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王太子の愛情

二人の思い出の場所

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 ザカリー達が起こした騒動が落ち着き、翌朝一行はザカリー邸を無事に出発して、それぞれの目的地へ向かった。


 アリーは迎えに来た馬車で自領へ戻って行った。


 問題を起こしたガラムと、ザカリーとプリシラの三人は小隊長と移送騎士と共に取り急ぎ王都へ送還された。


 そして馬車に乗るメイヴィスとシャーロット、馬で並走するグリードとチャーリーと数名の護衛はゆっくりと、ある場所へ向かっていた。


「シャーロット、こっちへおいで」


 メイヴィスは対面に座るシャーロットに、自身の横の座面を叩いて座る様に声を掛けた。シャーロットは一瞬眼を見開いたが、微笑んで隣りに座る。


「はい、殿下」


「ザカリー邸で過ごした夜から、君の雰囲気が変わったね。私を過剰に意識しなくなった、良い傾向だ」


 メイヴィスは隣りに座ったシャーロットの顔を間近で覗き込むと、眼を合わせて柔らかく微笑む。
 シャーロットは顔が赤くなり心臓は早鐘を打つが気絶はしない。


「あの夜、とても怖い思いをしました。それで殿下のお側にいる為に私に出来る事をしようと、照れている場合じゃないと気付いたのです」


 赤らむ顔でメイヴィスをしっかりと見て、はっきりと考えを伝える。


「そう、良かった。これで君ともっと触れ合える、早速いまから始めよう」


「えっ?、殿下、それは少し違うのでは、えっと、それは慣れるまでまだ時間がかかります」


 メイヴィスはシャーロットの話した内容を敢えて曲解して捉えると、シャーロットを抱いて自分の膝の上に乗せる。


「まっ、待って下さい、殿下」


「うん?、照れてる場合じゃないんだよね?、もっと親睦を深めなくては、私達は夫婦になるのだから、この位は当たり前だ」


 シャーロットの体は抱き締められており、お互いの頬と頬が密着する位近く、何なら直ぐ唇が触れそうな距離にメイヴィスの顔がある。シャーロットは恥ずかしさに耐え切れず、真っ赤になって眼を瞑る。


「えっ、あぅ、あの、まだ私には無理です」


「ふふふっ、駄目だ、もう逃さない。これでも随分待ったんだ」


 メイヴィスはシャーロットの体を優しく撫で下ろし、額や頬に ちゅっ ちゅっ と口付ける、そして指でシャーロットの顎をクイッと上げると、しっとりと唇を合わせて くちゅっ と優しく喰んだ。


「んっ、ぁ、殿下」


 シャーロットは墓穴を掘った事に気付いた、照れないと言う言葉が煽りになり、眼を閉じた事で誘った形になったのだと、シャーロットはもうデロデロになっている。


「好きだよシャーロット、私の運命」


 全身が赤くなり溶けた様にゆるゆるになっているシャーロットの耳に、美しい婚約者が甘い言葉をささやく、耳に唇が触れる程近くで吐息ごと声を吹き込まれて、体がゾクゾクして肌が粟立つ。


