け寄る。
エレリアは彼女の声に軽くうなずき、そのまま立ち上がろうとするが、なぜかうまく片足に力が入らなかった。
「あれ?な、なんで…?立て、ない…」
すぐ後ろに脅威が迫って来ているというのに、木の根に引っかけてしまったエレリアの左の足首が、彼女の命令を無視するかのようにまったく動かなかった。
これでは、逃げることはおろか立ち上がることさえもできない。
その間も、魔獣は容赦なくこちらに向かって来ている。
「ねぇ、リアちゃん!!ちょっと、どうしよう、どうしよう!!このままじゃ、あいつにやられちゃうよぉ!!」
ミサは地面に倒れたエレリアを強く揺さぶり、これまでにない焦燥に駆られた声で、その焦りの意を叫び声として示した。
その叫び声が、余計にエレリアの頭の中の警鐘を鳴り響かせる。
「くそっ…」
エレリアは死が目前に迫った状況を前に、自身の唇を強く噛み締めた。
せめて、この足さえ動けば再び逃げ出せるのに。
遠慮という言葉など知らない魔獣は紅い目をこちらに向け、その太い牙を二人に見せつけた。
そしてその光景を視界に入れたエレリアは、命が終わる瞬間を、強く確信したのだった。
「ここが、秘密の森…」
初めて足を踏み入れた秘境に、エレリアは感嘆の息を吐いた。
見渡す限りの新緑の木々は鮮やかに森を彩り、草木の匂いを含んだ空気が森の中をゆっくり流れていた。
道は最低限の範囲で整備されており、所々に朽ちた木製の農具や小屋が見受けられたが、人による開発はあまり進んでいないようだった。そう、ここには人の侵略を介していない本当の自然の世界が広がっていたのだった。
「どう?リアちゃん。気持ちいい所でしょ、ここ」
木々の隙間から見える薄い青空を仰ぎながら、ミサは口を開いた。
「私とソウくんだけの秘密の森。今日からリアちゃんも私たちの仲間に入れてあげるね」
「あ、ありがとう」
ミサの微笑みにエレリアは少し照れてしまい視線をそらした。
そしてその時、昨日から抱き続けているある懸念事項をエレリアは思い出し、そのままミサに明かした。
「ねぇミサ。魔物、については大丈夫なんだよね。もし襲われたりでもしたりしたら、私怖いんだけど…」
それは、ソウヤがあの時エレリアに忠告した『魔物』についてのことだった。
エレリアは先ほどから魔物が自分達を狙っているのではないかと疑っていしまい、常に周囲に警戒の意識を張っていた。
しかし、ミサはエレリアの心配事に何の表情も変えることなく、淡々としゃべり始めた。
「あぁ、それについては大丈夫だよ。確かにソウくんはあんなこと言ってたけど、本当はね私たちは今まで一回も魔物に会ったことはないの」
「え、そうなの?」
「うん。だから、そこまで怖がる必要はないよ。せっかく来たんだからさ、楽しく行こうよ」
ミサのお気楽な言葉を聞いて、エレリアは少し緊張の糸をほぐすことができた。
どうやら杞憂だったみたいだ。魔物に遭遇することはない。
どこまで彼女の言っていることが正しいのか真相は定かではないが、とりあえずエレリアは頭の中から魔物のことを消して、材料集めに意識を集中させることにした。
暖かい光が降り注ぐ森の中、ミサは右手に持っている空っぽの手提げカゴを大きく揺らしながら歩いている。背中には弁当と水筒が入った手作りのナップサック、そして頭には少し大きめの麦わら帽子を被っている。
対してエレリアは、背中に昨日ソウヤから授かった『せいけんえくすかりばあ』を携え、右手には小さなポーションが入った大きめのカゴ、そして左手にはおばあちゃんの杖を握っている。この杖は、もしもの時にミサが魔法を使うための物だ。
こうして見ると、圧倒的にエレリアの方が重労働を担わされていたのだが、何せエレリアは自分はミサのアシスタントだと心の中で決めていたので、文句を口にすることなく黙って歩を進めて行った。
「よし、じゃあまずは『デイジア』から探そう」
ミサは手作りの地図と現在地を照らし合わせ、周りを見回した。
デイジアは黄色い花弁が特徴の、小さな花型の植物だ。今回作るポーションに必ず必要な材料の一つで、ポーションに含まれる魔力の量を増大させ効力を高める効果があるとされている
