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16 賢者、禁書を暴く

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「うーん」

 僕は自室で一人、椅子に座り頬杖をついて悩んでいた。
 扉を叩く音に、腕を組んだまま「どうぞ」と答える。

 入ってきたのは、お茶と菓子を携えたチュアだ。

「何を唸っておいでですか?」
「唸ってたか、僕は」
「はい。ずっと『うーん、うーん』って」
 無意識のうちに苦悩が口から出ていたらしい。

「先日の奴らのことや、僕自身のことでな。わからないことが多すぎて」
「はい」

 僕の身体は大きくなったまま、チュアやキュウに言わせれば「年齢相応」という姿だそうだ。
 身体の大きさが急激に変化する人間なんて、どんな本にも載っていなかった。

 先日の黒ずくめの連中は、一人ひとりが魔王よりも強そうな気配を放っていた。
 あれだけの手練を持っておいて、魔王に対しわざわざ噛ませ犬をぶつけようとしたのは何故か。

 城にいた頃や、討伐隊の旅の途中で同じ疑問にぶつかっても、僕は放置していただろう。
 その時その時でいっぱいいっぱいだったから。
 でも今は、悩む余裕がある。

「わからないといえば、キュウさんもですね。人と意思疎通が出来る獣なんて、聞いたことがありません」
 僕の足元で毛づくろいをしていたキュウが、顔を上げる。
「そうだった。妖魔とやらのことも、後回しにしていたな。人に危害を加えない魔獣とは聞いたが、キュウはどこから来たんだ?」
「わかんないっす!」
 わからないことだらけだ。

「何から手を付けるべきか……」
 最も気になるのは自分の身体のこと。
 だが、まず解明したいのは……。
「黒ずくめについて、だな」
 あの国は、魔王を倒せる術を隠し持ちながら、四人の人間を捨て駒扱いしたのだ。
 しかし、今更解明したところで、僕が旅した時間は帰ってこないし殺されかけた事実も覆らない。
「知ってどうするわけでもないことを知りたがるのは、変だよな」
 僕が自嘲気味に言うと、チュアは首を横に振った。
「いいえ。わからないことを放っておくよりは健全です。何より、エレル様には知る権利があります」
「知る権利……そうか、僕にも権利があるのか」
 魔王討伐の旅を終えるまで、僕に権利というものがあったかどうか、怪しい。
 休む権利、やりたいことをやる権利、美味しい食事をする権利……。全て、誰かに邪魔されてきた。
 今は、眠たければ寝てもいいし、やりたいことは何でもやれるし、チュアの美味しい料理を好きなだけ……は流石に自重するとしても、腹いっぱい食べても怒られない。
 知ること、調べることも、誰にも止められない。いや、止めさせない。

「決心がついた。城へ行ってくる」
「お待ち下さい!?」
 立ち上がった僕に、何故かチュアが慌てた。
「いきなり城へ乗り込むのですかっ!?」
「ああ。まずは城の……」
「む、無茶です! あの黒ずくめのような者たちが、他にたくさんいるのかもしれませんよ!?」
「見つからないようにする」
「城には隠蔽魔法や変身魔法ができないよう結界が張られています。いくらエレル様でも……」
「そうだったのか? 図書室へは時折、隠蔽魔法を使って忍び込んでいたが」
「えっ!?」
 どうやら無意識のうちに、結界を無効化する魔法を使っていたらしい。
「でっ、でも、攻め込むのは時期尚早かと」
「攻め込む? 何を言ってるんだ」
「違うのですか?」
「違う。図書室の奥の、禁書庫には入ったことがないからな。そこへ忍び込むだけだ」
「そ、そうでしたか。すみません、早とちりを」
 チュアが顔を赤くして俯く。
 背が伸びたので、チュアの頭の位置はかなり低くなった。
 以前は立った状態だと、腕を精一杯伸ばさなければチュアの頭に手が届かなかったが、今はこうやって、チュアの頭を簡単に撫でることが出来る。
「あの……?」
「どうした」
「私は何故頭を撫でられているのでしょう」
「撫でたくなった。駄目か?」
「いいえ」
 暫くの間、チュアの頭を撫でていた。



 この日の夜のうちに、城へ転移魔法で飛び、内部へ忍び込んだ。
 チュアに聞いたから結界魔法を警戒したのだが、やはり僕には効かないようだ。
 隠蔽魔法はきちんと働き、禁書庫の鍵も解錠魔法で簡単に開いた。
 警備が緩すぎるのか、僕の魔法が強いのか、僕には判断がつかない。チュアかキュウがいれば何か言ってくれるのだろうが、僕は二人を置いてきた。忍び込むのに人数は必要ないし、危険なことをするのは僕一人で十分だ。

 禁書庫の内部は本の入った箱、本一冊一冊にそれぞれ物理的な鍵と、魔法による封印が施されていた。
 ものを秘密にしておくなら、やはり一番厳重に封印されているものだろうか。
 逆を突いて、一番緩いものかもしれない。
 どちらにせよ、室内の本の封印をすべて解いてしまえば結果は同じだ。
 魔法で読み込み、記憶魔法に保存した。

 犯行に掛かった時間は一時間ほど。用は済んだので転移魔法で飛ぼうとすると、入った時は全く感知しなかった結界魔法に引っかかった。
 合図代わりであろう、極めて弱い火炎魔法がぽん、ぽんと空へ打ち上がる。
 罠だったか?
 急いで城壁を離れ、振り返ると、そこには黒ずくめが十数人いた。
 中には、先日チュアとキュウを傷つけた、あいつもいる。
 それどころか、僕が殺したはずのやつまでいる。

