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第二章

6 秒速退場金髪ビキニアーマー

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 知らない女性は部屋にズカズカと入り込んできて、出来上がったばかりのスープ鍋を見下ろした。
 入り込んできたといっても、ここは僕の部屋ではなく巣の一室ではあるけれど。

 大柄な女性は、ピッタリしたアンダーシャツとパンツの上から所謂ビキニアーマーにもう少し面積を足したような鎧を身に着けている。派手な化粧の乗った顔にゆるいウェーブのかかった長い金髪も相まって、魔物と戦う格好には見えないが、手にしている剣には血やその他の汚れがこびりついていた。

「ねえ、これ一杯ちょうだい」
「どちら様ですか?」
 人見知りコミュ障陰キャの僕の精一杯の牽制だ。
「あれ? 私を知らないの? それでここまで潜り込めて、その黒髪に目つき……あんたがヨイチか」
 相手は何故か僕の名前を知っていた。
 でもなんだか、答えたくない。

「じゃあ勝負よ勝負。私に一太刀浴びせられたら、スープは諦めるわ」
 話の流れが理解できない。どうしてせっかく作り上げたスープをご馳走する前提になってるんだ。
 助けてチェスタ、アトワ、キュアン。

 心の叫びも虚しく、三人が帰ってくる気配はない。

 僕は立ち上がり、足元でずっと威嚇しているヒイロを下がらせた。ヒイロが「グゥルルルル……」なんて獰猛に唸るの初めて聞いたよ。

 剣を抜き、剣の腹でぺちん、と女性の肩を軽く叩いた。

「はい。これでいいですか」
 女性の肩に剣を置いたまま、数秒。
「えっ、……えっ!? いま、いつ剣を」
 事態を飲み込んだらしい女性が、ようやく声を上げた。
 気づいてくれたことにホッとして、剣を鞘に収める。
「僕と仲間の分しか作ってないんです。お引き取りを」

 三人の位置を冒険者カードで探る。もう近くまで来ているけど、これ以上知らない人にスープを覗き込まれたくなかったから、そっと蓋をした。

 別の鍋から取り出した蒸し肉を切り分けている間も、女性はその場で呆然と立ち尽くしている。早く出てってくれないかなぁ。

「ただいまヨイチ! ご飯できてる? ……ああっ!?」
 キュアンが帰ってきてくれた。もうキュアンが女神に見える。
 女神は突っ立ったままの女性を見て、驚いている。
 続けてチェスタとアトワも帰ってきて、キュアンと同様に女性の姿を見て固まった。

「アルダがどうしてここに? ソロのランクAの出番はまだのはずだが」
 アルダって、アトワが苦手にしているランクA冒険者だったっけ。
 アトワの声に、アルダはようやく我に返った。
「待ちきれなくて先に来たんだ。お腹が空いたところにいい匂いがしたから寄ってみたんだが……勝負に負けたから大人しく去るよ」
 そう言って、あっさり小部屋から出ていってしまった。

「なんだったんだ……」
 脱力した。豪快と聞いていたけど、あれは強引の方では。

「勝負って、何をしたんだ?」
 チェスタに訊かれて、一方的にスープを賭けた勝負を申し込まれ、勝ったことを話した。
「隙だらけだったから、楽勝だったよ」
 まだチェスタ達には打ち明けていないが、僕の本職は弓だ。
 そんな僕の抜剣にすら気づかなかったのだから、あまり強い人じゃないのだろう。
「いやいやいやいや、アルダは剣の腕だけならランクSのアンドリューより上って言われてるんだぞ!?」
「そうなの? まあいいや、スープ冷めちゃうから食べようか」
「お、おう、そうだな」
 興奮しかけたチェスタにスープをよそったカップを手渡すと、チェスタは大人しく受け取ってその場に座り込んだ。


 食事を終え、一息ついていると再びアルダの話になった。
「いつも多めに作っているし、ヨイチなら少しくらい分けてやりそうだと思ったが」
 マジックボックスの中は時空が停滞している。鍋ごとのスープを入れておいても、中身は一滴もこぼれない。
 完全に腐らないわけではないから、何もかも入れっぱなしにするわけにはいかない。冷蔵庫より保つ、くらいの気持ちで便利に使っている。
 食事は食材を無駄にしないように作り、結果食べる分より多くなるため残りはマジックボックスに保管している。
 アルダに分けるくらいなら、余裕でできた。

 しかし、それをやらなかった理由がある。

「一度あげたら、ずっと付きまとわれる気がしたんだよ」

 初対面なのに、自分を有名人だと思い込んだ上での傲慢な態度。
 スープを「一杯くらいならいいじゃないか」と当たり前のように強請るのが当然といった考え方。
 自分の実力が上と信じた上での勝負の申し出。
 アルダの第一印象は最悪だ。

 更に、ヒイロがアルダに対してずっと威嚇をしていた。理由を聞いたら「ヨイチのごはんとられたくないのと、なんとなく嫌」というものだった。

 そう、なんとなく嫌だったのだ。

 ……という補足説明をする前に、アトワが「わかる」と深く頷いてくれた。

「巣の攻略に対しても、舐めて掛かっているしな。何のためにギルドが指示を出しているのか、わかってないようだ」
 チェスタは「あれがランクAかよ……」と遠くを見ている。
 キュアンまで、
「豪快だと褒め言葉よね。強欲で、わがままって言うのよ」
 なんていい出す始末。
「あの人と組むのか……」
「ヒキュン」
 僕が愚痴ると、三人とヒイロから同情と慰めをいただいた。



