上 下
21 / 32
第五章 必死になるもの

21 リイン

しおりを挟む
 私とリインは、とある公爵領の端にある小さな農村で、同じ年に生まれ育った。
 小さな農村と言っても、人口は千人以上、村自体の土地も端から端まで数十キロはある。
 私が初めてリインに出会ったのは、単なる偶然だった。

 リインは村の中心に近い場所に住んでいて、五歳になったある日、一人で散歩に出かけて道に迷ったのだ。
 五歳の子供というのは侮れない。
 帰り道が分からずとぼとぼ歩き続けて、数キロ離れた私の家の近くまでやってきたのだから。

 幼いリインは、帰り道が分からず心細くなって泣いているところを、通りがかった私の親に保護され、すぐにリインの親に連絡が行った。
 リインの親が迎えに来るまでの間、子供同士なら丁度良いということで、私はリインの話し相手を務めた。

「名前は?」
「リイン」
「どこに住んでるの?」
「おとうさんとおかあさんのおうち」
「そういう意味じゃない」
「んーっと、えっと、おおきなおうち」
「場所はどこだと聞いているんだ」
「おとうさんとおかあさんがいるところだよ」

 私の方は当時既に前世――異世界の記憶を取り戻しており、子供らしからぬ言動をなるべく見せぬよう生きていた。
 ボロがでないように、あまり同世代の友達を作らず、本が好きだということにして、家の中に籠もって本を読んでいることが多かった。
 外遊びをしない私を心配した両親が「リイン君の事情は気の毒だが、歳も近いし」とリインの相手をあてがったのだろう。
 だが、五歳児と中身数十歳では会話が噛み合わない。
 前世でも大人になってから子供の相手などしたことなかった。

 幸い、小さな村社会は「リイン」「推定五歳男児」というだけでリインの家をあっさりと特定した。
 リインの両親が血眼で探していたのも好都合だった。
 私はこの時のリインの相手は短時間で済んだ。

「ばいばい、おにいちゃん」
 リインは最後に私をそう呼び、両親に抱かれて帰っていった。
「お兄ちゃん?」
 私は手を振りながら首を傾げてみせた。
 年の頃はそう変わらない、何なら、外遊びをしないためか身体が細く小さかった私を、リインが「兄」と呼んだことへの疑問を呈するかのように。
 内心では、リインに私の内面を見透かされたのではないかと、冷や汗をかいていた。
「貴方は大人びてるから、年上に見られたのかしらね」
 幸いにも私の両親は好意的に受け止め、特に追求はされずに済んだ。

 リインとの再会は、この世界の一般的な成人年齢を過ぎてからであった。


 私の両親は、私が十五歳の頃に魔物に殺されてしまった。
「貴方も大きくなったことだし、一人で留守番できるわよね」
 たまには夫婦水入らずで旅行でもしてくる――両親はそう言って、家からほど近い観光地へ向かった。

 この世界には電車や飛行機は勿論、自動車などというものも存在しない。
 一部の魔法使いや賢者が転移魔法を使えるのを除けば、移動手段は馬か徒歩に限られる。
 それ故、遠方に出かけた場合、一日程度の予定の遅れは誤差の内だから、私は全く心配していなかった。

 ごく普通の、一般人の旅行だ。安価で安全な道しか通らなかったはずなのに。

 両親の帰りは、予定よりも三日遅くなった。
 いや、永遠に帰ってこなかったと言うべきかもしれない。
 両親は変わり果てた姿どころか、魔物に骨まで食い尽くされ、荷物や衣服の切れ端のみを遺して、この世界から消えてしまった。

 私は生まれたときから、自分が最終的にやるべきことを理解していた。
 予知めいた予感ではあったが、その過程は不明瞭で、両親がこんなに早くに亡くなることは、全く見えなかった。

 両親は私を愛してくれていた。
 これから両親に貰った愛を少しずつ返そうという段になって、魔物がぶつりと無遠慮に噛みちぎってしまったのだ。

 一人になった私は、村を出た。
 そのまま近隣で一番大きな街の魔伐者ギルドへ赴き、魔法使いとして魔伐者になった。
 私が最終的にやるべきことの中に、魔物の討伐は含まれていない。
 だが、過程が見えないということは、私が何をするのも自由であるという意味だと解釈した。

