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第二章 後悔するもの

9 謎の男からの協力要請

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 私が吹っ切れてから一年。
 この一年は本当に色々と大変だったわ。

 まず、詐欺女とその娘。
 詐欺女は当然有罪。伯爵家の幼い娘を騙し、財産を勝手に使い込み、更にその金で使用人たちを買収した挙げ句、正当な爵位後継者である娘を虐待したとして、極刑の判決が出た。
 極刑に猶予を願い出たのは、被害者である私。
 ちゃんと罪を償い、返せるものは返してもらってから、という主張が通った。
 女性の受刑者は修道院、前世で言うところの刑務所に収監されるのが一般的なのだけど、詐欺女に関しては、男性と同じ重労働施設へ送り込まれることになった。
 そこで一生働いたところで、私に返ってくるのは使い込まれた額の十分の一にもならない。
 元々何も持っていないひとだから、こればかりは仕方ないわね。

 娘は、母親の悪行を知りつつ止めないどころか、私への暴力に積極的に加担していたとして、修道院送りとなった。
 さっきは「刑務所」に例えたけれど、娘が送られる場所はそんな人道的な場所じゃない。
 この世界の人間は皆、多少なりとも魔力を持っている。
 生活水準が前世の日本と同等か、一部はそれ以上である理由は、この魔力をエネルギーにして、魔道具を動かしているから。
 一般家庭の魔道具はその家庭の誰かが少し魔力を補給するだけで十分動く。
 公共施設の魔力を提供しているのは、一部の魔力が有り余っている魔法使いや賢者様が献血感覚で。
 それと、囚人だ。
 娘は毎日、生きるために必要な魔力以外は強制的に吸い出される、重労働とどちらがマシかという生活が待っている。

 使用人たちは、着服金や私への暴行の度合いによって、罰は様々。
 と言っても、多少の法則がある。
 私への暴力行為が酷かった人ほど、着服金も多い傾向にあったの。

 誰が私をどれだけ虐げたのかは、黒焦げにした二人は別として、一々顔を覚えていない。
 ここは、魔法の出番だった。
 なんと罪を自白させる魔法というものが存在する。

 一番多く着服していたのは、例の家令。詐欺女の犯罪行為を黙認していたという点も、罪を重くしたわ。
 屋敷には五十人近い使用人が居て、そのおよそ半数が、一年前の一年前、つまり二年以内に雇った人たち。
 勤務期間が短い人ほど、刑が軽かった。
 マノアとフェーヌのように「伯爵家に箔をつけるために」と雇われ、先輩たちの背中を見ても、私への暴力には加担しなかったのは、わずかひとり。
 後は残らず、罪の軽重に合わせて、我が家でタダ働きか、収監されて罪を償うことになった。

 私の殺人についての罪も、裁かれた。
 判決は、無罪。
 抑圧されていたことによる魔力暴走事故、ということになったの。
 実際は暴走なんかじゃなく、私が意図的に攻撃したのだけど、それでも「遠因的正当防衛」だとされた。
 こればかりは私の過失だから、何かあると覚悟していたのに、拍子抜けしたわ。

 全てを元通りに、何もかも取り戻すのは無理だった。
 売り払われた形見は大半が行方知れず。
 財産も、全員から全額返してもらったとしても、半分にもならない。
 父愛用のペンを、職人が丁寧な仕事で使えるようにしてくれたのが、救いのひとつね。

 それから、伯爵家再興のために働いたわ。
 幸い、父の友人だったという侯爵様が信頼できる家令と侍女数名を紹介してくれたので、人事は問題なし。
 七歳までしか教育を受けていない私に家庭教師ガヴァネスをつけてくれたのも、その侯爵様。

 当面の資金稼ぎには、私の魔力を売ることにした。

 私の魔力量は飛び抜けて多いみたい。
 町の魔力買い取り屋を呼び寄せて、
「ひとまずこれに、入れられるだけ入れてみてください。無理はしないように」
 と言われて渡された魔力蓄積器を三つ満タンにしても、まだ余裕があったの。
 それだけで、マノアとフェーヌと、それから私を虐めなかった唯一のひとりであるリージの三人の、一月分の給金になった。
 毎日、魔力蓄積器を三つずつ提供していたら、半年で失った財産の四分の一ほどの額が稼げたわ。