 翌朝、といっても巣の中で日は拝めない。冒険者カードのアラームで起きた。

 不寝番代わりに夜間攻略していた通称夜勤パーティが三十九層目まで踏破し、四十層目で危険度Cを確認したとの報告が入っていた。
 四十層目へ下る階段前で、夜勤パーティと情報交換する。
「ようやく危険度Cか。これは五十はあるな」
「ギルドも似たような見解だ」
 パーティリーダー同士でやりとりしている間、他の仲間は邪魔しないように耳を傾けている。
「あと何故かアルダがいるんだが、詳しい話は知らないか?」
 やっと危険度Cが発見された段階で、一人で勝手に潜っているランクA冒険者は目立つのだろう。
 しかも埋まっていくマップを見る感じ、攻略よりも下層へ進むことのみを優先している。
 つまり、魔物の殆どは放置。マップを埋める気もない。
「仲間がちょっかいをかけられたから、来ていることは知っている。待ちきれなかったらしい」
「はあ……。高危険度を率先して討伐してくれたら俺も文句は出ないんだが」
「まさか、Dを放置して進んでいるのか?」
「そのようだ」

 僕が本名の「トウタ」を名乗って攻略した魔物の巣は、全五階層の浅いものだった。
 スタグハッシュの連中が中途半端に手を出して失敗し、魔物が巣から溢れる寸前だったため、当時ランクCだった僕の単独突入が認められた。

 今回は、その時とは訳が違う。
 初動の段階でかなり深いと予測されていて、事実四十階層目でも終わりが見えない。
 これまで幾度となく魔物の巣を攻略してきたデータを基に、多くの冒険者が協力しあっている。
 地上の魔物はいつも通り発生するから、巣の攻略ばかりに目を向けてもいられない。

 だから高ランクの冒険者をできるだけ温存し、それ以外の冒険者が地道に頑張っているところなのに。
 アルダは単身で巣の完全攻略をする程の実力があるわけでもない上、自分の欲望のままに魔物の討伐すら拒否して進んでいる。
 どこまでも勝手なひとだ。

「ギルドへの報告は?」
「来ていることだけしてある」
「じゃあそれ以外はこっちでやっておく」
「助かる、頼んだ」



 夜勤パーティと別れて、下層へ向かって進んだ。
 四十層目は凡そ半分ほどマップが埋まりきっていなかったので、魔物を討伐しながらマップ埋めを優先した。
 ほかに二つのパーティが同時進行中なので、二度手間をしないために打ち合わせて進行箇所を大まかに区分けした。

 順調にマップを埋め、四十一層目に突入した。
 ここでも三つのパーティは担当を決めて進む。
 アルダのせいでマップがぐちゃぐちゃに埋まっているのは、一旦無視することにした。

<レベルアップしました!>

 巨大な蜘蛛の魔物を倒すと、巣に入ってから何度目かの神の声を受け取った。
 現在のレベルは210。
 スキルや属性、種族等に変化はない。レベルが一つ上がるのは、身長がいつのまにか一ミリ伸びているみたいなものだ。あまり実感が湧かない。

「ん? ねぇ、これなんだろう?」

 キュアンが足を止めてステータス画面を見つめている。レベルが上がったのだろうか。その割には、顔に困惑を浮かべている。
 他人のステータス画面は、そこにステータス画面があるということはわかるのだけど、覗き込んでも見ることが出来ない。
「[経験値上昇×10]っていうスキルが増えてたの。いつからあったのかな」
「えっ」
 声を上げたのは僕ひとりだ。
「心当たりあるのか?」
 チェスタに問われて、僕は少し迷った後、頷いた。

 チェスタたちにはまだ僕が異世界から召喚されたことや、スタグハッシュでのことを話していなかった。
 前半は、話せば信じてくれる人は多いと経験上わかってはいるけど荒唐無稽な話だし、後半は僕の黒歴史とも言える過去で、あまり掘り返したくない。

 だけど三人には随分お世話になっているし、信頼できる人たちだ。
 僕は巣を進みながら、できるだけ手短に今までのことを話した。
 そして少し前、[経験値上昇×10]に[鑑定]を使って判明したことも。



[経験値上昇×10]
 魔物を討伐することで得る経験値の量が通常の十倍になる。類似スキルとの重複有効。
 スキル習得条件:スキル[魔眼]を持つものの仲間であること。



「……ということなんだけど」
 天井から落ちてきたブルースライムを火炎魔法で焼き払いながら話を締めると、キュアンに抱きしめられた。
「!? キュアン?」
 キュアンは無言で僕をぎゅうぎゅう抱きしめ続けている。身長差があるから、僕に抱きついてる状態になってることはお構いなしだ。
 レッドスライムに風魔法で止めを刺したアトワも、こちらへ近づいてきた。
「異世界から人間を召喚する話は真実だったのだな」
「信じてくれるの?」
「ヨイチが嘘を付くはずないだろう」
 キュアンが僕から身体を離し、涙の溜まった瞳で僕を見上げた。
「スタグハッシュの奴ら許せない。ヨイチ、復讐するなら付き合うわ」
 そんなつもりはないと言う前に、チェスタが僕の肩に手を置いた。
「ヨイチは俺たちを仲間と思ってくれているわけだな」
「当然」
「なら、ヨイチを苦しめたやつらは俺たちの敵と同義だ」
 チェスタがらしくない表情でにやりと笑う。
「ありがとう。でも……」
 自分から復讐するつもりは全く無いと説明し説得するのに、かなり時間を食った。
 皆最後は納得してくれたけど、「その気になったらいつでも協力する」というのは断りきれなかった。
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