これを用いることによって、低級なポーションでも簡単に質の高いポーションに格上げすることができる。
ほぼ素人の自分が普通のポーションを作るだけでは恐らく夢魔には通用しないと見通したミサは、デイジアを使って少しでも特級のポーションに質を近づけようと画策したのだ。
しかしデイジアは人工栽培が実現されていない植物で価格も1本につき金貨3枚となかなかの値段がするのだが、幸いなことにデイジアの分布がこの森から報告されていた。
ミサはその情報を信じて、地図に示された通りに辺りをくまなく捜索した。
「黄色い花があったらそれはだいたいデイジアだと思うから、もし見つけたら教えてね」
「うん、分かった」
エレリアはミサが伝えた情報を念頭に置き、そのデイジスという花を探すことにした。
やはり森というだけあって、無作為に視線を落としただけでも数種類の植物が咲きほこっている。色とりどりの花から謎の草までなんでもある。
エレリアはその中から「黄色い花」という条件を頭に入れ、ミサとは少し離れた位置で捜索を始めた。
すると、いきなりエレリアの目に黄色い花が飛び込んできた。
思わずエレリアはそれを手で摘み、ミサのもとへ駆け出した。
「ねぇあったよ、デイジア!」
「えっ、ほんと!?」
エレリアの手にある花を見て、一瞬ミサの目に歓喜の色が宿ったが、しばらくするとその目は冷静を取り戻した。
「あぁ、ごめんリアちゃん、これはエピルの花だね。デイジアじゃない」
「違うの?ミサが言ってた通り黄色い花だけど…」
「確かに色は黄色いけど、デイジアはもっと黄色い色をしてるんだ。なんていうのかな、もっとドーンって濃い黄色って感じ」
「な、なるほど…」
あまりに抽象的すぎるミサの説明に、エレリアは返答を濁してしまったが、これでだいたいの概要は掴めた。
デイジアの花は彼女曰く濃い黄色をしているらしい。確かに、今エレリアが持っているエピルという花は色が薄い気もする。
エレリアは持ち場に戻り、作業を続けた。
そして、しばらくして散策していると再び黄色い花を見つけた。
先ほど見つけた花より色は濃い。しかも、黄色い。
これは間違いなく、デイジアだろう。
「ミサ、それっぽいの見つけたよ!」
エレリアの声に、ミサが急いで現場へ駆け寄る。
「これが、デイジアでしょ?」
「うーんとね…。それは多分、フラメンだね。よく消臭剤とかに使われてるよ」
「ふらめん?これもデイジアじゃないの?」
「うん。確かに色は似てるけど、私が欲しいのはそれじゃない」
ミサによれば、エレリアが見つけた花はまたもハズレだったようだ。
そして、数分後エレリアはまたまた黄色い花を見つけた。
色の度合いや特徴からして、先ほどのエピルやフラメンとは違う。
今度こそ、デイジアのはずだ。
「これは、キュルシスかな」
平然と告げられるミサの解答に、エレリアはまたも肩を落とした。
一体どれがデイジアなのか。
正直言ってここまでくると、どれも同じに見えてくる。
エレリアは溜まった疲労をため息に含めて吐き出した。
「ていうか、デイジアどこにも咲いてないなぁ…。この地図が間違ってるのかな?」
ミサは額の汗を拭い、腰に手を添え立ち上がった。
「はぁ、この感じだと見つかりそうにもないから、違うとこ探そっか」
この時ミサの唱えた意見に、エレリアも賛成の立場だった。
確かにデイジアと同じ黄色い花は溢れるほど咲いているが、そのほとんどは同じようなものばがりだった。きっとそれらは、エピルだのフラメンだの、よく得体の分からない植物なのだろう。
二人は荷物と気を取り直して、次の目的地に向かうことにした。
「あっ見て、ネコちゃんだ!」
道中、エレリアが周囲の森の景色に気をとられていると、ミサが急に喜びと驚きが混ざった声をあげた。
エレリアは周囲の景色に奪われていた心を現実に戻し、ミサの指さしている方向へ視線を向ける。
すると、二人が行く道の真ん中に一匹の白い猫が佇んでいた。
「ほんとだ、ネコがいる」
