【R18】傲慢な王子

やまたろ

文字の大きさ
上 下
59 / 88
第六章 愛民の王太子  メイヴィス VS 仮面伯爵

7・身元不明者と思い出の彼

しおりを挟む
 その日はとても熱い日で、太陽は光り輝いて、空はどこまでも青く澄んでいた。


「メイヴィス殿下、一緒に水浴びをしませんか?」


 そんな気さくな言葉を掛けられたのは久し振りだった、メイヴィスが思わず相手を見ると、彼は快活な笑顔でこちらを見ていた。


「ん、ぅうん?」


 メイヴィスは執務室に居た、机にはグリードから渡された身元不明者の遺体検分記録がある。どうやら、うたた寝をしていたらしい事に気付いた。


「ふぅ、夢か……」


 ……懐かしい彼の笑顔が、まだ頭の中に残っている……ずっと気に留めていたから夢を見たのか……もっと早く調べるべきだったのでは……


 メイヴィスは自問していた、だが彼が疑問を持った時点でもう手遅れだったのだが、分かっていても自分を責めずにはいられない。


 メイヴィスの手元には、二年前に街角で見つかった身元不明の遺体についての記録がある、ずっと見たかった記録だった。


「殿下、ほら裾を捲って!、足を水につけるだけでも違いますよ、あははは!」


 彼はズボンを膝まで捲り上げて水の中へ入って行く、その膝下あたりに何か見えて、メイヴィスは問いかけた。


「クラーク、それは何だ?」


「ああ、つい最近出来た痣ですよ、ちょっと変わった形で模様みたいで面白いですよね。殿下にも痣とか有りますか?」


「ない、たとえ有っても君には教えない」


「あははは、酷いなぁ」


 火傷を負う前の彼と学生時代の自分、むず痒い様な、甘酸っぱい様な、懐かしい思い出だが、今となっては少し苦い気持ちにさせられる。


 紋章の様なその痣をメイヴィスは覚えていた、それと同じ痣を持つ身元不明遺体、メイヴィスが見ている記録がそれだ。


「やはり二年前に調べるべきだった」


 変わった痣と火傷を負った身元不明遺体の話を聞いたのは、魔獣の討伐から戻った直後だった。


 治癒されたとはいえ遠征で重症を負ったメイヴィスは、心配した周囲の者から安静にする様にと、暫く居室に軟禁されて自由を奪われた。
 その為、小さな棘のような疑問を晴らしたくても、直接遺体を見る事は叶わず、時間だけが過ぎて行ったのだ。


「見つけた、やはり君はクラークだった」


 その遺体は上半身に火傷の跡があったが、顔の損傷が激しくて身元は特定出来なかった。
 庶民の服を着ていたが、火傷のない肌や髪は良く手入れされていて、裕福な暮らし振りが伺われた。
 そして髪色や身長や体重、痣や黒子など身体的特徴が、クラークと同じだった。


「そうなると、やはり仮面の下は別人か」


 メイヴィスは数年来の疑念を解く事が出来たが、抱いていた苦い思いは変わらなかった。




 ◆◇◆◇◆◇




 資料の返却がてらにメイヴィスはグリードのいる騎士団長室を訪れた。


「つまり今、仮面伯爵と呼ばれているのは、クラーク・フィッツバトンでは無いという事ですか?」


 グリードも可能性として成りすましを考えてはいたが、それはあくまで可能性であって、こうハッキリ言われると、事態の深刻さを思い知らされる。


「おそらくそうだ、遺体を直接見ていれば、はっきり断言できるのだが、当時私には自由が無かった、だが記録を見る限りこれはクラークだ」


 メイヴィスは資料の痣の部分を指差して、グリードに言う、それを見たグリードが疑問を口にした。


「そうなると怪しいのは執事ですが、乳兄弟の彼ならこの痣も知っていて、焼くなりして判別不明にしたのでは有りませんか?」


「この痣は、火傷を負う少し前に出来た物だ、執事は知らなかった可能性が大きい、気になるのは死因だ、どう思う?」


 資料の死因の欄を二人で覗き込む。


「窒息死ですか、自然死にも他殺にも取れますが、今となっては確認も出来ません」


 主犯を特定してから、聴取で明らかにするしか無いだろうと考えたメイヴィスは、話題を変えた。


「伯爵家の外部調査はどうなっている?」


「はい、出入り業者の動向調査と身元調査を同時に進めています、現時点でも幾つかおかしな点が見つかっています」


「おかしなと言うと?」


「伯爵家に出入りしている商会は一件だけですが、商売をしている実態が無いのです。伯爵家の注文した品を集めて納品するだけで、そこが直接取り扱っている商品は無く、商売らしき事は何もしていないのです」


 グリードの話は不自然極まりない、商会なのに商売をしない、それはもう商会では無い。


「商会の建物とおぼしき場所には、常駐している男女が一名づつと、数名の男が出入りをしており、時々、大きな黒い袋が運び込まれたり、運び出されたりしています」


 心当たりがあるメイヴィスとグリードは、目を合わせる。


「実に怪しいな、先日保護された民の話では、奴隷商人達は彼等を移動させる時に黒い袋に入れたそうだ、怪しまれずに伯爵家へ出入りする為に、商会を装っている可能性があるな」


「はい、私もそう考えています。そしてその商会が十中八九、何らかの形で奴隷売買に関わっていると考えます、暫くこのまま監視を続けて、いずれ機を見て商会の建物内を秘密裏に捜索してみます」


