【R18】傲慢な王子

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第七章 王太子の偏愛  王国騎士団 & 王国民

11・復讐は夜会の後で

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 夜会に先駆けて、王国民へ向けて発表されたそれは庶民達を一様に驚かせた。 


『御前試合の予選は五回戦で中止とする。それにより今年の御前試合は、選抜騎士による特別試合を行う事とする』


「一体全体、どうなってんだ」
「こんな事は前代未聞だぜ?」
「せっかく盛り上がっていたのにな」

「なんてこった」
「本戦を凄え楽しみにしてたのに」
「何があったんだ」

「せっかく新星ニュースターが出てきたのにな」
「あ~、残念だな」
「本線の顔ぶれが見たかったぜ」


 巷で庶民達が残念がる中、王城では集まった貴族を前に御前試合の件と幾つかの発表が行われた。その後で、夜会が始まり貴族達が歓談を始める。
 アルジオン伯爵も馴染みの貴族達と、御前試合の賭け賭博をどうするか相談していた。


「いや~、参りましたな。御前試合の予選が中止されるなど、初めてでは有りませんか?」


「いやはや全くですな、前代未聞ですよ、何があったのやら」


「どうやら不正の疑いを払拭出来ずに、やむを得ず中止したらしい」


「不正などいい迷惑ですな、アルジオン伯爵、貴方もそう思うでしょう」


「いや、ははは、全くその通りですよ」


 アルジオン伯爵は額に浮かぶ汗をハンカチで拭っている、ちょっとした思い付きを実行しただけで、まさか中止になるとは思わなかった。
 伯爵は貴族達の会話に冷や汗をかく。


 …クソッ王家め、賭け金を返金する事になったではないか、こんな事なら小細工をするのでは無かった…


 王家の采配に不満たらたらな伯爵は、苦虫を噛み潰した顔で貴族達のお喋りを聞いていた。


「そう言えば、舞踏会に出席していた男爵夫妻の姿が見えませんな」


「ああ、負債を抱えて金策に走っていた男爵と美人な奥方の事ですか」


「噂では、奥方は亡くなり男爵も行方知れずになったそうですよ」


「男爵位を売った話も聞きますな、いやはや世知辛い世の中だ」


 ……あの女が死んだだと?、ついこの間見たばかりだが……


 アルジオン伯爵は気になって、情報通の貴族に詳細を尋ねる。


「奥方が亡くなったのはいつ頃ですか?、つい最近、元気な姿を見かけましたが」


「それは………」


 知らされた死亡日は、伯爵が最後に男爵夫人に会った日だった。
 あの日を境に彼女に興味を失った伯爵は、今は新しく雇った美人のメイドを落とす事に夢中で、夫人が自死した事は全く知らなかった。
 ましてやその原因が自分に有るとは想像もしていない。


 …そうか、厄介払いが出来て良かった。外見が美しいだけの、実につまらん女だった…


 アルジオン伯爵は無情にも、亡くなった男爵夫人に対する憐れみは少しも持っていない、酒を飲んで談笑する間に、夫人の事は全て忘れ去った。

 
 そして伯爵は新たな獲物を探し始める。しかし満足がいく獲物は見つからず、この日の夜会は酒と歓談で時を過ごした。やがて酔いの回ったアルジオン伯爵は馬車で邸への帰路に着いた。




 ◆◇◆◇◆◇




 アルジオン伯爵が夜会に出席している間に、アルジオン邸では異変が起きていた。


 使用人の殆どが帰宅したアルジオン邸は、数少ない住込みの使用人達も部屋に下がり、既に眠っているのか部屋の明かりが消えている。
 

 静寂に包まれ明かりの少ない邸内で起きているのは、若い執事見習いだけだった。表に人の気配を感じた彼は、出迎える為に玄関の扉を開ける。


「!!」


 扉の向こうに居たのは伯爵では無く、黒服を着た数人の男達だ、執事見習いと黒服の男達が対峙した。


「静かにしろ」


 ピリピリと緊張感の有る声でそう言ったのは執事見習いの方だった、黒服達は黙って頷く。


「使用人達は薬で眠っている、分かっているだろうが手は出すなよ」


 執事見習いの方が立場が上なのか、黒服達に命令をする。


「ああ、我々の目的は詐欺で奪われた資産を取り戻す事だ、無益な暴力は振るわない」


 黒服達は執事見習いの横をすり抜けて邸内へ入ると、真っ直ぐ伯爵の居室に向かった。予め邸内の見取り図を頭に入れている彼等は、金庫や金目の物を漁り出す。
 後から居室に入った執事見習いが、そんな黒服達に声をかけた。


「僕の役目はこれで終わりだ。手引きはしたから後はご自由にどうぞ、お先に失礼するよ」


「金は要らないのか?」


 黒服達は彼が既に欲しいモノを手に入した事は知っていたが、念の為に確認した。


「欲しいモノは手に入れた、金は要らない。貴方方の成功を祈ってるよ」


 執事見習いはそう言い残すと、アルジオン邸を後にして馬で街外れに向かう。その道すがらに巡回警備をする騎士の姿があった。


 …騎士達がアルジオン邸に辿り着く前に無事に金を取り戻せるかどうか、どうやら時間との戦いだな…


 執事見習いの男は黒服達が無事に逃げ切れる事を祈りつつ、目的地まで馬を走らせた。やがて人里寂しい小さな一軒家に辿り着くと家の中へ入る。


「アンナ、僕の名前を思い出せた?」


 執事見習いの若い男は、アンナを拐って監禁している男だった。





 ◆◇◆◇◆◇




 アンナは薄暗い部屋で聞き耳を立てた、馬の足音が家の前で止まる、男が帰って来たのだ。


 拐われて監禁されたアンナは、男の目的が分からず困惑していた。鎖に繋がれて自由を奪われてはいるが、食事も与えられるし暴力を振るわれる事もなかった。しつこく名前を聞かれるだけだ。