白猫は二人が近づいても逃げるような素振りはまったく見せず、まるで最初からここへ来る二人を待ち構えていたかのような様子をしていた。
全身は天使の羽のように真っ白な毛で覆われており、特にその目が特徴的だった。
「青い目…」
エレリアを見透かすようにじっと見つめるその猫の目は、深海の如く不思議な蒼い目をしていた。
見つめれば見つめるほど、なぜか意識が吸い込まれそうになる。それは、いつの日か村長が話してくれた自分と瓜二つの青い目の少女を連想させた。
「きれいなネコちゃんだなぁ。ひょっとすると、どこかの飼い猫なのかな?」
そう言ってミサはゆっくりと膝を折り、慣れた手つきでネコの頭をさすった。
するとネコはミサの手つきが気持ちいいのかその蒼い瞳を閉じ、もっと撫でて欲しいと言わんばかりに顎を上げた。
なんて図々しいやつ。ミサに媚びる白猫を見下して、エレリアはついそんなことを思ってしまった。
「名前はなんて言うんですかぁ?」
ミサが猫に合わせ声色を変えて尋ねると、ネコは返答するように「みぁ」と甲高い鳴き声をあげた。
「あぁ、かわいいっ!!」
完全にミサは猫の尊い容貌に悶絶しているようだった。こうなってしまうと、もう止めることはできそうにない。これは、毎日彼女と生活を共にしている立場だからこそ言える事実だ。
興奮する彼女をいったん放っておいて、エレリアはまじまじとその白猫を観察した。
白い毛並み、ピンクの耳、長いしっぽ。
その猫は、一般的な猫における普遍的な特徴はちゃんとすべて網羅していた。これだけ見ると普通の猫だ。
ただ、やはり目が違った。その蒼い目。
エレリアは村で何度か野良猫を見かけたことはあったが、この猫はそれらとは何かが違う。
この猫を見ていると、なぜか自分の中の無意識の部分に何か違和感のようなものが引っかかるのだ。
しかし、その感覚の正体は掴めない。胸の中をくすぶるような感じ。
これも隠された記憶に何か関係しているのだろうか。
すると、ミサの撫で付けに瞳を閉じていたその白猫とふとエレリアは目が合った。
エレリアの赤い目と、猫の蒼い目が交錯する。
それは、まるで猫が目で何かを訴えかけてきているようだった。当然、その真意は伝わってこないが。
そして猫はしばらくエレリアを見つめると、短く鳴き声を漏らし彼女の足元に寄り添ってきた。
「わぁ、いいなぁリアちゃん。私も懐かれたいよぉ」
警戒心を捨て去った猫は自身の頭を気持ち良さそうにエレリアの足元へ擦り付けてくる。その毛並みが肌に触れ、エレリアは閉じていた口元を少し歪ませた。
「な、なに、この子?」
野生の獣とは思えない、この白猫の言動。
中には人懐っこい性格の猫もこの森にはいるのかもしれないが、ここまで距離感を縮められるとさすがにエレリアは動揺してしまった。
猫はしきりにエレリアの足元をぐるぐる周り、そして再び「みぁ、みぁ」と何かを言っているかのように鳴き始めた。
「ふふ、リアちゃんに何か言ってる、この猫ちゃん。ただ、ネコ語だから何言ってるのかは分かんないけど」
そう言うとミサはもう一度腰を折り、白猫に手を伸ばした。
しかし、猫はミサに脇目も振らず、ただひたすらにエレリアの足元にまとわりついている。
おかげでエレリアは少しも動くことができない。
「ひょっとしたら、この猫ちゃんはリアちゃんに恋でもしちゃったのかな?ふふふ…」
「恋って、何言ってんの…!猫が人を好きになるわけないじゃん!」
「悪くないと思うよ。猫と人の恋なんて、なんだかロマンチックじゃん。あっ、でもこの猫ちゃん後ろに玉がついてないから、もしかしたら女の子かも」
「よ、容赦ないね、ミサ…」
少しも恥じることなくセンシティブな発言を口にするミサに、逆にエレリアが顔を赤くしてしまった。
「もしかして、リアちゃんはこの猫ちゃんに前に会ったことあるの?」
「いや、知らない。初めてだよ」
ミサの問いに、エレリアは気を取り直して首を振った。
エレリアも今の状況をひたすら疑問に思っていた。
もしかすると、自分は動物に好まれる体質なのかもしれない。まず、そんな体質があるかどうかも知らないが。