 グリードの案にメイヴィスも同意して、意見を付け加えた。


「ああ、そうだな。その時はフィッツバトン伯爵家にも調査に入ろう、気付かれて逃げられない様に、二手に分かれて同時に調査するのが良いだろう」


 今後の方針を決めた二人は、次に潜入調査に入る人員の選定を始めた、騎士団と暗部の者の中から適任者を選んでいく。


「伯爵家の方は暗部から出すとして、商会の方は騎士団のあの二人が適任では?」


「あの二人ですか……」


 メイヴィスは提案だけすると、後の事はグリードに任せて執務室へ戻って行った。
 後を託されたグリードは溜め息をつく。


 …確かに力量は申し分無いが適任かどうか、奴隷売買に関する事には過敏に反応する二人が、勝手に暴走する姿が目に見える……


 騎士としての剣術や体術の凄さは勿論のこと、魔法剣士としての力量も計り知れない、騎士団の中でも実力者の二人の事は、メイヴィスもグリードも信頼して頼りにしている。


「しかし、あの二人は規格外というか、常識外れというか、予想外の事をあっさりやるからな、任せて大丈夫だろうか」


 城下で起きる様々な事件から勝手に動く部下まで、グリードの悩みは尽きない。
 再び彼は人知れず溜め息をついた、それを知るのはサラマンディアだけだ。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

【R18】淫乱メイドは今日も乱れる

ねんごろ
恋愛
ご主人様のお屋敷にお仕えするメイドの私は、乱れるしかない運命なのです。 毎日のように訪ねてくるご主人様のご友人は、私を…… ※性的な表現が多分にあるのでご注意ください

【R18】転生先のハレンチな世界で閨授業を受けて性感帯を増やしていかなければいけなくなった件

yori
恋愛
【番外編も随時公開していきます】 性感帯の開発箇所が多ければ多いほど、結婚に有利になるハレンチな世界へ転生してしまった侯爵家令嬢メリア。 メイドや執事、高級娼館の講師から閨授業を受けることになって……。 ◇予告無しにえちえちしますのでご注意ください ◇恋愛に発展するまで時間がかかります ◇初めはGL表現がありますが、基本はNL、一応女性向け ◇不特定多数の人と関係を持つことになります ◇キーワードに苦手なものがあればご注意ください ガールズラブ 残酷な描写あり 異世界転生 女主人公 西洋 逆ハーレム ギャグ スパンキング 拘束 調教 処女 無理やり 不特定多数 玩具 快楽堕ち 言葉責め ソフトSM ふたなり ◇ムーンライトノベルズへ先行公開しています

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

獣人姫は逃げまくる~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~ R18

鈴田在可
恋愛
獣人は番を得ると、その相手しか異性として見なくなるし、愛さなくなる。獣人は匂いに敏感で、他の異性と交わった相手と身体を重ねることを極端に嫌う。獣人は番を決めたら死ぬまで添い遂げ、他の異性とは交わらない。 獣人の少女ヴィクトリアは、父親である獣人王シドの異常な執着に耐え、孤独に生きていた。唯一心を許せるリュージュの協力を得て逃げ出したが、その先で敵である銃騎士の青年レインに見つかってしまう。 獣人の少女が、貞操の危機や命の危機を脱しながら番を決めるまでの話。 ※マルチエンドでヒーロー(レイン、リュージュ、アルベール、シド)ごとにハッピーエンドとバッドエンド(レイン、リュージュのみ)があります ※⚠要注意⚠ 恋愛方面含む【どんでん返し】や【信頼していた人物からの裏切り行為】が数ヶ所あります ※ムーンライトノベルズにも掲載。R15版が小説家になろうにあります。 ※【SIDE数字】付きの話は今後投稿予定のナディアが主人公の話にも載せます。ほぼ同じ内容ですが、ストーリーをわかりやすくするために載せています。

【R18】エロゲーの世界で愛されすぎです

Nuit Blanche
恋愛
初体験をするはずだった恋人鈴懸慧斗のベッドの上で玉瀬希々花は唐突に前世を思い出し、自分がエロゲーのロリ系ヒロインに転生していたことに気付く。 慧斗への気持ちが本当に自分の物かわからなくなって戸惑う希々花だったが、強引に抱かれ、そこからゲームとは全く違う展開になっていき…… ※中出し・近親相姦・NTR・3P等の表現を多少含みます。 ムーンライトノベルズにも投稿しています。

性処理係ちゃんの1日 ♡星安学園の肉便器♡

高井りな
恋愛
ここ、星安学園は山奥にある由緒正しき男子校である。 ただ特例として毎年一人、特待生枠で女子生徒が入学できる。しかも、学費は全て免除。山奥なので学生はみんな寮生活なのだが生活費も全て免除。 そんな夢のような条件に惹かれた岬ありさだったがそれが間違いだったことに気づく。 ……星安学園の女子特待生枠は表向きの建前で、実際は学園全体の性処理係だ。 ひたすら主人公の女の子が犯され続けます。基本ずっと嫌がっていますが悲壮感はそんなにないアホエロです。無理だと思ったらすぐにブラウザバックお願いします。

俺様な極道の御曹司とまったりイチャイチャ溺愛生活

那珂田かな
恋愛
高地柚子(たかちゆずこ)は天涯孤独の身の上。母はすでに亡く、父は音信不通。 それでも大学に通いながら、夜はユズカという名で、ホステスとして生活費を稼ぐ日々を送っていた。 そんなある日、槇村彰吾(まきむらしょうご)という男性が店に現れた。 「お前の父には世話になった。これから俺がお前の面倒を見てやる」 男の職業は、なんとヤクザ。 そんな男に柚子は言い放つ。 「あなたに面倒見てもらう必要なんてない!」 オレサマな極道の若と、しっかり者だけどどこか抜けてる女の子との、チグハグ恋愛模様が始まります。 ※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

処理中です...