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第二章

9 宴の前と後

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 巣の消えた荒野には、冒険者が五十人ほど集まっていた。
 辺りはすっかり薄暗くなっていたので、その日のうちに帰るのは諦めた。
 大きなキャンプで、商人たちもいるから魔除けの魔道具の準備は抜かりない。
 アトワ、キュアンと合流し、パーティ四人とヒイロで焚き火を囲む。
 遅くなった夕飯を食べながら、巣での出来事を語り合っていた。

 そこへ、シアーダが割り込んできた。

「どういうことだ、新人! どうしておまえが核破壊の光を纏っていた!?」

 核を破壊した人に起きる発光現象は、何故か僕の身に起きていた。
 前と同じく少ししたら消えてしまったけれど、その場に居合わせた人たちの目には留まった。
 なにかの間違いだと言ったのに胴上げされた。今回も五回だったから、回数含めて恒例行事なのかな。

 ランクA臨時パーティは胴上げの後に解散した。マイルトが「事後報告は私とシアーダでやっておきますね」と騒ぐシアーダを連れていってくれていたのに。わざわざ僕を探し出し、今ここで大声で喚いている。暇なの?
「僕だって知りませんよ。僕の武器を使ったからじゃないですか? ていうか剣返してください」
 アルマーシュさんに無理を言って見繕ってもらった剣だ。
 僕は剣とは本当に相性が悪いらしく、しっくりくるものがなかなか見つからなかった。アルマーシュさんのアイデアで、柄を魔道具の弓と同じ素材と造りにして、ようやく手に馴染んでいた。
 核破壊後、ごたごたしていて未だに返してもらっていない。

「これは証拠の品だからな! ギルドで全部バラしてやる!」
 腰に下げた柄に無理やりねじ込んだ僕の剣を庇うように体をひねり、憎々しげに言い放つ。
「やめておきなさい。これ以上悪事を重ねないほうが良いですよ?」
 シアーダの後ろから静かな声がした。マイルトだ。

「悪事だぁ? 重ねてるのはこいつだろう」

 僕を指差すシアーダに、マイルトが冒険者カードを突きつけた。

『な、なんだよ、大したことないじゃねぇか。よし、あとは俺に任せろ!』
『お、まえ、手柄を独り占めする気だな!? 妙な術を解けっ!』
『じゃあさっさと核を破壊してくださいよ』
『おまえの剣を貸せ! 魔法でも掛かっているんだろう? 俺の剣は普通の剣だからな!』

 冒険者カードから、巣での会話と不鮮明ながら映像が再生された。

「なんだよ、それは……」
「ランクS冒険者に支給予定の最新式冒険者カードの試用品です。改めて自己紹介しますね。ランクZのマイルトです」
 マイルトは優雅にお辞儀をした。
「ランクZ?」
「ええ。表向きはAとして活動しています。こういう不届き者を調査するために、ギルドの犬をやっているのです。それで、シアーダ? 貴方私が再三注意を促しても、態度を改めませんでしたね」
「い、いや、その……」
 シアーダは先程までとは打って変わって、青ざめた顔で狼狽えている。
「そして巣の下層部では、仕事を放棄しヨイチとチェスタに負担を強いて、あまつさえ核の破壊においてはヨイチの邪魔をした。……武器まで奪って」
「あれは俺が手伝ってやったんだ! 実際に核を壊しているのも俺じゃないか!」
「この証拠があっても、まだ言い張りますか。いいでしょう、続きはギルドで聞きます」
 マイルトが足を踏み鳴らすと、シアーダの足元から蔦が生えてシアーダを絡め取った。
「なんだこれっ!?」
「皆さん、お騒がせしました。詳しくは後日お話しします。それでは」
「あ、はい……」
「っと、剣はお返ししますね。そちらの剣を渡して頂けますか」
「はい」
 急な展開に頭や感情がついてこない。剣が返ってきたのはホッとした。
 マイルトは再び足を踏み鳴らすと、シアーダと共にフッと消えた。転移魔法かな。



「ランクZって何?」
 我に返った僕がチェスタ達に問いかけると、チェスタ達も気を取り直した。
「マイルト本人は犬などと蔑称していたが、ギルドに属する冒険者の番人だ。村や町のならず者は警備兵が取り押さえるが、冒険者はそこらの警備兵より腕が立つからな。冒険者専門の警備兵ってところか。ランクA以上の腕の持ち主で、さっき見せてたようなギルドの最新鋭の魔道具の使用許可が下りている」
「マイルトがそうだったとはねー。火炎魔法しか使わないって話も、周囲を油断させるためかしら」
 地面から蔦を生やすのは土魔法だ。僕も持っている属性なので、試しに少しやってみた。……地面から少しだけ草が生えた。難しい。
 マイルトが最後に使ったのはやはり転移魔法だった。属性を問わず、空間に干渉する技術が必要になってくるらしい。便利そうだから覚えたいなぁ。
「ヨイチならできるよ。やってみなよ」
 ヒイロが不意にそんなことを言い出す。
「身に覚えがないのだけど」
「さっき見たでしょ?」
「見たけど、理屈も何もわからないし……」
「マイルトも理屈なんてわかってないよ。大丈夫、ぼくが保障する」
「じゃあ後で少し試してみる」
「うん」
 ヒイロは言うだけ言うと、ふわあと大きく欠伸をして、その場で丸くなった。
「ヒイロ、寝るなら毛布を」
 あっという間に寝息を立てはじめたヒイロをそっと抱き上げて、毛布の上に移動してやった。
「こいつには助けられたな。礼は何がいいか、聞いておいてくれないか」
 チェスタがヒイロの寝顔を見ながら、真面目にきいてくる。
「わかった」
 ヒイロなら「ヨイチのためにやっただけだから」ってお礼は断りそうだ。もしくは、美味しい食べ物を欲しがるかな。

