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23話(sideギル)
しおりを挟む「目が覚めてるなら、起きろ。お茶が冷めるぞ」
少し近づいて声をかけると、いつも通りに抱き起されると思ったのだろう、パチッと目を開けて急に体を起こした。
「おはよう!ギル!今日はすっきり目が覚めてるよ!」
ベッドの上に正座をするように座りなおすと、こちらを見た。その顔は、まぶしそうに目を細めている。
今日はいい天気だから、窓からは明るい光が入っている。寝不足の目にはつらいだろう。
そう思いながら、俺が初めてアルに出会い、一緒に眠った日のことが思い出された。
あの日、一緒のベッドに入って休もうとしたとき、ベッド自体の柔らかさと温かさに驚いた。とても疲れていた体と心が休養を求めていることは自分でもわかっていたが、あまりにも普段と違う環境に戸惑ってしまい、緊張してしまったのだ。
しかし、アルが小さな体でぎゅっと抱き着くように一生懸命に抱きしめてくれ、眠い目をパチパチさせながら、俺のことを気遣うその体の温かさと柔らかさ、優しい声に俺の緊張は一気に溶け、気持ちのよい眠りに誘われてしまった。
誰かの体温に包まれたのは久しぶりだったから。
そして、深く気持ちのいい眠りから覚めた俺の目には、朝日の光を浴びてキラキラ輝くように笑うアルの姿が映り、思わず天使が迎えに来たのかと思ったほどのまぶしさに、まともに目を開けられなかった。
本能的に「アルフレッド様」と呼び、跪きたい気持ちに駆られる。
身分的にも、立場的にもそうしてもおかしくはない。
しかし、他でもないアル自身が俺に「対等」どころか、「兄のような立場」として甘えられる関係をあの日求めた。
「あのさ、ギル。俺、考えたんだけど…」
「どうした?」
ベッドの上で正座をしながら、俯きがちに顎を下げて、目だけを上げた状態でこちらを見ているアル。
寝不足と気まずさと緊張とで、潤んだ瞳にうっすらと赤らんだ頬。もじもじと膝の上で動く指。
お前、わざとか?
「今日、森の魔獣の巣を確認に行かないといけないでしょ?でも、商会に行って電気ロープを発注もしないといけないから、二手に分かれた方が早いかなって思うんだけど…」
いつもなら、一緒に動くことが当たり前で、その確認すらせずに一緒に行動するのに、それほど気まずいのだろう。
本来なら、絶対に従うことのない提案だが、今日一日俺が一緒にいてはこの様子が続くだろう。こんな表情を俺以外のやつに見せるなどできない。
昨日も、鳥の神様の前で可愛い顔をするので、せっかく抱きしめ合った状態から離れなければならなかったのが口惜しい。
「そうだな。じゃあ、アルは商会に行ってくれ。アルの方が電気ロープの説明がしやすいだろう。俺は、師匠たちを連れて、巣穴に案内してくる」
あっさりと言った俺に、ほっと息をつきながらもちらちらとこちらを見てくるので、いつものように頭をなでた。多分、頬が緩んでいる。
「そんなに心配しなくても、これくらいで傷ついたりしない」
手を伸ばした瞬間は、ピクリと反応したアルだったが、手が触れてからはおとなしくなでられている。
俺の言った言葉で、安心したように微笑みを浮かべるアルの頭を一度、くしゃくしゃにしてから手を離した。
俺が、神から与えられた存在ではないことに気づき、今までの振る舞いの通りに俺を振り回してはいけない…とでも思ってしまっているのだろう。
別行動を申し出たものの、それで俺を傷つけたのではないかと心配しているのだ。
自分がそれで嫌われるかもしれないということは考えていない。それは、おそらくは元々のアルの習性だ。
相手が自分のことをどう思っているか、という点が良くも悪くも欠落している。
自分が相手を傷つけたり困らせることには敏感すぎるほど敏感で、気にするが、それはあくまでも「相手が」主体の話。通常なら、そのあとに相手を傷つけたら「自分が」嫌われると心配するものだが、アルは全くそれがない。
自分という人間は、他者から感情を向けられるほどの距離にいない。そこに立てない存在と無意識に自分を他者と遠くに置いている。自分の存在価値を低く見ているのだ。
旦那様があれほどアルに対して過剰な振舞いをするのも、おそらくアルのこの習性に気づいていて、少しでもアルとの距離を縮めるためにされているのだと思う。
俺とは違い、アルの前世の経験を知らなくても、気づき、守ろうとしているのだ。
しかし、アル自身はそれにも気づけない。
それは、どれだけ孤独の世界なのか。
婚約者ですら、自分以外との関係を優先させた。他のどんなことがあっても、アルが口にする「俺にはギルがいるから」という言葉。その言葉の真の意味を思うと、俺は悔しさと情けなさでいっぱいになる。
その言葉は、俺がいるから満たされている…という意味ではない。
「神から与えられた俺がいるから、他に何かを望んでは罰が当たる」という意味のその言葉は、俺の存在がアルの世界の枷になっていることを痛感させる。
同時に、他の誰にも自分との「関係」を望まないアルが、俺には「関係」を求めているという事実も浮かび上がる。例えそれが神に与えられた友人のような、兄のような関係であっても。
その事に仄暗い喜びを感じ、またそんな自分に嫌悪する。
アルの、他者を呼ばないアルだけの世界。
俺は、それを壊したい。
「アルのことが、好きだ」とも、「これからどうなりたい」ともはっきりと伝えていないのはわざとだ。
神の加護の正しい意味を知った今、俺の行動と、言葉の意味を、気にして、考えて、自分の力で俺の気持ちにたどり着け。
そうして、俺と自分の距離の思ってもみなかった近さに気づき驚くだろう。
それがお前の、お前一人きりの世界を壊すと信じている。
俺のもう一つの本能的な激情は、きちんと兄の仮面の下に隠しておくよ。
とはいえ…実のところ、俺が我慢できているのは、アル自身がその関係を一切欠片も求めていないから…加護の力が働いているのだと思う。
実際、今も俺のいる空間で平気で着替えをしているし、上着を着せかけるために近づき、手が触れてももう意識もしていない。
アルが、自分の世界に他人を迎え入れることができるようになるため。
俺は、そのためになら――――――
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