上 下
31 / 32

31 声

しおりを挟む
 魔物、残り一匹。

 どこにいるのか見当もつかず、一週間が過ぎた。
 しかも、冒険者ギルドは変わらず機能していたし、僕たち以外の冒険者は魔物を討伐していた。

「どうなってんだよ」
 自然とリビングに集まった皆のうち、ソファーでぐんにゃりしているジョーが苛立ちを隠さずに呟く。
「もうかれこれ二周してるのに、見つからないものね」
 ピヨラが地図を睨みつけたまま、返す。
 地図には二つ重なったバツ印が満遍なく付いている。
「デガさん。わたくし明日、教会へ行きます」
 フィンベルが所属しているのはドルズブラの隣国、レトナークの大教会だが、今ここで言う『教会』は聖石を購入したこの町の教会のことだ。
「教会行って何するの?」
「最後に神の声を聞いてから四ヶ月以上経ちますし、また別の声が聞けるかもしれません。それで、デガさんにも一緒に行って頂きたいのです」
「……なるほど。わかった」
 僕は聖女や聖者でもないのに、GODに直接遭ったことがある。
 神に近い場所へ行けば、また何か起きるかもしれない。
 起きなくても、他にやれることも思いつかないし、行ってみる価値はある。
「私たちは三周目突入してみるわ」
 地図を見すぎたのか、ピヨラは眉間をぐにぐにと揉んでいる。
「明日の結果次第でいいんじゃないかな」
「そうだな。明日は休もうぜ、ピヨラ」
「うーん、わかったぁ」
 ピヨラはぼんやりした返事を返すと、ジョーの横にどすんと座った。



 翌朝、早速教会へ赴いた。
「まあ、ミヒャエル様にデガ様。今日はどういったご要件で」
 僕たちがここへ来る理由は毎回、聖石の購入だった。
 いつものシスターが満面の笑みで出迎えてくれたが、今日は期待に添えず申し訳ない。
「道に迷いましたので、神のお側で祈りを捧げたく」
 当然、迷子になったわけではない。「神に祈りを捧げる」の前につける枕詞みたいなものだ。
 とはいえ今回は本当に迷っているわけだが。
「左様でしたか。では、こちらへどうぞ」
 聖石を買わなくてもVIP扱いだ。僕たちはすんなりと教会の奥の部屋へ通して貰えた。

 神の像がある祈祷室は大人が十人も入れば満員電車状態になるほど小さいが、どこか厳かな空気が漂っている。
 神の像は女神で、GODとは似ても似つかない。
「静かに祈りたいので……」
 その場に留まりたそうだったシスターにベルが声をかけると、シスターは「失礼しました」と行って退出していった。

「では、ひとまず普通に祈ってみますね。デガさんも良ければ、こう……」
 ベルが像の前で両膝をつき、両手を組む。僕がそれを倣うと、ベルはゆっくり一度頷いて像の方を向き、やや俯いて目を閉じた。
 僕も真似をした。



「やあ」
 場にそぐわない陽気な声を耳にして思わず立ち上がると、少年の姿をしたGODがいた。
 あたりの景色は、先日と同じく真っ白で、地面もない空間になっている。
「お前っ!」
 GODの胸ぐらをつかんだはずだが、GODはもう目の前に居なかった。
「野蛮だなぁ。……そう睨まないでよ。言いたいことはわかってるから。一旦落ち着いて? はい、深呼吸……」
「できるか!」
 背後から聞こえる声に振り返ったが、いない。
「できなきゃ話もできないよ」
 また声のする方を向くと、今度は青年の姿になっている。
「じゃあ、さっさと話せ」
「はいはい。最後の魔物の居場所は、堂努どうど清良きよらに伝えて、もう討伐は済んだよ」
「どうど……誰だ?」
「あれ? 君たち、お互いの本名も知らないの? 君がピヨラと呼んでいた少女だよ」
 こんなところで本名を知るとは。
 お互いハンドルで呼びあうのが普通になってて、本名で自己紹介するという発想自体が無かった。
「最後の魔物はどこにいたんだ」
「ドルズブラ城下町。下水道にスライムが一匹紛れ込んでたんだ」
「そんなの分かるかよ……」
「だから教えてあげたんじゃないか」
 肩を竦めるGODの姿は、青年と少年の間を行ったり来たりしている。

「さて、これで魔王と魔物は全て討伐された。魔王の角も集めた。願いを叶えてあげようじゃないか」

 GODはふわっと高く浮かぶと、今度は威厳に満ちた壮年の姿になった。
「その前に聞いておきたい。もし僕がこの世界の存続を願ったら、僕たちがいる世界はどうなる?」
「この世界がある限り、他の世界に影響が出ることは変わらない。この世界が存続したら、君たちの世界にも歪みが生じる。例えば……魔物が現れたりとか、ね」
 やっぱりか。
「もう一つ。この世界の人達を僕たちの世界に移住させることは可能か?」
「できるよ。ただし、この世界由来のものが残るということは、この世界の存続も意味する。結果は同じだ」
 これも駄目。
「……この世界と僕たちの世界、両方を救う術はないのか」
「無いね。さあ、そろそろ願い事を言いたまえ。こちらにも時間的制約というものがある」

