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12 賢者、転居する

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 町で勇者の噂を耳にした。

 なんでも、王城の貴賓室にひと月以上も居座り、豪遊した挙げ句に民から徴収した税を報酬として受け取ると、いずこかへ行方を眩ませたのだとか。
 税を搾り取られた民からは怨嗟の声が上がっており、城にほど近いこの町でも、「いくら魔王を討伐したとはいえ、勇者許すまじ」という気配が漂っている。

 何やってんだあいつら、と思わないでもない。
 もう僕には関係のない話だ。
 噂の中に、僕のことは一切出てこなかったし、向こうも忘れているのだろう。

 しかし、噂に「第三王女」の話が付随していたのが気にかかる。
 国は総力を上げて「第三王女」を探しているらしい。
 チュアの護りを増やしたほうが良さそうだな。

 そんな事を考えながら家へ向かっていると、家の前に誰かの気配があることに気づいた。
 町を出て人気のない場所で一旦解いていた変身魔法を、再び掛ける。

「またおまえか。二度と来るなと言っただろう」
 招かれざる客は、先日の狩人だ。
「違っ……! あんたたちが、『贈り物』をちゃんと受け取ってるか、確認しに来ただけで」
「あれはお前たちの仕業か。……他のやつにも、この家の場所を教えたな?」
 静かに暮らしたいのに、こうも知られてしまうと落ち着かない。
「う、だって、みんな、道のこと感謝してて……お礼しないと申し訳ないって」
「申し訳ないと思うなら、そっとしておいてくれ。……はぁ、全く。引っ越しを検討したほうがいいな」
「引っ越しちゃうのっ!?」
 いい森だったから惜しいと思う気持ちはある。
 それよりも何よりも、僕は人間と……チュア以外の人間と関わりたくない気持ちのほうが強い。
「『贈り物』は確かに受け取った。これ以上は不要だ。僕に対する最上の礼は『これ以上関わらないこと』だと心得ておけ」
「待っ……」
 僕はまだ何か喚く狩人を放って、素早く家に入り、魔法で厳重に鍵を掛けた。

「というわけで、引っ越そうかと思う。どこか、自給自足ができるなるべく人の居ない場所に心当たりはないか?」
「わかんない!」
「引っ越すのですか……」
 キュウには期待していなかった。
 それよりも、チュアが乗り気じゃないのが気になる。
「嫌か」
「嫌ではないです。ですが、その……」
 チュアは指に服の裾を巻き付けて、もじもじしている。
「何でも言ってみろ」
 何度か促すと、チュアはようやく口を開いた。
「森を変えずに、家だけ引っ越すわけにはまいりませんか」
「ふむ」
 チュアはどうやら、この森から離れたくない様子だ。
 僕の今の生活は、チュアなしでは有り得ない。
 だから、最大限チュアの希望は叶えてやりたい。
「わかった。もっと森の奥の、町からも離れた場所になるが、いいか?」
「はい。すみません、住まわせて貰っている身で、我儘を」
「何を言ってる。僕の方こそ毎日飯を作ってもらって、感謝している。チュアがいない生活など、もう考えられないからな」
「本当に料理しかしてませんけど……」
 チュアには料理に全力を注いでもらうため、他の家事や雑用は全て僕がやっている。
 魔法で出来ることばかりなので、微々たる労力だ。
 料理も魔法で再現できないかと何度か試したことがある。毎回、チュアの作る料理とはどこか違っていて、味気ないものにしかならなかった。
「十分過ぎる。じゃあ早速、次の場所を探すか」

 外へ出て、森の茂みをかき分けて進む。
 しばらくして周囲にだれもいないことを確認してから、目を閉じた。

「貸してくれ」

 人間は誰もいないが、野の獣はいる。
 近くの小枝に止まっていた小鳥の身体を借りて、森の中を飛び回った。

 人里と道から離れていて、水辺が近くて、なるべく平らな場所を、森に案内してもらって探す。

 五分ほどで良さそうな場所を見つけたので、小鳥の身体を返し、そこへ自分の足で向かう。
 今いる家のある場所と似たような場所がそこにあった。
 水辺の詳しい位置も、小鳥の身体を借りているときに把握済みだ。

 最初のときと同じように、森や木々に力を借りて家を造った。
 今度は、僕とチュアとキュウ、それぞれに私室と風呂厠つきの寝室を造り、居間と厨房は広く、食料庫は半地下に。
 水回りの魔法の設置も済ませ、倍の広さにした畑も耕しておく。

 ここまでで、二十分くらいかかっただろうか。
 粗方完成したので、チュアとキュウを迎えに行った。

「この家はどうなさるおつもりですか?」
 チュア達は荷物をまとめて待っていた。指示を出さなかったのに、準備がいい。
「放っておくよ。護りや水回りの魔法は解除しておく。例の奴らも、家が急になくなるより、人だけいなくなった方が、僕たちがどこかへ行ってしまったと理解しやすいだろう」
「そうですね。家具もこのままで?」
「ああ。運ぶより、あっちで作ったほうが早いからな」
「そんな事言えるのはエレル様だけですよ」
「そうか? まあいい。行くぞ」
 転移魔法を発動させてチュアとキュウと荷物を先に送る。
 僕自身は家中に残った魔法の痕跡を残らず消してから、後を追った。