「で、殿下もいつもと違います、何だかいつもより接触が多くて私にかける言葉も甘く感じます」


 恥ずかしさの余りにメイヴィスの顔が見られなくなったシャーロットは、俯いて話している。そんなシャーロットを見つめるメイヴィスの瞳は愛しさで煌めいている。


「私もあの夜に気付いた事があった、それは・・・・」


「殿下、そろそろ着きます」


 メイヴィスの話の途中で、馬車の外からグリードが声を掛けた、そして直ぐに馬車が止まる。


「着いたようだ、シャーロット。私達の想い出の場所だ」


「殿下、ここはもしかして、あの時の・・・」


 メイヴィスのエスコートで馬車を降りると、そこは二人が出逢った森だった。
 かつては魔獣が住む森だったが、今はもう魔獣は居なくなったと聞いている。


「せっかく近くまで来たんだ、王都に帰る前に君と一緒に来たくて回り道をしたんだ、良かったら歩かないか?」


「はい」


 シャーロットとメイヴィスは手を繋いで森の方へ歩き出した、護衛の騎士たちは少し離れた場所で二人を見守っている。


 ・・・殿下と二人でこの森に居るなんて、まるで夢を見ている様だわ・・・あの時はまだ婚約者ではなくて、私の初恋の王子様だった・・・


 二人は何を話すでもなく手を繋いで森の周りを歩いている。


 ・・・大きな魔獣に襲われて、間一髪で殿下に救われた、私も負傷した殿下を助けた・・・お互いの存在が、お互いを助けて生かした・・・


 ・・・あの時はお互いに名前も言わずに別れて、こんなに近しい関係になるとは思ってもいなかった・・・・・・有り得ない婚約解消から新しい婚約者に選ばれて・・・


 ・・・メイヴィス殿下とは何度も不思議な巡り合わせが起きている、これを運命と呼ぶのだろうか・・・


 シャーロットは横を歩くメイヴィスの姿を盗み見る、黄金色に輝く金髪に木漏れ日があたりキラキラしている、琥珀色の瞳は眩しいのか少し眼を細めている、高い鼻梁に口角が上がって微笑んでいる様な口元、精悍な顔立ちなのに何処か甘さを含んで爽やかに見える。


 完璧な王子様にシャーロットはドキドキして呼吸が苦しくなり自然と胸を押さえた、その手に琥珀色のペンダントが当たる。


 ・・・殿下がくれたお護りのペンダント、そう言えば、あの時に落とした母の耳飾りをペンダントにして、殿下が大切に身に付けて持っていてくれた・・・それを仮面舞踏会の次の日に返してくれて・・・本当に不思議な絆を感じる・・・


 見られている事に気付いたメイヴィスが彼女の方を向いて穏やかに微笑む、シャーロットの大好きな琥珀色の瞳が、すみれ色の瞳を見つめ返す。


 胸に込み上げてくる激情に押されて、シャーロットは突然メイヴィスに抱き付いた。


 ・・・この人は・・・この人は・・・・・私の運命の人・・・


「シャーロット?、どうしたんだ急に」


 シャーロットは何も言えなかった、胸の激情を上手く言葉に起こせない、ただ抱き付く腕の力を強くする、この人を離しては駄目なのだ。


 メイヴィスが ふっ と笑った気配がした、そしてシャーロットを抱き締め返してくれる。


「私もザカリー邸で気が付いた事がある、私に取って君は唯一無二の存在なのだと、例え君が私を嫌いになったとしても、もう離してあげられない」


 同じ事を考えている、私の好きな人が私と同じ気持ちを持っている、嬉しくて、嬉しくて、涙が溢れる。


「シャーロット、君が聖女としての任期を終えたら私と結婚して欲しい。婚姻式は予定通り一年半後に執り行うが、婚姻は半年後にしたい。駄目だろうか?」


「!!」


 シャーロットはメイヴィスの言葉に驚いて、涙に濡れた顔を上げて彼を見た、メイヴィスは真摯にシャーロットを見つめている。


 メイヴィスは抱き締めていた手を離すと、シャーロットの前に片膝をついて彼女を見上げ、両手で彼女の手をそっと包み込んだ。


「シャーロット・ブリガン伯爵令嬢、私、メイヴィス・ジーク・ラグランドの生涯の伴侶になって欲しい」


 メイヴィスは瞳を閉じて、シャーロットの両手を祈るように自分の額に当てる。


 シャーロットは涙に濡れた顔で、自分に取ってただ一人の運命の王子様を見つめる。


「・・・・・・はい、メイヴィス・ジーク・ラグランド殿下、私、シャーロット・ブリガンはそのお申し出を慎んでお受け致します」


 シャーロットの言葉を聞いたメイヴィスが、パッと顔を上げて満面の笑顔になり、シャーロットの身体を抱き締めた、そしてリフトの様に身体を持ち上げると クルクル と回り出す。


 それは絵本の中の出てくる王子様とお姫様の幸せな一場面を思わせた、王子様は愛情の籠った瞳と輝く笑顔でお姫様を見つめて、お姫様は喜びの涙に濡れた頬を染めて、はにかむように笑っている。


 かつて二人はこの場所で出逢った、そしてここから始まったメイヴィスとシャーロットの恋物語は、またこの場所から新たな章へ移り変わり、愛情物語として続きが始まろうとしている。


 不器用な運命の恋人達は、肩を寄せ合い腕を絡ませて馬車へ戻り出した、その手はしっかりと恋人繋ぎをしている。


 ぴったりと寄り添い隙間のない二人の間に入る事が出来ないそよ風が、メイヴィスとシャーロットの周りを吹き抜けていった。


 






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