マーラーカオ

にざわ えな

文字の大きさ
上 下
1 / 1

マーラーカオ

しおりを挟む
アンナは、日を追うごとに母親への不安が増していた。何日も母親と会っていない。話もしていない。

弟たちは無頓着に日々を過ごし、相変わらず帰宅後はゲームに没頭している。

コンロの横には次々と違う種類のマーラーカオが現れ、そのたびにアンナは「母は帰ってきている」と自分に言い聞かせるようになっていた。

ある晩、アンナは決心した。母親の部屋に入り、何か手がかりを見つけようと。

薄暗い照明の中で、静かに母親の部屋の扉を開ける。ベッドの上は乱れておらず、まるで誰も寝ていないかのようだった。
机の上には何冊かのノートが置かれており、1冊だけが微かに開かれていた。

「何かあるかも…」アンナは心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、そのノートを手に取りページをめくった。
そこには、母親が最近の日常を綴った日記が書かれていた。

5月10日
子どもたちが大きくなった。みんな忙しく、私にかまうこともない。私の存在が薄れていく感じがする。

5月15日
家にいるのが辛い。アンナも弟たちも、私のことを気にしていないのかもしれない。でも帰らないわけにはいかない。たまにマーラーカオを作っておくと、みんな食べてくれる。それだけが私との繋がり。

アンナは胸が痛くなった。母親は自分たちとの距離を感じ、家に帰るのさえ避けるようになっていたのだ。

けれども、まだ自分たちを気にかけてくれている。マーラーカオはその証だった。

涙が込み上げてきたが、アンナはその感情を抑えてノートを閉じた。

次の日、アンナは意を決して母親に連絡を取ろうと電話をかけた。だが、応答はなかった。
「どうして…」
不安が更に増した。

けれども、その日はもう一つの異変があった。

コンロの横に置かれていたのは、マーラーカオではなく、何か見慣れないものだった。
見た目はマーラーカオだが、明らかに大きさが異常に膨らんでいた。
アンナは弟たちを呼んで、その奇妙な「マーラーカオもどき」を見せた。

「これ、なに?!」
弟たちは笑いながら、「新しいスイーツか?」と軽い調子で言ったが、アンナは真剣だった。

そして、不安に駆られた彼女はその膨らんだ物体をそっと触ってみた。次の瞬間――
「パァンッ!」
と大きな音がして、それは破裂し、中から風船のように膨らんだマーラーカオの残骸が飛び散った。

その中には、奇妙な手紙が一緒に入っていた。

「お母さんより。」
アンナと弟たちは、互いに呆然としてその手紙を見た。そこにはこう書かれていた。

『私は実は地下組織のマーラーカオ職人の秘密の集会に参加しているの。実験がメインの組織なの。
だから忙しすぎて帰れなくなったの。
でも、子どもたちには新しいマーラーカオの実験品を試して欲しかったのよ。
これからしばらくはこの実験を続けるけど、みんなが試食してくれると嬉しいな!帰ったらちゃんと説明するからね。愛を込めて、お母さんより。』

アンナは拍子抜けした表情で、手紙を弟たちに見せた。弟たちは一瞬きょとんとしていたが、次の瞬間大爆笑した。

「なんだそれ、お母さんマーラーカオ職人になってたのかよ!」
アンナもつられて笑ってしまった。

今までの不安や寂しさが一気に吹き飛んで、彼女はおかしさと安心感で涙が出てきた。
母親がどこかで元気にやっているなら、それでいい。マーラーカオを通じて、家族の絆がこれからも続いていくのだろう。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

孤独な戦い(1)

Phlogiston
BL
おしっこを我慢する遊びに耽る少年のお話。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

恋人の水着は想像以上に刺激的だった

ヘロディア
恋愛
プールにデートに行くことになった主人公と恋人。 恋人の水着が刺激的すぎた主人公は…

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

そんな事言われても・・・女になっちゃったし

れぷ
恋愛
 風見晴風(はるか)は高校最後の夏休みにTS病に罹り女の子になってしまった。  TS病の発症例はごく僅かだが、その特異性から認知度は高かった。 なので晴風は無事女性として社会に受け入れられた。のは良いのだが  疎遠になっていた幼馴染やら初恋だったけど振られた相手などが今更現れて晴風の方が良かったと元カレの愚痴を言いにやってくる。  今更晴風を彼氏にしたかったと言われても手遅れです? 全4話の短編です。毎日昼12時に予約投稿しております。 ***** この作品は思い付きでパパッと短時間で書いたので、誤字脱字や設定の食い違いがあるかもしれません。 修正箇所があればコメントいただけるとさいわいです。

処理中です...