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第26話

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ドイツ文学研究部の拠点としている教室を白石がためらいもなく開けた。
「失礼しまーす。新聞部のものです。本日は取材で参りました。よろしくお願いいたします。」
よくとおる声で言った後白石はぺこりとおじぎをした。…ギャルのくせに、挨拶がきっちりできる子だったんだな。
俺は2人にくっついておずおずと最後に教室へ入る。前回は4人しか活動していなかった教室に、今回は30名以上の生徒がいた。
え…。なんで?どうした?
「いらっしゃい。こちらこそよろしく。何度も取材に来てくれて、ありがとうね。」
前回同様2年生の佐々木先輩が気さくに応じた。
俺が当惑気味に教室を見渡しているのを察して佐々木先輩が口を開く。
「前回取材に来てもらった活動は希望者のみが参加する討論会だったから少人数だったんだけど、今日は1週間に2度ある小林先生によるドイツ語講座の日だから、ほとんどの部員が参加しているんだ。人が増えたように見えるからびっくりしたでしょう。
 後ろの席に空きがあるから自由に座ってください。」
「ありがとうございます。じゃ、さっそく。」
俺はぺこりと会釈して、3人でさっさと後ろの席へ移動する。
教室をきょろきょろ見渡して、白石がこっそり俺らに話しかけてきた。
「マニアックな部だから、オタクの巣窟かと思っていたんだけど、けっこう普通の人ばっかりじゃない?」
「本当だ。意外と普通だねー。少なくとも新聞部よりは清浄な空気がするー。」
遠峯がうんうんと、うなずき、スーハーとわざとらしく息を吸う。
俺は眼鏡レンジャーを探した。一番前列に横並びに座っている。あいつらだけがやはりちょっと濃い。やつらは黙々とドイツ語辞書を読んでいた。辞書って読み物なんだねー。うん。筋金入りだ。悲しいかな、俺と同じにおいがする…。
しばらくざわついていた教室が、小林先生の登場で一瞬で引き締まった。
佐々木先輩の「起立、礼、着席」という掛け声が終わり、一拍あいた後に、小林先生が「GutenAbend!(こんにちは※夕方の挨拶)」と声を発した。
生徒達が大きな声で「GutenAbend!(こんにちは)」と挨拶を返す。
そこからは、本当にただただ真剣な語学の授業が始まった。
小林先生、なんだよー。ドイツ語、めっちゃ話せるじゃん。
途中ちょっと面白かったのが、先生の「今日の朝ごはんは何を食べましたか?」という質問に、ある生徒が該当する単語がわからないので、その場で自分で単語をとっさに作って答えたところ、先生がその造語に対して「ひどい」と思わず日本語でつぶやいたことだ。
小林先生…。「とっさに口をつくのは日本語じゃん」って思ったのは俺だけじゃないはず。
その造語は目玉焼きをそのままドイツ語の単語に直訳したものだった。当然ながら目玉焼きとしては認知されない。ドイツ語で目玉焼きはSpiegelei(鏡卵)というらしい。割った時の姿と焼いたときの姿が瓜二つってことで「鏡」なのかな。日本語の「目玉」のほうがわかりやすい気がするけどな。
ちらっと遠峯に目をやると机に体をつっぷして全力で寝ていた。なんなら、かすかにイビキも聞こえてくる。
マジか…。寝るなよ…。
白石に目を移すと彼女は…なぜかキラキラした目でノートを一心不乱にとっている。
え?ガチにドイツ語を学んでいないか?
両極端な二人の行動。予測不能だ。面白いなー。
俺はそっと席を立ち、HPにアップするために授業の様子をカメラへおさめた。
小林先生がカメラを意識していちいちポーズをとるのが正直に言ってだるかった。ポージングが絶妙に決まっているのが妙にイラつく。絶対ナルシストだよね、この人。
生徒からは好意的な笑いが起きていたけどね。和気あいあいとして楽し気な部の様子が見てとれる。
つつがなく授業が終わり、僕らは取材を開始する。
小林先生を含め数人の生徒が残ってくれていた。
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