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第二章

21 返却

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 椿木はスープを食べた後再び眠り、今度は三十分程で起きた。
 というか、聖属性の治癒魔法で体力を回復させまくって起こした。

「うう……あれ? ここは……」
 ベッド近くの椅子に座り、治癒魔法をかけ続けること三十分。やっと起きてくれた。どれだけ消耗していたんだ。
「え……えっ、わっ、あ」
 椿木は僕を見るなりベッドの上で立ち上がり、壁際に後退った。
「な、なんっ、なんでっ!?」
「何もしないよ。暴れるな」
 実際、予想以上に消耗した。これ以上椿木に魔力を使うのは避けたい。
「うわああああっ!!」
 暴れるなと言ったそばから、椿木は自分の周りに闇魔法を展開した。
 しかし全て不発に終わる。
「は!?」
 部屋の真ん中ではヒイロが伏せの状態で待機し、この場に魔法無効の結界を張っている。僕でも本気でかからないと破れない程のものだ。
「この部屋には魔法が使えないように結界が張ってある」
 誰が術者かは言わず、事実のみ伝えた。
「城の近くの瘴気溜まりを消したら、お前がやってきて『返せ』と言ったな。何をしていたのか全部話せ」
 こいつらに復讐する気は無いが、今後許すこともない。
 だから病み上がりだろうが何だろうが、優しく接したりしない。
 ……と、断固たる決意で椿木と接していたのに。

「ご……」
「ご?」
「ごめんなさいごめんなさい! あの時不東に逆らったら、ぼ、ボクが、殴られ……横伏は、横伏はいつも耐えてたからっ! 大丈夫だと思って……ごめんなさいっ!」

 土下座からの聞くに堪えない謝罪と言い訳の羅列を聞き流し、いいからはよ話せと何度か促してようやく話しだした。



***



 何日経ったのか、日も差さず時間を計るものがないから感覚が失せていた。
 城の地下牢に集めた魔物の死骸からは、ひっきりなしに新たな魔物が湧いた。
 ボクはそれを、自分の命を守るためと、こんな状況にした不東への復讐のために倒し続けた。
 魔力回復ポーションは、在庫が尽きたと早々に供給を打ち切られた。
 食事は、一食に丸パンひとつだけ。
 睡眠はほとんど取れなかった。

<レベルアップしました!>

 レベル45を超えても、ボクはやめなかった。
 時折兵士や神官が確認に来ても、まだ足りないと言い張った。

 極限状態って本当に感覚が研ぎ澄まされるんだね。
 魔法に使う魔力の消費量が減り、魔力や瘴気の気配がわかるようになった。
 瘴気は地下牢だけじゃなく、魔物を運んできた経路にも煙のように残っていた。
 煙は外の瘴気を吸い込むように集め、地下牢に送り込まれてきた。
 お陰で魔物には困らなくなった。

 こんなことを考えている時点で、ボクの正気は一度失われていたと思う。

 一日に三つの丸パンの殆どを口にすることなく、眠らず、魔物を倒すための魔法だけを放つ。
 疲れない。怪我をしても痛くないので放っておく。もっと魔物を、経験値が欲しい。
 手段が目的になっていた。


 外からの瘴気がぷつりと途絶えた。
 ボクの瘴気を、誰かが排除したんだ。
 兵士や神官がボクの前に立ちはだかろうとしたから、転移魔法で外に出た。

 後は……横伏が知っているとおりだよ。



***



「散々瘴気に触れたから、まともに考えることもできなくなってた。……どうしてボクを助けた?」
 話すうちに頭の整理ができたらしく、今はベッドに腰掛けて、僕の目を見て会話している。
「話が聞きたかったから、話せる状態にした。用は済んだから、もう出ていってもらう」
 不東が最悪の斜め上をやってる件については、流石に気の毒に思う。
 だからって椿木に同情する気持ちになれないのは、薄情だろうか。
「自分でも馬鹿だと思うけど、何度も死んでようやく、自分が横伏にやったことを理解したよ。ちゃんと出ていくし、二度と顔を見せないよう努める。……お世話になりました」
 椿木が立ち上がったところで、部屋の扉をノックされた。ローズだ。
 ローズが硬い顔で部屋に入ってくると、椿木がピキッと固まった。
「天使……」
「てんし?」
 後で訊いたら、ローズは椿木に名前を教えておらず、椿木が勝手に天使と呼んでいるとのこと。

「これ」
 ローズがお仕着せのポケットからブローチを取り出した。
「も、持っててくれたの?」
 椿木は感動に打ち震えているが、ローズは顔をしかめてブローチを椿木に突き出した。

「ずっと持ってた」
「気に入ってくれたの? よかっ……」
「返すために」
「え……?」

 なかなかブローチを受け取らない椿木に業を煮やしたローズが、椿木の手を無理やり掴み、ブローチを押し付けた。
「椿木だって知ってたら、助けなかった」
「なっ」
「トウタは恩人。恩人を殺そうとした人になんか、二度と関わりたくない。早く出てって」
 ローズは言うだけ言うと、部屋から出ていった。
 あんなに怒ってるローズ初めて見たよ。怖かった……。
「えと、まあその、そういうことだから」
 塩の柱にでもなりそうな程ショックを受けた椿木が我に返るまで、三十分はかかった。



