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第24話

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黒板に達筆な文字が走る。
「Wunderbar!(すばらしい)」
独り言をつぶやき満足げに微笑むのは40代、やせ型、クセ強めの名物教師だ。特徴的な銀のフレームの眼鏡が彼の神経質さをいっそう引き立てている。彼こそがドイツ語文学研究部の顧問、小林充である。小林先生の受け持つ世界史の授業は話が膨らみとても面白い。
地球上の他の地域とは異なり肥沃な三日月地帯には農作を行ううえで重要な家畜となりうる野生動物が、運命的にも多数存在していたという解説。また、ユーラシア大陸がほかの大陸よりも文明が進んだ大きな理由は大陸が東西に延びていた為だという解説。(アメリカやアフリカ大陸のように南北に延びていると気候の違いによる影響で人・物の交流が難しいと考えられる)
教科書には載っていないそれらの知識がより歴史への興味と理解を深めていく。俺にとって、わりと好きな授業の一つだ。
だがただ一つ、ものすごく気になる点がある。小林先生の独り言だ。ドイツ留学の若き日の栄光をひきずっているのか、事あるごとにちょっとしたドイツ語がでてくる。「世界史の授業にそれいるかな?」って、つっこみたい。だいたい耳にするのは次の五つくらいだ。genau(そのとおり)、richtig(正しい)、alles klar(分かった)、zum Beispiel(例えば)、Wunderbar(すばらしい)。
お気づきだろうか。大したことは言っていない。そのため皆、生暖かい気持ちで聞き流している。そして現在、先生は実はドイツ語をしゃべれないのではないかという疑義が1学年での共通認識になりつつあった。そうなるとへたにつっこむこともできない。ややこしい。
今日は放課後に例の眼鏡レンジャーに再取材を行う。顧問も交えてとのことだったので前途多難だ。ドイツ語文学研究部、とにかくクセが強すぎる。嫌な予感しかしない。
ピンクの頭をしたギャルの白石ホタルとアマチュアゴルファーの遠峯漣もいっしょに行くことになっている。
ホームルームが終わると銀子に
「知恵熱でないように、ほどほどにがんばってねー」
と、見送られていざ決戦の場へ。
まずは新聞部の部室へと向かった。部室の前で白石が体操座りをしてスマホをいじっている。スカートがめくれてパンツが見えそう。どぎまぎするなぁ。
「白石さん、待たせたかな。」
目線をうろうろさせながら、俺が声をかけると、スマホから目を離さずに白石が答えた。
「あ、全然オッケー。遠峯は中にいるよ。あと5分待って。そしたらいっしょにいくー。」
「わかった。中にいるから、終わったら声をかけてね。」
そう言って通り過ぎる時にちらっと彼女のスマホ画面をのぞいたら彼女はゲームをやっていた。夢中になるあまり頭の真上に丸めたピンクのお団子が左右に小刻みにゆれるのがかわいらしい。
相変わらず自由な人だ。
部室をあけると遠峯が教科書とノートを机に広げて課題をやっていた。
「遠峯君、久しぶり。」
俺が声をかけると遠峯がくしゃっと、人の好さそうな笑みを浮かべた。
「ちょうどいいところに!ちょっとだけ数学を教えてくれない?授業を休んだ時の分がどうしてもわからなくて。」
「いいよ。」
僕は気軽に答えて遠峯の指さす問題に目をとおす。さらさらと解いて説明がおわったころに、白石が部室のドアから顔だけのぞかせて、
「お待たせー。いこっかー」
と、声をかけた。
3人で並んで向かう途中で白石が、遠峯に話しかけた。
「ゴルフって何が楽しいの?」
「コースを読むのが面白いんだ。他のスポーツと違って身体的な能力よりも頭脳で勝負するようなところがあるから、僕でも戦える。」
「かっこいいこといっているけど、スポーツやるくせにどうしてこんなにお腹が出ているの?これ、やばくない?」
そう言って、白石は遠峯の中年のようにつきでた腹をぽよんぽよんと揺らした。
「ちょっと、それセクハラだから。やめろよー。」
遠峯は白石に抗議しつつも顔がにやけている。かわいい子に絡まれて楽しそうだ。
「いいんだよ。ゴルフは球を飛ばすためには体重が必要なんだから。これも戦略のうちなのー。」
「いやいや。度を越してるから。アスリートのくせに、わがままボディすぎるー。うけるー。
 まてよ。冬はミートテックになるんじゃない?あら、機能的?」
お腹をかばいながら言い訳する遠峯に、おちょくる白石。
にぎやかに廊下を進んでいると、ガラッとドアが開き
「静かに」
と、上級生らしき人に注意をされた。
俺たちは会釈した後、お互いに顔を見合わせると肩をすくめてそそくさと先を急いだ。




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