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第四章

24 次の形へ

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 少なくともこの世界とエルド達がいた世界には、輪廻転生が存在する。
 エルドには話していないが、創造主から直に聞き出した。
 しかしそれは、魂が完全な状態で死んだ場合のみ起こりうる。

 エルドは僕に力の殆どを、魂を削ってまで譲渡してくれた。
 それじゃ駄目だ。

 僕は、次はちゃんと友人として、エルドに逢いたい。

「創造主が余計なことを教えたか。まあ、そうだな。俺も次は、普通の人間としてヨイチに逢いたい」


 お互い、合図はなかったけれど同時に目を閉じた。
 エルドから貰った力が抜けていき、希薄だったエルドの気配、つまり魂がくっきりとしていく。

 エルドが僕の身体から抜け出て、半透明な姿を見せた。

 種族は「魔神」から「上位魔人」に戻っていた。
 それでも、エルドの存在を消し去れるだけの力はある。


 アイテムボックスから魔道具の弓を取り出し、全身全霊をかけて聖属性の矢を創り上げる。

 弓を構える。
 エルドは薄っすらと笑みを浮かべていた。

「では頼む。達者でな」
「ありがとう。またね」


 渾身の力を以って、エルドを射貫いた。



***



 僕たちの周囲には平穏が訪れていた。
 と言っても、魔物は相変わらず出現するし、皆にはいつもの仕事がある。

 僕はこの世界の異物ではないか、なんてちっちゃな悩みがどうでもよくなった僕は、冒険者休業申請をさっさと撤回して、またクエストを請ける日々に舞い戻った。
 無職は落ち着かなかったのだ。

 アオミは時折本を置きに来て、ジストが遠慮しながらもついてくることがある。
 先日はザクロも一緒で、宣言通りに鮪に似た魚を差し入れてくれた。

 巨大な魚をヒスイに渡すと、その場で鮮やかな解体ショーパーティが始まり、アオミ達を含めた皆に新鮮な刺身が振る舞われた。
「な、生魚ですか……」
「ラフィネ、これすっごく美味しいよ!」
「食べたの!?」
 ラフィネは初め抵抗があり皿を持ったままプルプルしていたが、アネットが美味しそうにぱくぱく食べるのを見て決心がついたらしく、目を瞑って最初の一切れを口の中へ突っ込んだ。
「……! うわ、美味しい……調理してない魚がこんな……」
 お気に召したようだ。
 ちなみに聖獣たちは僕とソウルリンクする前は獣の生肉を常食していたので、普通に食べていた。
「これ、もしかして中トロ?」
 ツキコがラフィネとは別の意味で皿に乗った刺身を見てプルプルしている。
「たっぷりあるのよ。元いた世界の鮪を捌いたことはないからわからないけど、こっちの鮪の方が脂の乗った部位が多いみたいね。脳天も大きいわ」
「脳天があるの!? 食べたい!」
 少食のローズがめちゃくちゃ食いついた。
「脳天って?」
「頭の近くにある希少部位。鮪一匹から二百グラムくらいしか取れない」
「なにそれ食べてみたい」
「ちゃんと全員分あるわ。待ってね」
 ヒスイが包丁を振るうと、全員の皿にとろりとした刺身が三切れほど乗った。
「あ、脳天って言うからてっきり脳味噌かと……ちゃんと身なんだね」
 実は僕もジストと同じこと考えてました。
「聞いたことはあったが、初めて食べるな。……なんだこれ、滅茶苦茶美味い」
 アオミが珍しく感動に打ち震えている。
 僕も食べてみた。口に入れた瞬間にふわっと溶けて、旨味が染み渡る。
 思わず持ってきてくれたザクロを見ると、ザクロもちょうど食べたところで目を丸くしていた。
「今まで頭は兜煮にしてしまっていた……」
 全員からの「もったいない!」コールの後、ローズとアオミが「小さい個体だと脳天は殆ど取れないこともあるから」とフォローを入れていた。


「いいもの食べた……」
 全員ひと通り食べ終えると、「じゃあ残りは結界の中に入れておくわね」とヒスイが残りを片付けてくれた。
 食料庫の一角に張った腐敗防止の結界魔法に時間停止機能がついていたらしくて、メイドさん達が重宝してくれている。
 あそこなら、まだまだ鮪を楽しめそうだ。

「美味かった。長居してしまったな」
 アオミが緑茶をぐいっと飲み干して立ち上がると、ジストとザクロも続いた。
「ゆっくりしていけばいいのに」
 アオミ達はいつも、用が済むとさっさと帰ってしまう。
 今日もザクロが鮪を置いてすぐに帰ろうとしたところを鮪パーティの名目で引き止めたのだ。
「あいつの世話もあるしな。じゃあ、また」
「またね」


 あいつってのは不東だ。


 不東はすっかりおとなしくなった。
 容姿は完全に老人で、毎日与えられる少量の魔力は日常生活に必要な動作と、本を読むことに使っている。というか、ベッドから上半身を起こして本を読むくらいしかできない。

 受け答えはするが、自分から本以外の何かを要求することもない。

 全く喋らなくなったわけではないらしいが、反省や後悔は口にしていないそうだ。


 不東がベッドに寝かされてすぐの間は、主にジストが「皆に言うことはないの?」と詰め寄った。
 言わせたいことは色々あるが、なによりもまず僕に対して謝らせたかったそうだ。
 僕と不東のことは既に済んでいる、とジストや皆にも伝えてある。僕としては罰が行き過ぎじゃないかと考えているくらいだ。
 しかしジストは納得できなかったらしい。
 ひと月ほど沈黙を貫いていた不東だったが、ある日居合わせたザクロが「ヨイチは凄い奴だな」と呟くと、はっきり「ああ」と返事をした。肯定したように聞こえたそうだ。
 言葉の本意は不明なものの、本を読み始めたのはそれ以降だ。
 アオミに「簡単なものから」とリクエストして、この世界の歴史書を読み込んでいる。