すると突然、猫がシビレを切らしたようにエレリアに向かって高い声で鳴き始めた。
真っ直ぐに視線を向け、何回も「みぁ、みぁ」鳴いている。
「何かこの猫ちゃん話しかけてるみたい。答えてあげたら?」
「うーん、そんなこと言われたって、何言ってるのか分かんないよ…」
明らかに何かを訴えかけている、それは二人にも分かったのだが、何せ相手は猫なのでその意図を理解することができない。
エレリアは困って純白の髪の上から頭をかいた。
するとミサが、
「ひょっとすると何かが、欲しいのかも…。あっ、そうだ!ちょっと、待ってて…」
と言って、手に持っていたカゴの中から何かを取り出した。
「ほら猫ちゃん、イチゴいる?甘くて、おいしいよ」
ミサが取り出したのは、赤い小さな果実だった。恐らく、この日のために持ってきたのか、あるいは先ほど摘んできたのだろう。
だが、猫はミサの差し出す果実に顔をそむけ、一向に食べようとする気配がない。
「あれぇ?食べないなぁ。もしかして、嫌いなのかなぁ…」
「ミサ、猫はイチゴなんか食べないんじゃない?」
「確かに、それもそうか…。あっ、そうだ、それなら…!」
すると、ミサは背負っていたリュックを地面に置き、中からまた何かを取り出そうとしていた。
ミサの意図がまったく分からず、エレリアは彼女の行動を静かに見つめる。
そして数秒後、ミサはリュックの中から謎の小箱を手にしていた。
彼女の手にある箱を見て、エレリアはふと気がついた。
「あっ、それ私のお弁当…」
それは、今日の昼のために朝早くから準備したエレリア専用のお弁当だった。中には、昨日マルロスから貰った金貨で買った鶏肉が数本入っていた。それも骨つきの。
すると、ミサはその弁当箱のふたを開け、エレリアの思惑を見透かしたかのように骨付き肉を手に取った。
「何する気なの…」
「これも、かわいい猫ちゃんのためだと思って我慢して」
「まさか、私の骨付き肉を…」
そして、ミサはためらうことなくエレリアの弁当箱に入っていた骨付き肉を猫の口に近づけた。
「自分のでは、しないんだね…」
同じ骨付き肉は自分の弁当箱にも入っているはずなのに、あくまで人の骨付き肉を利用するミサに、エレリアは呆れて二の句も告げない気持ちだった。
「ほら、お食べ猫ちゃん。遠慮はいらないよ」
ミサは優しい声色と共に猫の口に肉を近づける。だが、ここまでしても猫は肉を食べようとはしない。
それどころか、嫌そうに顔をそむけ続けている。
「うーん、おかしいなぁ。まさかお肉も嫌いなのかなぁ。猫だっていうのに、信じられない…」
「私はミサのその図太さが信じられないよ…」
困惑するミサに聞こえない声で、エレリアはぼそりと胸の内を呟いた。
そして、彼女の行いをわざわざ言い咎めることなく、そのまま心の中にしまいこんだ。
依然として、猫の謎のアピールは終わらない。
どうやら、猫は食べ物をねだっているのではないらしい。それは確かだ。
しかし、一体目の前の獣は何を伝えているのか。
突然出会った猫にどうしていいか分からなくなる二人。
そこで、エレリアはある決断をした。
「よしミサ、もう行こう」
「え、もう行こうって、この猫ちゃんはどうするの?」
「このままここにいても、しょうがないでしょ。この猫は置いてくの!」
当然エレリアとしても猫とずっとたわむれていたかったのだが、本来の目的を忘れてはならない。
ミサは一度夢中になってしまうと、我を忘れてしまう性格だ。だから、ここはエレリアがしっかり彼女を引き留めなくてはならない。
「それにミサ、私たちは何をしに来たの?」
「うーん…」
エレリアの提案を聞き、ミサは表情を曇らせた。
このまま猫を家に持って返ってやりたいぐらいだが、まずソウヤが身体的に猫が苦手なのに加え、何よりそうすると猫が迷惑するだろう。
「…そうだよね。私たちはポーションの材料を取りに来たのであって、猫ちゃんに会いに来たんじゃないもんね」
エレリアの唱えた正論に、ミサは首を縦に振ることしかできなかった。
だが、エレリアのおかげで、ミサも興奮からやっと醒めることができた。