「ここにいたか! 巣ではありがとうな」
 食事を済ませて談笑していると、他の冒険者が何人か集まってきた。
 巣で助けたパーティの人がチェスタを覚えていて、本当にお礼を携えてきた。
「リートグルクで流行ってる葡萄酒だ。貰ってくれ」
「おお、ありがとう」
 お酒好きなチェスタが顔を輝かせる。
「ヨイチは飲めるか?」
「いや、遠慮しとくよ」
 この世界ではお酒に年齢制限は無い。だから十七歳の僕でも飲める。
 お酒事情を知った時に家で皆でお酒を飲んでみたこともある。
 一番強かったのはヒスイと僕。次がローズで、ツキコは完全に下戸だった。
 ただ、お酒の味が美味しいとは思えなかったので、僕にはまだ早いと悟ったのだ。
「じゃあお前さんにはこっちだ」
 手渡されたのは、大きな葉っぱに包まれた何かだ。開けると、甘い香りの漂う饅頭が入っていた。
 半分に割ってかぶりつく。こしあんのようなジャムが程よい甘さで、疲れた体に沁みる。
「美味しい!」
「そうだろう。リートグルク饅頭ってんだ」
 こっちの世界にも地方饅頭あるんだ……。
「いいにおい……」
 何故かヒイロが起き上がり、僕の足元へとぼとぼやってきた。饅頭を覗き込んで臭いを嗅いでいる。
「なんだ? ワンコも食べるか」
「食べたいみたいです。あげてもいいですか?」
「お前さんにやったもんだ。好きにしてくれ」
「ありがとう。ほら、ヒイロ」
 一口大に千切って口元に持っていくと、ぱくりと食べた。
「おいしい」
 眠気はどこかへ吹き飛んだらしい。目を輝かせて尻尾をぶんぶん振っている。甘いものも好きだったのか。
「美味そうに食うなぁ。じゃあこれもやるよ」
 結局饅頭の包み以外にも食べ物を両手いっぱいに渡された。
 気がつけばチェスタ達は酒盛りを始めていて、巣で出会ったパーティは勿論、初めて会うパーティの人たちとも賑やかにしている。
 僕も断りきれずにお酒を一杯だけ飲んだ。やっぱり美味しさはわからない。
 誰かが歌ったり踊ったりしはじめる。
 楽器を持っている人までいた。
 歌ってるのアトワだ。普段の話し声からは想像がつかないほど、よく響く。上手いなぁ。

 楽しい気配に囲まれて、僕はいつの間にか眠りに落ちていた。



***



 約十日ぶりにモルイの町へ帰ってきた。
 ギルドでの報告や手続きを済ませて、チェスタ達と一旦別れた。

 久しぶりの我が家は、また一回り大きくなったような気がする。勿論ツキコの仕業だろう。

「おかえりなさいませご主人さま」
 出迎えてくれたのはローズとツキコだ。ローズはお仕着せ、ツキコは作業中だったらしくシャツとズボンのラフな格好だ。
 なかなか飽きないなぁ、ご主人さま扱い。
「ただいま」
「ヒキュン」
「ヒイロ久しぶりぃ! モフモフー!」
 ツキコが早速ヒイロを抱き上げてモフり倒す。感覚の共有はだいぶ慣れてきて、ちょっとぞわぞわするけど我慢出来ないほどじゃない。
「ヨイチ、無事みたいで安心した」
「こんな長丁場になると思わなくて。ギルドから連絡入れてもらうように頼んだの、ちゃんと届いてた?」
「届いてた。でもやっぱり心配になる」
「ごめん、ありがとう」
「ねえ、お昼食べた? まだならプラム食堂行かない? ヒスイにも早く顔見せてあげて」
 ツキコが喫ヒイロからようやく脱した。背中くすぐったいと思ったら、ヒイロの背中に顔埋めてたのか。
「まだなんだ。行く」
 旅装の僕とお仕着せのローズはラフな格好に着替え、お留守番のヒイロを残してプラム食堂へ向かった。


「いらっしゃいませ……ヨイチくん!」
 店に入るなり、ヒスイが近寄ってくる。
「ただいま。心配かけてごめん」
「無事で良かった。皆でお昼食べに来てくれたの?」
「そう。ランチみっつ」
「はーい。少々お待ち下さい」

 あー、やっぱりここのランチ美味しい。
 自分で作る野営飯をパーティの仲間は喜んでくれてたけど、ここの味は段違いだ。
「ヨイチ、唐揚げひとつあげる」
「ローズのもあげる」
「いいの? ありがとう」
 食堂のおかみさんから「巣攻略祝い」と称してお土産を手渡された。中身は唐揚げとコロッケとポテトフライだ。

 そのままヒスイの仕事終わりを待って、皆で家に帰る。
「ヒイロ、プラム食堂の唐揚げあるぞ」
「ヒキュン!」
 眠っていたヒイロは唐揚げと聞くなり飛び起きで、僕の足元をくるくる周りだした。
 僕が食べれば食事は必要ないって言ってたのに、結局食べるのが好きなんだな。


 久しぶりの自宅で、家族に囲まれて美味しいご飯を食べて、僕は幸せな時間を過ごしていた。

 完全に油断していたから、外へ出た時に僕たちの後をつける気配に、全く気づかなかった。
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