「あの、エレル様。ここは私の部屋ですか?」
「そうだ」
「それでこちらは寝室と」
「ああ。気に入らない箇所があったら、何でも言ってくれ」
 新しい家につくと、チュアとキュウが落ち着かない顔をして辺りを見回していた。
 二人の部屋と寝室をそれぞれ案内してやると、チュアは久しぶりに目を見開いた。
「その表情、眼球乾かないか」
「気にしたことありませんっ! それよりも、この広い部屋を本当に私が使っても!?」
 土地がかなり広く平らだったことと、元王城に住んでいたなら前の家の部屋は狭かったんじゃないかと考えた結果、チュアが使う部屋は広めに造った。
「僕の部屋も似たようなものだ」
「エレルさま! おいらはエレルさまの部屋の隅にクッション置いてもらえれば十分っすよ!?」
 キュウは私室がある事自体、戸惑いがある様子だ。
「そうしたければそうしろ。部屋が空いても構わない」
「じゃあ、そうするっす」
 空室が二つ出来上がったが、邪魔なら潰せばいいし、荷物置き場にしてもいいだろう。
「最低限の家具は揃えておいたつもりだ。足りない家具があったら言ってくれ。すぐでなくてもいい」
「はい。ありがとうございます」

 家の中をざっと整え終えた頃には、夕食の時間になっていた。
「兎肉と茸の煮込みです。どうぞ」
 チュアは「安全な茸をひとりで採取できるように」と、茸について僕やキュウに聞いたり、町で図版付きの本を取り寄せて知識を蓄えていた。その甲斐あって、今日の料理に使われている茸はどれも、チュアが採ってきたものだ。
「うん、美味い。茸もなんだかいつもより美味いな」
「本に、美味しい茸の見分け方も載ってました」
「同じ茸でも、美味いのとそうでないのがあるのか」
 茸なんてどれも同じだと思っていた。
「はい。傘の開き具合や、内側のハリの良さ、軸の太さで見分けるのだそうです」
「なるほど。その本、読ませてもらってもいいか?」
「はい。後でお部屋へお持ちしますね」

 チュアに借りた本によると、僕が茸を採る際になんとなく選んでいたものは、全て「美味しい茸」とは真逆の性質を持っていた。
「傘が広がっていれば食べられる部分が多いし、軸なんて食べないから細くても良くて、内側なんて気にしてなかった……」
 ロージアン城の図書室にある本はほぼ全て読み切っていたはずだが、僕の持たない知識が書かれていた。
「よし、町の本屋の……いや、城下町の本屋の本を全て買おう」
「お待ち下さい。そんな事する人は庶民にはいません」
「むぅ、怪しまれるか」
 貴族でもない人間が店をまるごと買うのは珍しいらしい。
「町にも小さいですが図書館がありますよ。そこへ毎日、姿を変えて通うというのはどうでしょう」
「いい考えだが……」
「何か問題が?」
「変身の度に顔を変えるのは割りと面倒でな」
「それは困りましたね」
「いや、他に良案も思い浮かばないし、それでいこう」
 流石に毎日というわけにはいかず、魔法薬売りの日のみに限り、図書館へ通うのが僕の新たな習慣になった。



*****



 城下町を逃げるように後にしたメリヴィラとルメティは、人里を避けて歩いていた。
「さ、さすがに、限界。ちょっと休みましょう」
「ああ、そうだな。……おい、あれ、家じゃないか?」

 ルメティが音を上げ、メリヴィラが休憩を承諾した場所は、エレル達が住む森の中であった。
「こんな辺鄙な場所に住んでる奴なら、俺たちのことを知らないかもしれない。せめて水の一杯でも貰えないか、頼んでみよう」
「そうね」
 二人は家に近づき、扉を叩いた。返事はない。
「すみませーん! 誰か居ませんかー!」
「人の気配がしないわね」
「……お、開いてるぞ。入っちまうか」
 二人は扉に鍵がかかっていないことに気づき、家屋に侵入した。

 そこには、人が二人は住んでいたであろう痕跡が残されていた。
 森の奥とは思えないほど、家具も揃っている。
「これ、水の出るところかしら。……出ないわね」
「なあ、ここに住んじまおうぜ」
 家中を探索したメリヴィラが提案すると、ルメティは即座に乗った。
「いいわね。もし住民が帰ってきても、誰もいないと思ったで通せるし」
「決まりだ。あっちにベッドのある部屋もあったぞ」
「本当?」

 この日、二人は久しぶりにちゃんとしたベッドで眠ることができた。
 更に翌朝になると、家の前に処理済みの獣肉が置かれていることにも気づく。
「やっぱり誰か住んでるのかしら。留守にしているだけとか」
「じゃあ俺たちは留守番してるってことにしよう」
「そうね」
 二人は相変わらず図々しい人間であった。


 そもそもこの家はエレルが森に力を借りて建てた家である。
 エレルが無自覚に垂れ流していた魔力で保っていたこの家は、少しずつ、崩壊の兆しを見せていた。
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