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第四章

3 埃と食事と甘々

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 結界の外側は、炎と粉塵で視界が悪い。
 気配からして、向こうも下手に動けない様子だ。
 自分でやっといて何をしているのだろう。
 結界の中から風魔法を使って遮るものを吹き飛ばす。
 その向こうでは、両腕をこちらに突き出した状態の異形の怪物が、両眼を限界まで開いていた。

「な、無傷だと?」
「驚くところ、そこなのか」
 ヒイロには待機してもらい、僕だけ結界から出て、自称魔王に近づいた。
「魔王とか言う割に、力の差には気付かないのか?」
 まず魔力量。向こうは先程までの攻撃で、半分くらい消耗している。
 無限回復手段があったとしても、最大値は僕の十分の一ほどだ。
 力や素早さも、僕より強いとは感じられない。
 今のこの状況、向こうが全力を出しているというのに、僕は単純な結界魔法だけで防いでいるのが、全てを物語っている。

 油断させておいて、というを警戒して、念の為に[鑑定]した。



アズイシェル・グラン・アマダン
 レベル:50
 種族:魔族
 スキル:[魔力:極大][魔力操作][魔力解放]
 属性:火 闇

魔族
 魔物と化した元人間。人間を倒すことでレベルアップする。聖女の力を取り込むと魔王に進化できる。



 名前に国名アマダンが入っているから、王族なのかな。元の身なりや尊大な態度からして、王様っぽい。
 聖女を召喚する国の王が、何故聖女を取り込むと魔王化するような存在になってしまったのだろう。

 今の時点では魔王じゃないが、こいつは魔王になりたくて聖女を欲したのか。
 取り込むって……具体的に何をする行為かは知らないが、聖女は無事じゃ済まないよな。
 丸く収まるなんて、どういう意図で吐いたんだか。

 他に気になったのは、スキル[魔力操作]と[魔力解放]。先程の攻撃は、魔法と同時にこの二つを駆使していた。
 それでも魔力の劣る闇属性の魔法を放つだけでは、僕にはかすり傷一つつけられない。

「馬鹿め、自ら結界を出るとは」
 再び同じ攻撃を打ち込んでくる。
 魔力操作と解放なんて、スキルがなくてもできる。
 スキルが存在するということは、無いと魔力を操れないのが普通なのかな。
 できるものはできるので、片手で魔力の流れを操り相手の魔力を打ち消してみせた。
「なっ! 我が魔力が……ぐああああああっ!?」
 更に攻撃を真似た上で倍の威力で返してやると、アズイシェルは広間の一番奥の壁にぶち当たり、血を吐きながら地に落ちた。その頭上に、崩れた壁の破片がガラガラと落ちていく。
「で、お前は何者だ?」
 瓦礫を踏みつけながら、問いかけた。
「がふっ! こ、この国の王たる我に……貴様っ」
 予想通り王だった。

 聖女を狙った件で僕の中では絶対に許さないリスト入りしているけど、このまま殺してしまうのは流石に拙い。

「黙れ、動くな」
 魔力を乗せた言葉で、アマダン王の動きを封じる。
 王の魔力は僕の十分の一とはいえ、かなり多い。魔力で縛り付けるのに、体力と魔力を大量に消耗する。
 元から短期決戦のつもりではあるが、なるべく早く切り上げたい。

 冒険者カードを取り出して、リートグルクにつないだ。
 出てくれたのは、ティールさんだ。

「……というわけなのですが、どうしましょうか」
「最善は拘束状態で生け捕りをお願いしたいところです。しかし、ご無理はなさらず……」
「わかりました」
 ヒイロに合図して、人の姿になってもらった。
 僕のアイテムボックスから縄を出し、二人がかりでアマダン王をぐるぐるに縛り上げ、意識を刈っておいた。
 このまま魔力を乗せた言葉で縛り続けるのは無理なので、魔力を消費し続けなくても拘束できる魔法を即興で編み出して施した。
「ふぅ……」
 全身を覆う倦怠感に、思わずため息が出た。
「ヨイチ、疲れた?」
「少しね」
 魔力を使いすぎた。こんなに減ったのは、久しぶりだ。
「転移魔法使える?」
「そのくらいは余裕だよ」
「じゃあ飛んだ後はぼく達に任せて。ヨイチは休んで」
「そうさせてもらう」


 任せると言っても、起きているつもりだった。しかし、リートグルクへ着くなり僕は膝をついてしまった。
「ヒキュン!」
「ヨイチ殿っ」
 出迎えてくれたティールさんと騎士団長さんが、慌てて僕に駆け寄ってくる。
「すみませ……少し、寝ます」

 猛烈な眠気に抗えない。
 僕は目を閉じた。



***



「あれ? リートグルクだよね、ここ?」
「モモちゃんに連れてきてもらったわ」
「そっかー……うん、そっか」
 家のベッドも豪華だけど、やはり王城は、客室とはいえベッドも段違いだ。
 宙に浮いているのではと錯覚しそうなほど寝心地のいいマットレスに、ふっかふかのクッション。
 室温は魔道具で快適に保たれているから、薄いシーツを胸元まで覆うだけで十分だった。

 そこに寝かされていた僕が目覚めて最初に見たのは、心配そうに覗き込んでいたヒスイの顔だ。

 僕が倒れたことは、ヒイロがすぐモモに伝えた。
 モモが転移魔法で飛ぼうとした時、ヒスイがモモの腕をがしりとつかみ、「連れてって」と懇願されて今に至っているそうだ。
 ヒイロとモモはいない。聖女誘拐未遂犯の首謀者は捕まえたが、メイドさんたちのことは心配だからと家に戻ってくれている。