 詰んだかな……。
 僕が言葉を発するのをためらっていると、GODが僕に、ずい、と顔を寄せてきた。少年の、生意気そうな顔だ。
「ほら早く」

 何か、何か良い方法はないのか。
 ……何も思いつかない自分に、腹が立った。

 その時。

<心理学を振りますか?>

 がした。
 目の前にGODがいるというのに。
 いや、心理学を振れと言った声と、GODの声は明らかに違う。
 GODはどんな姿をしていても男の声だが、いつも僕にダイスロールのことを伝えてくれる声は、女性だ。

 心理学。確か、宇宙的恐怖コズミック・ホラー系TRPGでよく振ったりGKがこっそり振ってたな。
 対人関係技能に関わるものだ。
 僕は頭の中で「Yesはい」を選択した。勿論、チートで大成功付きだ。

「早くしてよ。ここで失敗したら、権能が奪われちゃうんだよ」
 突然GODがそんなことを口走り、GODは自分で自分の言ったことに驚いて、手で口を抑えた。

<『説得』の判定をしますか?>
<説得:大成功。GODは何もかも喋る>

「権能が奪われる? 誰にだ」

「我は生まれたばかりの神だ。といっても、数千年は経っているから君たちより年上だよ。何度か世界を創ってきたけど、全部失敗してるんだ。今回は君たちが簡単に『世界』を創って遊んでいるのを見て羨ましくなって、真似した。実は今回も失敗すると、我は神としての権能を、上位の神によって奪われてしまう。だから君にこの世界を滅ぼさせて、我のせいじゃないことに……って、どうして喋っちゃってるんだ!?」
 GODの姿がまたブレる。動揺するとブレが大きくなるようだ。生まれたばかりの赤ん坊から、百歳をとうに超えた老人まで、様々な姿を行き来し始めた。

「上位の神ってのは、僕にダイスロールをさせてる神のことか」
「そう……だからっ! どうして喋っちゃうかな!?」
 GODはしきりになにかしようとしているらしいが、ことごとく失敗している様子だ。
 多分、僕のダイス目チートが仕事してくれているのだろう。

 これなら……!

 まだ、GODの「願いを一つ叶える」が有効なら、もうこれしか無いだろう。


「願いを言うぞ。この世界のすべての権限を、その上位の神に譲れ」



 最後に聞こえた名状し難い悲鳴は、GODの断末魔だったのだろうか。



*****



「……うわっ、ティッシュティッシュ」
 足元にコーラをこぼした僕は、ボイスチャットどころではなくなった。
 椅子に座ったまま靴下を脱ぎ、一旦コーラを吸わせてから、ティッシュで床と、椅子のタイヤを拭き取る。
 後で水拭きしないとベタベタになるだろうなぁ。
「どうしたー、デガー?」
 チャットに戻ると、皆が声を掛けてくれる。
「コーラこぼした」
「あらら」
「はっはっは」
「PCは無事か?」
「無事無事。……って、えっ、ここ、日本!?」
 僕が思わず叫ぶと、皆もざわついた。
「……本当だ! GODは? ……いない」
「ねえっ、ルールブックのデータが無い!」
「キャラシートも消えてる」

 僕たちが落ち着くのに、十数分を要した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

勇者、追放される ~仲間がクズばかりだったので、魔王とお茶してのんびり過ごす。戻ってこいと言われても断固拒否。~

秋鷺 照
ファンタジー
 強すぎて勇者になってしまったレッグは、パーティーを追放され、一人で魔王城へ行く。美味しいと噂の、魔族領の茶を飲むために!(ちゃんと人類も守る)

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

ざまぁから始まるモブの成り上がり!〜現実とゲームは違うのだよ!〜

KeyBow
ファンタジー
カクヨムで異世界もの週間ランク70位! VRMMORゲームの大会のネタ副賞の異世界転生は本物だった!しかもモブスタート!? 副賞は異世界転移権。ネタ特典だと思ったが、何故かリアル異世界に転移した。これは無双の予感?いえ一般人のモブとしてスタートでした!! ある女神の妨害工作により本来出会える仲間は冒頭で死亡・・・ ゲームとリアルの違いに戸惑いつつも、メインヒロインとの出会いがあるのか?あるよね?と主人公は思うのだが・・・ しかし主人公はそんな妨害をゲーム知識で切り抜け、無双していく!

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

処理中です...