 不東が何を考えているのかは、誰にもわからなかった。



***



「ヨイチくん、ちょっと元気出た?」
「へ?」
 鮪パーティの後、食器の片付けを手伝い中にヒスイが妙なことを言い出した。
「僕、元気なかった?」
「うん。色々あったものね」
「まあ、うん、色々あったよ」

 エルドを送ったのは、お互いに納得してのことだった。
 不東のことに関しては、僕は一生背負っていく覚悟の上だ。

 色々あった中でも濃い目の話は全て、けりがついている。

 僕が思い悩んでいるのは……。

「多分、ヒスイが心配してるようなことでは悩んでないよ」
「そう? ならいいのだけど」
「うん……えっと、あの」
「?」


 イネアルさんに紹介してもらった街で一番信頼のおける宝石屋さんで、一番上等な宝石を手に入れるにはどうしたらいいか尋ねた。
 上等の質にもよると言われたので、防護魔法をなるべく多く付与できるタイプを探していると答えた。
 僕がランクS冒険者であることを知っていた宝石店主は、最上級の宝石を持つ魔物について教えてくれた。

 モルイから遥か南、ヒイロが全力で飛んで丸一日かかる場所にある谷の底に、ジュエルドラゴンという魔物がいる。
 そいつを何頭か討伐し、死骸とドロップアイテムを持って帰って宝石店主に見せた。

 ジュエルドラゴンの額には宝石が嵌っている。強い個体ほど品質、含有魔力共に良いものになる。
 一番強そうな奴を倒して得た宝石は、今まで見たことがない、と宝石店主が大絶賛した。
 すぐに指輪に加工してもらった。
 宝石店主さん曰く、職人さんが一世一代の品を作ると張り切ってくれたそうだ。

 その指輪が入った箱が今、というか完成して受け取ってから十日以上経っているのに、まだ僕のアイテムボックスに仕舞ってある。


「どうしたの? ヨイチくん」
 片付けが終わり、他の皆はそれぞれ部屋に戻った。
 最近、皆が妙に気を使って、僕とヒスイを二人きりにしたがる。
 ありがたいが、緊張する。

 僕はヒスイと付き合っているつもりだし、ヒスイもきっとそう思ってくれている。
 だけどまだ、手を繋ぐことより先へ行っていない。
 緊急事態に抱き上げるのは不可抗力であってロマンチックなムードになったことはない。
 それでいきなり、こんな指輪とか……僕としてはヒスイを誰にも渡したくないから早く何か証を、と考えに考えた結果辿り着いたのが指輪であって。
 冷静になってようやく、ステップ飛ばしすぎに気付く始末だ。
 これだから恋愛弱者は。
 女性にモテるアオミあたりに相談しておけばよかったが、今更聞けない。

 しかもここはキッチンで、二人共立ったまま、エプロンまでしてる。
 ムードもへったくれもない。

 脳内の天使と悪魔……というより、強気な僕と弱気な僕が言い争いを始める。
「いまだ! 渡せ!」
「せめて部屋にもどってからにしようよ……」
「何言ってんだ、部屋に戻ろうなんっつったら、ヒスイは自分の部屋に戻るだろうが」
「うう、でも……」
「いや待て、それもいいな。部屋に乗り込め! そして押し倒――」

「やめろぉ!」

 最後の一言は僕の理性が口から直接叫んだ。
「ヨイチくん? やっぱり具合が悪いんじゃ……」
「なんっ、なんでもないっ! あの、これ!」
 誤魔化したい一心と勢いに任せて、僕はついにアイテムボックスから紺色の天鵞絨の小箱を取り出しヒスイの前に突きつけた。

 皿に山盛りの中トロを前にしたツキコの如く震える僕の手から、ヒスイが小箱を包み込むように持ち上げる。

 中には、青い宝石の嵌った指輪が入っているはずだ。

 伏せていた顔を恐る恐る上げると、ヒスイは開いた状態の小箱を右手に持ち、左手は口元を覆い、目を見開いている。

「ヨ、イチくん、あの、これ……」
 だめだ、完全に引いてる。そうだよね、家事終わってからキッチンでプロポーズって流れ、どう考えてもおかしい。
「えっと……。結婚は、まだ早いよね。だけどその、着けてて欲しいかなー、って」

 しかも僕のヘタレー!
 どうして決めきれないんだー!!

「わわっ!?」

 一人悶絶していたら、ふわっとした感触が僕にぶち当たった。
 ヒスイが僕に抱きついたのだ。

「ヒスイ?」
 ヒスイは僕の胸元に顔を埋もれさせている。
「ありがとう」
 涙声だ。
 だけど、ありがとうって……いうことは……。

 ヒスイを抱きしめ返す。
「ヒスイのこれから先を、僕が貰ってもいいかな」
「はい」



 ヒスイが泣き止むまで抱きしめていて、ふと視線を感じて振り返ったら、キッチンの扉が細く開いていて、その隙間から家の皆がこちらをニヤニヤと眺めていた。
 モモとヒイロまで一緒だった。


 いつから、見られてたんだ……。
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