「どのくらい寝てた?」
「二時間ほどね」
 上位魔人になった時の半分の時間で済んでいた。この調子で、いつか魔力枯渇くらいで眠ってしまうこともなくなるといいなぁ。

 とはいえ空腹は回避できそうにない。恒例の大食いタイムに突入した。

 部屋には既に大きなテーブルと、その上に数々の料理がスタンバイしてあった。
 部屋の隅には魔道具の料理用コンロが設置してあり、その上に乗っている鍋からも美味しそうな匂いが漂っている。
 とにかく空腹を落ち着かせるのが先と判断し、野菜と燻製肉やコロッケ等が挟まったロールパンサンドを片っ端から口に詰めていく。
 料理を作ってくれたのは主に王城の料理人さんだが、ドレッシングやソースはヒスイが作り置きを家から持ってきていた。王城の料理人さんが「絶品」と褒め称えてくれたそうだ。お城の料理人とヒスイのコラボ、最強かもしれない。
 ヒスイの給仕に甘えて、並べられた料理を次々頂いていく。
 最後に寸胴鍋いっぱいのシチューを平らげて、ようやく落ち着いた。
「はぁ、ごちそうさまでした」
「いや見事な食べっぷりじゃのう」
「見てる方までお腹が空きますね」
「いたの!? じゃない、いらっしゃったんですか」
 僕が一息ついたところで、横からティールさんと王様の声がした。
「儂はいま来た」
「ずっといました」
 王様とティールさんが、やたらニコニコしながら次々に事実を述べる。
「すみません、気付かなくて……」
 食事に夢中で周りに気を配っていなかった。
 給仕は主にヒスイだったが、壁際には見事に気配を消した王城の侍女さんたちがずらりと並んでいた。
 こんなに人の気配に無頓着だったのは初めてかもしれない。

「あれの一回目の尋問は済んだ」
 僕がお茶を飲み干すのと同時に、王様が告げた。
「どうでしたか?」
 王様がティールさんを見ると、ティールさんは一つ頷いて手にした書類を見ながら教えてくれた。

 まず、あの魔物化、というか魔族化したものはアマダン王で間違いないこと。
 アマダン王は尋問の最中に身体が人間に戻り、お城での魔道士が[鑑定]してみたところ、種族が項目ごと消えて、レベルも2になっていたそうだ。
 その後は、記憶はあれど己の愚行を認めたくない、と錯乱状態になり、今は気絶したように眠っているとか。


「スタグハッシュとの関係は、まだ聞けておりません」
「えっと、その……」
「ヨイチ殿や聖女達に、謝罪の言葉はありませんでした」
「……そうですか」
 別に謝罪が欲しかったわけじゃない。それでも、召喚自体を悪いと認識していない事実が苦しい。
「アマダン王――最早、元王ですが――彼の尋問や処遇はこちらにお任せください。ヨイチ殿が接しても、百害あって一利なしです」
 ティールさんの言葉に、リートグルク王もうなずく。
「お願いします」
 僕も二度と会いたくなかった。



「ではおやすみなさいませ」
「あの」
「ではまたな」
「その」
「寝ましょう?」
「待って」

 客室の扉が無情に閉まる。
 僕はお城の魔法医さんの診察で「今日はもう魔法使っちゃいけません」と言い渡され、ヒスイと共に城に泊まっていくよう勧められ、同じ客室に、ヒスイと二人きりになりました。

 待ってって言ったのに。

「あ、お風呂はそちらの扉の向こうです」
「そうじゃない」
 一旦開いた扉からティールさんが顔を覗かせ、言うだけ言うとまた閉めた。
 なんか今日に限って他の客室が全部埋まってるらしい。んなアホな。このお城の広さくらい知ってるぞ。

「……僕はあっちのソファーで」
「これだけ大きなベッドですもの。一緒でも大丈夫よ」
 なんだこれ。ヒスイにまで躊躇がない。僕の常識がおかしいのか?
「さ、先に寝ててよ。僕さっきまで寝てたからあまり眠くなくて」
「ヨイチくん」
「わぶ!?」
 ソファーに座ったままの状態で、立ち上がったヒスイに抱きしめられた。
 その、胸が! 顔に当たるどころか埋まってますが!?
「あのね……。…………。ううん、なんでもない」
「もが……」
 ヒスイが何か言いかけてやめたり、僕も何か言おうとしたら余計に当たるので止めたり。
「ヨイチくん、疲れてるはずよ。眠れるわ」
 やがて、ヒスイが僕の頭を撫で始めた。ゆっくり、ちょうどいい力加減とリズムで。
「いつも助けてもらってるわね。ありがとう」
「……」
 胸の感触で僕は色々とそれどころじゃない。柔らかいし、温かいし。

 しばらく動けずにいたら、胸が、じゃない、ヒスイが僕を離した。
「眠れそう?」
「うん……」
 事実、不思議なことに眠気が襲ってきていた。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
 僕はなぜかヒスイの言うことに逆らえず、大人しくベッドに入り、そのまま眠った。



 翌朝、すぐ隣で無防備に眠るヒスイを見つけて、悲鳴を上げかけた。
「いや、マジで意味わからないんだけど……」
 僕がこっそり呟くと、ヒスイは幸せそうな顔で寝返りを打ち、僕の方へ手を伸ばした。
 思わず触れると、手を握られた。
「ヨイチくん……」
「起こしちゃった? まだ早いよ」
「すき……」
「え?」

 ヒスイはすうすうと心地よさそうに寝息をたてていた。
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