***



「消えたぁ?」
 部屋で女の子を侍らせてくつろいでいたら、兵士と神官があわてて飛び込んできた。
 椿木が地下牢から消えたらしい。
「転移魔法を使って城の外へ出た様子なのですが、その後の足取りが全くつかめず……」
「何としても探してきてよ。でないと、また兵士でレベリングするよ?」
「っ!? ですが手がかりのない分、捜索には時間がかかると予想されます。その間、地下牢の瘴気を抑えていただけませんか」
「やだよ。椿木がいないなら、それ要らない。燃やせばいいんじゃないの?」
 簡単なことだよなぁ。何言ってるんだこいつら。
「地下牢には火災防止の魔法が掛かっています、火は使えません」
「知らないよ。なんとか片付けといて」
 よし、話は終わり! って意味で兵士と神官に出てけとジェスチャーした。
 兵士が何か言いかけたのを、神官が制して、素直に出てってくれた。

 女の子といい雰囲気になってきた時、また誰かが飛び込んできた。今度は兵士だけだ。
 文句を言う前に、兵士が金切り声で叫んだ。
「勇者殿っ! 魔物がここまで迫っております!」
「えー」
 折角もうすこしで……。でも兵士の形相を見たら、マジヤバイってすぐに分かった。
 仕方ない。勇者様が魔物を片付けますか。

 愛用の剣を持って部屋の外に出ると、文字通り目の前に魔物が迫ってきてた。
 真っ黒で人みたいな形をしたやつだ。
 剣で叩き切ると、呆気なく消えた。
「よし。片付いた」
「まだですっ!」
「は? ……うえええええ!?」
 通路の向こうが凄いことになってた。
 今倒した真っ黒いやつが、うじゃうじゃいる。
「面倒くせぇな、ったく! 死にたくなきゃ避けろよ!」
 通路にひしめいてる奴ら向かって、剣を思いっきり振る。オレがこれをやると、衝撃波が飛ぶ。衝撃波は黒い奴らを巻き込んで、通路の奥の壁にぶつかった。これで黒い奴らはほぼ全滅した。
「まだあちらに!」
「はあ!?」
 兵士が別の方を指差す。何度か衝撃波を放ち、時々兵士を巻き込みながら魔物を倒していて、いつのまにか地下牢へ降りる階段前にいた。
「んだよ、結局ここに来るのか」
 オレを案内していた兵士は他の兵士と一緒に果敢にも突っ込んでいく。
「ツバッキー、帰ってきたら殺す前に一回殴る」
 椿木を呪いながら、渋々後に続いた。

「臭っ」
 糞より酷い、とにかく嗅いだことのない臭いがする。
 鼻をつまみながら階段を降りると、兵士たちが瘴気から湧いてくる黒い魔物相手に奮戦していた。
「うえー、ツバッキーよくこんなところで頑張ってたなぁ」
 そう仕向けたのはオレだったわ。ちゃんと言いつけを守って、最初に置いといた魔物の死骸には手を出さずにどんどん死骸を増やしていたらしい。
 しかし、おかしいな。こんだけ倒したらとっくにレベル45にはなってたんじゃないのか?
「ま、いっか。おい、どけどけー」
 兵士たちを下がらせて、衝撃波を何度か打ち込む。近づきたくないから上手く当たらず、何回もやる羽目になった。疲れるなぁ。
 湧いた魔物も最初の死骸の山も、なにもかも吹き飛ばして粉々にした。これでもう瘴気は湧かないだろ。
「終わったよな?」
 見た目はグチャグチャだけど、もう魔物は見えない。なのに、臭いが消えない。床や壁に染み込んじゃったのかな。
「消臭剤ってない?」
「消臭? 匂いをつける香水ならございますが、消すものは聞いたことがありません」
「じゃあ香水でいいよ。なんかいい香りのやつ、このあたりに撒いといて。あとオレにもひとつちょうだい」
 自分の身体にも臭いが染み込んでる気がする。早く風呂に入りたい。
 剣を担いで地下牢に背中を向けた時、足元がぐらっと揺れた。
「ん? 地震?」
 日本生まれ日本育ちのオレだから、不謹慎にも妙に懐かしさを覚えてしまった。
「ひいいいいっ!?」
「何が起きているんだ!?」
 兵士たちは情けないほど怯えて、腰の抜けたやつまでいる。おいおい、震度3くらいだろ?
「ただの地震だろ、なんでもな……」
 茶化してやろうと振り返って、それと目が合った。

 なんだ、あれ。

 ガリッガリに痩せたシワシワの男が、真っ黒いローブを着て宙に浮いていた。
 半透明だし、もしかして幽霊?
 顔がなんとなく椿木に似てる。
 え、もしかして椿木死んじゃった? 蘇生間に合わなかった? そんで、化けて出た?
「あー、うん。ごめん。まさか死んでたとは……。もう遅いかもしんないけど、神官つれてくるわ。駄目だったとしてもちゃんと弔ってもらうからさ、成仏して?」
 椿木だと想定して話しかけてみた。
 しばらく沈黙の後、幽霊は凄まじい笑みを浮かべた。


 は、は、は、は、は、は、は、は、は……。


 笑い声なのに、恐怖しか感じなかった。内蔵をひっくり返されるような感覚に、吐き気がする。
 兵士たちに至っては、半分くらい気絶してる。
 オレが抜けそうな腰に気合いを入れて頑張っていると、幽霊はオレをちらっと見て、鼻で笑いやがった。腹が立ったけど、怖すぎて動けねぇ。

 幽霊はそのまま、スッと地下牢から出ていった。

「た、助かった、のか……?」
 声を出し動けるようになったのは、幽霊がいなくなってかなり時間が経ってからだった。
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