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第八話〜苦い青春⑥〜

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 事後って、思っていたよりも普通なんだね。
 流れ作業のようにティッシュを渡せば、それを相手がすんなり受け取って。
 もっと恥ずかしかったり、緊張して話せないかと思っていたけど、現実はどこまでも冷静な事後の男と女がそこにいるだけ。

『少しは気晴らしになった?』

『あぁ……うん』

『それなら良かった!』

 わざとらしい声色を出し、そそくさと服を着る。
 汚れたシーツは見られないように、さりげなく布団を掛けて隠した。
 これで完璧、この〝ブツ〟は後でこっそり洗濯しよう。
 お母さんに何か言われたら、生理で汚したとでも言えば誤魔化せるだろう。
 
『何か飲む? 喉乾かない?』

『絃ちゃんあのさ……付き合う? 俺達……』

 言いにくそうに口を開いた彼は、耳を疑うような事を言った。
 えーと、何を考えてこんな事を言い出したのだろう。
 やはり、私が初めてだった事への責任感だろうか。
 そんな事は望んでいないのに。

 だってほっしーには好きな人がいて、例え失恋したからと言っても、そう簡単には気持ちって切り替えられないでしょ。

 それに成績優秀な彼と、下から数えた方が早い私。
 背が高くてイケメンの彼と、ぽっちゃりでパッとしない私。
 滑り止めから本命まで、受験校も全く被っていない。

 私達は何もかもが釣り合わない。

 でも責任感からとは言え、そんな風に言ってくれたことがただ嬉しいよ。
 ありがとう、ほっしー。

〝大好きだよ〟

 これは絶対に言ってはいけない言葉。
 
『ううん、付き合わない』

『でも、その……絃ちゃん初めてだったわけだし』

 ほら予想通り責任感だ。
 これは私が誘って、お年頃のほっしーはそれに乗っただけ。
 だから、そんなあからさまに申し訳なさそうな顔しないでよ。

『友達だもん、スキンシップって言うか、こう言う事する時もあるって! それに……ほっしーは私の事を好きじゃないでしょ? 付き合うなら、やっぱり好きな人とじゃないとね!』

 ズルい言い方をしてごめんね。

 しかもスキンシップって何だよ!? って自分の事を突っ込みたくなった。
 それでも優しいほっしーに、これ以上つけ込むような真似はしたくないの。
 もう充分過ぎるほどの幸せな想いをさせてもらったよ。
 だから、今日の事はお互い忘れようね。

『いやそれは』

『私達受験生だよ? そもそも、そんな事してる場合じゃないじゃん!』

 私ってこんな息を吐くように、思ってもいない事を次から次へと言えるんだ。
 今初めて知った。
 それなら尤もらしい事だけでなく、今この場で決定打も打っておこうかな。

『私ね、全然モテないの。だからって訳じゃないけど、大学入る前に処女捨てておきたくて。ただそれだけ。それにほっしーを付き合わせてごめんね。私は大丈夫だから責任感じたりしないで。この事は誰にも言わないって約束するから』

 もしかしたらさっきの彼よりも、よほど今の私のが悲痛な表情を浮かべてるかもしれない。
 それでもいいんだ。
 こんな嘘でも、少しでも彼の心を軽くする事が出来るのなら。




『じゃ、また学校で』

『うん、遠いから気をつけてね!』

 駅まで送ると申し出たけど、やんわりとお断りされたのは、早く私から離れたかったからだろうか。
 
 あーやめやめ。
 自分で望んだくせに、悲劇のヒロインぶっちゃって。
 
 ジメジメはここでお終い!

 大丈夫。
 最高の思い出をもらったから、これでちゃんと諦められる。






〝いつか必ず、ほっしーの事大好きで堪らないって言う人と出会えるからね。だって、ほっしー大好きな人がここにもいるんだよ。だから早く元気になってね〟
 
 これは、小さくなっていく背中に向かって呟いた言葉。
 誰にも届かない虚しい独り言は、沈んでいく夕陽と共に、頬を刺すほどの寒空に消えた。
 

 一瞬だけ、彼が自分のものになったような満たされる感覚を覚えて、でもそれは紛れもない錯覚で。

 初めての痛みを知り、肌を合わせる悦びを知り、その温もりが、絶対に自分のものにならないやるせなさを知った、高三の冬。

 私の初体験は、友人から聞いていたような甘くて幸せなものでは決してなく、独りよがりのどこまでも苦くて切ないものだった。
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