 日課になったテラスでのお茶会には、私とマノアとフェーヌに、半年ほど前からプラチナブロンドの髪をポニーテールにしている、リージが一緒。
 リージは私を虐めなかった唯一のひとり。
 マノアとフェーヌも可愛いのだけど、リージはプラチナブロンドに青い瞳の、とても綺麗な女の子。
 彼女たちは私専属の侍女にしてあるのだけど、仕事は私と一緒にお茶や食事をすることと、身の回りのお世話のみ。
 他の仕事は、向こう二十年はタダ働きしてくれる人たちがいるからね。
 屋敷に魔法で細工をいくつも施しておいたから、サボったり逃げ出したりはできないわ。
 衣食住はちゃんと提供してあげているのだから、私がひとりで屋敷中の家事をしていたときよりだいぶマシよね。

 四人で和気藹々とお茶を楽しんでいたら、タダ働き侍女のひとりが、来客を告げに来た。

「ノーヴァ様、魔道具研究所からお客様です」
「魔道具研究所? 一体何の用事かしら」
 一旦首をひねったものの、魔道具研究所といえばずいぶん稼がせて頂いたところだから、無下にするわけにもいかない。
「応接間へお通しして頂戴。すぐ向かうわ」
「畏まりました」

 応接間にいたのは、二十代前後くらいの男。
 魔道具研究所では父親ぐらいの年齢の男性しか見たことがないから、私は再び首をひねったわ。
「突然お邪魔して申し訳ない。どうしても、貴女にお尋ねしたいことがありまして」
 男は立ち上がって、丁寧に挨拶した。
 喋り方は優しいのに、どこか切羽詰まったような顔をしている。
「何かしら」
「他の方に聞かれたくないので、人払いをお願いできますか」
 本来、未婚の貴族令嬢が男性と密室で二人きりなんて、許されない。どんな噂が立つか、考えたくもない。
「二人きりは無理ね。こちらの三人は、私の何を聞かれても構わないし、口も硬いわ」
 三人というのは勿論、マノア、フェーヌ、リージだ。
「そう仰るのでしたら」
 男は渋ること無く、三人の同席を了承した。
 他の侍女には下がってもらった。

 私が魔法で、防音の結界を張ると、男は僅かに目を見開いて、それから少しだけ口元を緩めた。
「聞いた通りの魔力量ですね。これほど堅牢な結界を一瞬で張るとは」
「それは、どうも。それで、聞きたいこととは?」
「ええ、貴女は――」



 こことは別の世界の記憶がありませんか?



 男の質問に「いいえ」と答えることもできたはずなのに、私は素直に頷いてしまった。
 マノア達の表情が揃って「困惑」になった。
 そりゃそうよね。
 自分の主が変な事実を肯定したのだから。

「何故それをお聞きに? いえ、どうして私が」
「詳しくはまだ話せないのですが、貴女に協力していただきたいことがあるのです」
「協力、ですか」
「はい。他に数名の協力者が必要で、私はまだ他の協力者を探している途中です」
「要領を得ませんね。私は具体的に何をさせられるのですか」
「すぐに何かしていただく必要はありません。これより半年以内にまた連絡します。連絡がなかったら、協力のことも、私のことも、忘れてください」
「変なお話ですね。それと、私が別の世界の記憶を持っていることに何の関係が、いえ、何故それを知っていたの?」
「魔力量ですよ。私は飛び抜けて多い魔力を持つ人間を探すために、研究所に入りました」
 私の魔力は、転生のときに授かったものだ。
「ということは、貴方も?」
 目の前の男の魔力量は、私とそう変わらない。
 男は頷いた。
「分かってしまうのですね。これは内密にお願いします。普段はしがない治癒魔法使いで通ってますから」
「承知したわ」
「それと、貴女が別の世界の記憶を持っていることも、他言しないでください。彼女らには、忘れてもらいますがいいですね?」
「えっ?」
 男が三人に向かって手をかざすと、紫色の光が三人を一瞬だけ包んだ。
「ちょ、ちょっと! 何を!」
 思わず立ち上がって、マノア達の前に出た。
「ノーヴァ様、どうなさったのですか?」
「貴女達、大丈夫!? どこか具合の悪いところはない!?」
「ありませんよ?」
 私は魔法が使えるが、どうやら攻撃魔法が得意のようで、人の記憶に干渉することなんてできない。
 思わず男を睨みつけると、男は深々と頭を下げた。
「大丈夫です。彼女たちに何かあれば、きちんと責任を取ります。ですが、その必要はないと保証します」

 男は最後まで名乗らなかったけれど、連絡方法のメモを置いて、屋敷を去っていった。
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