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第二章
17 馬が通れない悪路を重い荷物背負って運ぶお仕事
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腰を落として踏み込み、一人だけ一歩引いたところにいる顔に傷跡のある男の顎に掌底を食らわせた。
男はものも言えずに吹っ飛び、誰も居ない場所に仰向けに倒れた。
「こいつ……ぐあっ!」
振り返った僕に向かってきたやつの腕を掴み、捻り倒す。最近練習していた土魔法を使い、地面から蔦を生やして縛り付ける。
残りの三人がそれぞれ剣を抜き、周囲から悲鳴と怒号が上がる。対する僕が丸腰なせいだろう。
僕は孤児院に武器なんて物騒なものは持ってきていない……というのは嘘になる。マジックボックスの中には弓と剣の予備が入っているし、弓懸の腕輪は常に身につけている。取り出すつもりは無い。
蔦で三人の手から剣を奪い取り、子供たちに見せた風魔法で、男たちの身体を浮かせた。そのまま高く高く……孤児院の屋根より高く浮き上がらせる。
身体も蔦で縛り上げてしまえば手っ取り早かった。浮かせた理由は、即興で椅子を浮かせた時に「あれ? これ人間くらいなら浮かせられるのでは?」と思いついてしまい、目の前に丁度いい実験体がいたからというかなり不純な動機だ。このことは誰にも言わず胸にしまっておこう。
「複数属性!?」
「こんなやつがいるなんて聞いてねぇぞ!」
「降ろせっ! 頼むっ!」
どうやら一人はガチの高所恐怖症らしく、全身をガクガクと震わせ本気で泣いている。……あ、失神した。
ちょっと申し訳ないので、失神した一人だけそっと地面に降ろし、他の二人はそのまま浮かせておく。
「聞こえるー? この魔法あまり得意じゃないんだ。効果範囲狭いから、下手に動くと落ちるよー!」
僕の声はちゃんと聞こえたようで、空中の二人は身じろぎ一つしなくなった。
効果範囲が狭いのは本当だ。ただし、対象の身体の周囲に風が吹くよう設定してある。動いても風がついてくるから、実際に落ちることはない。
最初に吹っ飛ばしたのと失神したやつは、他の人達が縛り上げてくれていた。
「助かりました、貴方にお怪我は?」
「ヨイチくん、怪我はない?」
外に出ていた子供たちを孤児院の中に避難させたヒスイと、孤児院の院長先生が僕の元へ走り寄ってくる。そして似たようなことを口にした。
院長先生は壮年のダンディなおじさんで、誰に対しても言葉遣いが丁寧な人だ。
「僕は無事です。怪我人はいませんか? 一応、治癒魔法が使えるので」
「なんと……。では、重ねて申し訳ないのですが」
何人かが、襲撃者に突き飛ばされたりして軽傷を負っていた。……怪我人の中には子供も何人かいた。
全員を治療し終えてから、まだ浮いている二人を見上げる。
「あの二人も降ろしますね」
「ぎゃあああああ!?」
風魔法を操って、地面スレスレまで自由落下させる。これで二人も無事失神したので、他の連中と同じように拘束した。
襲撃者たちを一箇所にまとめ僕と数人で見張りをし、他の人たちは壊されたものを片付けはじめた。
バザーは強制終了になってしまったが、商品は殆ど売れた後だったようで、見た目ほどの被害はでていないそうだ。
襲撃者が出てすぐ町へ向かった人が馬車と警備兵を連れて戻ってきた。
「では私は話を聞いてくる。すまないが、後を頼む」
警備兵と院長先生、孤児院の人たちの何人かが、襲撃者と共に馬車に乗り込む。行き先は町のどこかだから馬車を使うほどの距離ではないのだけど、パトカー代わりかな。
「手伝うよ」
「ありがとう。でも本当に大丈夫? 魔法使って、疲れてない?」
「平気。あのくらいの魔法、使ったうちに入らないよ。これ、あっちに運べばいい?」
見張りの任を解かれた僕は、ヒスイについて片付けを手伝った。