 最初の数年はひとりで活動した。
 規格外の魔力のお陰でひとりでも何ら問題なく魔物を討伐できたし、ひとりの方が力を隠すのに都合が良かった。
 私はごく普通の魔伐者として、ギルドでは目立たず、黙々と、確実に己の仕事をこなした。
 時には魔物の大発生により仕方なくパーティを組むこともあったが、皆その場限りの付き合いで終えた。

 リインと再会したのは、私が魔伐者として中堅程度だと周囲から認識された頃だ。

 陳腐な言葉で言えば、運命の歯車というやつが、噛み合ったのだろう。

 リインのことは覚えていたが、その後の動向については全くの無関心だった。
 まさか魔伐者になっていたとは、驚いた。
 私のように、肉親を魔物に殺された者が魔伐者の道を選ぶことは少なくないが、平和な村で暮らす平々凡々な若者が自ら危険な仕事に就くのは珍しかった。

 そう、リインは平々凡々で、魔伐者としては少々未熟だった。
 リインを入れて男四人女一人のパーティは、部外者の私がひと目見ただけでもわかるほどちぐはぐで、勢いだけが空回りしていた。
 そんなパーティだから、適正レベルの魔物を討伐できたこと程度で喜んで、高レベルの魔物をおびき寄せてしまったのだろう。

 リインのパーティは、リイン以外の全員がその場から逃げようとしており、リインだけが剣を構えて魔物と対峙していた。
 私は思わず、攻撃魔法を放った。


「ありがとうございます、助かりました。……あれっ、どこかで……」
「君は確か、リインだったか」
 五歳の頃、迷子になり泣いていたリインの面影を見つけて、名前を当ててしまった。
「やっぱりそうか! こんなところで会うとは……君も魔伐者になったのかい?」
 逃げようとしていた連中は、私が討伐した魔物に勝手に群がって、戦利品を漁っていた。
 リインの怪我にそっと自己治癒能力を高める魔法を使い、他の連中は無視した。
「どうしてこんな危険な仕事に? 魔法が使えるから?」
 リインも倒れた魔物のことなど忘れたかのように、私に質問を浴びせてくる。

 リインは、私が両親を魔物に殺されたことを知らなかった。
 何故なら、十四歳の頃には村を出て、魔伐者になるべく修行を積んでいたのだとか。

「そうか、大変だったんだな……。ともかく助かった。命の恩人にお礼がしたい。僕にできることならなんでもするから、言ってくれ」
 命を救ったというなら、他の連中もそうなのだが、私がこのパーティに入ってから抜けるまで、一度も感謝の言葉を寄越さなかった。
 私はリインが心配になった。
 こんなパーティを組み、一人気を吐いて、しかし誰も助けようともしないどころか、見捨てる寸前だった。
 一体どんな経緯があれば、こんな連中とパーティを組む羽目になるのか。

 だから、私は提案してしまった。

「そろそろ一人でやるのは限界だと思っていたんだ。リインのパーティに入れてくれ」
 リインは小さい子供のように、目をまんまるに見開いた。
「そんなことでいいのか? もっと、金とか……は、あんまり払えないけど」
「できることならなんでもすると言ったじゃないか。それとも、私をパーティに入れる権限が無いと?」
「いや、このパーティのリーダーは僕だ。じゃあ……よろしく」
 差し出された手を、私は軽く握り返した。


 パーティの他の連中とはギリギリ名前を覚えた程度にしか、接しなかった。
 他の連中は私のことを「便利な魔法使い」扱いし、リインは「リーダーだから」という言葉でありとあらゆることを背負い、背負わされていた。
「何故彼らなんだ?」
 私が尋ねると、リインは苦笑しながら、
「魔伐者になりたての頃、世話になったんだ」
 と答えた。

 とはいえ、あの悪意に満ちた連中からリインをもっと上手く守れたはずだと、後悔は先に立たなかった。

 連中の目的は、リインの実家の金だった。
 リインの実家は村のなかでは裕福な方ではあるが、他人から妬まれたり狙われたりするほどの財を囲っていたわけではない。
 それでも、他に就ける職のない、嫌々魔伐者をやっている連中からしたら、十分な財に見えたのだろう。
 奴らは時間をかけて高価な薬を盗み、あるいは詐欺まがいの行為で他人から巻き上げて集め、リインを薬漬けにした。
 そしてリインに魔力滞留障害症のような症状が出ると、連中の内男三人は示し合わせてパーティを離れ、しばらくして私とリインの故郷へ向かおうとした。
 リインの家族に、リインの命を救うには金が必要だと、嘘を吐くために。

 私はこの時初めて、人を殺した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生させて貰ったけど…これやりたかった事…だっけ?