今自分たちは、王国に頼まれてここに来ているのだ。
「ごめんね、猫ちゃん。もっと遊びたいけど、もう行くね」
ミサは名残惜しそうに猫の頭を一通り撫でてあげた。
そして満足するまで猫に触れた後、置いていた荷物を再び背負い、そのまま猫に背中を向けた。
「じゃ、またね、かわいい白猫ちゃん」
そして、二人は本来の目的地を目指して歩を進めた。
すると、よっぽど別れたくないのか、白猫は歩く二人の背中をてくてくと追いかけて来た。
しっぽを高く上げ、軽やかな足取りでエレリアとミサのすぐ後ろを尾行している。
「ね、ねぇ、リアちゃん。あの猫ちゃん、私たちのこと追いかけてきてるよ…」
ミサが耳打ちでエレリアに今の状況を伝えた。
「だったら…」
エレリアはそう呟いて、ミサに目で合図を送った。
そして、お互いうなずきあったと同時に、一目散に前方へ駆け出した。
舗装された森の道を全力で走っていく。
どこまで行けるか分からないが、これで少しは猫のことを撒けるだろう。
二人は体力が続く限りひたすら走り続けた。
そして数十秒後、エレリアとミサはお互い限界に達し、その足を止めた。
「はぁ、はぁ、疲れた…」
お互い重い荷物を背負っていたので、ただ走りづらいの一言に尽きた。
だが、これで猫から姿を隠すことができただろう。
いつの間にか道の舗装は途切れ、随分と森の深いところまで来てしまったようだが、あの猫から逃れられたら問題ない。
「さすがに、もう大丈夫でしょ…」
エレリアは荒ぶる呼吸で膝に手をのせたまま、後ろを確認した。
遠くの方には、先ほどの猫の姿は見当たらない。どうやら、うまく撒けたようだ。
「はぁ、よかった…」
エレリアは束の間の安堵の息を漏らし、何気なく視線を地面に下ろした。
するとそこで、エレリアは思いもよらない状況に思わず息を呑んだ。
「…っ!?」
エレリアの足元、そこにはなんとあの猫の姿があった。
さすが猫と言ったところだろうか。少しも息が乱れている様子もない。
息を切らしている二人とは対照的に、その猫は涼しそうな顔でこちらを見つめていた。
「なんだぁ、付いて来ちゃってたのかぁ…」
ミサはおかしそうに荒れた息で笑い声を漏らした。
「もう、なんなの…?」
ミサは愉快に笑っているが、エレリアとしては不可解な行動を取る猫にうんざりしていた。
変わらず、猫はエレリアに「みぁ、みぁ」鳴きかけてくる。
「リアちゃん、もしかしてマタタビかなんか食べた?」
「食べてるわけないでしょ、そんなの…」
真剣に問いかけてくるミサに、エレリアは呆れてため息をこぼした。
本当に、この猫の言動の真意が分からない。
もし動物の言葉が分かる魔法を使える人がいるとしたならば、今すぐにでもここへ来てもらいたいぐらいだ。
「どうしよう、ミサ。やっぱり、家へ持って返っちゃう?このまま逃げても、どうせついてきちゃうだろうし」
エレリアはしばらく猫の今後の処遇について悩んだ挙げ句、やはり家へ持ち返ることを提案した。このまま付いてくるのなら、家に持って返るのも仕方がないだろう。猫嫌いのソウヤには申し訳ないが、事情を納得してもらうしかない。
「ミサはどう思う?」
「…」
エレリアは猫に視線を向けたままミサに返答を求める。
だが、なぜか先ほどまで笑っていたミサからは返事が返ってこない。
「ねぇ、ミサ。聞いてるの?」
「…」
もう一度問いかけるが、状況は同じだった。
「どうしたの?急に、黙り込んじゃって」
「…」
エレリアはミサの態度の変貌を不思議に思い、振り返って彼女の顔を見た。
「…あっ、あっ…」
すると、彼女は表情を凍らせて、わなわなと口を震わせていた。
そして、その視線はエレリアのすぐ横をかすめ、奥の森の方へ向けられているみたいだった。
「何そんなに、驚いた顔してるの?まるで魔物が出た時みたいな顔してるよ」
あまりの驚愕に目が点になっているミサを、エレリアは少し茶化した。
なぜ、急にミサは態度を豹変させたのか。
それよりも、まず何に驚いているのか。
表情を凍らせているミサに呆れ、エレリアも同じように彼女の目線の先を目で追ってみた。