ヒスイが引きずるように持っていた木片の束をひょいと担ぎ、ヒスイに指示された場所へ向かいがてら、同じ場所へ運ぶものもついでに拾う。
「ごめんなさい、こんなことになるなんて」
僕が荷物を増やしながら歩く後ろをヒスイがついてきて、何故か謝罪された。
「ヒスイのせいじゃないよ。ていうか、子供まで怪我させるのは許せないね」
首謀者っぽいやつを最初に吹っ飛ばしたの、今考えると手ぬるかった。
「今までこんなことなかったのに、一体どうしてなのかしら」
不安そうなヒスイの声に振り返ると、ヒスイは完全に意気消沈していた。
拾い集めたガラクタを言われた場所へ下ろし、ヒスイに向き直る。
「しばらく僕が警備するよ」
「えっ、でもヨイチくんは仕事が……それに、孤児院じゃ報酬も……」
「全てはあいつらの事情次第だけどね。ヒスイが安心できるまで、僕がついてる」
ヒスイの悲しそうな顔って、一秒たりとも見たくない。どういうわけか心臓が痛くなる。
「でもヨイチくん、明後日からクエスト行くのでしょう?」
「……あっ!?」
完全に頭から消え去っていた。
***
「いいよ。主のお願いだし、ヒスイが元気ないのはぼくも嫌だ」
「助かるよ、ヒイロ。お土産何がいい?」
「ぼくは主の聖獣だよ。いちいちお礼なんてしなくていい」
ヒイロはいかにも忠犬らしく、シャキンと座り鼻先を上へ向ける。
しかし次の僕の一言で、そのポーズは崩壊した。
「この前の蒸し饅頭売ってるお店、キュアンが見つけてくれたよ」
「たべたい!」
僕の聖獣が人間の甘味にハマりすぎな件。
太らないといいんだけど。
孤児院を襲った連中は、私怨や計画犯ではなく、「子供の声が五月蝿かった」「むしゃくしゃしていた」という理由でやったと供述した。
しかしその場にいた人たちは、確かに聞いていた。
連中の一人が僕に向かって、『こんなやつがいるなんて聞いてねぇぞ!』と叫んだのを。
つまり、孤児院を襲えと指示したやつがいて、そいつに「孤児院には護衛や腕の立つ者はいない」と聞いていたことになる。
連中がなかなか口を割らないので、警備兵が背後関係を捜査中だ。
警備兵が協力的なのは、町で一番守られるべき場所を襲ったという証でもある。
じゃあなぜそこに警備兵を配備していなかったかというと、ヒスイが言っていたとおり、これまでそんな罰当たりなやつは居なかったのだ。
僕がボランティアで警備をするといっても、僕の本業は冒険者であるし、先日ランクSになってしまった。
孤児院の警備も大事だけれど、高危険度の魔物を討伐することも重要だ。
そこで、僕が警備できない間の警備をヒイロに頼んだ。
「ヒイロが番犬してくれるの? 頼もしいわ」
ヒスイに話をすると、ヒスイは僕の足元で誇らしげにお座りしているヒイロの頭をわしゃわしゃ撫でた。くすぐったい。
早速孤児院へヒイロを連れていき、院長先生にヒイロのことを話す。聖獣であることは伏せ、僕の使い魔ということにしておいた。
「これは頼もしい。しかし、子供には見せられませんな。きっと、離れがたくなってしまう。申し訳ないのですが、子供からは見えない場所で見守っていただくことは出来ますか?」
僕が恐れていたとおり、孤児院の子供たちは動物好きが多い。ちゃんと対策は練ってある。
「魔法で姿を隠しておきます。ヒイロ、やってみせて」
ヒイロが「ヒキュン」と小さな声で鳴き、魔法を発動させる。院長先生の膝に居たはずのヒイロは、ぱっと姿を消した。
「おお、魔法でこのようなことが。しかしちゃんとヒイロがここにいますね」
「これでどうですか?」
「全く問題ありません。当院に対してここまでして頂いて……」
院長先生が感極まったように言葉を詰まらせる。
「僕が好きでやってることなので。あ、あとヒイロは使い魔なので食事は必要ありません」
「ヒキュン!?」
ヒイロが姿を現し、素で非難の声をあげた。いや、最初に食事いらないって言ってたのヒイロ自身だったよね?