N
ファンタジー
目が覚めたら…目の前には白い球が、、 生まれる世界が間違っていたって⁇ 自分が好きだった漫画の中のような世界に転生出来るって⁈ 嬉しいけど…これは一旦落ち着いてチートを勝ち取って最高に楽しい人生勝ち組にならねば!! そう意気込んで転生したものの、気がついたら……… 大切な人生の相棒との出会いや沢山の人との出会い! そして転生した本当の理由はいつ分かるのか…!! ーーーーーーーーーーーーーー ※誤字・脱字多いかもしれません💦  (教えて頂けたらめっちゃ助かります…) ※自分自身が句読点・改行多めが好きなのでそうしています、読みにくかったらすみません

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

前世ポイントッ! ~転生して楽しく異世界生活~

霜月雹花
ファンタジー
 17歳の夏、俺は強盗を捕まえようとして死んだ――そして、俺は神様と名乗った爺さんと話をしていた。話を聞けばどうやら強盗を捕まえた事で未来を改変し、転生に必要な【善行ポイント】と言う物が人より多く貰えて異世界に転生出来るらしい。多く貰った【善行ポイント】で転生時の能力も選び放題、莫大なポイントを使いチート化した俺は異世界で生きていく。 なろうでも掲載しています。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。

なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。 しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。 探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。 だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。 ――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。 Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。 Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。 それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。 失意の内に意識を失った一馬の脳裏に ――チュートリアルが完了しました。 と、いうシステムメッセージが流れる。 それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!

【書籍化決定】神様お願い!〜神様のトバッチリを受けた定年おっさんは異世界に転生して心穏やかにスローライフを送りたい〜

きのこのこ
ファンタジー
突然白い発光体の強い光を浴びせられ異世界転移?した俺事、石原那由多(55)は安住の地を求めて異世界を冒険する…? え?謎の子供の体?謎の都市?魔法?剣?魔獣??何それ美味しいの?? 俺は心穏やかに過ごしたいだけなんだ! ____________________________________________ 突然謎の白い発光体の強い光を浴びせられ強制的に魂だけで異世界転移した石原那由多(55)は、よちよち捨て子幼児の身体に入っちゃった! 那由多は左眼に居座っている神様のカケラのツクヨミを頼りに異世界で生きていく。 しかし左眼の相棒、ツクヨミの暴走を阻止できず、チート?な棲家を得て、チート?能力を次々開花させ異世界をイージーモードで過ごす那由多。「こいつ《ツクヨミ》は勝手に俺の記憶を見るプライバシークラッシャーな奴なんだ!」 そんな異世界は優しさで満ち溢れていた(え?本当に?) 呪われてもっふもふになっちゃったママン(産みの親)と御親戚一行様(やっとこ呪いがどうにか出来そう?!)に、異世界のめくるめくグルメ(やっと片鱗が見えて作者も安心)でも突然真夜中に食べたくなっちゃう日本食も完全完備(どこに?!)!異世界日本発福利厚生は完璧(ばっちり)です!(うまい話ほど裏がある!) 謎のアイテム御朱印帳を胸に(え?)今日も平穏?無事に那由多は異世界で日々を暮らします。 ※一つの目的にどんどん事を突っ込むのでスローな展開が大丈夫な方向けです。 ※他サイト先行にて配信してますが、他サイトと気が付かない程度に微妙に変えてます。 ※昭和〜平成の頭ら辺のアレコレ入ってます。わかる方だけアハ体験⭐︎ ⭐︎第16回ファンタジー小説大賞にて奨励賞受賞を頂きました!読んで投票して下さった読者様、並びに選考してくださったスタッフ様に御礼申し上げますm(_ _)m今後とも宜しくお願い致します。

処理中です...