「ん?」
森の奥の方、そこには木々の隙間からこちらの様子を伺っている謎の獣の姿があった。
この白猫とは比較にならない大きさ。どちらかというと犬型、狼のようにも見える。
全身は漆黒の毛に包まれており、鋭くこちらを睨み付けている紅いその目はまさに狩猟者そのものだった。そこから、この猫のように友好的な雰囲気は感じ取れない。
その時、ようやくエレリアはミサが驚いている理由を理解することができた。
そして同時に、今自分たちの身に迫っている危機的な事態をなんとなく察知することができた。
「ねぇ、ミサ…。念のために聞くけど、もしかして、あれって…」
この森の生態系に詳しくないエレリアは、確認を取るために、視線は獣に向けたまま声だけを彼女に送った。
まさか、「魔物」と答えるのではなかろう。
「リ、リアちゃんの、そ、想像の通りだよ…」
ミサは完全に恐怖で凍りついてしまい、舌がうまく回らなかった。それでも、意識を保って、エレリアに返答を告げた。
その間も視線を少しでもそらせしてしまえば、今にもあの魔獣は飛びかかってきそうな迫力に満ちていただった。
そして、獣は低いうなり声を漏らしエレリアとミサのもとへ少しずつにじみ寄って来る。瞳は依然鋭く細められたままで、明らかに二人を敵として…、否、格好な獲物として認知しているようだ。
村の外で初めて遭遇した脅威に、エレリアはどうしていいか分からなかった。
目線だけは負けじと獣を射ぬき続けているが、頭の中はパニックの嵐で何も考えられない。こんな時、ソウヤだったらどう行動しているだろうか。
「ねぇ、リアちゃん…」
「何…?」
すると、ミサがヒソヒソ声でエレリアに作戦を伝えた。エレリアは耳だけを彼女の小声に傾ける。
「私がこれから、3、2、1、って数えるから、ゼロになった瞬間、さっきの時みたいに一緒に逃げよう」
「うん、分かった…」
二人とも獣を刺激しないように、小声でお互いの意思を伝え合った。
そして、手に持っている荷物を固く握りしめ、自身の足に力を入れる。
もちろん、最後まで目線は魔獣から外さない。
獣を睨み付けたまま、向こうから気がつかれないように一目散に逃げ出す体勢を整える。
「準備はいい…?」
「うん…」
エレリアは口の中で湧き出る固唾を飲み、少しでも緊張を緩めるため、深い一息を吐き出した。
下手すれば、このまま目の前の魔獣に食い殺される可能性だってある。そこで、王様へのポーションの作成計画はおろか、自身の人生がそこで終わってしまう。
そんなこと絶対あってはならない。
どこまで逃げれるか分からないが、やれるだけのことはやってやる。
そうして、エレリアは心の中で、頬を叩く気持ちで自分自身を鼓舞した。
魔獣との距離は、徐々に詰められていく。
しかし、まだ魔獣は飛びかかってくるそぶりは見せていない。向こうも、二人の人間に対し警戒しているのだろうか。
「じゃあ、行くよ…」
そしてミサはその口で、ゆっくりとカウントダウンを始めた。
「3、2、1…」
彼女が告げる数が減っていくごとに、エレリアの警戒心と緊張の糸は強く張られていく。回りの景色が無色になり、すべての意識は目の前の獣に向けられる。
そして、最後、
「ゼロ!!」
と、ミサは勢いよく叫び上げた。
そして、それと同時に二人はきびすを返し、さらなる森の奥の方へ駆け出した。
夢中になって、地面を蹴って前へ前へと進んでいく。
その間、二人は運悪く舗装されていない悪路の方へ足を踏み入れてしまったが、今さら引き返すことなど絶対できない。
「いやぁぁぁっ、やっぱり来てる!!」
ミサが必死で走っている最中、ふと後ろを振り返ると、魔獣も同じように二人の後を全速力で追いかけていた。それも、殺意の視線をこちらに向けて。
向こうのふいをついたのか、まだ両者の間に充分な距離はあった。なので、すぐに捕まる危険は今のところない。
しかし、追跡者は走りと殺しに特化した恐ろしい魔獣。
そして逃走者は、無力な人間の少女たち。
どう考えても、捕まるのは時間の問題だろう。