「本当に必要無いのですか?」
「僕の使い魔にとって食事は嗜好品なので。食べなくはないのですが与えなくても大丈夫です」
困惑する院長先生に、なんとか納得してもらった。
「大丈夫、約束のものはちゃんと買ってくるから」
「頼むよ」
ヒイロに意思疎通で言い聞かせると、「食べ物の恨みは恐ろしいよ」と言わんばかりのジト目で見つめられた。いったいいつからこんな食い意地の張った聖獣になってしまったのか。
***
チェスタたちと約束していたクエストに出掛け、予定通り一泊して帰って来たときには、孤児院襲撃事件は結末を迎えていた。
警備をやり遂げたヒイロに約束の品その他甘味の数々を与えると、尻尾をブンブン振りながら、戦利品を咥えて僕の部屋へ走っていった。
リビングでヒイロの背中を見送り、ヒスイに事の次第を話してもらった。
黒幕はミネアーチ伯爵という貴族で、孤児院を襲わせ困ったところへ私兵を派遣し、恩を売った後にとある孤児院の関係者との間を取り持って貰うつもりだったとか。
「ミネアーチってどこかで聞いたような……」
首を傾げていると、ヒスイが苦笑しながら教えてくれた。
「以前、私と婚約して、監禁しようとしてた人よ」
「あー! 思い出した。……え、って、まさか」
「私が狙いだったみたい」
ヒスイの顔が曇る。
「あの野郎、性懲りもなく……」
「ちょ、ちょっとヨイチくん!? 落ち着いて!」
僕がソファーから立ち上がろうとすると、ヒスイが止めてきた。
「一度痛い目に遭わせてやらないと気が済まない」
「もうこの町にいないの、だから座って、ね?」
「いない?」
人を使って神聖な領域である孤児院を襲ったこと、理由が完全に個人的な事情であること、怪我人が出たこと等の罪に加え、僕というランクS冒険者を警備に駆り出させ魔物討伐に支障をきたしたことの責任を問われ、労働奴隷送りになったそうだ。
「ランクSって、そんなことになるのか」
冒険者最高ランクと言われても実感がない。ただ高危険度のクエストが請けられて、お金稼ぎやすくなったなぁと思う程度だ。
「そうそう、ヨイチくんが最初に倒した人、以前私を捕まえようとしてた元ランクAだったよ。顔にわざと傷をつけて人相
変えてたみたい」
「そうだったの!?」
「冒険者ギルドの統括さんがひと目で見抜いてくれたから、伯爵と繋がったのよ」
だから最初に覚えのある気配だと思ったのか。
「ヨイチくん、あの人の顔覚えてなかったでしょ」
「ハイ」
素直に返事をすると、ヒスイは控えめに笑った。
男はものも言えずに吹っ飛び、誰も居ない場所に仰向けに倒れた。
「こいつ……ぐあっ!」
振り返った僕に向かってきたやつの腕を掴み、捻り倒す。最近練習していた土魔法を使い、地面から蔦を生やして縛り付ける。
残りの三人がそれぞれ剣を抜き、周囲から悲鳴と怒号が上がる。対する僕が丸腰なせいだろう。
僕は孤児院に武器なんて物騒なものは持ってきていない……というのは嘘になる。マジックボックスの中には弓と剣の予備が入っているし、弓懸の腕輪は常に身につけている。取り出すつもりは無い。
蔦で三人の手から剣を奪い取り、子供たちに見せた風魔法で、男たちの身体を浮かせた。そのまま高く高く……孤児院の屋根より高く浮き上がらせる。
身体も蔦で縛り上げてしまえば手っ取り早かった。浮かせた理由は、即興で椅子を浮かせた時に「あれ? これ人間くらいなら浮かせられるのでは?」と思いついてしまい、目の前に丁度いい実験体がいたからというかなり不純な動機だ。このことは誰にも言わず胸にしまっておこう。
「複数属性!?」
「こんなやつがいるなんて聞いてねぇぞ!」
「降ろせっ! 頼むっ!」
どうやら一人はガチの高所恐怖症らしく、全身をガクガクと震わせ本気で泣いている。……あ、失神した。
ちょっと申し訳ないので、失神した一人だけそっと地面に降ろし、他の二人はそのまま浮かせておく。
「聞こえるー? この魔法あまり得意じゃないんだ。効果範囲狭いから、下手に動くと落ちるよー!」
僕の声はちゃんと聞こえたようで、空中の二人は身じろぎ一つしなくなった。
効果範囲が狭いのは本当だ。ただし、対象の身体の周囲に風が吹くよう設定してある。動いても風がついてくるから、実際に落ちることはない。