 答えは、先程読み込んできた禁書の中に、書いてあった。

「魔導複製生物」

 僕が答えを口にしても、黒ずくめ達は何の反応も見せなかった。


 強い人間とは何か。とある禁書は、多くの経験と魔力を持った人間である、としていた。
 切っ掛けは大昔の勇者だ。数多くの魔獣を討伐して人々から国王よりも支持を集めた人間がいた。
 国王は嫉妬し、勇者にあらぬ罪を着せて捕らえ、処刑した。――というのが、表向きの出来事だ。
 実際は、生け捕りにした魔獣を材料に、勇者の複製を造った。
 複製は魔力を持たなかったから、魔力を持った人間の魔力器を移植した。
 次に、勇者の「経験」を魔法で抽出し、複製に流し込んだ。
 仕上げに一年ほど人間と同じように生活させ教育を受けさせたら、悍ましい生物の完成だ。

 勇者の「経験」の魔法記録と、魔獣がいる限り勇者の複製は作り放題。
 ロージアン国が魔力持ちを執拗に集めていたのは、魔力器を奪うため。

 僕と教育係以外の魔力持ちを城であまり見かけなかった理由は、僕より年下の魔力持ちが生まれていないことと、一定の魔力量の持ち主は魔力器を奪われて既にこの世に居なかったためだった。
 僕は教育係に、魔力量を嫉妬されたおかげで命拾いしていたのである。

 魔導複製生物の中でも優秀な個体は、今目の前にいる黒ずくめ――イズナ、と呼ばれている――に抜擢され、国王の影の配下となるため、個人の記録が抹消されている。

 イズナになれる肉体は同じものが何体も保存されているので、同じ顔のやつが何人もいるのだ。


 イズナと静を保って対峙したのは、ほんの数瞬。
 一度目の呼吸が終わらないうちに、僕に魔法の雨が降ってきた。
 全てを、予め張っておいた結界魔法で無効化する。

 相手が人間でないと分かっていても、やはり殺すのは気分が良くない。
 片手を横に振って魔力で縄を編み、イズナたちを縛り上げる。
 こいつらは人の皮を被った別の生き物だから、人の急所は意味がないだろう。
 縛るだけでは心もとないので、なにかないかと禁書の内容をざっと漁って、人獣魔獣問わず相手の意識を奪う魔法を見つけた。
 早速使うと、イズナたちは縛られたまま、ばたばたと地面に倒れていった。
 便利な魔法だ。

 イズナたちをそのまま放っておいて、城の結界魔法の外へ出てから、転移魔法で家へ帰った。



「おかえりなさいませ!」
「おかえりっす! 無事っすか!?」
「戻った。無事だ」
「よかったっす!」
 足元を飛び回るキュウに、心底安心したとばかりにため息をつくチュア。
 僕も二人を見て、ようやく温かい場所へ戻ってこれたと実感が湧いた。

 だが、浸っているわけにはいかない。

「これから禁書の内容を精査する。部屋に籠もるから、しばらく声をかけないでくれ」
「お食事はどうなさいますか」
「食事の時以外は声をかけないでくれ」


 自室に大きめの、ゆったりとした椅子を魔法で作り出し、深く座って目を閉じた。

 禁書の内容は、魔導複製生物の他にも、人体実験の記録が多く書かれていた。
 ロージアン国の王族は代々、魔力を持たない。
 血筋で王国を繋いできたが、ここ数百年は魔力持ちの人間が台頭し、王位が脅かされることも二度や三度ではなかった。
 そこで、とある代の王が考えたのだ。魔力を奪えないかと。
 生きている人間に魔力器を移す実験はことごとく失敗に終わるも、最終的にイズナのような生物を生み出すことに成功する――。

 このあたりの知識だけで、僕はもう頭が痛かった。記憶の読み過ぎによる疲労ではなく、心情的に。

 それでも読み進めていくうちに、僕はある疑念を抱いた。


 単体で、過去の勇者、今の魔王を凌駕する力を持ったイズナたち。
 それの集団を一蹴できた僕は、一体何なんだ?



 すべて読み終わり、また別の事実を知った頃には、三日経っていた。
 最初の二回は食事を摂ったが、その後は呼びに来るチュアに「しばらく食事も要らない」と答えて、何も食べていない。
 部屋から出てくると、チュアとキュウが駆け寄ってきた。
「エレル様っ! 大丈夫ですか!?」
「二日も食べないなんて病気っす!」
 二人に心配された。
「すまん、どうしても集中したくてな。何か食べるものはあるか?」
「準備万端です!」
 チュアに引っ張られて食堂へ行くと、食卓いっぱいに冷めても美味しい系の料理が並べられていた。
「温かいスープはすぐ出せます。他にも……」
「いや、悪いが、今はそんなに入りそうにない」
「そうですか……」
 実際、食欲が湧かなかった。頭の中では疑問と真実がぐるぐると回り続けている。
 僕はチュアの料理だというのに大半を残した。
「やはり具合がよろしくないのでは」
「体調は問題ない。気になることが多すぎて……しばらく、外へ行かないか」
 確かめるためには、あの場所へ行かなければならない。
「外? お出かけですか」
「旅行、という程の色気はないが、何日か家をあけることになる」
「どこへでもお供します」
「おいらも連れてってくれる!?」
「勿論だ」

 僕たちは数泊分の荷造りをして、家を出た。
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