「アンナ、僕の名前を思い出せた?」


 部屋に入って来た男が、寝台に腰掛けているアンナにまた同じ質問を繰り返した、男は目を合わせてアンナが答えるのをじっと待つ。


 何度も繰り返される質問にイライラしたアンナは思わず怒鳴った。


「思い出せる訳無いでしょ、貴方なんか知らないんだから!」


 それを聞いた男の雰囲気が険しくなり胸ぐらを掴まれる、暴力を振るわない男だと侮っていたアンナは思い違いに後悔した。


「君を信じたかったのに、やはり初めから騙す気だったのか、この性悪め!」


 強い力で体をガクガク揺さぶられて、軽い脳震盪を起こしたアンナは気分が悪くなる。


「あの頃の僕は君が好きだった、あの後もずっと君の事を心配をしていたのに、君は僕のことなんか直ぐに忘れたんだな」


 揺さぶられ過ぎて吐きそうなアンナを乱暴に突き飛ばすと、男は寝台に倒れ込んだアンナをぼんやりと見る。


「僕の名前も覚えていないとは、君の中には何一つ僕の思い出は残っていないんだな、やはり君はただの詐欺師だ」


 男はめまいで動けないアンナの足から鎖を外した。


「好きな所に行くといい、だが君はイザベラの宝石を盗んだ罪で手配書が回っている、捕まりたくなかったら気を付ける事だな」


 男はそう言い捨てると部屋を出て行こうとした、その言葉に驚いたアンナが大声で男を呼び止める


「ちょっと待ってよ!、どう言う事よ、私はそんな事してない!」


 男は振返ると面白そうにアンナを見た。


「そうだな盗んだのは僕だ、だがアルジオン邸の皆んなも世間も、君が犯人だと思っている」


 アンナの顔が怒りで赤く染まる。


「何ですって!、私に罪を着せるなんて許せない、お嬢様なら私を信じてくれる、お嬢様に会いに行って貴方が犯人だって言うわ!」


 男は益々面白そうな顔でアンナを見る。


「被害届を出したのはイザベラだ、会いに行ったら直ぐに捕まる。それに僕の事をなんて説明する気だ?、名前もどこで会ったのかも何も覚えていないのに、無実を訴えたいのなら頑張って僕の名前を思い出す事だな、あはははは」


 男は心の底から愉快そうに笑うと、今度こそ部屋を出ていった、馬が遠ざかる音が聞こえて、アンナは一人取り残された事を知る。


「……私…どうなっちゃうの?」


 性悪女アンナのこれから先の未来には、不安しか無かった。




 ◆◇◆◇◆◇




「くくくっ、笑えるな。僕の名前を思い出せる日が来るのかな?」


 アンドレは馬を走らせながら、これまでの事を思い返す、彼はアルジオン家が繰り返した婚約詐欺の一番最初の被害者だ。


 慰謝料が原因でアンドレの家は斜陽貴族に転落して、彼は怒った父から勘当され貴族籍を抜かれて平民になった。
 その頃はまだアンナが解雇されたり酷い目に遭っていないか心配していた。


 だがアンナが何事も無くアルジオン邸で働いている事を知り、色々と疑問が湧いた時に彼等と出会い真相を知る事になったのだ。
 でもアンナを信じたい気持ちも残っていた、彼女が直ぐに名前を思い出せれば違う結末も用意出来たのだが……


 色々と考えている間に自宅が見えてきた、明かりが灯る家には最愛の恋人が待っている。
 アンドレは恋人に会いたくて逸る心を抑えると、馬を移動させて足早に家へ向かった、彼が扉に触れる前にそれが開いて、女性がアンドレに飛びついてきた。


「お帰りなさい、アンドレ」


「ただいまミーナ」 


 家から出て来たのは、アンナの代わりにアルジオン邸に雇われた、若くて美人のメイド、ミーナだった。
 アンドレはミーナを抱き締める。


 ミーナもアルジオン伯爵に復讐を誓った仲間の一人だ、二人は復讐の計画を進めている間に恋仲になった、そして復讐が終わったら結婚する約束も交わしている。


 アルジオン伯爵本人に対する復讐は、夫人を自死で失った男爵や深い憎悪を抱く男達が実行する。アルジオン家の絆をメチャクチャにするというミーナとアンドレの復讐は終わった。


 二人は互いを抱き締めて長かった苦悩の終わりを喜び合う。ミーナを抱き締めるアンドレからは性悪女の記憶が薄れていった。

  
 愛し合う二人のこれから先の未来には、幸せな展望しか無かった。





 ◆◇◆◇◆◇





 夜会から暫くたった御前試合の日に、集まった貴族達が試合が始まる迄の間、噂話に興じていた。
 中でもヒソヒソと囁いていたのは、アルジオン伯爵の身に起きた不幸な出来事だ。


「聞きましたか?、伯爵の件」

「ええ、酷い話です」

「例の広域窃盗団の仕業でしょうか」

「実に恐ろしい事だな」
 

 夜会の帰りに何者かに拉致された伯爵は行方不明になり、翌々日に街外れの空き家で遺体となって発見された。
 伯爵は殴る蹴るの暴行を受け、罪人を処刑する様に首を吊るされていた。同じく夜会の日にアルジオン邸にも夜盗が入り、金目の物が根こそぎ奪われていた。


 ひとしきり伯爵の不幸を語り合うと、貴族達の話題は別の噂話に移り変わった。










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