最初に吹っ飛ばしたのと失神したやつは、他の人達が縛り上げてくれていた。
「助かりました、貴方にお怪我は?」
「ヨイチくん、怪我はない?」
外に出ていた子供たちを孤児院の中に避難させたヒスイと、孤児院の院長先生が僕の元へ走り寄ってくる。そして似たようなことを口にした。
院長先生は壮年のダンディなおじさんで、誰に対しても言葉遣いが丁寧な人だ。
「僕は無事です。怪我人はいませんか? 一応、治癒魔法が使えるので」
「なんと……。では、重ねて申し訳ないのですが」
何人かが、襲撃者に突き飛ばされたりして軽傷を負っていた。……怪我人の中には子供も何人かいた。
全員を治療し終えてから、まだ浮いている二人を見上げる。
「あの二人も降ろしますね」
「ぎゃあああああ!?」
風魔法を操って、地面スレスレまで自由落下させる。これで二人も無事失神したので、他の連中と同じように拘束した。
襲撃者たちを一箇所にまとめ僕と数人で見張りをし、他の人たちは壊されたものを片付けはじめた。
バザーは強制終了になってしまったが、商品は殆ど売れた後だったようで、見た目ほどの被害はでていないそうだ。
襲撃者が出てすぐ町へ向かった人が馬車と警備兵を連れて戻ってきた。
「では私は話を聞いてくる。すまないが、後を頼む」
警備兵と院長先生、孤児院の人たちの何人かが、襲撃者と共に馬車に乗り込む。行き先は町のどこかだから馬車を使うほどの距離ではないのだけど、パトカー代わりかな。
「手伝うよ」
「ありがとう。でも本当に大丈夫? 魔法使って、疲れてない?」
「平気。あのくらいの魔法、使ったうちに入らないよ。これ、あっちに運べばいい?」
見張りの任を解かれた僕は、ヒスイについて片付けを手伝った。
ヒスイが引きずるように持っていた木片の束をひょいと担ぎ、ヒスイに指示された場所へ向かいがてら、同じ場所へ運ぶものもついでに拾う。
「ごめんなさい、こんなことになるなんて」
僕が荷物を増やしながら歩く後ろをヒスイがついてきて、何故か謝罪された。
「ヒスイのせいじゃないよ。ていうか、子供まで怪我させるのは許せないね」
首謀者っぽいやつを最初に吹っ飛ばしたの、今考えると手ぬるかった。
「今までこんなことなかったのに、一体どうしてなのかしら」
不安そうなヒスイの声に振り返ると、ヒスイは完全に意気消沈していた。
拾い集めたガラクタを言われた場所へ下ろし、ヒスイに向き直る。
「しばらく僕が警備するよ」
「えっ、でもヨイチくんは仕事が……それに、孤児院じゃ報酬も……」
「全てはあいつらの事情次第だけどね。ヒスイが安心できるまで、僕がついてる」
ヒスイの悲しそうな顔って、一秒たりとも見たくない。どういうわけか心臓が痛くなる。
「でもヨイチくん、明後日からクエスト行くのでしょう?」
「……あっ!?」
完全に頭から消え去っていた。
***
「いいよ。主のお願いだし、ヒスイが元気ないのはぼくも嫌だ」
「助かるよ、ヒイロ。お土産何がいい?」
「ぼくは主の聖獣だよ。いちいちお礼なんてしなくていい」
ヒイロはいかにも忠犬らしく、シャキンと座り鼻先を上へ向ける。
しかし次の僕の一言で、そのポーズは崩壊した。
「この前の蒸し饅頭売ってるお店、キュアンが見つけてくれたよ」
「たべたい!」
僕の聖獣が人間の甘味にハマりすぎな件。
太らないといいんだけど。
孤児院を襲った連中は、私怨や計画犯ではなく、「子供の声が五月蝿かった」「むしゃくしゃしていた」という理由でやったと供述した。
しかしその場にいた人たちは、確かに聞いていた。
連中の一人が僕に向かって、『こんなやつがいるなんて聞いてねぇぞ!』と叫んだのを。
つまり、孤児院を襲えと指示したやつがいて、そいつに「孤児院には護衛や腕の立つ者はいない」と聞いていたことになる。
連中がなかなか口を割らないので、警備兵が背後関係を捜査中だ。
警備兵が協力的なのは、町で一番守られるべき場所を襲ったという証でもある。
じゃあなぜそこに警備兵を配備していなかったかというと、ヒスイが言っていたとおり、これまでそんな罰当たりなやつは居なかったのだ。
