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4話

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「疲れたー!」

 教会から戻って自室に入ったアルフレッドは、儀式用の白地に輝く金の刺繍の入った上着を投げるように脱ぎ捨てた。
 ソファに崩れるように座り込みながら、鮮やかな青のクラヴァットを緩める。
 アルフレッドと同時に部屋に入ったはずの執事は、いつの間にか簡易キッチンでお茶を用意していた。
 テーブルにお茶を静かに置いたと思うと、次の瞬間には白い上着と青いクラヴァットを整え、いつの間にか来ていたメイドに引き渡している。

「ギルもお疲れ様。座って休みなよ」

 もともとそのつもりだったようで、ギルと呼びかけられた執事は向かいの席に自分のお茶を置いている。

「疲れたときは、アルはこれだろ」

 ソファに浅く腰をかけると、自分のお茶に口をつけながら砕けた口調でニヤリと笑いながら主に呼びかける。
 執事のその様子を何ら気にすることもなく、ほわほわと顔を緩めたアルフレッドは、両手で湯呑をそっと包むようにしながらズズッと音を立てながらお茶をすする。

「これこれ~。やっぱニホンジンは湯呑で緑茶だわ~」

 ほーっと息をついたアルフレッドは、そっと湯呑をテーブルに戻した。

「まあ、これでエリザベトのことは王家とクリスがなんとか…。あ、クリストフ王子か」

 今日婚姻の儀式の最中に、自分の目の前から花嫁をさらって行った男のことを思い浮かべるその表情に、暗いところは欠片も見当たらない。
 それどころか、穏やかに微笑みを浮かべながら二人の幸せそうな顔を思い出している。

 今日、花嫁のエリザベトと「真実の愛」を証明した男は、幼少の頃からレスター侯爵家に預けられ、エリザベトの従者とすることでその身を隠していたこの国の第4王子だ。
 エリザベトやクリストフ自身もその事実は知らされておらず、第1王子と第2王子の後継者争いから身を守るために、父王とレスター侯爵の間で秘密裏に行われたことだった。
 その本当の身分を知らず、人知れず「事実の愛」を育んでいたつもりの二人だったが、この度正式に第1王子が立太子し、第2王子と第2王子に加担した第3王子が幽閉されたことで、クリストフが王城に呼び戻されたために突然離れ離れになってしまったのだ。

 しかし、離れたことでよりお互いへの純粋な愛が盛り上がったところで、今日の騒ぎに至るのだが、この辺りの経緯は長くなるので省略。

 話は戻って、現在のアルフレッドはというと、ついにソファの上に足を上げてうつ伏せの状態で伸びていた。

「あー。これでやっと冒険に出れるよ~。やっぱ、米は新鮮なのが食べたいし、温泉も入りたい…」

「この国には温泉は出ないからな。米もアルが好きな品種はこの国には合わなかったし」

 商会を通じて世界中を探した結果、この国から遠く離れた国でニホンのような食生活をしている国が見つかった。
 しかし、やはりというかなんというか、海に囲まれた島国で、ほぼ外交もしておらず、なんとかわずかに手に入った米や大豆製品もこの国に来るまでに品質が落ちてしまうのだ。
 そのため、アルフレッドの夢はいつしか、米の育つ温泉の湧く土地を見つける旅に出ることになっていた。稲穂が無くては麹も出来ない。味噌と醤油も夢の品だ。

 小さい頃からちょっとした冒険には時々出ている。
 また、本来であれば家を継ぐはずの長男であるため、夢で終わるはずの人生だったが、エリザベトとの婚姻が潰れた今、夢に手を出せるチャンスが巡ってきたと考えていた。
 後継は8つ下の弟がいる。まだ10歳になったばかりだが、父もまだ若い。次男ということで婿入りを含めて検討されていたため、婚約者探しは切り替えが必要だが、さほど苦労はしないだろう。

「あ、そういえば。今日、あの光遮ってくれてありがとな」

 そう言って横になったまま、ゆるりとした微笑みだけを向けたアルフレッドの中では、今日の大事件ともいえる出来事は、既に過去のことになっており、気になることは頼りになる執事にお礼を言いそびれたことだけだったようだ。

「旅に出るのは、ちゃんと旦那様にお話して色々引き継ぎしてからだからな。試したいものも色々準備しないとならないし」

 主を守るのは当然である、と話を流したこの執事もやはり、今日のことは既に流れた過去のことであり、主に合わせてのんびりお茶をすすりながらも、これからの算段で頭の中は忙しくしていた。
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