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12話

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「では、アルフレッドはギルバートがこれからいい人を見つけて、結婚して幸せになるのを見守るつもりだと…そういうことか…?」

「もちろんですよ!ギルは俺の大事な家族ですからね!」

 恐る恐るといった様子の父からの問いかけに、アルフレッドは力強くうなずく。
 母はその様子を見ながら「あらあらー?」と頬に手を当てて首をかしげているし、フレデリックは熊を抱きしめたまま、にやにやと兄と兄の執事の間で視線を行ったり来たりさせている。
 さすがに、長年伯爵家の執事を務めてきたセバスは再び冷静さを取り戻し、部屋の隅で物静かに佇んでいるが、その目元はいつもよりほんのわずかに開かれて、主一家たちの周辺に送られていた。

「なるほど!なるほど!アルフレッドがそう言うのなら!旅に気持ちよく送り出さねばならんな!きっと良い出会いがあるだろう!」

 いつの間にか、ギルバートの近くへと歩み寄った父はバシバシとその肩を叩くと、わずかに顔を近づけてにやにやと次男そっくりの表情で笑いながらギルバートに話しかける。

、な!」

 『これから』を強調しながら、ギルバートの肩に手を置くと、同意を求めるように顔を見た。

「ええ、アルフレッド様が喜んでくださる出会いがあると思いますよ」

 にっこりと余裕の表情で微笑み返しながら、ギルバートが答えると、満足したように頷きながら父はソファーへと戻る。

「よし。そういうことなら、この旅は大切なものになるな!二人で旅立つのも認めよう。気を付けて行ってくるんだぞ!」

 さっきまでとは打って変わってニコニコと背中を押すように言い放つ父に、アルフレッドも大きく頷いた。

「ありがとうございます!きっと、この旅で俺にもギルにも、我が家にもいいものに出会ってきます!」

 話に決着がついたと判断したセバスにより、夕食の席へと促されていくベイカー伯爵一家は、父と兄弟二人が満面の笑みを浮かべるなか、母だけは「あらあら…?」と首をかしげたまま部屋を後にした。

 和やかな空気のまま一家の夕食は進み、アルフレッドとギルバートの旅立ちは一週間後にまず領地へと向けて出発し、領地で商会の関係者等との打ち合わせも済ませたあとで本格的な旅に出る。そして、そのあとは目的地を決めてはフレデリックと連絡を取りながら、まずは半年の予定で一旦戻ってくるというという予定で話がついた。

 一度、ギルバートと別れたアルフレッドは一人で部屋に戻ると、引き出しに入れていた腕時計を取り出して手首に巻き付けた。

「旅に出るとなると、これの出番もあるだろうし久しぶりに動かしてみておかないとね」

 左腕に巻き付けたその時計を、顔の近くに持ってくると少し集中する。
 しばらくすると、文字盤の中にある鮮やかな青色の石がかすかに光った。

「あ、ギル。聞こえる~?」

 腕時計に向かってアルフレッドが声をかけると、わずかの後に石の光が消えてしまった。

「あれ?切れちゃった」

 腕時計を外して、裏返したり突いてみたりしていると、軽いノックの後に部屋のドアが開いた音がした。

「あ、ギル。これ、調子が悪いの?」

 入室の許可もなく入ってきた人物に、アルフレッドも誰何することなく声をかける。
 声をかけられたギルバートは、小さくため息をつくとアルフレッドの近くまで来て、自身の左腕を顔のあたりまで上げた。

「ちゃんと動くし、ちゃんといつでも身に着けてるよ。お前と違ってな」

 ギルバートがそういうと、アルフレッドの手の中の腕時計がかすかに震える。
 
「あ、動いた」

 アルフレッドが自身の腕時計を顔の近くに持っていき「もしもし」というと、ギルバートの持ち上げた腕についていた腕時計から『もしもし』と声が聞こえた。
 アルフレッドの青い石と、ギルバートの緑の石はどちらも淡い光を放っている。

「屋敷の中で使って、家の方にバレたらまずいだろ」

 ギルバートがため息交じりにそう言う声が、アルフレッドの腕時計からも聞こえる。

「あ、ごめん!」

 アルフレッドが謝るとそれぞれの石の光も消え、お互い腕を下ろした。

「実は、こっちの方が先に出来てて、ずっと前から使って遊んでたってバレたら絶対揉めるもんね…」

「まあ、魔導回路に組み込む指示が少ない分開発は早かったな。その分使う人間の力と技術が必要なんだが」

「最初は操作に失敗して、いくつも回路をショートさせちゃったもんねぇ」

 しみじみとアルフレッドが言うと、ギルバートもうんうんと頷いた。

「他のものの開発も色々急いだし、今からこれを誰かが使いこなせるまでに使いつぶせるほどの数を作るにはさすがに時間が足りない。これもまだ長距離使える実証はないしな」

「そうだね。これは結局学園内で待ち合わせするときとか、冒険の作戦中くらいしか使うことなかったもんね」

 二人の腕にはまっているのは、腕時計と一体になった通信機だ。
 それは、父が口にしたような、本人たちの魔力を直接通すことによって操作ができるタイプのものだった。相手からの着信時に反応するための小さな魔石が付いてはいるが、動力源を積む必要がない分小型化に特化している。

「今回の旅は、何があるかわからないからちゃんと持って行かないとね!」

「いや、今回の旅はこれについては実証実験をする予定じゃないからな。使う必要があるほど俺から離れるなよ」

 言い聞かせるように言うギルバートに、アルフレッドは意気揚々と言い放つ。

「なるべく一緒にはいるけどさ。さっき言ったみたいに、ギルに良い出会いがあるかもしれないじゃん?そしたら、俺はちゃんと離れて見守るよ!」

 そのアルフレッドの様子に、ギルバートは大きなため息をつく。

「はいはい。そんなことは起きないから、お前はちゃんと安心して俺のそばにいるんだぞ」

 ギルバートにクシャクシャと頭をなでられたアルフレッドはふくれっ面をしながらもその手を受け入れて、されるがままにしている。

「俺は昔から慣れてるから普通に受け入れてるけど、本当はこういうのは好きな子にするもんだからね。ギルはさ。かっこいいし、優しいしなんでもできるのにモテないのは、俺と一緒にいるせいだと思う」

 少し眉を下げたアルフレッドが、頭をなで続けているギルバートを見上げる。

「まあ、それは否定しない」

 苦笑しながらギルバートが答えると、アルフレッドはますます眉を下げた。

「だよねぇ。俺が悪いとは思うんだけど…。ついつい甘えちゃってごめんね。前から言ってるけど、ギルに好きな人ができたらその人と一緒に過ごすのは邪魔しないからちゃんと教えてね。父上は焦るなとは言ってたけど、結婚したいときには俺のことは気にせずに自分の幸せを優先してもらえるようにするから遠慮しないでね」

「アルが邪魔になることはないし、お前が結婚しないなら俺が結婚することもないって俺もいつも言ってるだろ」

 ますますしょんぼりと下げてしまったアルフレッドの頭をなでるのをやめたギルバートは、そっと両手でその頭を引き寄せると思いっきりぐしゃぐしゃと髪を撫でまわしてからその手を離した。

「わわわ!」と慌てながら自分の髪を直すアルフレッドは、ギルバートが「まあ、遠慮はしないけど」とつぶやいたのには気が付かなかった。
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