僕がボランティアで警備をするといっても、僕の本業は冒険者であるし、先日ランクSになってしまった。
孤児院の警備も大事だけれど、高危険度の魔物を討伐することも重要だ。
そこで、僕が警備できない間の警備をヒイロに頼んだ。
「ヒイロが番犬してくれるの? 頼もしいわ」
ヒスイに話をすると、ヒスイは僕の足元で誇らしげにお座りしているヒイロの頭をわしゃわしゃ撫でた。くすぐったい。
早速孤児院へヒイロを連れていき、院長先生にヒイロのことを話す。聖獣であることは伏せ、僕の使い魔ということにしておいた。
「これは頼もしい。しかし、子供には見せられませんな。きっと、離れがたくなってしまう。申し訳ないのですが、子供からは見えない場所で見守っていただくことは出来ますか?」
僕が恐れていたとおり、孤児院の子供たちは動物好きが多い。ちゃんと対策は練ってある。
「魔法で姿を隠しておきます。ヒイロ、やってみせて」
ヒイロが「ヒキュン」と小さな声で鳴き、魔法を発動させる。院長先生の膝に居たはずのヒイロは、ぱっと姿を消した。
「おお、魔法でこのようなことが。しかしちゃんとヒイロがここにいますね」
「これでどうですか?」
「全く問題ありません。当院に対してここまでして頂いて……」
院長先生が感極まったように言葉を詰まらせる。
「僕が好きでやってることなので。あ、あとヒイロは使い魔なので食事は必要ありません」
「ヒキュン!?」
ヒイロが姿を現し、素で非難の声をあげた。いや、最初に食事いらないって言ってたのヒイロ自身だったよね?
「本当に必要無いのですか?」
「僕の使い魔にとって食事は嗜好品なので。食べなくはないのですが与えなくても大丈夫です」
困惑する院長先生に、なんとか納得してもらった。
「大丈夫、約束のものはちゃんと買ってくるから」
「頼むよ」
ヒイロに意思疎通で言い聞かせると、「食べ物の恨みは恐ろしいよ」と言わんばかりのジト目で見つめられた。いったいいつからこんな食い意地の張った聖獣になってしまったのか。
***
チェスタたちと約束していたクエストに出掛け、予定通り一泊して帰って来たときには、孤児院襲撃事件は結末を迎えていた。
警備をやり遂げたヒイロに約束の品その他甘味の数々を与えると、尻尾をブンブン振りながら、戦利品を咥えて僕の部屋へ走っていった。
リビングでヒイロの背中を見送り、ヒスイに事の次第を話してもらった。
黒幕はミネアーチ伯爵という貴族で、孤児院を襲わせ困ったところへ私兵を派遣し、恩を売った後にとある孤児院の関係者との間を取り持って貰うつもりだったとか。
「ミネアーチってどこかで聞いたような……」
首を傾げていると、ヒスイが苦笑しながら教えてくれた。
「以前、私と婚約して、監禁しようとしてた人よ」
「あー! 思い出した。……え、って、まさか」
「私が狙いだったみたい」
ヒスイの顔が曇る。
「あの野郎、性懲りもなく……」
「ちょ、ちょっとヨイチくん!? 落ち着いて!」
僕がソファーから立ち上がろうとすると、ヒスイが止めてきた。
「一度痛い目に遭わせてやらないと気が済まない」
「もうこの町にいないの、だから座って、ね?」
「いない?」
人を使って神聖な領域である孤児院を襲ったこと、理由が完全に個人的な事情であること、怪我人が出たこと等の罪に加え、僕というランクS冒険者を警備に駆り出させ魔物討伐に支障をきたしたことの責任を問われ、労働奴隷送りになったそうだ。
「ランクSって、そんなことになるのか」
冒険者最高ランクと言われても実感がない。ただ高危険度のクエストが請けられて、お金稼ぎやすくなったなぁと思う程度だ。
「そうそう、ヨイチくんが最初に倒した人、以前私を捕まえようとしてた元ランクAだったよ。顔にわざと傷をつけて人相
変えてたみたい」
「そうだったの!?」
「冒険者ギルドの統括さんがひと目で見抜いてくれたから、伯爵と繋がったのよ」
だから最初に覚えのある気配だと思ったのか。
「ヨイチくん、あの人の顔覚えてなかったでしょ」
「ハイ」
素直に返事をすると、ヒスイは控えめに笑った。
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