「はぁ、はぁ。ねぇっ、ミサ!!ちょっと、待って!!速いよ!!」
カウントダウン役を担った当人だったからか、ミサの方がエレリアより少し早く逃走を開始し、現在彼女はエレリアの少し前を走っていた。
「頑張って、リアちゃん!!一緒に生きて帰るんだよ!!」
全力で走るミサは大声で後ろにいるエレリアに励ましの言葉を送る。
この時、エレリアはミサより多くの荷物を身にしていた。故に、思うようにうまく走れない。
しかも、今走っているところが草の覆い茂る悪路のため、さらに足がうまく動かない。
これらの悪条件が重なり、前を行くミサとの距離は次第に遠のき、逆に魔獣と距離が近づいてきていた。
「や、やばい…」
ただでさえ猫から逃げて息が整ってないのに、そこへさらに追い討ちをかけるように魔獣が現れた。
徐々に息が苦しくなっていく中、エレリアは後ろを振り返る。
そこにはやはり、血眼でこちらを追いかけてきている魔獣の姿があった。
気付けば、あの白猫はどこかへ行ったようなのだが、今はそれどころではない。
殺される。
ふいにこの言葉が、背中のすぐ後ろまで脅威が近づいて来ているエレリアの頭の中に浮かんだ。
もしあの魔獣に追い付かれてしまったら、きっと命乞いする暇もなくあの鋭い牙で肌を直接えぐられ、意識が残ったまま内臓をぐちゃぐちゃに食い荒らされるのだろう。そして、それは文字通り死ぬほど痛いのだろう。
逃げている最中に最悪な想像をしてしまい、エレリアの体に味わったことのない焦燥感と危機感が駆け巡った。
「し、死ぬのは嫌だ…!!」
周りの風景が後ろへ流れていく中、エレリアは文字通り死ぬ気で地面を蹴り、風の如くひたすら安全な地へと足を進めた。
そんな命の危機に瀕しているというのにも関わらず、エレリアはこの状況になぜか懐かしさを抱いていた。
なぜ、こんな状況を懐かしいと思ったのだろう。過去にも、自分はこんな経験をしたのか。
記憶を失いこの村にやって来てから、度々デジャブのような感覚をエレリアは体験している。
やはり、この体は自身の過去について何かを知っているのだ。頭の中では忘れていても、この体が覚えてくれているのだ。
すると、突然エレリアの足元に何かが現れた。
「うわっ!?」
夢中で走っていたエレリアは草むらの中に潜んでいたその何かに気づかず、そのまま片足を引っ掻けてしまい、体勢を整える暇もなく豪快に地面に滑り込んだ。
「リアちゃん!?」
エレリアが手に持っていた持っていた剣やポーションが一斉に辺りへ放り出される。
「くっ…」
一体何につまずいてしまったのか。
その正体は、すぐに分かった。木の根っこだ。
最悪なことにひときわ大きい木の根が、ちょうどエレリアの走っていたルートの上に横たわっていたのだった。
「大丈夫!?」
ミサが慌ててエレリアの元へ駆け寄る。
エレリアは彼女の声に軽くうなずき、そのまま立ち上がろうとするが、なぜかうまく片足に力が入らなかった。
「あれ?な、なんで…?立て、ない…」
すぐ後ろに脅威が迫って来ているというのに、木の根に引っかけてしまったエレリアの左の足首が、彼女の命令を無視するかのようにまったく動かなかった。
これでは、逃げることはおろか立ち上がることさえもできない。
その間も、魔獣は容赦なくこちらに向かって来ている。
「ねぇ、リアちゃん!!ちょっと、どうしよう、どうしよう!!このままじゃ、あいつにやられちゃうよぉ!!」
ミサは地面に倒れたエレリアを強く揺さぶり、これまでにない焦燥に駆られた声で、その焦りの意を叫び声として示した。
その叫び声が、余計にエレリアの頭の中の警鐘を鳴り響かせる。
「くそっ…」
エレリアは死が目前に迫った状況を前に、自身の唇を強く噛み締めた。
せめて、この足さえ動けば再び逃げ出せるのに。
遠慮という言葉など知らない魔獣は紅い目をこちらに向け、その太い牙を二人に見せつけた。
そしてその光景を視界に入れたエレリアは、命が終わる瞬間を、強く確信したのだった。
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